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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第四十章 ラギ・ギラは笑っている

 僕らは、ギラと神殿監察部と共に、グィルディ商会の「ガサ入れ」に協力することになった。

 ラギ・ギラという鳥人間型の異星人は、見た目だけなら陽気だった。

 大きな黄色い羽、よく動く丸い目――くちばしの端が少し上がっていて、放っておいても笑っているように見える顔つき。

 しかも、喋り方まで軽い。

 でも、その軽さの下にあるものは、思っていたよりずっと硬かった。

 裏を取ってからの彼は、少なくとも僕たちの前では、ふざけるだけの相手ではなくなっていた。

『……裏帳簿が取れたら、一気に捜査入る算段になっとる』

 ギラは、ラウンジ区画の壁際へ立ったまま、羽の先で端末の空中表示を開いた。

『ほな、手短に詰めましょか』

 そこに、娯楽ステーションの簡易見取り図が浮かんだ。

 観客席、試合場、舞台裏の通路、控室群、管理室、搬送路――。

 それから、商会側の関係者しか使わない赤い経路があった。

「ちゃんと分かれてるんだね」

 僕が言うと、ギラが笑った。

『そらそうですわ。雑多に見える場所ほど、金と責任の線引きだけはきっちりしてます』

「責任?」

『何か起きた時に、誰のせいやと言えるようにするためですわ』

 嫌な話だった。

 でも、いかにもありそうでもある。

 ブライアントは表示を睨みながら言う。

「裏帳簿があるとしたら、管理室か、その近くの内部端末か」

『可能性は高いですな』

 ギラは、頷いた。

『せやけど、裏帳簿いうても紙やない。商会側の閉鎖系にあるはずですわ。せやから、ただ忍び込むだけやのうて、開かせる時間がいる』

「その時間を、こっちが作る」

 ブライアントがそう言うと、ギラは羽を軽く打ち鳴らした。

『話が早いのは助かりますなあ』

 ジェプラが、慎重に口を開く。

『グィルディ商会は、こちらが何か動くと予想しているのではありませんか』

『してるでしょうな』

 ギラは、あっさり認めた。

『そやから、真正面から“捜査です”言うて入っても、まず綺麗な帳面しか出てけえへん。今ほしいんは、消される前の生の証拠ですわ』

 その言い方には、慣れがあった。

 こういうことを、何度もやってきたのだろう。

 僕は、浮かんだ見取り図の赤い経路を見つめた。

「僕たちは、さっきと同じように客席へ戻って、ただ見ていればいいの?」

『そうです』

 ギラは、羽の先で客席エリアを示した。

「神子はんが客席に戻ると、警備は絶対そっちに寄る。しかも、連れが白兎族のお嬢さんと、ぬいぐるみ型の護衛やろ? 絵として目立ちすぎます」

『ぬいぐるみでは、ない』

 太郎が即座に言った。

「重要なとこで、毎回、否定しないで」

『重要だからだ』

 太郎は、当然のように言い返す。

 ギラは、吹き出した。

『ええやないですか、かわいくて』

『かわいいは補助要素であり、本質ではない』

『その主張、今日いちばん強いですな』

 その軽口で空気が少し緩んだのは助かった。

 正直に言えば、僕は緊張していたのだ。

 囮になること自体はいい。

 あの子、ナルディアを助けるためなら、それくらいは、やる。

 でも、自分が“神子”として目立つことを利用するのは、どうにも落ち着かない。

 ナヴーピでは、拝まれること自体に居心地の悪さがあったけど、ガナドラでは、それがもっと別の意味を持つのだ。

 ……信仰だけではなく、商売と警戒と欲望の視線が混じる。

 ジェプラの方は、まだ少しだけ不安そうだった。

『本当に、弓良殿が客席へ戻る必要があるのでしょうか?』

『ありますな』

 ギラは真面目に答えた。

『神子はんが戻るだけで、警備の目線がずれる。あんさんらは、“珍しい客”であると同時に、“扱いを間違えると面倒な客”でもある。そこが効くんですわ』

「全然、嬉しくない役割だなあ……」

 僕が、そう言うと、ギラは嘴の端を上げた。

『そういう役を、ちゃんと嫌がりながら引き受けられる人が、一番向いてるんです』

「それも、あんまり嬉しくない褒め方だ」

 ブライアントが、そこで僕を見た。

「嫌なら、ちゃんと言うんだ」

「嫌だけど、やるよ」

 そう返すと、彼は少しだけ目を細めた。

「そう言うと思った」

「なんか、それも癪だな」

「お前がそういうヤツだって、だいぶ分かってきた」

 その言い方には、少しだけ兄貴分らしい温度があった。

 その温度があるからこそ、なおさらナルディアのことを放っておけないのだろう。

 ブライアントが小さく笑った。

「だが、たぶん間違ってない」

 その言い方に、少しだけむっとする。

 でも、ここで役に立てるなら、それでいいとも思う。

「……了解」

 僕は、小さく言った。

「やる。ただし、雑に扱われるのは嫌だからね」

『そらもちろん』

 ギラは即答する。

『雑に扱われるんは、わてらも困りますわ』

「信用していいのかな、その言い方?」

『現場では、だいたいそんなもんです』

 その開き直りが、変に本物っぽい。

 ブライアントは、そこで椅子からゆっくり立ち上がった。

「じゃあ、俺はギラと一緒に動く」

「兄さん役、放棄だ」

 ついそんな言葉が漏れてしまう。すると、ブライアントは少しだけ眉を上げた。

「役じゃない」

「分かってるよ」

「ナルディアを引きずり出すなら、いまは証拠がいる」

 その声は低かった。

 でも、迷いはない。

 ギラが、空中表示を出しながら簡単な経路を示す。

『次の試合が始まる前に、わてとブライアントは裏へ回る。ルゴルが内側から楽屋と管理導線のタイミングをずらす。神子はんとお連れさんは客席へ戻る。警備がそっちを警戒してるあいだに、こっちは証拠を取る』

 ギラが、簡潔に役割分担をまとめた。

 僕、ジェプラ、太郎は、次の試合の観客として客席へ戻る。

 神子がまた観戦に来た、という絵を作るのが目的だ。

 警備はどうしてもそこへ注意を割く。

 ブライアントは、ギラと一緒に裏側へ回る。

 人類圏側の視点が必要なのと、ナルディア関連の情報が出た時に判断が早いからだという。

 その理屈はもっともだったが、僕としてはちょっとだけ不安でもあった。

 ルゴルは、内側から動く。

 楽屋側の人間として、管理区画への人の流れを少しだけ乱す役目らしい。

 ジェプラが、表情を引き締めたまま尋ねる。

『失敗した場合は?』

 ギラは、少しだけ困ったような顔をした。

『走るしかないですな』

 僕は、思わず顔をしかめた。

「やっぱりそこ雑なんだ」

『最終的には、だいたい現場がなんとかするもんですわ』

「その“なんとか”をするのが、だいたい僕たちなんだよなあ」

 そう言うと、ギラが羽をぱたぱた振った。

『そこは、神子はんに期待してます』

「期待の仕方が重い」

 ブライアントが小さく笑った。

「諦めろ。今回はそういう役回りだ」

 ジェプラは、まだ完全には納得していない顔だったが、それでも頷いた。

『私は、弓良殿のそばを離れません』

「うん」

『客席でも、できる範囲で警戒します』

 その真面目さは頼もしい。

 ただ同時に、彼女は本来こういう汚れ仕事に向いている性格ではないとも思う。

 ナヴーピの白兎族の神殿で育った見習い神官が、ガナドラの怪しい娯楽ステーションで囮作戦に付き合っている。改めて考えると、だいぶ変な話だ。

「太郎は?」

『護衛や』

 ギラが迷わず答える。

『ぬいぐるみやけど』

『ぬいぐるみではない』

 太郎が即座に返して、ジェプラが小さくため息をついた。

『いま、その訂正は本当に必要ですか?』

『必要だ。太郎も護衛する』

「うん、頼りにしてる」

『当然』

 そのやり取りに、少しだけ空気がゆるむ。

 でも、腹の底の緊張は解けない。

 ここから先は、たぶん戻れない。

 ナルディアの話を聞いた時点で、もうそうなりかけていた。

 そして、今、ギラと組むと決めたことで、その流れは、はっきりした。

 グィルディ商会の黒い部分を押さえて、ナルディアを救い出す、アーマッドたちの線も拾う――そういう意味では、これ以上なく正しい方向へ進んでいると思った。

 ただし、たぶん騒ぎは大きくなる。

 ギラが、少しだけ真面目な顔になった。

『ひとつだけ、先に言うときます』

 その声音で、全員が自然とそちらを見る。

『グィルディは、たぶん、ただの悪徳商人やおまへん』

 ブライアントが低く問う。

「どこまで見てる?」

『まだ断定はできへん。でも、人身売買まがい、違法債務、流通不明品、このへんはたぶんある。で、さっきの地球娘の話まで入れると、黒狼族や別筋の異星人勢力と、どこかで繋がっててもおかしない』

 その推測は、僕たちが話し合っていたことだった。

 でも、探索人組合と神殿監察部の側から同じ話が出ると、重みが変わる。

『だから、これは、ナルディアはん一人の話だけやないんですわ』

「それは、確認した。ナルディアの船は、ガラXFIザAにやられた。そして、ナルディアは、黒狼族に引き渡されて、売られた」

 ブライアントが告げる。すると、ナルディアが、こくこくと頷いた。

『なるほど、せやったんか。後で、神殿監察部に、同じ話をお願いします』

 ギラは、頷いて、続けた。

『ここで引っ張れたら、全部まとめて、一気に崩せるかもしれへん』

 つまり、単なる身内救出では終わらない。

 グィルディ商会そのものと、他の黒い勢力へ食い込める可能性がある。

 ブライアントが、ゆっくり頷いた。

「了解した」

『ほんで』

 ギラは、今度は少しだけ笑みを戻す。

『逆に言うと、相手も必死です。神子はん見て、うわー珍しいなあ、で終わる連中ばっかりやない』

 それは、さっきの会場で十分、分かっていた。

 客席へ戻れば、嫌でも目立つ。

「やっぱり、嫌な役だな」

 僕が率直に言うと、ギラがぱちんと片目をつむった。

『神子はん』

「なに?」

『次の試合、ちゃんと見ててくださいや』

「それは、分かっています」

『見てるだけでええんです。見られてるだけで、向こうは勝手に警戒します』

 その言い方に、また少しだけ嫌な感じがした。

 神子であり、珍しい客であり、機怪人形であること――それら全部を、今は、囮として使う。

 でも、ここで尻込みするわけにもいかなかった。

「……行こう」

 僕がそう言うと、ジェプラが静かに頷く。

 太郎は短く『護衛する』と言った。

 ブライアントはギラと一緒に、もう一度だけルートを確認している。

 ショー会場のほうから、次のアナウンスが遠く響いてきた。

 酒と喧騒に包まれた娯楽ステーションの夜は、まだ終わらない。

 でも、僕たちの中では、さっきまでの“見物”の時間は、もう完全に終わっていた。


***


 ショー会場へ戻る通路は、さっきより少し長く感じた。

 僕、ジェプラ、太郎の三人だけで歩いているからかもしれない。

 ブライアントとギラは、途中の分岐で別れた。

 その時、ブライアントは短く「無理するな」とだけ言った。

 それだけの言葉なのに、妙に耳に残る。

 客席が近づくにつれて、また熱気が戻ってくる。

 歓声――ざわめき――賭け札の音――派手なアナウンス。

 僕は、それを聞きながら少しだけ肩の力を抜こうとした。

 緊張しすぎると逆に目立つ。

 囮になるなら、自然に見えたほうがいい。

『弓良殿』

 ジェプラが、小声で呼んだ。

「うん?」

『もし、何かあれば、私は白兎族の名で押します』

「押すって?」

『この場で、どれほど通じるかは分かりません。ですが、何もないよりはましです』

 その言い方が真っ直ぐで、僕は少しだけ笑ってしまった。

「ありがとう」

『はい』

 太郎は、いつになく真面目だった。

『太郎は、飛びつく』

「そこは、最終手段にして」

『わかった』

 たぶん半分くらいしかわかっていない。

 それでも、二人がいるだけで少し心強かった。


 会場へ入ると、さっき座っていたあたりの席へ自然に案内された。

 エキゾチックパスの効力なのか、警備側も僕たちを“上客”として扱わざるを得ないらしい。

 そこが、この作戦の一番いやらしいところだ。神子であること、珍しい客であること、それ自体が囮として機能してしまう。

 そして、さっきまでと同じような場所なのに、空気が少し違って感じられた。

 照明は派手だし、歓声も大きい。

 賭け札を握る客の熱も、酒場の喧騒も、さっきと同じように濃い。

 でも、今の僕には、それがただの賑やかさには見えない。

 人を隠すための騒音であり、視線を逸らすための色でもある気がした。


 席に着くと、周囲の何人かがやはりこちらを見た。

 明らかに、さっきより視線が多かった。

 神子、白兎族の後ろ盾を持つ客、ニュースに出ていた機怪人形――といった噂が、既にこの会場にも流れているのだろう。

 僕は、なるべく普通の顔をして座った。

 普通の顔って何だろう、と少し思ったけれど、考えないことにした。

 隣には、またあの黄色い鳥人間――ギラではない、別の鳥人間が座っていた。ラギという種族は、やはりこのあたりでは珍しくないのだろう。

 舞台の照明が、また切り替わる。

 次の試合が始まるらしい。

 その時だった。

 僕の視界の端で、通路側にいた青獅子族の警備が、こちらを見て何か短くやり取りした。

 その視線の質が、さっきまでとは少し違う。

 観客を見る目ではない。

 対象を見る目だ。

 僕は、ほんの少しだけ背筋を冷たくした。

 ギラたちが動き始めたのか。

 それとも、もうこちらの仕掛けが読まれたのか。

 たぶん、答えが出るまで、そう時間はかからない。


***


「……落ち着かないな」

 席へ腰を下ろしながら、僕は小さく呟いた。

「はい」

 ジェプラも正直に頷く。

『この場に座っているだけ、というのが、逆に難しいです』

「そうだね」

 僕は前方のリングを見た。

 まだ別の試合が進んでいる。

 大猫狸族と、四本腕の異星人が、かなり大味な殴り合いをしていて、客席はそれなりに沸いている。

 ちょっと前までだったら、僕はまた“地球の格闘技よりちょっとぬるいな”とか思いながら眺めていたはずだ。

 でも、今は、まったくそんな余裕がない。

 僕がここへ戻ってきた意味は一つだ。

 見られること。

 警備に“神子がまだ客席にいる”と思わせること。

 それ自体が囮になる。

 太郎が、座席の上で小さく姿勢を変えた。

『周囲を見ている』

「うん」

『まだ近寄ってくる者はいない』

「まだ、ね」

『まだだ』

 その言い方に、妙に実感がこもっていた。

 僕はなるべく自然な顔をして前を見た。

 自然な顔、というのも妙な話だ。

 さっきナルディアが出てきた場所をもう一度見て、平然としていろというのだから。

 でも、平然としていなければ、向こうに“警戒しています”と知らせるようなものだ。

 ジェプラが、少しだけ身を寄せてくる。

『弓良殿』

「うん?」

『先ほども申しましたが、もし、何かあったら、私は白兎族の名を使います』

「たぶん揉めるよ」

『それでもです』

 彼女は真面目な顔のまま言った。

『私は随行者です。神子弓良殿が、娯楽ステーションで一方的に拘束されるのを見過ごせません』

 その言葉は、ありがたかった。

 ジェプラは、こういう裏の汚い空気に慣れているタイプではない。

 それでも、ここで引かないと言ってくれる。

「ありがとう」

『はい』

 そのやり取りのあと、ほんの数十秒だけ、妙に長い静かな時間があった。

 客席そのものは、静かではない。

 試合は進み、歓声も飛び、酒の注文も飛び交っている。

 なのに、僕たちの周囲だけが、何かが来るのを待つ空間みたいに感じられた。

 そして、その予感は当たった。


***


 最初に気づいたのは、通路側の動きだった。

 青獅子族の警備員たちの視線が、観客席のこちらへ固定されていくのが分かった。

 最初は一人だけだった。

 その男が、少し離れた位置にいた別の警備員へ短く合図を送る。

 でも、その男が短く何かを告げると、少し離れた位置にいた別の警備員まで、同じようにこちらへ目を向ける。

 視線の熱が違う。客を見る目ではない。狙いを定める前の、確認の目だ。

 僕は、肘掛けへ置いた手に少しだけ力を入れた。

「ジェプラ」

『はい』

「たぶん、くる」

 僕が小さく言うと、太郎がすぐに反応した。

『三方向』

 ジェプラが息を呑む。

『囲い込みですか』

「たぶん」

 彼女はすぐに頷いた。

 真面目な顔のまま、でも怯えた様子はない。ただ、耳の角度がわずかに変わる。警戒の姿勢だ。

 その時点で、もう客のふりはほぼ終わっていた。

 中央リングの試合は続いている。

 でも、僕の意識はほとんどそこへ行っていない。

 視界の端で、青獅子族の警備がじわじわと間合いを詰めてくる。

 酒場の用心棒ではなく、商会直属の警備だ。

「太郎」

『見ている』

「飛びつくのは、ほんとに最後ね」

「……善処する」

 その返答は、半分くらいしか信用できなかった。

 舞台の中央では、次の試合の紹介が始まっていた。

 歓声が起き、音楽が大きくなる。

 その騒音に紛れるように、青獅子族の警備員が三人、客席通路へ入ってくる。

 彼らは一応、目立たないように動いているつもりらしかった。

 でも、こっちは最初から見ている。

 しかも、その動き方が客を気にする警備のそれではなく、対象を囲うための動きなのだから、分かってしまえば隠しようがない。

 僕は、なるべく普通の観客を装いながら、視線だけを少し動かした。

 左から一人。

 通路の上側から二人。

 完全な包囲というほどではないが、まず逃がさない配置だ。

「……ギラたち、見つかったかも」

 小さくそう言うと、ジェプラが息を詰めた。

『では』

「まだ動かない」

 ここで早く立ち上がれば、逆に“何かあります”と宣言するようなものだ。

 だったら、向こうに先手を切らせたほうがいい。

 少なくとも、いま客席には他の観客も大勢いる。完全に乱暴なやり方は取りづらいはずだ。

 その時、耳元で青葉の声がした。

『弓良』

「うん」

『商会内部ネットワークに急激な負荷変動を確認しました。ラギ・ギラとブライアントが、管理層への侵入を発覚された可能性が高いです』

「やっぱり」

『会場側でも警備再配置が始まっています。拘束準備と見ます』

 それだけ聞けば十分だった。

 僕たちの席のすぐ横へ、青獅子族の警備員が一人立った。

 体格はがっしりしていて、腰には銃のように見える武器がある。

 表向きは礼儀正しい顔をしているが、目は完全に仕事の目だ。

『失礼』

 低い声でそう言った。

『お客様に、少々確認したいことがございます』

「ここで?」

『はい』

 その時点で、周囲の観客の何人かがざわめき始めていた。

 神子らしい客が、突然、商会警備に囲まれているのだ。

 気づかないほうがおかしい。

 僕は、あえて首をかしげた。

「何の確認ですか?」

 警備員は、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。

 つまり、本当はここで丁寧に説明したくないのだろう。

『商会管理区域への不正侵入が発生しました。その件について、事情を伺います』

 会場の空気が、そこで少しだけ変わった。

 僕は、その瞬間、向こうが“客席で静かに連れ出す”段階を越えたのだと理解した。

 不正侵入。

 そう口にした時点で、もうこちらを“上客”としてだけ扱うつもりはない。

「僕たちが?」

『事情聴取です』

 別の警備員が後ろから言う。

 だが、その言い方は、事情聴取だけで済ませる気がないと言っているような感じだった。

 最初の警備員が、諭すように言った。

『関係者と判断されていますので』

 その言い方が、いかにも向こうらしかった。

 まだ“逮捕”とは言わない。

 でも、連れていくつもりであることは、はっきり見えている。

 ジェプラが立ち上がった。

『白兎族の神子弓良殿です。正式な説明と権限提示を求めます』

 彼女の声は震えていなかった。

 小柄な白兎族の見習い神官が、青獅子族の警備員を相手に一歩も引かずに言い返す。

 さっきもそうだったが、ジェプラはこういう時に思ったより強い。

 白兎族の神殿圏で育った見習い神官の真面目さが、そのまま“正面から押し返す力”になっている。

 だが、警備員は引かない。

『白兎族の名は承知しています。ですが、ここはグィルディ商会の管理区画です』

 それだけで、近くにいた何人かの観客がさらにこちらを見た。

 警備員の片方が、僅かに顔をしかめた。

『白兎族の方にも、後ほど連絡は……』

『後ほど、では遅いのです』

 ジェプラは食い下がった。

『神子弓良殿に手を触れるのであれば、この場で理由と権限を示してください』

 その言い方には、ナヴーピで見てきた神殿側の正式な物腰があった。

 僕は、少しだけ驚いた。

 ジェプラは真面目で、言い合いはしても、こういう押し返しを表でやるタイプではないと思っていた。でも、いざとなると、白兎族の案内役として前へ出るのだ。

 青獅子族の警備員は、それでさらに困った顔になった。

 困るはずだ。

 客席で、周囲の目がある中で、白兎族の名まで持ち出される。

 たぶん想定より少し面倒な展開になっているのだろう。

『協力を』

 警備員の声が、少しだけ硬くなった。

 それと同時に、後ろから別の警備員たちも近づいてくる。

 完全に囲い込む気だ。

 太郎が、低く言った。

『飛びつくか』

「まだ待って」

『嫌な顔をしている』

「そりゃするよ」

 僕は、席からゆっくり立ち上がった。

 ここでいきなり動けば、観客の悲鳴で一気に混乱が広がる。

 それを利用する手もあるだろうが、まだ向こうに先手を切らせたほうがいい。

 青獅子族の警備員が、僕の腕を取ろうと手を伸ばした。

 その瞬間だった。

 会場の上方で、突然、照明が一度だけ強く明滅した。

 ざわ、と観客席が揺れる。

 舞台上の演出ではない。

 明らかに系統側の異常だ。

 その次の瞬間、遠くの通路のほうで短い悲鳴が上がった。


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