第三十九章 黒い商会、白い怒り
楽屋裏の通路を追い出されたあと、僕たちは、しばらく無言で歩いていた。
僕たちは、すぐには客席へ戻らなかった。
さっきまで客席に満ちていた歓声や熱気は、壁一枚隔てただけで遠いものになっている。賑やかな娯楽ステーションが、急に別の顔を見せ始めたように思えた。
通路の照明は、やや落ち着いていたが、その分、こちらの中に残った感情のほうがはっきりした。
酒と光と音楽で飾られた表の通路の向こうに、借金で縛られた選手がいて、人気が落ちた異星人がどこかへ消えていく。しかも、その裏には、黒狼族やガラXFIザAにまで繋がりそうな線が見えている。
ナルディアをそのまま舞台へ戻さなければならなかったことも、気分を悪くした。
助けられる場所まで来ているのに、まだ手が届かない。
怒っている。
僕も、太郎も、たぶんブライアントも。
ただ、その怒り方が少しずつ違うのだろう。
僕は、人身売買みたいな扱いそのものに腹が立っていたし、太郎はもっと単純に「仲間を雑に扱うな」という怒りで、ブライアントはそこへ兄としての感情まで重なっている。
そして、そういう感情を、ガナドラのこんな場所で、そのまま表に出すのは危ない――ということを、全員、分かっていた。
グィルディは、おそらく、ナルディアがブライアントの妹だとは知らなかったのだろう。しかし、僕たちは、知っている側になってしまった。
通路を抜けて、少しだけ人通りの薄い脇道へ出たところで、ようやくブライアントが立ち止まった。
「……最悪だな」
その一言は、押し殺した声だった。
怒鳴っているわけではない。
でも、抑えないとそのまま何か壊しそうな怒りが見えた。
「ナルディアだけじゃない」
彼は、続ける。
「シラトリ撃沈。アーマッドたちの行方不明。ガラXFIザAと黒狼族の連携。そこに、グィルディ商会の人身売買まがい……いや、まがいじゃないな。そのものだ」
言葉にするほど、状況が悪くなる。
僕は、小さく息を吐いた。
「……うん」
「うん、じゃないだろ」
ブライアントが、感情を押し殺した声で、応えた。
……そう言われても、反論はできなかった。たしかに、うん、じゃ済まない。
でも、だからといって今すぐ何かできるかというと、それも難しい。
ジェプラが、慎重に口を開く。
『まずは、神殿か白兎族へ正式に連絡を――』
「青葉に問い合わせて貰っているが、別に連絡は、する」
ブライアントは、即答した。
「しかし、あのルゴルの様子だと、ヘタに動くと、危険だ。ナルディアを今日この場で引っ張り出せる保証はない。ガナドラは、ナヴーピじゃない」
その言い方は、冷たく聞こえるけれど、たぶん事実だ。
ジェプラは、黙ってしまった。
否定できないのだろう。
グラブール人の領域では、人類は人類圏と同じ意味での権利主体ではない。
白兎族の後ろ盾は効く。
でも、それだけで全部がひっくり返るほど、この場所は単純ではない。
「どうしようか……」
太郎が、珍しく低い声で言った。
『悪い』
「うん」
『あれは、悪い』
「そうだね」
『脱走するか』
短い、そしてとても太郎らしい結論だった。
僕は、思わず太郎を見る。
「それ、多分、今やると一番まずいよ」
『だが、気分はよくなる』
「気分だけで済まないから駄目なんだよ」
横で、ブライアントが小さく笑いそうになって、でも笑いきれずに息を吐いた。
「太郎の言ったこと自体は、考えてるさ」
「考えてるんだ」
「そりゃそうだろ」
彼は、本当にそう思っている顔だった。
ナルディアをあんな場所で戦わせている。借金を背負わせて、商品みたいに扱っている――しかも、グィルディが黒狼族や別件の失踪にも繋がっている可能性がある。
壊したくならないほうがおかしい。
ただ、脱走させた後のことまで考えるなら、やっぱり、それは最善ではない。
しばらく、沈黙が落ちた。
騒がしい娯楽ステーションの中なのに、僕たちの周囲だけが妙に静かだった。
その時、僕は、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば」
ブライアントが顔を上げる。
「ナルディア、美優って言っていた」
「うん、言ってたな」
「美優って、チーム・ラシードにいる機怪人形なんだよね?」
「そうだ」
彼の返事は短かった。
「ナルディアの反応からすると、僕と似ているの?」
「まあ、な」
ブライアントは、腕を組んだ。
「チーム・ラシードのアーマッドとは、旧知の仲だ。美優のことは、彼と話したときに映像で見たから知っている。君より、もっと地球のアンドロイド寄りの外観だった。たしかに、色味は、似ていたが……」
……ナルディアは、美優の秘密を探るためにグラブール領域へ来たと言っていた。
そして、美優もまた機怪人形だった。
僕は、自分の腕を見た。
白い機怪人形の腕――薄青の髪――女性型の身体。
僕は、一見すると、人間とそんなに見分けがつかない感じだけれど――美優は、もっと、ステーションBで見たようなアンドロイド寄りなんだろうか?
そのことが、妙に引っかかった。
「……それも気になるけど」
僕は、小さく言う。
「今、一番大事なのは、ナルディアをどうするか、だよね」
「そうだ」
今度のブライアントの返事は、迷いがなかった。
あれが、ただの興行なら、多少無茶をしてでも引きずり出したかもしれない。
でも、ここはガナドラの有力商会の娯楽ステーションで、グィルディの顔が利く場所だ。楽屋裏の狸族警備員の様子を見ても、ここで暴れたら、それだけで向こうの“こっちを悪者にする筋書き”に乗せられるのは目に見えていた。
***
人通りの少ない通路脇の小さなラウンジ区画へ入り、僕たちはそこで足を止めた。
華やかなショーの客向けではなく、従業員や上客が一息つくための中継スペースらしい。壁は濃い青と金で飾られ、照明は落ち着いている。
椅子も柔らかく、飲み物の自動供給卓まで置いてある。さっきまでの喧騒と比べると、逆にそこだけが静かすぎて、嫌な感じだった。
壁面の一部は半透明になっていて、外側の搬送路を行き交う小型艇の光が、淡く差し込んでいた。
ブライアントは、席へ座る前に一度だけ深く息を吐いた。
平静に見えて、かなり怒っている。
分かりやすく怒鳴らないのは、この人の癖なのだろう。
でも、その抑え方が逆に危うい。
「……なかなか、厳しいね」
さっきも、似たようなことを言っていた。
でも、いまのそれは、さっきよりもっと冷たかった。
「まずは、グィルディ商会の借金拘束を、なんとかする必要がある」
「借金拘束、っていう言い方で済ませていいのかな」
僕がそう言うと、ブライアントは苦く笑った。
「済ませちゃ駄目だろう。だが、相手は、多分、そういう文面で固めている。だから厄介だ」
僕は、かなり率直に言った。
「グィルディに、もう一度交渉する?」
そう口にした瞬間、ジェプラが少しだけ息を詰める。
ブライアントは、すぐには答えなかった。
「たとえば、ナルディアの借金を買うとか、何か価値のあるものと交換するとか……」
「価値のあるもの、か」
ブライアントが、やや乾いた声で繰り返す。
「お前、自分で言っててわかってるだろ?」
「……うん」
分かっている。
グィルディが本当に求めているのは、金だけではない。
僕たちの情報価値だ。
神の船『青葉』と、機怪人形としての僕の情報だろう。
光輪のことまで含めれば、たぶん相手にとって“地球人の少女一人”と釣り合うと考える取引材料は、かなり危ないところにある。
『白兎族の方で、身請け費用を立て替えることは可能と思います――』
ジェプラが、はっきりと僕の目を見て言った。
「いや、交渉は、駄目だ」
ブライアントは、はっきり言った。
「少なくとも、正面から“ナルディアを返してくれ”って頭を下げる形は最悪だ。あいつに、“こっちが何をどこまで差し出す気があるか”を読ませるだけになる」
その判断は、たぶん正しい。
僕も、口にしてからそう思った。
ナルディアを助けたい。
でも、焦って正面から行くと、グィルディみたいな商人には全部を札にされる。
「じゃあ、どうしようか?」
僕が聞くと、ブライアントは、少しだけ考え込んだ。
「まず、グィルディがどこまで黒いかを固める」
「黒いのは、もう十分じゃない?」
「感情の上ではな……」
彼は、そこでようやくこちらを見る。
「でも、誰かを潰すには、“ムカつく”だけじゃ足りない。商人組合か、シェリフか、神殿筋か――どこかを動かせるだけのものが、いる」
それは、つまり、証拠だ。
人身売買、拉致、ガラXFIザAや黒狼族との繋がり……。
それを、ただの噂ではなく、誰かを動かせる形にしなければならない。
ジェプラが、小さく頷いた。
『白兎族の名で抗議することは、できると思います。しかし、神殿へ訴えるにしても、正式な材料が必要です』
「そういうこと」
ブライアントの声は、冷静だった。
でも、その冷静さが逆に危うい。
激怒しているからこそ、感情だけでは潰せない、と自分に言い聞かせている感じだった。
僕は、そこで青葉へ意識を向けた。
「青葉」
『はい』
「何か、価値あるものはある?」
その質問は、半分くらい自分でも嫌だった。
ナルディアを助けるためなら、何を出せるのか。
そういう発想自体が、グィルディの土俵に乗ることにも繋がる。
でも、聞かずにはいられなかった。
青葉は、少しだけ間を置いた。
『価値の定義によります』
「市場で、交換材料になるもの」
『複数あります』
青葉は、いつも通り、容赦なく正確だった。
『〈先住者〉由来の高位情報。未公開の構造データ。分子機械技術の一部。あるいは――』
「そこまででいい」
僕は、思わず止めた。
それ以上を聞くと、逆に気持ちが揺らぎそうだった。
たしかに、『青葉』には、価値がある。
僕たち自身にも、価値がある。
だからこそ危ない。
青葉は、それ以上は続けなかった。
『現時点では、いずれも推奨しません』
「理由は」
『相手がグィルディだからです』
それは、ひどく簡潔で、でも納得できる理由だった。
『ブライアントの言う通り、彼に価値を渡した場合、それがナルディア解放だけで終わる保証はありません』
保証は、ない。
むしろ、そこからもっと深いところまで食い込んでくるだろう。
「だから、慎重にやれってことだね」
『はい』
ブライアントも、小さく同意した。
「グィルディは、ブラックホールくらい真っ黒だろう」
その言い方に、怒りがまた少し滲む。
「しかも、ナルディアの話を聞く限りじゃ、黒狼族とも繋がってる可能性がある。だったら、なおさらこっちから“困ってます”って顔を見せるのは、まずい」
僕は、頷いた。
理屈では分かる。
でも、それでナルディアを、あのままにしておくのが平気かというと、全然平気ではなかった。
たぶん、その顔が、そのまま出ていたのだろう。
ブライアントが、少しだけ声を落として言う。
「もちろん、助けないって言ってるわけじゃ、ない」
「うん」
「順番の話さ。助けるために、下手を打たないようにする必要がある」
その言葉で、どうにか少しだけ頭が冷えた。
***
その時だった。
『おっ、やっぱりここにいてはったか』
聞き慣れないが、妙に耳へ残る声が横からした。
振り向くと、例の黄色い鳥人間型異星人が、さっきと同じ賭け札みたいな板を手に立っていた。客席で、試合のたびに一喜一憂していたあの異星人だ。
間近で見ると、かなり大きい。
羽毛は濃い黄色というより金に近く、目は丸くてよく動く。くちばしの端が上がっていて、最初から少し笑っているように見える。だが、笑っているからといって油断していい相手かどうかは分からない。
見た目の第一印象は、陽気で、ちょっとおしゃべりそうな客。
だが、その目つきの奥には、さっきの“賭けに負けて嘆いていた客”より少し深い何かがある。
ブライアントが、即座に少し警戒した。
「誰だ?」
『やー、そう怖い顔せんといてくださいな』
鳥人間は、両手……というか翼の先を軽く広げた。
『わてはラギ・ギラ。ラギのギラですわ』
その自己紹介に、僕は、少しだけ目を瞬かせる。
「ラギ……ギラ」
『せや。うちらラギは、だいたい“種族名・名前”で名乗りますんでな。本式の名はもっと長いんやけど、人類もグラブール人も発音しにくいさかい、これで通してます』
関西弁っぽい口調だった。
ゾンゾとも少し似ているが、あっちが大阪商人なら、こっちはもっと軽快な旅人か芸人みたいな喋り方だ。
着けているネコミミ翻訳が、そういう風に合わせているのだろうか?
――どうも、狸族がグラブール人の多数派部族らしいので、この黄色い鳥型異星人は、それに合わせて発音しているのだろう。語学に堪能なのか?
ブライアントが、やや低い声で言う。
「観客席にいたな」
『よう見てはりますなあ』
「賭けに負けていなかったか?」
『いやあ、あれは、ほんまに外したんです。ダランが、最後にあそこまで痺れ芸を入れるとは思わんかった』
その言い方に軽さはある。
でも、わざわざここへ追ってきた以上、用件は別なのだろう。
会話の探り合いが、最初の数秒でもう始まっている。
ラギ・ギラは、僕のほうもちらりと見た。
そして、妙に楽しそうに言う。
『神子はんのことも、ニュースで見ましたで。いやあ、ほんまに来てはったんやなあ』
やっぱり、ネットのニュースは、影響力が大きいようだった。
僕は、少しだけ疲れた気分になった。
『で、単刀直入に言いますとやな』
ギラは、そこで少しだけ声を落とした。
『グィルディさん、あかんことしてはる可能性が高いんですわ』
その一言で、場の空気がまた変わる。
ブライアントが視線を細める。
「可能性、ね」
『やー、証拠が全部揃うまでは、そう言うしかないんで』
「お前は何者だ?」
今度の問いは、さっきより少し重かった。
ギラは、それを受けても軽い調子を崩さない。
でも、目の奥だけは少し真面目になる。
『わては探索人組合所属の、独立捜査探索人ですわ』
その肩書きに、僕は少しだけ目を瞬かせた。
「探索人組合?」
ブライアントが耳打ちする。
「人類連邦が、GDCの制度を整える時に、参考にした組織だ」
『せや。人類の“冒険者制度”の親戚みたいなもんやと思ってもろたら近いですな』
ブライアントの顔つきが、そこでわずかに変わった。
完全な部外者としては扱わなくなった顔だ。
ギラは、さらに続ける。
『で、今は、グィルディ商会を追ってます。大規模にラギも人身売買しとるらしい、いう線で、グラブール人の神殿監察部と一緒に捜査してるところなんですわ』
「神殿監察部?」
僕が繰り返すと、ギラは翼の先で宙に輪を描くような仕草をした。
『グラブール人の権力、ややこしいんですけどな。魔女たちの“大集会”が、いちおう議会であり行政のてっぺんです。けど、商人組合が世俗の力を持ってしもてる。物流も市場も金の流れも握ってるから、放っとくと公共の利益より、身内の儲けを優先することがあるんですわ』
「いや、すごくありそう」
僕が言うと、ギラは苦笑した。
『せやろ? せやから、各部族の神殿が連合した“神殿監察部”いうもんがあるんです。“大集会”の直轄で、違法活動とか、神殿系の権限濫用とか、そういうのを締める役ですわ』
ジェプラが、そこで初めて少しだけ前へ出た。
「それは、聞いたことがあります。白兎族も関与しているのですか?」
『もちろん。神殿が絡む以上、白兎族も無関係やないです』
その説明に、ジェプラは、少しだけ真顔のまま頷いた。
神殿監察部という言葉だけでは、僕には、まだふわっとしている。
でも、ジェプラが反応するところを見ると、白兎族から見てもちゃんとした権威なのだろう。
ブライアントは、なおもギラを値踏みする目で見ていた。
「探索人組合だって言うなら……」
そう言ってから、彼はひどく自然に、でも僕には意味の分からない短い言い回しを口にした。
それは、挨拶とも暗号ともつかない、妙な符丁だった。
単語らしいものが二つ三つ並び、最後に少しだけ調子が上がる。
僕には、全然意味が取れない。
でも、ギラの反応で、それがただの雑談ではないとわかった。
鳥人間は一瞬だけ目を丸くし、それから、翼をぱたぱたと打ち鳴らして笑った。
『やっぱり、あんた、GDCさんだったか! 現場の雰囲気で分かっとったで!』
その返答を聞いた瞬間、ブライアントの警戒がほんの少しだけ種類を変えた。
消えたわけではない。だが、少なくとも“完全な部外者”ではなくなった。
ブライアントの口元が、ほんの少しだけゆるむ。
「じゃあ、そっちも本物だな」
『探索人組合とGDC、仲良うしてる部門もありますからな。独特の符丁くらいは、現場におったら覚えますわ』
なるほど、と僕は思った。
人類圏のGDCと、異星人ラギの探索人組合。
同じ辺境と遺物とトラブルを扱う者同士なら、協力関係があってもおかしくない。
それにしても、そのやり取りの空気が妙に“現場の男同士”っぽくて、ちょっとだけ羨ましいような気もした。
ギラはそこで、少しだけ身を乗り出した。
『もうすぐ、ガサ入れするんですわ』
「……何?」
僕が思わず言うと、ギラは翼をすくめた。
『堅う言うと、強制捜査ですわ。グィルディさんとこ、かなり黒い。せやけど、証拠がもう一押し欲しい。協力してくれへんか?』
その申し出に、僕たちは一斉に黙った。
まるで都合が良すぎる。
ナルディアを見つけた直後――グィルディの黒さがはっきりし始めた直後――そこへ、神殿監察部と繋がる独立捜査探索人が現れて、「ちょうど今ガサ入れする」と言う。
怪しい。
でも、怪しすぎるからこそ、本物の匂いもする。
ジェプラが、かなり慎重な顔で言った。
『裏は、取れますか?』
『取ってくれたら助かりますわ』
ギラはあっさり言った。
『白兎族筋でもええし、神殿筋でもええ。わてら、急いではおるけど、雑に動くつもりはないんで』
その答え方に、少しだけ誠実さを感じる。
ブライアントは、すぐには頷かなかった。
でも、完全に拒絶もしない。
「青葉」
『はい』
「白兎族経由で、尋ねられる?」
『可能です。FTL回線を使用します』
「頼むよ」
『了解しました』
そこで一瞬だけ、僕たちの会話の中心が青葉へ移る。
ギラは、その様子を興味深そうに見ていた。
でも、余計な口は挟まない。
そのへんの距離感はうまかった。
数分後、青葉から返答が来た。
『確認しました。ラギ・ギラは、探索人組合所属の独立捜査探索人として、神殿監察部との協力関係を有しています』
ギラが、羽を軽く広げた。
『ほら、ちゃんとしてるでしょ』
「ちゃんとしてるかどうかは、まだこれからだ」
ブライアントはそう言ったが、声の硬さは少しだけ減っていた。
つまり、共闘候補としては合格したのだろう。
ブライアントは、すぐに聞き返す。
「証拠はどの程度まで押さえている?」
『いろいろ線はあります。せやけど、“今夜ここで動けるだけの決め手”は、まだもう一押し欲しいんですわ』
「それで、俺たちか」
ギラは、すぐに話を進めた。
『そうや。簡単に言いますと、グィルディ商会の裏帳簿が欲しいんです』
「裏帳簿?」
『人身売買、違法債務、流通不明品、たぶんいろいろ出てきます。せやけど、今のままやと表からは押さえにくい』
その説明は、かなり筋が通っていた。
『それでやな、神子はんにお願いがあるんです』
ギラが、今度は僕を見る。
『あんさん、よく知られておりますやん』
その言い方に、僕は少しだけ眉を寄せる。
「どういう意味?」
『次の試合、見ててくれへんか?』
「……また客席に?」
『そうですわ。あんさんが見てたら、グィルディさんとこの警備が、絶対そっちを警戒する。神子がVIP席に戻ってきた、それだけで向こうは目を離しにくい。せやから、その隙に、こっちは証拠取ったる』
要するに、僕は囮だ――しかも、かなり露骨な。
ジェプラが、すぐに不安そうな顔をした。
「それは、弓良殿が危険ではありませんか」
『危険はありますな』
ギラは、あっさり言う。
『せやけど、真正面から神子はんへ手ェ出すのは、向こうも簡単やない。白兎族との線も見えてるし、今夜のVIP区画で変なことしたら、客の目もある。警戒はするけど、雑には扱えへんのですわ』
その理屈には、一応筋が通っていた。
ギラはさらに続ける。
『それに、ルゴルも内側から手引きする手筈になっとります』
「ルゴルって、選手の?」
ナルディアと一緒にいた、河馬族の男の名前が、それだった。
僕が尋ねると、ギラは頷いた。
『せや。あいつ、見た目より話が早い男でしてな。借金で縛られてんのは本当やけど、グィルディさんに義理立てしとるわけやない。人気落ちた選手がどこ行くのか、前から気になっとったらしいですわ』
ルゴルが、既にギラと繋がっていた。
それを聞くと、さっき楽屋裏で見た彼の“巻き込まれた男っぽさ”にも説明がつく。
「じゃあ、内と外から同時に動くってことか」
ブライアントが言う。
『せや。で、できれば、あんたも手伝ってほしい』
「俺も?」
『そら、GDCの現場さんが一人増えるんは助かりますやろ。現場の空気を読むんは、あんた得意そうや』
ブライアントは苦笑した。
「褒められてる気はしないが、否定はしない」
ブライアントが、最後に確認するように言う。
「要するに、次の試合の間にお前らが動く。俺はそっちを手伝う。弓良と太郎、それにジェプラは客席で囮」
『そういうこっちゃ』
「で、見つかったら?」
ギラは、そこで少しだけ羽をすくめた。
『そんときは、走るしかないですな』
「雑だなあ……」
僕が、思わず言うと、ギラがにっと笑った。
『現場なんて、最後はだいたい雑ですわ』
その言い方に、ブライアントが小さく鼻で笑った。
「そこは認める」
どうやら、共闘は成立したらしい。
ナルディアを助ける。
グィルディの裏を取る。
そして、ただ感情で突っ込むのではなく、ちゃんと潰せる形へ持っていく。
その道筋が、ようやく見え始めた。
でも同時に、次の試合場へ戻ることになるのだとも思った。
あの、珍獣扱いの地球人が見世物にされる場所へ。
神子の僕が、囮として座る場所へ。
ここから、更に騒がしくなると思った。
たぶん、かなり。




