第四十二章 閉じるドック、開く輪
青葉に戻った後、やってきたシェリフの狸族は、最後に言った。
『繰り返します。武装解除の上、ハッチを開放してください。従わない場合、ドック規定に基づき封鎖措置へ移行します』
通信が切れた。
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
ナルディアが、最初にそれを破る。
「絶対だめでしょ、それ」
「だめだ」
ブライアントが即答した。
「ここでハッチを開けたら終わる。事情聴取じゃ済まない。帳簿は押さえられるし、お前も戻される。弓良と青葉の情報も、好きなように抜かれる」
その判断に、迷いはなかった。
ジェプラが、緊張した声で言った。
『神殿監察部が追いつくまで、持ちこたえるという選択は?』
「ドックの中で閉じ込められたら、相手の都合のいい絵を作られる」
ブライアントは、即答した。
「こっちは神の船で、神子がいて、しかも地球人の少女を抱えてる。密閉されたドック区画で警備ごと囲われたら、映像の切り取り方ひとつでどうとでもなる」
それは、嫌になるほど現実的だった。
グィルディ側が欲しいのは、たぶん時間だ。
帳簿を消す時間。
都合のいい説明を流す時間。
こちらを“危険な連中”に見せる時間。
だったら、その時間を与えないほうがいい。
ギラも頷いた。
『せやから、船ごと動くのが正解ですわ』
僕も、小さく頷く。
「だよね」
「だから、船を出す」
ブライアントは言った。
「青葉」
『はい』
「緊急発進シーケンスへ移行」
『了解』
その瞬間、『青葉』の内部で、何かが静かに切り替わった。
照明の一部がほんの少しだけ変わり、床下を走る低い振動が強くなる。
停泊中の船の気配から、“いまここを出る船”の気配へ変わる感覚があった。
『全艦、緊急発進シーケンス起動』
青葉の声が近く響く。
その瞬間、『青葉』全体が静かに唸り始めた。
『係留アーム解除準備。内部推進予熱。ドック離脱ルート算出』
床を通じて、巨大な船が目を覚ます感覚が伝わってくる。
『青葉』は、停泊中の船から、すぐに“出る船”へ姿勢を変えていく。
同時に、艦内の補助ドローン群が動き始めた。
通路やハッチ周辺に、簡易の遮蔽物がせり上がってくる。
照明の青が半段階だけ深くなり、壁面の継ぎ目が静かに開いていく。
そこから現れたのは、金属板だけではない。銀灰色の繊維状のものが何層にも重なり、通路の要所へ伸びて、急ごしらえの障壁を組み上げていく。
金属板だけではない。分子機械を利用した繊維状の補強材が壁面から伸び、交差し、急ごしらえのバリケードを形作ったのだ。
遠目には薄い幕のようにも見えるのに、近づけば、とても人間が素手で突破できるような代物ではないとわかった。
ナルディアが、思わず目を見張った。
「うわ、何これ」
『バリケードです』
青葉は平然と答えた。
「見れば分かるけど、出るの早すぎない!?」
「青葉はこういう時、やたら仕事が早いんだ」
『侵入、制圧、内部掌握を遅延させるための緊急防衛処置です』
青葉は、平然としていた。
「遅延って言い方が、逆に怖いんだけど」
『怖がらせる意図はありません』
「そういう問題じゃないんだよなあ……」
僕が言うと、太郎が横で短く言った。
『良い防備だ』
「太郎は気に入ったんだ」
『機能が明確だ』
いかにも太郎らしい評価だった。
ギラが感心したように羽を鳴らす。
『ええ船ですなあ』
『ありがとうございます』
「褒めてる場合じゃないよ」
僕が、言うと、ギラは肩をすくめた。
『いやあ、こういう時でも褒めるもんは褒めとかんと』
その軽さが少しだけ救いになる。
でも、状況はまったく軽くない。
前方表示に、ドック内部の模式図が出る。
『青葉』の係留位置。
離脱ルート。
外周に集まり始めたシェリフ艦艇。
そして、その先にあるドックの巨大ゲート。
「青葉」
『はい』
「ドックから出られる?」
『通常手続きでは困難です』
「じゃあ、通常じゃない手で」
青葉は少しだけ間を置いて答えた。
『現時点では、可能性はあります』
「その言い方、嫌だな」
『ドック管理系が完全封鎖へ移行する前であれば、です』
つまり、まだ閉じ切っていない。
だが、向こうもそれを分かっている。
ブライアントが短く言う。
「動けるうちに動くぞ」
こういう時、僕が、ただ立っているだけでは済まない。
僕は、接続席へ向かった。青葉と繋がって、座標と場の制御に協力する必要がある。
ジェプラはナルディアのそばへ行き、太郎は通路側の防衛位置につく。ギラはまだ何本も別回線を飛ばしているらしく、監察部や外部協力者へ動きを伝えているようだった。ブライアントは完全に現場指揮の顔だった。
青葉が、静かに呼ぶ。
『弓良』
「うん」
『推奨。中枢接続を』
「了解」
僕が、接続席へ手を置いた瞬間、青い光が指先から腕へ流れ込んだ。
『接続確認』
青葉の声が、今度はもっと近い。
僕は、その中枢感覚の端に触れながら息を整えた。
『離脱開始まで、残り十秒』
『青葉』の巨体が、静かに動き始める。
係留アームが順番に外れ、船体がわずかに浮く。
ナヴーピで整備された装甲と、まだ不完全ながら力を取り戻した内部機関が、ゆっくりと“船としての姿勢”を取っていくのが分かった。
外から、何かを叩くような音が響く。
たぶんシェリフ側が、ハッチを開けろと圧力をかけ始めたのだろう。
でも、もう遅い。『青葉』は動き出している。
『推進点火』
その瞬間、船体がドック内部を滑り始めた。
前方表示に、ドックの巨大な出口が映る。
そこへ向かって、『青葉』はまっすぐ進む。
ブライアントは、すでに制御区画の表示へ意識を向けている。
「青葉、緊急発進で抜けられるか?」
『通常の離脱手順では困難です』
「じゃあ、通常じゃない方で」
『既に緊急発進シーケンスへ移行中です』
その声と同時に、前方表示へドックの模式図が出る。
『青葉』の係留位置。
離脱ルート。
外周へ集まり始めるシェリフ艇。
そして、出口にあたる大型ドックゲート。
僕は、その図を見た瞬間、嫌な予感を覚えた。
「ゲート、閉じる?」
『可能性は高いです』
青葉はそう言ってから、数秒後には修正した。
『訂正。閉鎖シーケンスの開始を確認しました』
赤いラインが、僕たちの停泊区画の出口へ走る。
カウントが、静かに減り始める。
「もう? 早い!」
ナルディアが叫ぶ。
たしかに早い。グィルディ商会からの告発が通ったとたんに、こうしてドックそのものの出口を押さえにくる。
ガナドラのシェリフは公的警察というより商人組合の警備団に近い、と聞いてはいたが、そのぶん商会の意向と連動するのも早いのだろう。
「早い!」
『想定範囲内です』
青葉が答える。
『ドック外縁までの最短経路を算出。ゲート閉鎖まで残り七十秒』
前方表示に、太い線が一本通る。
でも、その先にはすでに複数の赤いマーカーがある。
シェリフ艦――保安艇――。
たぶん、こちらが飛び出してくるのを待っている。
ブライアントが言った。
「いいか、まずはドックを抜ける。話はそれからだ」
その“それから”が、たぶんもっと大変なのだろう。
でも、まずは本当にそこからだ。
『青葉』は、静かに前へ出た。
係留アームがほどけ、巨体がドック内部を滑り始める。
『また、シェリフ艦隊、ならびに商会側保安艇が、外周で待ち構える配置を取り始めました』
「完全に逃がす気ないな……!」
ナルディアが言う。
「そらそうだろ。お前ごと全部抱え込んでるんだ」
ブライアントは短く返し、すぐに前へ出た。
ギラが、いつもの軽い調子を少し引っ込めて言った。
『こういう手合いは、手際だけは妙にええんですわ』
「褒めてる場合か」
ブライアントが低く返す。
『褒めてはおりません。ただ、敵が手際ええ時は、こっちもさっさと決め打ちせんと死にます』
その言い方が、嫌になるほどもっともだった。
いけるかもしれない。
そう思った、次の瞬間だった。
出口側の巨大ゲートに、赤い警告ラインが走った。
『ドック管理ゲート、閉鎖シーケンス進行中』
青葉が告げる。
僕は、思わず息を呑む。
前方で、巨大な扉がゆっくりと動き始めていた。
閉まる。
「間に合う?」
僕が聞くと、青葉は即答した。
『現行推力のみでは困難です』
「つまり無理じゃん」
『はい』
「そこ、即答なんだ」
『無理な場合の次善策へ移行します』
ブライアントが嫌そうな顔になる。
「次善策、って」
『ゲートそのものへ干渉します』
「やっぱりそう来るか……」
僕も、なんとなくそうだろうとは思っていた。
この船の“干渉する”は、たいてい穏やかな意味では終わらない。
ブライアントも、同じことを考えたらしい。
「ゲートを壊す気か」
『局所的に構造を再編し、艦体通過に必要な開口部を形成します』
「言い換えただけだろ」
『結果としては近いです』
ギラが羽を少し広げる。
『それを、一般的には壊す言うんですわ』
『語義上の差異です』
その妙に冷静なやり取りに、ナルディアがぽかんとした顔をした。
「兄さん、あたしたち、普段こんな会話しながら生きてないよね?」
「俺も最近だよ」
その返しに、少しだけ場が緩んだ。
「これほんとに大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃなくてもやるしかない」
ブライアントは、短く答えた。
「全然安心できない説明なんだけど!」
「安心する場面じゃないからな」
ジェプラは、前方表示を見たまま唇を結んでいた。
『ドックを破るのですか……』
その声には、ショックと躊躇いがある。
白兎族の神殿圏で育った彼女からすれば、施設を壊して脱出する、という発想そのものが乱暴なのだろう。
でも、そのジェプラ自身も、もう止めようとは言わなかった。
ここで捕まれば、自分たちだけの問題では済まないと理解しているのだ。
神子を拘束された白兎族、神の船を押さえられた白兎族、という形になれば、ナヴーピやゲラバの立場まで傷む。
僕は、前方の閉じるゲートを見た。
巨大な円弧。
重い金属と場制御の複合構造。
あの向こうに出れば、次はシェリフ艦隊。
でも、そこへ辿り着く前に、まずこの扉がある。
時間がない。
「……やるしかないのかな」
僕は、前方表示の赤い点を見ながら、小さく言った。
ブライアントがこちらを見る。
「嫌か?」
「嫌だけど、ここで捕まる方がもっと嫌だよ」
「なら十分だ」
その一言で、覚悟が少しだけ形になる。
「青葉」
『はい』
「何をすればいい?」
『本艦の分子機械群を、ゲート表面へ接触させます。接触後、局所的に構造を食い崩し、艦体の通過に足る穴を開けます』
「食い崩し、ってさらっと言うなあ」
『最も効率的です』
「で、僕は?」
『分子機械群の制御補助をお願いします。現在の『青葉』はまだ完全修復状態ではありません。大規模展開には、弓良の側から位相安定化が必要です』
それは、要するにまた“船と一緒にやる”ということだった。
青葉の分子機械群は、自律的に動く。だが、規模が大きい時や、瞬間的に極端な精度がいる時には、僕が、繋がったほうが強い。ナヴーピで極大火球魔法を散らした時もそうだったし、光輪を発動した時もそうだった。最近は、青葉と僕が、一緒にいる時の“できること”が、どんどん増えている気がする。
そのこと自体が少し怖い。
でも、いまは便利さのほうを選ぶしかない。
「やる」
『了解しました』
視界の中で、ドックゲートの構造がただの扉ではなくなる。表層の複合材、補強骨格、荷重フレーム、場制御補助層、その全部が層になって見える。
次の瞬間、艦体の前方外装に変化が起きた。
そこへ、『青葉』の艦首周囲から分子機械群が展開した。
外部カメラ映像の中で、『青葉』の艦首下面と両側面の装甲の継ぎ目が、ぬめるように開いていく。そこから現れたのは砲身ではなかった。銀灰色の薄い繊維の束、いや、群れと呼んだほうが近い。一本一本は細い。けれど、それが何千、何万という単位でほぐれながら前へ伸びていくと、見ているだけで背筋が寒くなる。
分子機械だ。
修理用。捕食用。防衛用。
用途の区別など、もともとそんなに厳密ではないのかもしれない。
相手をほどいて、自分の望む形へ組み替える。そういう意味では、全部が地続きなのだろう。
その銀灰色の束が、閉じつつあるドックゲートへ向かって一気に走る。
遠目には霧のようにも見えた。
でも、実際には一つ一つが明確な機能を持つ微小機械群で、ゲート表面へ取りついた瞬間、そこから急速に広がり始めた。
『接触完了』
青葉の声が響く。
『弓良、位相補助を』
「うん」
僕は、接続を一段深くした。
青い光が指先から腕へ、肩へ、胸へ流れ込み、『青葉』の艦首構造と、ゲート表面へ貼りついた分子機械群の感覚が、自分の身体の延長みたいに見えてくる。
いままでなら、ただ“何かが動いている”としか思えなかったはずのそれが、いまは違った。
どこを食うべきか。
どこを避けるべきか。
どの層が構造材で、どの層が場制御の補助で、どこに応力がかかっているか。
そういうことが、感覚の形で分かる。
ただ壊すのではなく、『青葉』が通れるだけの穴を、ドック全体を致命的に壊しすぎない形に造る。
乱暴で、でも繊細。
修理と破壊の中間みたいな仕事だ。
「……ここ、硬い」
『はい。後代増設部ではなく、古い基部に近い領域です』
「完全に壊したら、まずい?」
『後続運用に大きな支障が出ます』
「だよね」
だったら、ただ力任せに食い破ればいいわけではない。
『青葉』が通れるだけの穴で、しかも、できるだけドック全体の致命傷にならない形だ。
乱暴なのに繊細、という最悪に面倒な注文だった。
僕は、分子機械群の先端へ意識を滑らせる。
ゲート表面――複合材の皮膜――その下の荷重骨格――さらに、その奥にある場制御補助層……。
そこへ、分子機械の群れが魚みたいに潜り込む。
噛む。
でも、全部は食わない。
切る。
でも、線を見て切る。
その感覚は、修理魔法と少し似ていた。
壊れた構造を理解して直すのと、構造を理解した上で必要な部分だけ壊すのは、実はかなり近いのかもしれない。
『有効です』
青葉が即座に言う。
『艦体通過サイズの開口部形成を継続』
ゲート中央やや下寄りに、目に見えて暗い穴が生まれ始めた。
派手な爆発ではない。
ただ、巨大な扉の一部が、静かに食われ、削り取られ、縁からほどけていく。
見た目としては、銀色の蟻が集団で古代の扉を喰っているみたいだった。
『青葉』は、そのあいだにも前進している。
係留を解いた巡洋艦の巨体が、ドック内部を滑るように進む。
まだ主機関は完全ではない。でも、巡洋艦級の質量が本気で前へ出れば、それだけで相当な圧になる。
「まだ右側が狭い」
僕が言うと、青葉は即座に補正する。
『右縁へ重点配分』
分子機械の群れが、右側の硬い骨格へ集中した。
ナルディアが、少し青ざめた顔で前方表示を見る。
「神の船って、もっとこう……荘厳に抜けるのかと思ってた」
「いまのところ、かなり力技だね」
僕が言うと、ギラが羽をたたみながらぼそっと言った。
『いや、これはこれでだいぶ怖い意味で荘厳ですわ』
その感想は、たぶん正しかった。
***
だが、穴が開くより先に、外側が動いた。
『警告。外周シェリフ艦隊、発進準備』
青葉の声が少し低くなる。
『また、保安艇二隻がドック外側の予測離脱位置へ先回り中』
「うわ、待ち構えてる」
僕が、言うと、ブライアントが舌打ちした。
「そりゃそうだ。中で閉じ込め切れないなら、出た瞬間を叩く」
「どうする」
「最悪、光輪で黙らせる」
その一言で、僕は、思わずブライアントを見た。
光輪――ナヴーピ防衛の時に使った、あの“艦隊を止める”力だ。
いまの僕にとって、最大の切り札であり、いちばん意味の重い力でもある。
あれをここで使えば、たしかにシェリフ艦や保安艇を一気に黙らせられるかもしれない。
でも、それは同時に、ガナドラのど真ん中で、神子と神の船の危険性を公にすることでもあった。
青葉が静かに補足する。
『現時点での光輪使用は、戦術的には有効です』
「……でも」
『戦略的には、推奨度が下がります』
やっぱり、そうだ。
ナヴーピでの使用は、白兎族と黒狼族の局地的戦場だった。
ここは違う。
商業中枢、情報中枢、無数の目がある場所だ。
ここで光輪を使えば、“弓良と『青葉』は艦隊ごと止められる”という情報が、一気にグラブール領域へ広がるかもしれない。
ジェプラも、緊張した顔で言った。
『……できれば、それは避けたいです』
「うん」
僕もそう思う。
必要なら使うけど、まだその一線ではない。
少なくとも、まずはドックを抜ける。
その後で、外の状況を見てからでも遅くはないはずだ。
『開口部、形成完了まで残り十二秒』
青葉が告げる。
前方映像の中で、閉じつつあるゲートの中央やや下寄りに、黒い穴が見え始めていた。
不格好だ。
でも、確かに『青葉』の艦首が通れそうなサイズになりつつある。
やがて、しばらく抵抗していた複合フレームが、悲鳴みたいな軋みを見せて切れる。開口部が、艦首に足るサイズまで広がった。
「いける?」
『通します』
青葉の返答は強かった。
その一言を聞いた瞬間、僕の中でも迷いが一つ落ちる。
まずは、抜ける。
そのために集中すればいい。
『全推力、前進』
『青葉』が速度を上げた。
ドック内部を滑るというより、巨体が前へ圧をかけていく感じだ。
不完全な主機関でも、巡洋艦級の質量が本気で前へ出れば、それだけで相当な圧になる。
前方の穴が、まだ少し狭い。
でも、分子機械群が最後の骨格を食い切り、縁を押し広げる。
「まだ、右側が」
僕が、言うと、青葉が即座に追従した。
『補正』
銀灰色の群れが、右縁の骨格へ集中的に取りつく。
硬い。
だが、切れる。
切った瞬間、ドックゲートの残ったフレームが悲鳴みたいな軋みを見せ、開口部がわずかに広がった。
『通過可能』
「行け!」
自分でもびっくりするくらい強い声が出た。
次の瞬間、『青葉』はその穴へ突っ込んだ。
艦首が通った。
装甲の縁が、削ったゲートのフレームと擦れて、振動が走る。
船体が左へ少し持っていかれそうになるのを、青葉が強引に押し戻す。
『艦首通過』
『中央部通過』
まだだ。
巡洋艦は長い――艦尾が抜けるまで安心はできない。
後方映像では、ゲートの閉鎖機構が、なおも動いていた。
こちらを押し潰す気か、単に閉じ切るまで止まらないのかは分からない。
でも、どちらにせよ嫌な絵だ。
『艦尾接触予測』
「まずい?」
『軽微損傷で済みます』
「軽微ならいい、のかな……」
そう思った瞬間、後方からごり、と鈍い衝撃が来た。
艦尾の一部が、閉まりかけたゲート縁へ擦ったのだろう。
でも、それ以上は来ない。
『艦尾通過』
青葉が告げた。
『ドック離脱成功』
次の瞬間、視界が開けた。
「抜けた……!」
ナルディアが半分叫ぶように言う。
ガナドラの構造物群。
無数の光。
ガナドラ星系の外縁構造物群、ドックの外へ広がる宇宙空間だ。
けれど、安堵している暇はなかった。
シェリフ艦隊が待ち構えていた。
要するに、外へ出られたが、今度は包囲の外縁へぶつかっただけだ。
『前方にシェリフ艦三、左右に保安艇二』
強そう、という感想がまず出た。
市場の警備艇や商会保安艇とは違う。
大型の艦が何隻か、明らかに“止めるため”の陣形で並んでいる。細長い高速艇ではなく、圧をかけるための艦だ。
「うわ……」
ナルディアが思わず呟く。
「本気じゃん」
『停船勧告、受信中』
青葉が言う。
『武装系は予熱段階。現時点では、まだ法執行の体裁を維持しています』
「つまり、撃ってはこないけど、止まれってことか」
ブライアントが低く言う。
ギラが、外周の艦影を見ながら低く言う。
『ここで止まったら、また向こうの絵になりますな』
「止まれない」
ブライアントが答える。
「だが、撃ち合いもまずい」
僕は、前方の艦影を見つめた。
ここで光輪を使えば、たぶん抜けられる。
でも、その一線を越えるべきかどうかは、まだ判断しきれない。
シェリフ艦隊は、いまのところ即座に撃ってはいない。
停船勧告と包囲――まだ“法の顔”を残したままだ。
そこへ、突然、青葉の表示が別の信号を拾った。
『高優先通信を受信』
「どこから」
僕が、聞くと、青葉は一拍置いた。
『神殿監察部です』
ギラの目が、すっと細くなる。
『……来ましたな』
中央表示に、新しい艦影が浮かび上がる。
シェリフ艦隊とも、商会保安艇とも違う。
もっと整っていて、もっと“公的な威圧”を持つ艦列だ。
その先頭には、見覚えのあるシルエットがいた。
「……ゲラバの艦?」
僕が、呟くと、ギラが首を振る。
『魔女の船と似てるけど、ちょい違います。監察部筋や』
その艦影を見た瞬間、シェリフ側の動きがほんのわずかに鈍った。
こちらへ伸びかけていた包囲の線が、躊躇うみたいに揺らぐ。
状況が、変わり始めていた。
僕は、接続席に座ったまま、小さく息を吐いた。
ドックは抜けた。
光輪は、まだ切っていない。
そして、ここでようやく、別の“権威”が盤面へ入ってきた。
ガナドラの騒動は、これで終わりではない。
でも、少なくとも、相手の都合だけで押し切られる局面ではなくなった。
それだけで、ほんの少しだけ、胸の奥の重さが軽くなった。




