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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第三十九章 黒い商会、白い怒り

 楽屋裏の通路を追い出されたあと、僕たちは、しばらく無言で歩いていた。

 僕たちは、すぐには客席へ戻らなかった。

 さっきまで客席に満ちていた歓声や熱気は、壁一枚隔てただけで遠いものになっている。賑やかな娯楽ステーションが、急に別の顔を見せ始めたように思えた。

 通路の照明は、やや落ち着いていたが、その分、こちらの中に残った感情のほうがはっきりした。

 酒と光と音楽で飾られた表の通路の向こうに、借金で縛られた選手がいて、人気が落ちた異星人がどこかへ消えていく。しかも、その裏には、黒狼族やガラXFIザAにまで繋がりそうな線が見えている。

 ナルディアをそのまま舞台へ戻さなければならなかったことも、気分を悪くした。

 助けられる場所まで来ているのに、まだ手が届かない。

 怒っている。

 僕も、太郎も、たぶんブライアントも。

 ただ、その怒り方が少しずつ違うのだろう。

 僕は、人身売買みたいな扱いそのものに腹が立っていたし、太郎はもっと単純に「仲間を雑に扱うな」という怒りで、ブライアントはそこへ兄としての感情まで重なっている。

 そして、そういう感情を、ガナドラのこんな場所で、そのまま表に出すのは危ない――ということを、全員、分かっていた。

 グィルディは、おそらく、ナルディアがブライアントの妹だとは知らなかったのだろう。しかし、僕たちは、知っている側になってしまった。

 通路を抜けて、少しだけ人通りの薄い脇道へ出たところで、ようやくブライアントが立ち止まった。

「……最悪だな」

 その一言は、押し殺した声だった。

 怒鳴っているわけではない。

 でも、抑えないとそのまま何か壊しそうな怒りが見えた。

「ナルディアだけじゃない」

 彼は、続ける。

「シラトリ撃沈。アーマッドたちの行方不明。ガラXFIザAと黒狼族の連携。そこに、グィルディ商会の人身売買まがい……いや、まがいじゃないな。そのものだ」

 言葉にするほど、状況が悪くなる。

 僕は、小さく息を吐いた。

「……うん」

「うん、じゃないだろ」

 ブライアントが、感情を押し殺した声で、応えた。

 ……そう言われても、反論はできなかった。たしかに、うん、じゃ済まない。

 でも、だからといって今すぐ何かできるかというと、それも難しい。

 ジェプラが、慎重に口を開く。

『まずは、神殿か白兎族へ正式に連絡を――』

「青葉に問い合わせて貰っているが、別に連絡は、する」

 ブライアントは、即答した。

「しかし、あのルゴルの様子だと、ヘタに動くと、危険だ。ナルディアを今日この場で引っ張り出せる保証はない。ガナドラは、ナヴーピじゃない」

 その言い方は、冷たく聞こえるけれど、たぶん事実だ。

 ジェプラは、黙ってしまった。

 否定できないのだろう。

 グラブール人の領域では、人類は人類圏と同じ意味での権利主体ではない。

 白兎族の後ろ盾は効く。

 でも、それだけで全部がひっくり返るほど、この場所は単純ではない。

「どうしようか……」

 太郎が、珍しく低い声で言った。

『悪い』

「うん」

『あれは、悪い』

「そうだね」

『脱走するか』

 短い、そしてとても太郎らしい結論だった。

 僕は、思わず太郎を見る。

「それ、多分、今やると一番まずいよ」

『だが、気分はよくなる』

「気分だけで済まないから駄目なんだよ」

 横で、ブライアントが小さく笑いそうになって、でも笑いきれずに息を吐いた。

「太郎の言ったこと自体は、考えてるさ」

「考えてるんだ」

「そりゃそうだろ」

 彼は、本当にそう思っている顔だった。

 ナルディアをあんな場所で戦わせている。借金を背負わせて、商品みたいに扱っている――しかも、グィルディが黒狼族や別件の失踪にも繋がっている可能性がある。

 壊したくならないほうがおかしい。

 ただ、脱走させた後のことまで考えるなら、やっぱり、それは最善ではない。

 しばらく、沈黙が落ちた。

 騒がしい娯楽ステーションの中なのに、僕たちの周囲だけが妙に静かだった。

 その時、僕は、ふと思い出したことを口にした。

「そういえば」

 ブライアントが顔を上げる。

「ナルディア、美優って言っていた」

「うん、言ってたな」

「美優って、チーム・ラシードにいる機怪人形なんだよね?」

「そうだ」

 彼の返事は短かった。

「ナルディアの反応からすると、僕と似ているの?」

「まあ、な」

 ブライアントは、腕を組んだ。

「チーム・ラシードのアーマッドとは、旧知の仲だ。美優のことは、彼と話したときに映像で見たから知っている。君より、もっと地球のアンドロイド寄りの外観だった。たしかに、色味は、似ていたが……」

 ……ナルディアは、美優の秘密を探るためにグラブール領域へ来たと言っていた。

 そして、美優もまた機怪人形だった。

 僕は、自分の腕を見た。

 白い機怪人形の腕――薄青の髪――女性型の身体。

 僕は、一見すると、人間とそんなに見分けがつかない感じだけれど――美優は、もっと、ステーションBで見たようなアンドロイド寄りなんだろうか?

 そのことが、妙に引っかかった。

「……それも気になるけど」

 僕は、小さく言う。

「今、一番大事なのは、ナルディアをどうするか、だよね」

「そうだ」

 今度のブライアントの返事は、迷いがなかった。

 あれが、ただの興行なら、多少無茶をしてでも引きずり出したかもしれない。

 でも、ここはガナドラの有力商会の娯楽ステーションで、グィルディの顔が利く場所だ。楽屋裏の狸族警備員の様子を見ても、ここで暴れたら、それだけで向こうの“こっちを悪者にする筋書き”に乗せられるのは目に見えていた。


***


 人通りの少ない通路脇の小さなラウンジ区画へ入り、僕たちはそこで足を止めた。

 華やかなショーの客向けではなく、従業員や上客が一息つくための中継スペースらしい。壁は濃い青と金で飾られ、照明は落ち着いている。

 椅子も柔らかく、飲み物の自動供給卓まで置いてある。さっきまでの喧騒と比べると、逆にそこだけが静かすぎて、嫌な感じだった。

 壁面の一部は半透明になっていて、外側の搬送路を行き交う小型艇の光が、淡く差し込んでいた。

 ブライアントは、席へ座る前に一度だけ深く息を吐いた。

 平静に見えて、かなり怒っている。

 分かりやすく怒鳴らないのは、この人の癖なのだろう。

 でも、その抑え方が逆に危うい。

「……なかなか、厳しいね」

 さっきも、似たようなことを言っていた。

 でも、いまのそれは、さっきよりもっと冷たかった。

「まずは、グィルディ商会の借金拘束を、なんとかする必要がある」

「借金拘束、っていう言い方で済ませていいのかな」

 僕がそう言うと、ブライアントは苦く笑った。

「済ませちゃ駄目だろう。だが、相手は、多分、そういう文面で固めている。だから厄介だ」

 僕は、かなり率直に言った。

「グィルディに、もう一度交渉する?」

 そう口にした瞬間、ジェプラが少しだけ息を詰める。

 ブライアントは、すぐには答えなかった。

「たとえば、ナルディアの借金を買うとか、何か価値のあるものと交換するとか……」

「価値のあるもの、か」

 ブライアントが、やや乾いた声で繰り返す。

「お前、自分で言っててわかってるだろ?」

「……うん」

 分かっている。

 グィルディが本当に求めているのは、金だけではない。

 僕たちの情報価値だ。

 神の船『青葉』と、機怪人形としての僕の情報だろう。

 光輪のことまで含めれば、たぶん相手にとって“地球人の少女一人”と釣り合うと考える取引材料は、かなり危ないところにある。

『白兎族の方で、身請け費用を立て替えることは可能と思います――』

 ジェプラが、はっきりと僕の目を見て言った。

「いや、交渉は、駄目だ」

 ブライアントは、はっきり言った。

「少なくとも、正面から“ナルディアを返してくれ”って頭を下げる形は最悪だ。あいつに、“こっちが何をどこまで差し出す気があるか”を読ませるだけになる」

 その判断は、たぶん正しい。

 僕も、口にしてからそう思った。

 ナルディアを助けたい。

 でも、焦って正面から行くと、グィルディみたいな商人には全部を札にされる。

「じゃあ、どうしようか?」

 僕が聞くと、ブライアントは、少しだけ考え込んだ。

「まず、グィルディがどこまで黒いかを固める」

「黒いのは、もう十分じゃない?」

「感情の上ではな……」

 彼は、そこでようやくこちらを見る。

「でも、誰かを潰すには、“ムカつく”だけじゃ足りない。商人組合か、シェリフか、神殿筋か――どこかを動かせるだけのものが、いる」

 それは、つまり、証拠だ。

 人身売買、拉致、ガラXFIザAや黒狼族との繋がり……。

 それを、ただの噂ではなく、誰かを動かせる形にしなければならない。

 ジェプラが、小さく頷いた。

『白兎族の名で抗議することは、できると思います。しかし、神殿へ訴えるにしても、正式な材料が必要です』

「そういうこと」

 ブライアントの声は、冷静だった。

 でも、その冷静さが逆に危うい。

 激怒しているからこそ、感情だけでは潰せない、と自分に言い聞かせている感じだった。

 僕は、そこで青葉へ意識を向けた。

「青葉」

『はい』

「何か、価値あるものはある?」

 その質問は、半分くらい自分でも嫌だった。

 ナルディアを助けるためなら、何を出せるのか。

 そういう発想自体が、グィルディの土俵に乗ることにも繋がる。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 青葉は、少しだけ間を置いた。

『価値の定義によります』

「市場で、交換材料になるもの」

『複数あります』

 青葉は、いつも通り、容赦なく正確だった。

『〈先住者〉由来の高位情報。未公開の構造データ。分子機械技術の一部。あるいは――』

「そこまででいい」

 僕は、思わず止めた。

 それ以上を聞くと、逆に気持ちが揺らぎそうだった。

 たしかに、『青葉』には、価値がある。

 僕たち自身にも、価値がある。

 だからこそ危ない。

 青葉は、それ以上は続けなかった。

『現時点では、いずれも推奨しません』

「理由は」

『相手がグィルディだからです』

 それは、ひどく簡潔で、でも納得できる理由だった。

『ブライアントの言う通り、彼に価値を渡した場合、それがナルディア解放だけで終わる保証はありません』

 保証は、ない。

 むしろ、そこからもっと深いところまで食い込んでくるだろう。

「だから、慎重にやれってことだね」

『はい』

 ブライアントも、小さく同意した。

「グィルディは、ブラックホールくらい真っ黒だろう」

 その言い方に、怒りがまた少し滲む。

「しかも、ナルディアの話を聞く限りじゃ、黒狼族とも繋がってる可能性がある。だったら、なおさらこっちから“困ってます”って顔を見せるのは、まずい」

 僕は、頷いた。

 理屈では分かる。

 でも、それでナルディアを、あのままにしておくのが平気かというと、全然平気ではなかった。

 たぶん、その顔が、そのまま出ていたのだろう。

 ブライアントが、少しだけ声を落として言う。

「もちろん、助けないって言ってるわけじゃ、ない」

「うん」

「順番の話さ。助けるために、下手を打たないようにする必要がある」

 その言葉で、どうにか少しだけ頭が冷えた。


***


 その時だった。

『おっ、やっぱりここにいてはったか』

 聞き慣れないが、妙に耳へ残る声が横からした。

 振り向くと、例の黄色い鳥人間型異星人が、さっきと同じ賭け札みたいな板を手に立っていた。客席で、試合のたびに一喜一憂していたあの異星人だ。

 間近で見ると、かなり大きい。

 羽毛は濃い黄色というより金に近く、目は丸くてよく動く。くちばしの端が上がっていて、最初から少し笑っているように見える。だが、笑っているからといって油断していい相手かどうかは分からない。

 見た目の第一印象は、陽気で、ちょっとおしゃべりそうな客。

 だが、その目つきの奥には、さっきの“賭けに負けて嘆いていた客”より少し深い何かがある。

 ブライアントが、即座に少し警戒した。

「誰だ?」

『やー、そう怖い顔せんといてくださいな』

 鳥人間は、両手……というか翼の先を軽く広げた。

『わてはラギ・ギラ。ラギのギラですわ』

 その自己紹介に、僕は、少しだけ目を瞬かせる。

「ラギ……ギラ」

『せや。うちらラギは、だいたい“種族名・名前”で名乗りますんでな。本式の名はもっと長いんやけど、人類もグラブール人も発音しにくいさかい、これで通してます』

 関西弁っぽい口調だった。

 ゾンゾとも少し似ているが、あっちが大阪商人なら、こっちはもっと軽快な旅人か芸人みたいな喋り方だ。

 着けているネコミミ翻訳が、そういう風に合わせているのだろうか?

 ――どうも、狸族がグラブール人の多数派部族らしいので、この黄色い鳥型異星人は、それに合わせて発音しているのだろう。語学に堪能なのか?

 ブライアントが、やや低い声で言う。

「観客席にいたな」

『よう見てはりますなあ』

「賭けに負けていなかったか?」

『いやあ、あれは、ほんまに外したんです。ダランが、最後にあそこまで痺れ芸を入れるとは思わんかった』

 その言い方に軽さはある。

 でも、わざわざここへ追ってきた以上、用件は別なのだろう。

 会話の探り合いが、最初の数秒でもう始まっている。

 ラギ・ギラは、僕のほうもちらりと見た。

 そして、妙に楽しそうに言う。

『神子はんのことも、ニュースで見ましたで。いやあ、ほんまに来てはったんやなあ』

 やっぱり、ネットのニュースは、影響力が大きいようだった。

 僕は、少しだけ疲れた気分になった。

『で、単刀直入に言いますとやな』

 ギラは、そこで少しだけ声を落とした。

『グィルディさん、あかんことしてはる可能性が高いんですわ』

 その一言で、場の空気がまた変わる。

 ブライアントが視線を細める。

「可能性、ね」

『やー、証拠が全部揃うまでは、そう言うしかないんで』

「お前は何者だ?」

 今度の問いは、さっきより少し重かった。

 ギラは、それを受けても軽い調子を崩さない。

 でも、目の奥だけは少し真面目になる。

『わては探索人組合所属の、独立捜査探索人ですわ』

 その肩書きに、僕は少しだけ目を瞬かせた。

「探索人組合?」

 ブライアントが耳打ちする。

「人類連邦が、GDCの制度を整える時に、参考にした組織だ」

『せや。人類の“冒険者制度”の親戚みたいなもんやと思ってもろたら近いですな』

 ブライアントの顔つきが、そこでわずかに変わった。

 完全な部外者としては扱わなくなった顔だ。

 ギラは、さらに続ける。

『で、今は、グィルディ商会を追ってます。大規模にラギも人身売買しとるらしい、いう線で、グラブール人の神殿監察部と一緒に捜査してるところなんですわ』

「神殿監察部?」

 僕が繰り返すと、ギラは翼の先で宙に輪を描くような仕草をした。

『グラブール人の権力、ややこしいんですけどな。魔女たちの“大集会”が、いちおう議会であり行政のてっぺんです。けど、商人組合が世俗の力を持ってしもてる。物流も市場も金の流れも握ってるから、放っとくと公共の利益より、身内の儲けを優先することがあるんですわ』

「いや、すごくありそう」

 僕が言うと、ギラは苦笑した。

『せやろ? せやから、各部族の神殿が連合した“神殿監察部”いうもんがあるんです。“大集会”の直轄で、違法活動とか、神殿系の権限濫用とか、そういうのを締める役ですわ』

 ジェプラが、そこで初めて少しだけ前へ出た。

「それは、聞いたことがあります。白兎族も関与しているのですか?」

『もちろん。神殿が絡む以上、白兎族も無関係やないです』

 その説明に、ジェプラは、少しだけ真顔のまま頷いた。

 神殿監察部という言葉だけでは、僕には、まだふわっとしている。

 でも、ジェプラが反応するところを見ると、白兎族から見てもちゃんとした権威なのだろう。

 ブライアントは、なおもギラを値踏みする目で見ていた。

「探索人組合だって言うなら……」

 そう言ってから、彼はひどく自然に、でも僕には意味の分からない短い言い回しを口にした。

 それは、挨拶とも暗号ともつかない、妙な符丁だった。

 単語らしいものが二つ三つ並び、最後に少しだけ調子が上がる。

 僕には、全然意味が取れない。

 でも、ギラの反応で、それがただの雑談ではないとわかった。

 鳥人間は一瞬だけ目を丸くし、それから、翼をぱたぱたと打ち鳴らして笑った。

『やっぱり、あんた、GDCさんだったか! 現場の雰囲気で分かっとったで!』

 その返答を聞いた瞬間、ブライアントの警戒がほんの少しだけ種類を変えた。

 消えたわけではない。だが、少なくとも“完全な部外者”ではなくなった。

 ブライアントの口元が、ほんの少しだけゆるむ。

「じゃあ、そっちも本物だな」

『探索人組合とGDC、仲良うしてる部門もありますからな。独特の符丁くらいは、現場におったら覚えますわ』

 なるほど、と僕は思った。

 人類圏のGDCと、異星人ラギの探索人組合。

 同じ辺境と遺物とトラブルを扱う者同士なら、協力関係があってもおかしくない。

 それにしても、そのやり取りの空気が妙に“現場の男同士”っぽくて、ちょっとだけ羨ましいような気もした。

 ギラはそこで、少しだけ身を乗り出した。

『もうすぐ、ガサ入れするんですわ』

「……何?」

 僕が思わず言うと、ギラは翼をすくめた。

『堅う言うと、強制捜査ですわ。グィルディさんとこ、かなり黒い。せやけど、証拠がもう一押し欲しい。協力してくれへんか?』

 その申し出に、僕たちは一斉に黙った。

 まるで都合が良すぎる。

 ナルディアを見つけた直後――グィルディの黒さがはっきりし始めた直後――そこへ、神殿監察部と繋がる独立捜査探索人が現れて、「ちょうど今ガサ入れする」と言う。

 怪しい。

 でも、怪しすぎるからこそ、本物の匂いもする。

 ジェプラが、かなり慎重な顔で言った。

『裏は、取れますか?』

『取ってくれたら助かりますわ』

 ギラはあっさり言った。

『白兎族筋でもええし、神殿筋でもええ。わてら、急いではおるけど、雑に動くつもりはないんで』

 その答え方に、少しだけ誠実さを感じる。

 ブライアントは、すぐには頷かなかった。

 でも、完全に拒絶もしない。

「青葉」

『はい』

「白兎族経由で、尋ねられる?」

『可能です。FTL回線を使用します』

「頼むよ」

『了解しました』

 そこで一瞬だけ、僕たちの会話の中心が青葉へ移る。

 ギラは、その様子を興味深そうに見ていた。

 でも、余計な口は挟まない。

 そのへんの距離感はうまかった。

 数分後、青葉から返答が来た。

『確認しました。ラギ・ギラは、探索人組合所属の独立捜査探索人として、神殿監察部との協力関係を有しています』

 ギラが、羽を軽く広げた。

『ほら、ちゃんとしてるでしょ』

「ちゃんとしてるかどうかは、まだこれからだ」

 ブライアントはそう言ったが、声の硬さは少しだけ減っていた。

 つまり、共闘候補としては合格したのだろう。

 ブライアントは、すぐに聞き返す。

「証拠はどの程度まで押さえている?」

『いろいろ線はあります。せやけど、“今夜ここで動けるだけの決め手”は、まだもう一押し欲しいんですわ』

「それで、俺たちか」

 ギラは、すぐに話を進めた。

『そうや。簡単に言いますと、グィルディ商会の裏帳簿が欲しいんです』

「裏帳簿?」

『人身売買、違法債務、流通不明品、たぶんいろいろ出てきます。せやけど、今のままやと表からは押さえにくい』

 その説明は、かなり筋が通っていた。

『それでやな、神子はんにお願いがあるんです』

 ギラが、今度は僕を見る。

『あんさん、よく知られておりますやん』

 その言い方に、僕は少しだけ眉を寄せる。

「どういう意味?」

『次の試合、見ててくれへんか?』

「……また客席に?」

『そうですわ。あんさんが見てたら、グィルディさんとこの警備が、絶対そっちを警戒する。神子がVIP席に戻ってきた、それだけで向こうは目を離しにくい。せやから、その隙に、こっちは証拠取ったる』

 要するに、僕は囮だ――しかも、かなり露骨な。

 ジェプラが、すぐに不安そうな顔をした。

「それは、弓良殿が危険ではありませんか」

『危険はありますな』

 ギラは、あっさり言う。

『せやけど、真正面から神子はんへ手ェ出すのは、向こうも簡単やない。白兎族との線も見えてるし、今夜のVIP区画で変なことしたら、客の目もある。警戒はするけど、雑には扱えへんのですわ』

 その理屈には、一応筋が通っていた。

 ギラはさらに続ける。

『それに、ルゴルも内側から手引きする手筈になっとります』

「ルゴルって、選手の?」

 ナルディアと一緒にいた、河馬族の男の名前が、それだった。

 僕が尋ねると、ギラは頷いた。

『せや。あいつ、見た目より話が早い男でしてな。借金で縛られてんのは本当やけど、グィルディさんに義理立てしとるわけやない。人気落ちた選手がどこ行くのか、前から気になっとったらしいですわ』

 ルゴルが、既にギラと繋がっていた。

 それを聞くと、さっき楽屋裏で見た彼の“巻き込まれた男っぽさ”にも説明がつく。

「じゃあ、内と外から同時に動くってことか」

 ブライアントが言う。

『せや。で、できれば、あんたも手伝ってほしい』

「俺も?」

『そら、GDCの現場さんが一人増えるんは助かりますやろ。現場の空気を読むんは、あんた得意そうや』

 ブライアントは苦笑した。

「褒められてる気はしないが、否定はしない」

 ブライアントが、最後に確認するように言う。

「要するに、次の試合の間にお前らが動く。俺はそっちを手伝う。弓良と太郎、それにジェプラは客席で囮」

『そういうこっちゃ』

「で、見つかったら?」

 ギラは、そこで少しだけ羽をすくめた。

『そんときは、走るしかないですな』

「雑だなあ……」

 僕が、思わず言うと、ギラがにっと笑った。

『現場なんて、最後はだいたい雑ですわ』

 その言い方に、ブライアントが小さく鼻で笑った。

「そこは認める」

 どうやら、共闘は成立したらしい。

 ナルディアを助ける。

 グィルディの裏を取る。

 そして、ただ感情で突っ込むのではなく、ちゃんと潰せる形へ持っていく。

 その道筋が、ようやく見え始めた。

 でも同時に、次の試合場へ戻ることになるのだとも思った。

 あの、珍獣扱いの地球人が見世物にされる場所へ。

 神子の僕が、囮として座る場所へ。

 ここから、更に騒がしくなると思った。

 たぶん、かなり。

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