第四十七章 オッコク到着
ガナドラを離れる直前、白兎族の第三十五魔女ゲラバから、直接、通信が入った。
『青葉』の制御区画中央に、丸くて黄色い毛並みの白兎族の姿が立体映像として浮かび上がる。ナウーピで見た時と同じ、耳と頬の黒と赤の彩りが、妙に安心感を誘った。今の僕にとって、ゲラバの顔は、少なくとも「いきなり撃ってこない側の権威」の象徴みたいなものになっている気がする。
『神子弓良殿』
ゲラバは、相変わらず落ち着いた声音で言った。
『オッコク行きの件につきまして、神殿監察部との間で、改めて話をつけておきましたじゃ』
「話をつけた、ですか?」
僕が聞き返すと、ゲラバは小さく頷いた。
『弓良殿らは、あくまで参考人として扱われます。白兎族の後ろ盾を受ける客人であり、神子であり、神の船の主でもありますからな。少なくとも、乱暴な扱いはされぬと確約を得ましたじゃ』
その言葉を聞いて、僕は、胸の奥で少しだけ息をついた。
もちろん、それで全部安心できるわけではない。
参考人、というのは、あくまで“容疑者ではない”というだけだ。事情聴取もあるだろうし、光輪のことも、神子としての立場も、色々訊かれるに決まっている。
でも、少なくとも“ガナドラでやらかした連中”として、そのまま拘束されるような流れではなくなった。
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、ゲラバは、少しだけ目を細めた。
『礼には及びませぬ。弓良殿が白兎族を救ってくださった恩は、いまだ返しきれておりませんしな』
その言い方は、僕にとっては少し重い。
ナウーピでのことは、たしかに大きかった。
でも、僕自身の感覚では、白兎族を救った英雄というより、目の前で燃やされるのが嫌だったから飛び込んだだけ、という気持ちも強い。
ゲラバは、続けた。
『ただし、オッコクはナウーピとも、ガナドラとも違う場所ですじゃ。神殿監察部の本拠に近い、狐族の本拠地です。礼儀も通りましょうが、その分、すべてが見られておると思いなされ』
「はい」
『弓良殿は、神子として敬われるでしょう。しかし、それと同じだけ、何者であるかを測られもするでしょうな』
その言葉に、少し、プレッシャーを覚えた。
ゲラバは、白兎族の後ろ盾で守れるところと守れないところの境目も含めて、分かった上で、アドバイスしてくれたのだ。
『ジェプラ』
ゲラバが名を呼ぶと、すぐ横に控えていたジェプラが姿勢を正した。
『はい、ゲラバ様』
『お前も、弓良殿らと共にありなされ。白兎族の目としてではなく、お前自身が見てきたものを、必要な時にきちんと語るのですじゃ』
ジェプラは、少し緊張した顔で頷いた。
『承知いたしました』
その返答には、緊張と神殿見習いとしての責任感が両方でていた。
ゲラバは、最後に、少しだけ柔らかい声になった。
『ブライアント殿も、ナルディア殿も、ラギ・ギラ殿も、どうかご壮健に。オッコクでは、ガナドラのように騒がしくならないことを祈っておりますじゃ』
「それ、フラグっぽくない?」
僕が思わずそう言うと、ナルディアが横で吹き出した。
「弓良、ちょっと分かる」
ゲラバ自身は、意味が分からないらしく、少し首を傾げていたが、深くは追及しなかった。
そのまま通信が切れた。
映像が消えたあと、制御区画に少しだけ静かな空気が残った。
「……白兎族の後ろ盾、ほんとに強いんだな」
ナルディアがぽつりと言う。
「よかった」
ブライアントが短く答えた。
「少なくとも、ガナドラの商会やシェリフ相手に“雑に扱うな”と言えるだけの重みはある」
「じゃあ、オッコクでもけっこう安心?」
ナルディアが聞くと、ブライアントは少しだけ苦笑した。
「安心、というより、最初から雑にはできないってだけだろうな」
「それ、あんまり安心できる言い方じゃないんだけど!」
「できないなら、たぶん正しい理解だ」
そのやり取りを聞きながら、僕も、同じことを思っていた。
乱暴にはされない。
でも、丁重に扱われることと、楽であることは別だ。
青葉が静かに補足する。
『オッコク到着後の扱いは、現在までの通信内容から判断する限り、儀礼的には高位の客待遇と考えられます』
「考えられる、か」
『はい』
「でも、観察される場ではあるんだね」
『そうです』
即答だった。
その正確さが、逆に少しだけありがたい。青葉は、変に安心させようとしない。
***
狐族の本拠地惑星オッコクは、ガナドラを出てから、通常の星系移動よりは短い時間で接近できた。
それは、アラージたち神殿監察部の航路誘導が入っているからでもあるし、『青葉』がナウーピでかなり修復され、そこへ、さらにガナドラで補修と調整を受けたからでもある。
けれど、それでも僕にとっては、ずいぶん長い道のりに感じられた。
ガナドラでのことを、頭の中で何度も思い返してしまうからだ。
ナルディアを見つけたショー会場、楽屋裏、グィルディの裏帳簿、ドックゲートを食い破って飛び出したこと、光輪――そして、グィルディの最後の叫び。
なんで神子が、野蛮人の地球人なんぞの味方をするんや。
その姿は仮のものなのに。
あの言葉は、まだよく飲み込めていなかった。
忘れたくても忘れられないものの、考え込む時間があると、かえって変な方向へ沈みそうになるので、今のところは、あまり深く考察したりはしていない。
しかし、調べてみる必要はありそうだ、と感じていた。
***
オッコクが近づくにつれて、別の意味で緊張が増していった。
前方表示の中に、最初に見えたのは、惑星そのものよりも、その周囲を囲う金属質の巨大なリングだった。
「……軌道エレベーターリング?」
僕が呟くと、青葉が答える。
『はい。オッコク主軌道上の昇降、物流、監察統制複合リングです』
「長いなあ」
『機能を正確に述べると、この程度になります』
「青葉、たまに説明が固いんだよね……」
『事実です』
事実なのだろうけど、肩をすくめる。
そのリングは、惑星を回るリングだから、勿論、規模的にはガナドラに比べれば小さい。
でも、その雰囲気自体が、雑多なステーション群とは、まるで違っていた。
あちらが、巨大な市場と倉庫と居住ブロックを、誰かが後から継ぎ足し続けた都市だったとしたら、こちらは最初から秩序を前提に設計された施設だった。
主リングの輪郭は滑らかで、余計な装飾は、ほとんどない。
各ブロックの配置も、見た目の派手さより機能と統制を優先しているように見える。
それなのに、冷たいだけではなかった。
光の使い方や曲線の取り方に、どこか洗練されていた。
ナヴーピの軌道構造物のような実用的な様子とも、ガナドラの成金めいた派手さとも違う、美的な意匠が施されているように感じる。
「わあ……」
ナルディアが素直に声を漏らす。
「なんか、すっごい“ちゃんとしてる”」
「まあ、そういう感想になるな」
ブライアントが苦笑した。
「ガナドラみたいに、何でもかんでも突き出してる感じじゃない。隠すべきものと見せるべきものが、最初から仕分けられている」
「それ、整いすぎて怖いってこと?」
「半分は、そうだ」
ジェプラは窓の外を見ながら、小さく息を呑んでいた。
『……狐族の圏域だと、こうなるのですね』
「ジェプラ、来たことはないんだよね?」
僕が尋ねると、彼女は、首を振った。
『ありません。白兎族の見習い神官が、そう簡単に星系外に出ることはないんです。ただ、話には聞いていました。監察は、しっかりしすぎるくらい、しっかりしている、と』
「しすぎる、が強調されるんだね」
『そうみたいです』
真面目な顔で言うので、少しだけ可笑しかった。
ギラは、外のリングを見ながら翼を軽くたたんだ。
『まあ、ようできてますわ。狐族はこういう“見た目では落ち着いてるけど、裏で全部握ってる感じ”の建物が好きなんでしょうな』
「偏見じゃない?」
僕が言うと、ギラは嘴の端を上げた。
『経験則です』
「太郎みたいなこと言い出したな」
『経験則は大事だ』
太郎が即座に割り込んできて、ギラが笑った。
『ぬいぐるみ先生に言われたら、反論できませんな』
『ぬいぐるみではない』
そこは一応訂正するのか、と少し思ったが、太郎にとってはきっと大事なことなのだろう。
***
『青葉』は、リングの外縁側から神殿監察部本部ドックへ誘導された。
通常の商業ドックとは違う。
外装にも、神殿監察部の紋章と、狐族系の意匠が抑えめに入っている。
接舷のための誘導光も、派手さより正確さが先に来る感じだ。
「……ここが本部ドックか」
ブライアントが低く言う。
『本当に、商業施設とは空気が違いますな』
「ギラでもそう思うんだ」
僕が言うと、ギラは肩をすくめた。
『わて、ガナドラでもオッコクでも仕事しますけど、正直に言うと、ガナドラの方が気は楽ですわ』
「え、そうなの?」
『ガナドラは雑で、欲望に正直やから、読むべきもんが分かり易いんです。オッコクは、礼儀の下に色々隠しとる感じや。そっちの方が慣れん人にはしんどいです』
その説明は、かなり分かりやすかった。
接舷が完了し、しばらくしてから、案内役が『青葉』の側へ来た。
狐族の男女は、そろってよく整った制服を着ていて、動きに無駄がなかった。戦闘要員というよりは接遇担当らしい。
彼らは、『青葉』のハッチが開くと、まず深く頭を下げた。商会の使いのような媚びた感じはなく、かといって軍人のように威圧的でもない。礼儀そのものが職務として身についている、といった印象だった。
『神子弓良殿、『青葉』の皆様。ようこそオッコクへ』
女の方がそう言った。
グラブール人の共通語はかなり滑らかで、声に余計な抑揚がない。
丁寧だが、媚びてはいない感じだった。
『神殿監察部の指示により、神殿監察部本部深部区画の来賓室へご案内いたします』
その言い方には、遠回しな警戒も、押し込めるような気配もなかった。あくまで、正式な客として扱うという線を崩さないらしい。
ナルディアが、小さく僕の袖を引いた。
「……なんか、ほんとに扱いがいいね」
「うん」
僕も小声で返す。
「もっと、監察対象だから、即、取調室みたいな流れかと思ってた」
『お気持ちはわかりますわ』
ラギ・ギラが、翼をたたみながら横で言った。
『せやけど、狐族の監察部は、最初の礼を崩すんを嫌いますんや。とくに、神子はんと神の船相手ならなおさらですわ』
「ギラ、そういうところ妙に詳しいな」
『仕事柄です』
そう言ってギラは、ちょっとだけ得意そうに嘴の端を上げた。
しかし、年長に見える女の狐族が、静かな声で告げた。
『地上降下については、今回の滞在目的上、許可されておりません。何卒ご了承ください』
やっぱり、そこはそうだった。
ナルディアが小さく呟く。
「うわ、ほんとに降りられないんだ」
『はい』
男の方がすぐ答える。
『オッコク地上は、元来、狐族のみが居住する特別管理区域です。加えて、今回はあくまで監察案件に関する立ち寄りですので、自由行動は制限されます』
言葉は丁寧だったが、意味は、はっきりしている。
自由では、ない。
僕は、小さく頷いた。
「分かりました」
こういう時に、文句を言っても仕方がない。
むしろ、最初から境界をきちんと示してくれる方が、まだやりやすい。
しかし、神殿監察部は、少なくとも表向きには、こちらをぞんざいに扱うつもりはないらしかった。
僕たちは、先導されて『青葉』から本部ドック内部へ移動した。
通路は広く、床も壁も継ぎ目が目立たないよう丁寧に処理されている。色合いは薄い灰青で統一され、余計な装飾は少ない。しかし、冷たいだけではなく、ところどころに細い曲線の意匠が入っていた。派手さはなく、洗練された美しさがあると思った。
ガナドラのあの娯楽ステーションは、この何倍も賑やかだった。
ナウーピの神殿なら、もっと柔らかく、祈りのための静けさや生活感があった。
このオッコクの本部深部区画は、そのどちらとも違うと思った。
ここは、静かに観察し、静かに判断し、静かに記録するための場所だから、そういう意志が、壁や照明の配置にまで染みている。そんな気がした。
ブライアントが、歩きながら低く言う。
「やはり、足音が響かないな」
「それ、さっきも言ってたね」
「こういう場所は、音を拾いやすくしてるか、逆に消しやすくしてるかのどっちかだ。ここは後者だな」
その説明に、ジェプラが少し頷いた。
『監察部らしいですね』
『せやけど、ようできとる施設ですわ』
ギラが、通路の天井をちらりと見上げる。
『見張りが露骨やないのも、かえって上等です。下手な商会本部やと、もっと成金趣味で嫌らしいんですけどな』
「ギラの比較対象、毎回ちょっと嫌だな」
『独立捜査探索人の職業病みたいなもんですわ』
そう言われると、反論しにくい。
やがて僕たちは、深部区画の一角にある来賓室棟へ通された。
扉が開いた瞬間、僕は思わず少し目を見張った。
思っていたより、ずっと“VIP向け”だったからだ。
広かった。
けれど、無駄に広いわけじゃない。
休憩区画、軽食用の卓、個室への導線、壁面端末、簡易会議もできるソファ席――。
その全部が、過不足なく配置されていた。
色調は通路と同じく落ち着いた灰青系だが、こちらは織物や木目に似た質感の意匠も入っていて、無機質すぎない。照明も柔らかい。
「……うわ」
ナルディアが、素直に声を漏らした。
「なんか、想像してたより、ずいぶん、ちゃんとしてるよ!」
「さっきから、そればっかりだな」
ブライアントが呆れたように言う。
「だってそうじゃん! もっと監視つきの詰め所みたいなとこかと思ってたし」
『そういうんやのうて、相手に“ちゃんと礼を尽くしとる”と示すための部屋ですな』
ギラが、翼を半分開いて言う。
『ここで雑に扱うと、神子はんと神の船に対して、最初から失礼したことになりますから』
案内役の狐族の女が、静かに補足する。
『皆様には、今夜はこちらでお休みいただきます。正式な確認と会談は、明日以降になります。何か必要なものがあれば、端末または呼び鈴よりお申し付けください』
「他の場所には……」
僕が聞きかけると、狐族の男が丁寧に答えた。
『申し訳ございませんが、今回は、深部区画および本部ドック内部でのご滞在となります』
「うん、それは聞いてる」
『ご不便をおかけします』
そう言って、二人は再度きれいに一礼し、静かに退出していった。
扉が閉まった。
そのあともしばらく、僕は部屋の空気を確かめるみたいに立っていた。
「……青葉」
『はい』
「何か変なアクセスとか、されてる?」
青葉は、即座に答えた。
『現時点で、不正侵入、非承認ハッキング、強制診断の試みは確認していません』
その一言で、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。
太郎も、壁際の端末や通気口の方を見ながら、小さく言った。
『今のところ、嫌な配線の匂いはしない』
「配線に匂いなんてあるの?」
『ある気がする時がある』
『太郎の表現は定量性に欠けますが、警戒判断としては概ね妥当です』
青葉のその補足で、逆に少し安心した。
ガナドラなら、こういう“いい部屋”に通されたとしても、裏で何かしら仕掛けられていてもおかしくない。
でも、オッコクの監察部は、少なくとも今のところ、その手の小細工をしていないらしい。
「……そっか」
『“神の船”、“神子”という肩書きが、現時点では十分に尊重されています』
「だね」
僕はそう返して、ようやく少し肩の力を抜いた。
ジェプラも、目に見えてほっとした顔をしている。
『よかったです』
「そんなに心配してた?」
僕が聞くと、ジェプラは少しだけ視線を泳がせた。
『はい。していました』
それから、少し迷うような間を挟んで続ける。
『『青葉』は、白兎族にとっても神の船ですし……弓良殿も、今は白兎族の大切なお客様ですから。ここで粗略に扱われるのを見るのは、あまり……』
言いかけて、彼女は少しだけ口をつぐんだ。
“嫌です”とか、“辛いです”とか、たぶんそういう言葉が続くはずだったのだろう。
でも、最後まで言わずに飲み込んだ。
その控えめなところが、ジェプラらしい。
『よう気ぃ回してもろうてますな』
ギラが軽く笑う。
『白兎族の巫女見習いさんは、ほんま真面目ですわ』
ジェプラは少しだけ耳を伏せた。
『……からかわないでください』
『からかってへんです。感心してるんですわ』
「半分くらい、からかってますよね?」
『半分くらいは、な』
そう言ってギラは肩をすくめた。
ジェプラは困ったようにしつつも、どこか完全には嫌がりきれていない。
ブライアントは、そのやり取りを聞いて少しだけ口元を緩めた。
「少なくとも、最初の一歩はマシな扱いらしい」
「最初の一歩、か」
「そこは大事だ」
たしかに、そうだ。
最初の扱いが粗い場所では、その後の話もだいたい荒れる。
逆に、最初に礼が通るなら、その礼を基準にこちらも動ける。
***
案内された客室は、かなり快適そうだった。
太郎は、部屋へ入るなり、小さな体で室内をぐるりと見回した。
見た目はぬいぐるみでも、こういう時の目つきだけは整備ドローンらしい。
『上等だ』
「感想がそれなんだ」
『床がきれいで、空調も静かだ。安い客室ではない』
少し間を置いてから、太郎は続けた。
『雑に扱われてはいない。よい傾向だ』
「そのようだね……」
僕も、部屋の中を見回して、太郎に同意した。
ナウーピの神殿宿舎のような温かみとは違う。
ガナドラの高級ラウンジのような成金趣味とも違う。
オッコクの客室は、静けさそのものに金をかけた感じがある。
壁面は柔らかな灰青色で、照明は目に優しく、必要以上に眩しくない。
席も卓も、使いやすさが先にあり、その上で控えめに美しい。
部屋の中も、床材にいたるまで足音が響きにくく、空気はわずかに香を含んでいる。
「……なんか、逆に落ち着かないわ」
「え、そう?」
僕が尋ねると、ナルディアは肩をすくめた。
「だって、綺麗すぎるんだもん。ガナドラの方が汚いけど、生きてる感じはした」
「それ、ちょっと分かる」
たしかに、この部屋は整いすぎている。
誰かがここで怒鳴ったり、泣いたり、飲み物をこぼしたりすることを最初から想定していない感じがある。
静かにしていてほしい人間のために作られた空間だ。
太郎は、その空間をひと通り見回したあとで言った。
『清掃が徹底されている』
「太郎、そればっかりだな」
『重要だ』
「たしかに重要ではあるけど」
『家具の固定もよい』
そこまで言い出すと、もはや感心するしかない。
ギラは、ソファに腰を下ろして翼を伸ばした。
『ギラって、こういうのも慣れてるんだ』
『一応、独立捜査探索人ですからな。表の酒場から、裏の神殿会議室まで、必要とあらばどこでも行きますって』
「便利な肩書きだなあ」
『便利なようでいて、撃たれる頻度も高いです』
それは、あまり羨ましくない。
ブライアントは窓際に立ち、少し離れたところに見えるオッコク地表を見ていた。
リングの一部から下方を覗くと、惑星側には巨大な都市圏の光が見える。
でも、それは遠い。
手が届きそうで、まったく届かない。
「地上へは行けない、か」
「行きたかった?」
僕が聞くと、ブライアントは少しだけ肩をすくめた。
「別に観光したいわけじゃない。ただ、降りられないと言われると、何があるのかは見たくなる」
「わりと探査屋っぽい答えだ」
「仕事病だな」
そのやり取りのあとで、彼は少し真顔になった。
「ただ、オッコクで重要なのは景色じゃない。明日、何を聞かされるかだ」
その言葉に、部屋の空気がまた少しだけ重くなる。
そうだ。
ここへ来たのは、休みに来たわけではない――参考人扱いで、丁重に、でも確実に質問されるためだ。
それに、アラージは、ガナドラで、シラトリの件について“共有したい情報がある”と言っていた。
ナルディアも、そのことを思い出したらしく、さっきまでの緩い空気が少し引っ込む。
「アーマッドたちのこと、何か分かるかな?」
「分からない」
ブライアントは、すぐに答えた。
「でも、“何もない”わけではない。そこは大きい」
たしかに、そうだ。
ガナドラでは、アーマッド、美優、源一郎の行方は、完全に暗闇の中だった。
でも、アラージの口ぶりからすると、オッコクでは少なくとも“暗闇の形”くらいは見えるかもしれない。
僕は、ソファに座りながら、小さく言った。
「イハァトパー機関のことも、何か進むかな?」
青葉が、即座に応答する。
『可能性はあります』
「断定は、しないんだね」
『現時点で確定できる情報が不足しています』
「でも、つながりそうな感じは、ある?」
『あります』
その短い答えが、妙に嬉しかった。
ガナドラでは、イハァトパー機関は、結局、どこにもなかった。
でも、グィルディが話した“願いを叶える星”は、そのまま霧散したわけではない。
むしろ、アラージの反応を見る限り、より大きな形で残っている。
ブライアントが、少しだけ目を細める。
「願いを叶える星、か……」
その言い方には、カッシーナの名前を出さなくても、その先にあるものが見えていた。
「兄さん」
ナルディアが、小さく呼ぶ。
「まだ、諦めてないんでしょ!」
ブライアントは、少しだけ間を置いてから答えた。
「諦める理由がない」
それだけだった。
でも、その短さが、この人の本音なのだろう。
僕は、その横顔を見ながら、少しだけ胸の奥の何かが揺れるのを感じた。
ブライアントは、ずっとあの願いを持ち続けている。
僕は、その願いが叶うかどうか、正直、全然、分からなかった。
でも、もし“願いを叶える星”に繋がるなら、それは、この旅全体の意味まで変えてしまう。




