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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第四十一章 ショー会場脱出

 格闘ショーの舞台袖の方向から、何かが弾けるような音が連続した。

 銃声、とまではいかない。

 でも、乾いた破裂音に近い。

 続けて、短い悲鳴が上がる。

 観客席の一部がざわめき、試合中だったリングの上の選手たちまで動きを止めかける。

『……っ!』

 警備員が反射的にそちらを振り向いた。

 その一拍で十分だった。

 そこからは一気に崩れた。

 近くの観客が立ち上がり、悲鳴と怒号が混ざる。

 何が起きたのか分からない者たちが通路へ殺到し、逆にそれで警備側の視界も塞がれる。

「……見つかった!」

 僕が、そう呟いたのと、警備員が腰の装備を抜いたのは、ほぼ同時だった。

『確保しろ!』

 丁寧な口調は、もう消えていた。

 最初の警備員が僕の腕を取ろうとした瞬間、太郎が飛んだ。

「待てって言ったよね!?」

『最後だ!』

 全然最後ではなかった。

 でも、結果としてはその飛びつきが正しかった。

 熊のぬいぐるみみたいな見た目の太郎が、警備員の前腕へ噛みつくみたいに絡みつき、そのまま小型作業ドローンとは思えない膂力で装備側へ食らいつく。

 警備員がよろめき、手元の銃めいた装置の向きが逸れる。

 同時に、ジェプラが僕の腕を引いた。

『弓良殿、こちらへ!』

「うん!」

 僕たちは、客席の列を飛び越えるように動いた。

 観客たちは完全に混乱していて、通路のほうが逆に危ない。

 だったら、座席の列を横切った方がいい。

 その時、舞台袖側の扉が乱暴に開いた。

 飛び込んできたのは、ブライアントだった。

 その後ろにギラ。

 さらに、そのさらに後ろからナルディアまで来ている。

 全員、走っていた。

 しかも、ブライアントとギラの手には、細身の銃のようなものがある。 

 ただし、実弾ではないようだ。撃った後で、青白い火花を短く走らせた。

『非致死性のショックガンです』

 青葉が告げる。

「頭を下げろ!」

 ブライアントが叫んだ。

 次の瞬間、青白い閃光が二本、客席上段へ走った。

 客席通路へ上がりかけていた青獅子族の警備員が一人、電撃を食らって痙攣し、その場へ崩れる。

 致死性ではないのだろう。

 でも、食らった青獅子族の男たちは、その場で身体を痙攣させて崩れた。

 ギラも、別方向へ撃った。

『道開けて!』

 黄色い大きな羽をばさっと広げながら、彼はひどく派手に動く。

 だからこそ、観客の目もそちらへ引かれる。

 実際には、攪乱込みなのだろう。

 ギラが、走りながら怒鳴る。

『途中でバレた!』

「見れば分かる!」

 僕が、叫び返すと、ナルディアがその横から割り込んだ。

 ナルディアは、その間にものすごい速さでこちらへ走ってきた。

 さっきまで舞台で戦っていた時より、さらに実戦寄りの動きだ。

 身体が軽い。

 腰がぶれない。

 この子、本当に現場慣れしている、と思った。

「兄さん! こっち!」

 彼女の声は、さっきよりはるかに切羽詰まっていた。

 でも、その声の勢いは相変わらずだった。

 “いまは走るしかない”と割り切った顔だった。

 客席の下から別の警備員が上がってくる。

 会場の入り口側も閉じられかけている。

 完全に、もう“事情聴取”ではない。

 この場ごと押さえ込む気だ。

 ブライアントが一瞬で判断した顔をした。

「弓良!」

「うん!」

「ここで抜けるしかない!」

 その意味は、考える前に分かった。

 テレポートだ。

 ナヴーピで使えるようになった、バルクトランスファー魔法を応用した転移だ。

 距離も人数も、そう軽く使えるものではない。

 でも、いまはそれ以外にない。

「飛ばす!」

 言葉が先に出た。考えるよりも早く。


***


 そこから先は、かなり一気だった。

 さっき僕の腕を取ろうとした警備員が、再び動き出そうとする。

 その足へ、太郎が飛びついた。

「待てって言ったよね?」

『最後だ!』

「最後じゃない!」

 全然最後ではない。

 でも、太郎の突っ込みは正しかった。

 ぬいぐるみみたいな熊型整備ドローンが、警備員の膝裏へ猛烈な勢いでぶつかり、そのまま脚部に絡みつく。

 警備員は、完全に体勢を崩し、ショックガンの向きまで逸れた。

 その隙に、ジェプラが僕の背を押す。

『弓良殿!』

「分かっている!」

 僕は、一度だけ深く息を吸うような気分になって、意識を集中した。

 会場全体は無理だ。

 でも、僕たちの位置と、『青葉』の船内座標は、青葉が補足してくれる。

 その場で一歩引き、意識を一気に青葉へつなげた。

 会場の照明。

 悲鳴。

 ざわめく客。

 上段から走ってくる追加の警備。

 リング上で混乱している選手。

 その全部を、いったん切り離す。

 必要なのは、僕たちの位置と、『青葉』の座標だけだ。

「青葉!」

『固定しています』

 耳元の声が、ほとんど『青葉』の制御区画にいる時みたいに近かった。

『転送対象、弓良、ブライアント、ジェプラ、太郎、ラギ・ギラ、ナルディア。帰還先、『青葉』内部第三区画へ直結可能です』

「いける?」

『可能です』

 ただし、周囲の場は安定していない。

 娯楽ステーションの会場内は、人と光と各種制御場が入り乱れている。

 しかも、いまはショックガンの電撃まで飛び交っている。

 それでもやるしかない。

 ブライアントが、なおも撃ちながら叫ぶ。

「急げ!」

 ギラも、後ろを振り返りざまに撃ち返す。

『裏帳簿は取った! サーバーに入って見つけたから、そこはオーケーや!』

「ほんとに?」

 僕が、思わず叫ぶと、ギラは笑った。

『そのために来たんですやろ!』

 そこへ、青獅子族の警備がさらに二人、舞台側から回り込んできた。

 そのうち一人がショックガンを撃つ。

 ナルディアが、反射的に僕の前へ身体を入れかけた。

「弓良!」

 次の瞬間、ナルディアの肩をかすめるようにショック弾が飛んだ。

 彼女は、反射的に身をひねってかわし、そのまま僕のすぐ横へ滑り込む。

「早く!」

 次の瞬間、太郎が、今度は、その男の腹へ突っ込んでいた。

 ぬいぐるみみたいな身体で、でも容赦なく。

 警備員が体勢を崩して、階段を転げ落ちる。

 いま、しかない。

『やる!』

 僕は、両手を前へ出した。

 青い光が、指先から輪のように広がる。

 ナヴーピで使った、あのバルクトランスファーを元に作った転送魔法だ。

 距離も人数も、簡単ではない。

 でも、青葉が座標を補足してくれているなら、やれないことはない。

 客席の喧騒も、警備員の怒号も、ナルディアの息も、全部まとめて意識の端へ追いやる。

 必要なのは座標で、僕たち六人を一つに束ねて、『青葉』の内側へ滑らせること。

『固定しています』

 耳元の声が、すぐに返る。

 『青葉』の中枢が、僕の魔法へ座標の“正解”を通してくる。

 視界の中で、世界の輪郭が一瞬だけずれる。

 会場そのものの位置。

 『青葉』の内部位置。

 僕たち六人分の質量と、意識のまとまり。

 そこへ、最後の邪魔が入った。

 客席通路の上から、もう一人の青獅子族警備が、ショックガンを向けてきたのだ。

 太郎が再び飛んだ。

『護衛する!』

 熊型の小さな影が、警備員の腕へぶつかる。

 ショック弾は、地面へ向かって、青白く弾けた。

 青い光が、視界の端で走った。

「飛ぶよ!」

 僕が叫んだ瞬間、世界がずれた。


***


 次に床の感触を認識した時、僕たちは『青葉』の中にいた。

 硬い艦内床――青い照明ライン――静かな空気。

 外の喧騒とは切り離された、静かな艦内。

 騒音に満ちた娯楽ステーションとは、まるで別世界だ。

 転送の負荷で、ジェプラが少しよろめく。

 ナルディアも、一歩、たたらを踏んだ。

 ギラは、羽をばさっと広げてうまく着地し、ブライアントは膝をつきかけながらもすぐに立ち上がる。

 太郎だけは、最初からそこにいたみたいに平然としていた。

「……っ、セーフ?」

 ナルディアが、息を切らしながら言った。

「たぶん」

 僕が応えると、青葉の声が響いた。

『帰還を確認しました』

 その一言で、ナルディアは、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 そして、まだ少し息を荒くしたまま辺りを見回した。

「……ここが、神の船?」

「うん」

 そして、次の瞬間には、また一気に喋り始める。

「ちょっと待って、兄さんたち何これ、船? ていうかこれが神の船? いや、ニュースで見たけど、本物だともっとすごいんだけど! あと、あたし普通に拉致られたみたいな感じになってない? 大丈夫?」

 その勢いに、僕は、少しだけ目を丸くした。

 やっぱり彼女は、なんか凄い。極限状態から戻った直後でも、言葉が止まらない。

 ギラが、羽をたたみながら感心したように言う。

『元気なお嬢さんですなあ』

「ずっとこんな感じだ」

 ブライアントが即答する。

 その返しが、さっきまでの切羽詰まった空気を少しだけ軽くした。

 助け出せた。

 それは間違いない。

 でも、助け出したこと自体が、もう次の面倒を呼んでいる。

 ガナドラの娯楽ステーションで騒ぎを起こし、グィルディ商会の管理区画へ人を入れ、しかもその場から地球人の少女を神の船へ“消した”のだ。相手がそのまま黙って引き下がるはずがない。

 それをいちばんよく分かっているのは、たぶんブライアントだった。

「青葉、状況はどうなっている?」

『娯楽ステーション側は、既に異常事態として処理を開始しています。また、ガナドラ公共網へも一部の騒動情報が流れています』

「要するに、静かには終わらないってことか」

 ブライアントが言う。

『はい』

 その答えは予想どおりだった。

 ブライアントは、すぐにギラを見る。

「裏帳簿は?」

 ギラは、羽の付け根あたりから薄い記録媒体を抜いた。

 見た目は薄い板状のモジュールに近い。

 ただ、そこに入っているものは、多分、普通の商会会計どころではないのだろう。

『ちゃんと保管してる。これでグィルディさんとこの商会、かなりしんどいはずや』

「帳簿の中身は?」

『全部やないですが、十分やと思いますわ。表向きの帳簿と別で、人身流通、違法債務、流通不明品、あと一部やけど、部族外勢力とのやり取りらしきものも抜けてます。全部精査はこれからやけど、“ガサ入れの口実”どころやないですわ』

 その声には、興奮と安堵が混じっていた。

 たしかに、それなら“オーケー”なのだろう。

 ナルディア救出だけでなく、グィルディを押さえるための証拠も取れた。

 ここまで来れば、正面衝突はもう避けられないが、少なくとも意味のない突撃にはならない。

「黒狼族は?」

 僕が、聞くと、ギラの表情が少しだけ引き締まる。

『断定はまだやけど、匂いはありましたで。直接“黒狼族”と書いてあるほど親切やないですけど、表へ出せん相手と継続取引しとる形跡はある』

 それだけで、十分に重かった。

 ナルディアは、まだ状況の変化へ身体が追いついていないようだった。

 でも、兄の声とギラの言葉に反応して、すぐこちらを見た。

「それ、使えるの?」

「使えるようには、する」

 ブライアントが答える。

「ただ、どこにどう出すかで意味が変わる。商人組合に出すのか、シェリフに流すのか、神殿監察部へ直で送るのか」

「神殿監察部がいいんじゃないの?」

 僕が、そう言うと、ギラが頷いた。

『わてもそう思います。せやけど、向こうも向こうで手順がありますわ。証拠押さえたから即全員逮捕、とはならへん』

 ナルディアが、そこでようやく少し苛立ったように言った。

「そんな悠長なこと言ってる場合? グィルディ、絶対もう気づいてるでしょ」

「気づいてる」

 ブライアントが即答する。

「だから、たぶん次は船を押さえに来る」

 その一言で、艦内の静けさがさらに一段硬くなった。

 僕は、反射的に青葉を呼んだ。

「青葉」

『はい』

「ドック周辺の動きは」

『増えています』

 青葉の返答は早かった。

『シェリフ艦艇、ならびに青獅子族商会所属とみられる保安艇の移動を確認。現時点では“通常警備強化”の名目ですが、本艦周辺への集中傾向があります』

「やっぱり」

『はい。また、ドック管理系へ優先封鎖命令が一部入力されています』

 それは、あまり聞きたくない言葉だった。

「封鎖?」

『出入り口の制御権限を上位管理系が取得し始めています。短時間であれば、外部から本艦の離脱を遅延させることが可能です』

 ブライアントが舌打ちした。

「間に合いやがったか」

 ギラは、逆に少しだけ感心したような顔になる。

『早いですなあ。さすがに大商会や』

「褒めてる場合じゃないよ」

 僕が、言うと、ギラは両翼を軽くすくめた。

『褒めてるんやのうて、敵の手際がええ言うてるんです。そういう相手は、雑に見てると死にますで』

 その物言いは軽いのに、内容は軽くない。

 ジェプラが、そこで初めてナルディアへ近づいた。

『お怪我は』

「あるけど、動ける」

 ナルディアは、即答した。

 強がりもあるのだろう。でも、顔色は悪くない。試合慣れしてしまっているのか、それとも元々かなり頑丈なのか。

「医療区画へ行くか?」

 ブライアントが聞くと、ナルディアは首を横に振った。

「あとでいい。それより、アーマッド達のことを、話したい」

「話せるだけ話してくれ。ただし移動しながらだ」

 その言い方が、もう完全に現場指揮のものだった。

 ブライアントは、すでに“船を出す”前提で考えている。


***


 僕たちは、制御区画へ移動した。

 艦内の通路を走るあいだに、ナルディアは切れ切れに状況を説明した。

 シラトリは、グラブール領域で探査中にガラXFIザAの打擲艦隊に遭遇した。

 しかも、その場には黒狼族もいた。

 アーマッドが脱出を指示し、ナルディアはアエリミアスで離脱。

 その後、黒狼族側に捕まり、どこかを経由してグィルディ商会へ売られた。

 ナルディアは、楽屋で聞いた話を、もっと詳しく説明してくれた。

「美優もいたの?」

 僕が尋ねると、ナルディアは、頷いた。

「いた。最後に見た時は、まだ一緒だった」

「最後って」

「シラトリがやられた時」

 その言葉に、僕の胸の奥が少し重くなる。

 美優――機怪人形で、僕と似た存在かもしれない相手。

 ナルディアは、続けた。

「メカニックの源一郎さんもいたし、リーダーのアーマッドもいた。動力が完全にやられていたから、ガラのドローンに乗り込まれたと思う。でも、そこから先は分からない」

 ブライアントは、走りながら一度だけ頷いた。

「黒狼族が、どこまで回収したのか、ガラXFIザAがどう絡んでるのかは、分からない。あたしは、アエリミアスの燃料が切れて捕まった後、すぐグィルディの方に送られたから」

「十分だ」

「十分じゃないよ」

「いま必要なぶんとしては、だ」

 その会話に、兄妹らしさがあった。

 ナルディアは感情の速度が速い。

 ブライアントは、それを押さえつけるのではなく、必要なところだけ切り出して前へ進める。

 その後ろを走りながら、僕は、少しだけ複雑な気持ちになった。

 やっぱり羨ましいのだと思う。

 こういう形で噛み合う血縁の距離感を、僕は、いま持っていないから。


***


 制御区画へ入ると、青葉がすでにガナドラのドック周辺図を出していた。

 赤い点が増えている。

 さっきまで疎らだった警備艇や保安艇が、『青葉』の停泊区画を中心にして集まり始めているのだ。

「うわ」

 僕は、思わず声を漏らした。

「早いな」

『相手側も、状況の重大性を理解しています』

 青葉が応えた。

『神子弓良、白兎族の後ろ盾、青獅子族大商会、探索人組合、神殿監察部協力者、そのいずれも公になり得る局面です。隠蔽の初動としては妥当です』

 妥当、と言われると少し嫌になる。

 でも、たしかに相手から見ればそうなのだろう。

『これ、頼むわ』

『了解しました』

 ギラが渡した記録媒体を、青葉がすぐに安全領域へ取り込んで解析に回す。

 ナルディアはようやく少し落ち着いたものの、まだ呼吸が浅い。試合と逃走と転送が一気に重なったのだから無理もない。

 ブライアントは、そのナルディアを一度だけしっかり見て、それからすぐに視線を前へ戻した。

「シェリフまで動いてるのが厄介だな」

 ギラが羽をたたみながら苦い顔をした。

『ガナドラでは、そこが厄介なんですわ。商人組合とシェリフの距離が近い。正式な手続きっぽい顔をさせたら、向こうの方が一枚上手です』

 その言い方に、ジェプラが少しだけ眉を寄せる。

『正式な手続き、ですか』

『ええ。ほんまに正式かどうかは別やけど、“正式に見える形”はすぐ作れます』

 それは、ひどく嫌な話だった。

 しかも、かなりありそうな話でもある。

 ギラが、表示を見ながら低く言った。

『もう、商会からの告発で走ってるでしょうな』

 ブライアントが続ける。

「こっちを“誘拐犯”か“不正侵入犯の共犯”に仕立てる流れか」

 ナルディアが、目を丸くした。

「じゃあ、あたしたち、普通に誘拐犯とかそういう扱いにされるってこと?」

「される可能性は高い」

 ブライアントが即答する。

「お前を勝手に連れ去った。商会区画へ不正侵入した。神の船を使って騒動を起こした。多分、そのへんの筋書きだ」

「最悪なんだけど!」

「最悪だよ」

 その返答が早すぎて、逆に少しだけ救われる。

 ナルディアは、いま自分が置かれている状況の酷さをちゃんと理解している。

 しかも、その理解が声に、そのまま出る。こういう時こそ言葉が止まらないタイプなのだろう。

 ナルディアがいるだけで、場のテンポが上がる。

 それは、騒がしさでもあるけれど、沈み込みすぎないためには悪くない。

 ジェプラは、強く唇を結んでいた。

『白兎族へ連絡を』

『既に実施中です』

 青葉が応えた。

『ただし、リアルタイム介入は困難です。ガナドラ星系は遠く、ナヴーピから即応艦隊を差し向けることは、できません』

 それは、分かっていた。

 白兎族は後ろ盾にはなってくれる。でも、ここは白兎族の本拠ではない。しかも黒狼族との緊張も残っている。

 いざとなったら全部を投げて助けに来る、という立場ではないのだ。

 ギラが、小さく喉を鳴らした。

『神殿監察部にも、連絡してます』

「間に合う?」

『間に合わへんかもしれへん。せやから、まずは自分らで詰まんようにせなあきません』

 要するに、すぐには助けは来ない。

 なら、『青葉』が動けるうちに動くしかない。


 その時だった。

 『青葉』の内部照明が、ほんのわずかに変化した。

 青葉の声が、さっきより少し低くなる。

『警告』

「何?」

 青葉の表示が切り替わり、ドック内部の監視映像が出る。

 接続ブリッジ側の入口に、狸族のグラブール人たちが映っていた。軽装甲の統一制服、武装、整った隊列。市場でダーキッドを引き渡した時に見たのと同じ、ガナドラ星系のシェリフたちだ。

『本艦係留ドックに、ガナドラ星系シェリフ部隊が到着しました』

 僕は、思わず青葉の表示を見上げた。

『接触要求。加えて、商会側代理人識別が一名含まれています』

 今回は人数が多い。

 しかも、顔つきが違う。

 気楽に引き取りに来た警備ではなく、“仕事として船を押さえにきた”顔だ。

 ギラが、さっきまでの軽さを少し引っ込めて言う。

『早いで……』

 ブライアントも低く唸る。

「グィルディの告発がもう回ったのか?」

 青葉が続ける。

『外部回線を開きます』

 映ったのは、狸族の中年男だった。

 整った制服、事務的な顔、そして、こちらへ何かを読み上げる準備をしている目。

 だが、どこか“ちゃんとした顔をしているだけ”という感じがあった。

 市場でダーキッドを受け取った時の軽い調子の男とは別人らしい。たぶん、こういう時用の顔を持つタイプなのだろう。

『こちらはガナドラ星系シェリフ、ドック保安執行班です』

 その口調は、驚くほど事務的だった。

『グィルディ商会からの正式な告発を受理しました。巡洋艦『青葉』ならびに関係者に対し、商会管理区域への不正侵入、商会関係者への暴行、商会保有下にあった契約対象の不法連れ去り、ならびに営業妨害の容疑です』

 並べ方がうまい。

 雑に言えば、ナルディアを取り返し、裏帳簿を奪い、騒ぎを起こした。それを、こうも整然と悪事の羅列みたいに言い換えてくるのだから。

 僕は、思わず顔をしかめた。

「契約対象って……」

 ナルディアも同時に嫌そうな顔をする。

「うわ、ほんとにそういう言い方するんだ」

 シェリフの狸族は、こちらの反応を無視して続けた。

『以上により、現時点で本艦および関係者には事情聴取のための拘束要請が出ています。武装解除の上、ハッチを開放し、代表者はシェリフへ同行してください』

「拘束要請、ね」

 ブライアントが低く言う。

「令状じゃないのか?」

 狸族のシェリフは、少しだけ表情を動かした。

『ガナドラ星系の商業保安規定に基づく緊急措置です』

 その答え方で、だいたい察した。

 正式な裁判所令状のようなものではない。

 でも、商人組合とシェリフの運用で“そういうふうに扱える形”にしてきたのだ。

 ギラが、小さく舌打ちした。

『やっぱり早いですな』

 ジェプラが一歩前へ出る。

『白兎族の後ろ盾を持つ神子弓良殿に対して、その扱いは不適切です』

 シェリフの狸族は、そこで初めてジェプラを見た。

 だが、その反応もまたひどく慣れていた。

『白兎族側への連絡は、必要に応じて追って実施します。現時点では、ガナドラ星系商業保安案件として処理中です』

『追って、では遅いと言っています』

「ジェプラ」

 ブライアントが、静かに制した。

 たぶん、このやり取り自体に意味が薄いと判断したのだろう。

 僕も、そう思った。

 これは話し合いのための通告ではない。

 向こうはもう、こちらを動けない場所へ閉じ込めた上で、“逮捕手続き中”の絵を作りたいのだ。

 僕は、ブライアントと視線を交わした。

 ここから先は、もう会場からの逃走劇では済まない。

 『青葉』ごと、ガナドラの制度と権力へぶつかる段階へ入ったのだ。


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