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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第三十七章 エキゾチックパス

 グィルディからもらったエキゾチックパスを、僕は、翌朝になってもまだ信用していなかった。

 いや、信用していないというより、それをただの“無料券”として扱う気になれなかったのだ。

 グィルディから渡されたエキゾチックパスは、確かに立派なものだった。

 薄い金属板みたいな質感で、表面には青獅子族商会の紋章が細かく浮かび、角度を変えるたびに、認証符号らしき光が流れる。いかにも「高いところへ入れます」と主張しているような券だった。

 そもそも、物理的な“(チケット)”を、機怪人形として目覚めてから見たのは、これが初めてだった。

 でも、だからといって、僕自身がそういう場所を積極的に楽しめるかと言えば、まったく別の話だった。

 あの青獅子族の大商人は、何もかもが計算ずくに見えた。

 応接室の趣味の悪い豪奢さも、あえてこちらへ気前よく券を渡したことも、その全部が“こちらへ何を見せ、何を考えさせたいか”まで含めた演出に思える。

 それでも行くことになったのは、結局、ブライアントの言うことがもっともだったからだ。

 怪しい場所には、怪しい情報が落ちている。

 表の商館や秘宝屋では出てこない顔が、娯楽と酒と賭けが混ざる場所には出入りしている――それは、多分、異星人の市場でも同じなのだろう。

 だから、その日の僕たちは、少しだけ観光客らしく、でも内心では全然観光気分ではないまま、グィルディの娯楽ステーションへ向かうことになった。


***


 ゼカタで移動するあいだ、ガナドラの別の顔が窓の向こうに広がっていた。

 市場区画が“売る顔”なら、娯楽区画は“浮かれる顔”なのかもしれない。

 ただし、その浮かれ方が素直に楽しいかと言われると、少し違う。

 派手なのだ――必要以上に。

 遠目にも、それと分かる。商業ブロックの外壁に、飲み屋や劇場や賭場の巨大な広告映像が重なっていた。

 強い色。過剰な光。ゆっくり回る立体看板……妙に艶めいた音楽まで、放送されて漏れてきているようで、宇宙空間なのに“夜の街”みたいな気配があった。

「……すごいとこだね」

 純粋に驚いていた。もちろん、以前、そういう場所には、一度も行ったことは、なかった。真面目な進学校の高校生だったので。

 ブライアントは、肩をすくめた。

「この手の区画は、景気のいい顔を作りたがる」

「作り物っぽい、ってこと?」

「作り物でも、人が来て金が落ちるなら、意味はある」

 いかにも山師らしい答えだった。

 僕は、以前、テレビで見た、ラスベガスの映像を思いだしていた。

 ジェプラは、窓の外を見ながらかなり困ったような顔をしていた。

『ここは……少し、眩しすぎます』

「分かるよ」

『神殿の祭礼でも、ここまで一度に色を使うことはありません』

 白兎族の神殿圏で育ったジェプラからすると、たぶんこの手の“刺激で押す華やかさ”は苦手なのだろう。

 たしかに、白兎族の神殿は静かな色の使い方をしていた。

 白、臙脂、淡い金、青、草原の緑――。

 それに比べると、この繁華街(ダウンタウン)ブロックは、最初から目を疲れさせる前提で設計されているみたいだった。

 僕も、ナヴーピの静かな神殿を思い出すと、その差に少し目が疲れる気がした。

 太郎は、例によって別方向だった。

『看板の固定が甘い』

「そこ見るの?」

『振動で落ちる』

「落ちるかなあ」

『落ちる』

 太郎が妙に自信満々なので、ブライアントが吹き出した。

「お前、こういうところでも整備点検するんだな」

『当然だ』

『整備者なら、危険は見過ごせないでしょう』

 なぜかジェプラまで賛同する。

「そこは噛み合うんだ……」

 僕は、少しだけ笑った。

 こういう軽口を叩いていないと、なんとなく気後れしそうだったのだ。

 グィルディの手のひらの上に半歩だけ乗っている感じが、どうしても抜けなかった。


 そして、ゼカタがグィルディの娯楽ステーションへ近づくにつれて、その気持ちは、ますます強くなった。

 そこは、リングから露骨にはみ出した、大きな建造物だった。

 遠目にも、周りの建物に比べても、更に派手なのだ。

 外装の骨格そのものは古い大型ステーションらしい滑らかな曲線を持っているのに、その上に、色とりどりの発光看板や装飾パネルが何重にも貼りついていた。

 酒場、格闘ショー、賭場、舞踏ホール、高級ラウンジ、異星人向け温浴施設といった案内が、グラブール文字やいくつかの異星人文字で入り乱れていて、全体として、それまでの『夜の街』を、まとめて濃くして宇宙空間に押し込めたもの、みたいな印象だった。

「いやー、まいったね」

 思わず、そう漏らすと、ブライアントが横で苦笑した。

「褒めてるのか、引いてるのか、微妙な言い方だな」

「半分ずつくらい」

「それなら正しい」

 太郎は案の定、別のところを見ていた。

『接舷灯の配置が、やや無駄』

「そこなの?」

『美観優先だ。整備性が低い』

「娯楽施設だから、たぶんそこはそういうものだと思うよ」

『よくない傾向だ』

 太郎の価値観は一貫していて、そのあたりは逆にすごいと思う。


***


 娯楽ステーションに通信して、エキゾチックパスを見せた。

 すると、ゼカタは、一般客用の接舷区画ではなく、少し上層の専用バースへ通された。

 それだけでも、このパスの力が相当なものだと分かる。普通の娯楽ステーションなら、入場券が少し良い程度で、接舷区画まで変わることはないだろう。

 ハッチが開くと、すぐに身なりの整った案内係が二人、出迎えにきた。どちらも青獅子族ではなく、細身の狸族の若い男女で、笑顔をきちんと作っているのに、目つきだけは商売人らしくよく動いた。

『ようこそ、グィルディ商会所属、娯楽ステーション“バナドラ”へ』

 かなり流暢な共通語だった。

 その案内係の男が、僕の手にあるエキゾチックパスを見た瞬間、顔つきがはっきり変わる。

『……失礼しました。こちらは最上位区画用の通行権でしたか』

 隣の女案内係も、少し驚いたように目を見開く。

 最初の案内係の男が、通信で確認を取った。

『グィルディ会頭から直接、ですか?』

「そうらしいです」

 僕が、そう答えると、二人は明らかに態度を改めた。

『では、一般導線ではなくVIP用ラウンジを経由してご案内します』

「VIP……?」

 僕は、思わず顔を顰めた。

 そういう響きの場所は、だいたい居心地が悪いと相場が決まっている。

 ブライアントは、逆に面白そうにしていた。

「気前がいいな、グィルディ」

「罠っぽいけどね……」

「それも含めて、情報が集まる」

 この人は本当に、厄介ごとを“価値ある導線”として見るのが上手い。

 VIP用の導線は、一般客がごった返す表通路とは少し違っていた。

 騒音は一段薄く、照明も派手すぎない。ただし、静かで落ち着いているかと言われると、それも違う。壁面には上質な装飾が入り、床材も柔らかく、空気中には高級な香のような匂いが混じっている。要するに、「金を使う客が気分よく散財するための静けさ」なのだろう。

 ジェプラは少しだけ周囲を見回して、小声で言った。

『こちらのほうが、まだ息がしやすいです』

「表通りよりはね」

『はい。ですが、落ち着くというのとも少し違います』

 それも、その通りだった。

 太郎は、通路の壁面を見てぼそりと言った。

『ここは掃除が行き届いている』

「評価基準が一貫してるなあ」

『大事だ』

 たしかに、こういう場所で太郎だけはぶれない。


***


 中へ入ると、いかにも“遊興施設の上澄み”みたいな空間が広がっていた。

 広いラウンジ――半透明の水槽を模したような発光壁――ゆっくり回る立体装飾。

 やたらと背の高い異星人向けの席と、逆に低く沈み込むようなソファがあった。

 奥には、酒場、賭場、ショー会場、高級私室へ通じる通路が分岐している。

 僕たちは、案内係について、まずは一通りぐるりと回ることになった。

 しかし、内部は、なんというか、ごった煮な感じになっていた。

 広い通路の左右に、酒場、飲食店、賭場、ショー劇場、怪しげな高級店が、境目も曖昧なまま延々と並んでいた。

 酒場には、異星人向けに粘性の高い飲料を出す区画や、冷気の中で飲むこと前提の透明な酒を並べた区画まである。

 賭場には、人類圏のカードゲームに少し似た卓もあれば、立体駒を浮かせて位置を競うような見たことのないゲームもあった。

 どの店も、客を案内するための客引き――コンパニオンがいて、流れる音楽も、匂いも、照明の色も違うのに、不思議と全部が同じ“騒がしさ”の中へ押し込まれていた。

 VIP区画という割には、人も多かった。

 グラブール人だけではない。

 鳥人型異星人や、水槽じみた容器に入った異星人もいた。

 ギムラークの金属棒がねじれて歩いている一団もいた。


 このあたりまで来ると、ボイカシ市場よりさらに“境界が薄い”感じがした。市場ではまだ、物と情報の売買が前面に出ていた。ここでは、人そのものが商品にも客にも演者にもなる。

 それが、正直あまり好きではない。

「……なんか、怪しいな」

 僕が、かなり率直にそう言うと、ブライアントが横で苦笑した。

「来る前からそう思ってただろ」

「思ってたけど、実際見ると余計にそう思う」

「健全な感想だ」

 ジェプラはさらに慎重だった。

『神殿の目が届きにくい場所、という感じがします』

「それも分かる」

『ガナドラ全体が悪いと言うつもりはありませんが、ここは……“欲望を集めること”自体が目的になっているように見えます』

 その表現はかなり的確だった。

 市場はまだ、人が何かを必要として集まる場所だ。

 ここは、それとは少し違う。必要より、刺激と衝動が前へ出ている。

 太郎が、通路脇の店先をじっと見ていた。

『ぬいぐるみはいない』

「そこ比較対象なんだ」

『ナヴーピの方が、よい』

 その断言に、僕は、少しだけ笑った。

 たしかに、それはそうかもしれない。


 劇場風のホールでは、音楽と舞踏のショーが始まりかけていて、廊下には、それらへ客を流すためのコンパニオン達が並んでいた。

 その中で、ブライアントは驚くほど自然にこの場所へ溶け込んでいた。

 もちろん、地球人の男がグラブール領域の娯楽ステーションへ普通に馴染むわけがない。実際には、かなり目立っている。人類はこの領域には、ほとんどいないのだから。

 でも、本人の立ち居振る舞いが妙に板についているのだ。

 場に飲まれず、かといって硬くなりすぎもしない。見るべきところを見て、適当に流すべきところは流している。

「……こういうとこ、慣れてるの?」

 僕が小声で尋ねると、ブライアントは軽く肩をすくめた。

「慣れている、わけではないな。ただ、山師やってると、金の匂いがする場所での顔くらいは、すぐ作れるようになる」

「なんか……嫌なスキルだなあ」

「辺境では、役に立つさ」

 その返しが、いかにも彼らしかった。

 そして、その“役に立つスキル”がすぐに発動することになった。


***


 高級酒場へ通じる横通路で、一人のコンパニオンがブライアントへ近づいてきたのだ。

「狐族だ」

 ブライアントが耳打ちする。

 ボイカシ市場では、あまり見かけなかったから、かなり珍しい部族なのだろうか?

 狐族は、グラブール人の中では、かなり人類に近い容姿をしていた。

 顔の彫りがやや深く、鼻筋が通り、頬に薄い髭のような毛が流れている。そこに、耳だけが頭の上にきりっと立っていて、そこに狐らしさが残る。でも、そこさえなければ、人間が仮装しているといっても通じそうだ。

「なるほど、だからネコミミ……」

 まだ頭の上に付けている通信機を、思わず触ってしまった。こういう部族がいるなら、地球人でも、獣耳さえ付ければ、グラブール人にとって、多少は、違和感が薄れるのかもしれない。

『あら、こんにちは。神子様ご一行様?』

 どうも、コンパニオンで制服は統一されていないのか、その女は、露出の多い、しかし下品すぎないセクシーな装束を着ていた。

 しなやかな腰つきで、笑うと細くなる金色の目をしていた。

 そして、相手を気持ちよく喋らせるための、いかにも“仕事の笑顔”を、僕達に向けた。

 彼女は、ブライアントを見て、少しだけ目を細めた。

『本物の地球人なんて、久しぶりに見たわ』

「嬉しくない珍しがられ方だな」

 ブライアントは、軽く笑って返す。

 その笑い方が、妙に自然だったのが腹立たしい。

『ねえ、本当? 地球人って発情期がないの?』

 狐族の女は、いきなりそんなことを聞いてきた。

 僕は、思わず足を止めた。

 いや、質問が直球すぎるだろう……。

 ブライアントの方は、一瞬も固まらなかった。

「少なくとも、季節で一斉に暴走するような、便利な仕組みではないな」

『便利って! 面白いわ』

「相手から見ればだろ」

『じゃあ、どんな時にそうなるの?』

「その手の質問に、初対面で全部、答える男に見えるか?」

 そう返すと、狐族の女はくすっと笑った。

 完全に受け流すのではなく、相手を乗せたまま、一番肝心なところは言わない。あしらい方が上手すぎる。

『地球人って、もっとワイルドかと思ってたわ』

「こっちも、狐族が、ここまで直球でくるとは思っていなかったさ」

『仕事だからねぇ』

 狐族の女は、妖艶に微笑んだ。

「そうだろう」

『じゃあ、別の質問にしようかしら。あなた、普段は、何をしているの?』

「そりゃ、いろいろだ」

『それじゃあ、仕事の答えになってないわ』

「探し物をしたり、遺物を掘ったり、辺境で面倒ごとに巻き込まれたり……」

『最後のは、仕事なの?』

「半分くらいは、ね」

 狐族の女は、また笑った。

 そして、ほんの少しだけ身体を寄せる。

『いいわね。会話を切らないで流す感じ、いいわぁ』

「褒めてるのか?」

『営業トーク半分、本音、半分よ』

「それなら、こっちも半分だけ受け取る」

 うまい。

 いや、本当に上手だ。

 僕は、少し離れたところから、そのやり取りを見て、なんとも言えない気持ちになった。

 ブライアントは、たぶん何も情報を出していない。

 それどころか、相手に“もう少し喋らせたい”と思わせたまま、自分の手札は見せていないのだ。

 現場慣れしているというか、こういう“軽い色気を伴う情報戦”に、妙に強いのだ。

「……モテ()め」

 思わず小さく唇を尖らせてそう呟くと、横のジェプラがすぐに反応した。

『弓良殿』

「なに?」

『顔に出ています』

「えっ」

『とても出ています』

「そんなに?」

 ……少し恥ずかしい。

 ジェプラは、半ば呆れたような、半ば面白がるのを堪えているような顔だった。

『ブライアント殿は、ああいう場でも普通に情報を出しません。そこは信用してよいと思います』

「わかってるよ」

『ですが、あのようなやり取りを平然とこなすのは、少し腹立たしいですね』

「ジェプラもそう思うんだ」

『少しだけです』

 その“少しだけ”が妙に真面目で、僕は、少しだけ笑いそうになった。

『でも。弓良……殿、私、あなたにブライアント殿を、そんな風に意識してほしくない、というか……』

 ジェプラが、ちょっと下を向いて、珍しく何か言いよどむような口調で言った。

「えっ?」

 ジェプラは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 そこへ、太郎が、ぼそっと言う。

『モテる者は、だいたい整備が雑』

「なんだその偏見?」

『経験則だ』

「どこの経験則だよ……」

『雰囲気』

 太郎の“雰囲気情報”は、だいたい雑だ。

 でも、その雑さがちょうどよくて、ちょっとだけ気持ちが軽くなった。

 その間に、ブライアントは狐族の女と、もう少しやり取りを続け、最後には自然に距離を取った。

 何も約束していない。

 でも、相手の方は、完全に悪い気分ではなさそうだった。

「……?」

 彼女が、一瞬、僕の方を見た気がした。

「あれ、彼女?」

 なにか、胸の奥がざわつくような、何か大きなものを感じたような気がした。

 その感覚をよく咀嚼しきれないまま、戻ってきたブライアントへ、僕は少しだけ尖った声で言う。

「お楽しみでしたね」

「どこが?」

「モテモテじゃん」

「情報を抜かれないように流してただけだ」

「まんざらでも、なさそうだったけど?」

「気のせいだ」

「うそだ!」

 そう返すと、ブライアントは一瞬だけ言葉に詰まって、それから苦笑した。

「お前、たまに変なところで鋭いな」

「嫌な褒め方だなあ……」

 ジェプラは、横で小さくため息をついた。

 でも、その目には少しだけ呆れたような笑いも混じっている。

 たぶん、今の僕の感情は、割と分かりやすかったのだろう。


***


 せっかく券をもらったのだからと、僕も、最初は本当に少しだけ“普通の利用客”のふりをして歩いてみた。

 妙に高そうな衣装店があって、その向こうでは機械仕掛けの見世物小屋みたいなものまで動いている。

 ブライアントは、こういう場所へ慣れているのかと思ったが、そうでもなかった。

 慣れていないわけではないが、くつろいでもいなかった。

 むしろ“何が落ちているか”を探している目だ。

 ジェプラは、明らかに緊張したままだった。

 けれど、白兎族の案内役として同行を決めた以上、途中で引き返したいとも言わない。

 その意味では、僕たち全員どこか不自然だったのだろう。

 完全に浮いていたかもしれない。

 実際、何人かのグラブール人が、神子らしい薄青の髪の機怪人形と、その周囲にいる妙な組み合わせへ視線を向けていた。

 僕は、なるべく普通の顔をして通りを歩いた。

 でも、自分でもたぶん少しぎこちなかったと思う。

 途中で、ブライアントが一軒の飲み物屋へ立ち寄った。

 人類圏にもありそうな炭酸飲料と、グラブール系の発酵酒が混ざったような店だった。僕の前に置かれたのは、薄い金色の泡立つ飲み物で、香りは甘いのに味は少し酸っぱかった。

「……何これ?」

「この前のメロンソーダフロートじゃないな」

「いや、それは、見れば分かるよ」

 ブライアントは、少し笑った。

「飲めるだけマシだろ」

「そうだけど……」

 ジェプラは、出された杯をかなり慎重に見ていた。

『これは、どの程度の発酵を……』

「酔うほどじゃないと思うぞ」

 ブライアントがそう言うと、ジェプラは、少しだけほっとした顔をした。

「別に、戒律とかないんだよね?」

『未成年は、発酵飲料の飲酒を禁じられていますので』

『グラブール人の代謝系は、地球人類と近いです。エタノールで、酩酊します』

 青葉が、そう話しかけてきた。

「へえ……」

 そういえば、ジェプラは、随分、大人びて見えたけど、まだ未成年なのか、と思った。ジズゥは、大分、年齢が上のように見えたけど……。

『よい固定だ』

 太郎は、当然のように飲まない。代わりに、机の脚部の固定状態を見ていた。

「太郎、たぶん、今日は、それで一日終わるよ」

『問題ない』

「問題ある気はするけどなあ……」

 その時だった。

 通路の上方から、よく通るアナウンスが流れた。

『まもなく、異星人対決格闘ショーが始まります』

 僕は、思わず顔を上げた。

『本日の目玉対戦をお見逃しなく』

 派手な音楽が重なり、周囲の客の流れが少し変わる。

 さっきまで酒場や賭場へ散っていた視線が、一方向へ吸い寄せられ始めた。

「……格闘ショー?」

「パスを見てくれ」

 ブライアントに言われて、エキゾチックパスを出す。

 手で触れると、案内の文字が浮かび上がった。

「これ、そういうのも、無料で見られるみたいだよ」

「無料っていうか、チケット代に、全部上乗せされてるんだろうな」

「たぶん」

『グィルディ、そういうところは気前がいい』

 太郎が鳴いた。

「気前よく見せてるだけな気もするな」

「そうだね」

 ジェプラは、少し戸惑った顔をした。

『格闘、ですか』

「嫌?」

『嫌というより……ここで、異種族同士が見世物として戦うのですか』

 その言い方には、白兎族らしい倫理観の違和感があった。

 ナヴーピでは、少なくとも表向きにこういう娯楽はなかったはずだ。

 ブライアントは、淡々としていた。

「需要があるなら、どこでも、こういうのはあるだろう」

「夢のない言い方だなあ」

「現実的と言え」

 僕は、少しだけ迷った。

 正直に言えば、見たいかと言われると微妙だった。

 でも、こういう場所では、人が集まるところに情報も集まる。グィルディがわざわざこういうパスを寄越した以上、ショー会場にも何か意味があるのかもしれない。

「……見る?」

 僕が、聞くと、ブライアントが先に頷いた。

「せっかくだし、見ておこうか」

 ジェプラも、渋々というほどではないが、慎重に頷いた。

『同行します』

 太郎は、短く言う。

『警戒対象が多い場所だ』

「理由がいちばん真っ当だな」


***


 格闘ショーの会場は、予想していたより大きかった。

 半円形の観客席が何層にも重なり、中央に広めの闘技スペースがある。

 見た目はコロシアムや競技場に近いが、照明と音響の演出が妙に派手で、どちらかといえば“スポーツと見世物の中間”という感じだった。

 周囲をぐるりと囲んで、賭けの受付と売店があった。

 客席にはさっき通路で見た異星人たちがそのまま集まっていて、匂いも言語も体格も全部ばらばらなのに、全員がこれから始まるショーにだけは集中している。

 僕たちが入口でエキゾチックパスを提示すると、案内係の狸族の女が、また少しだけ目を見開いた。

『こちらはVIP観覧席へご案内します』

「またVIPか……」

 僕が、小さく言うと、ブライアントが笑う。

「グィルディが、目立つところへ座らせたいんだろうな」

「やっぱり、そういうことかな?」

「そう考えたほうが自然だ」

 つまり、この時点で、僕たちは単なる観客ではない。

 見られる客であり、場合によってはショーの一部ですらある。

 そのことに少し嫌な感じを抱きながら、僕たちは、少し高めの位置にある席へ案内された。

 見晴らしが良く、会場全体が見渡せる。

 隣の席には、黄色く大きな鳥人間型の異星人が座っていた。

 ブライアントが耳打ちする。

「ラギだ。地球人類連邦と友好条約を結んでいる、数少ない異星人種族だ」

 それとなく観察すると、その異星人の羽毛は明るい黄に近く、嘴のような口元がよく動いていた。ただ、やたらと賭け札みたいなものを握りしめて、ソワソワしているな、とは思った。

「どんな対戦があるのかな?」

 僕は、受付で受け取った、簡易パンフレットをめくってみた。

 紙みたいなのに立体映像が動くタブレットみたいなものだった。どうも、こういうパンフレットを配ること自体が、VIP扱いらしい。

「え?」

 僕は少しだけ眉を上げた。

「……地球人も出るんだ」

 ブライアントが、すぐに横から覗き込む。

「どれだ」

 パンフレットには、今日の対戦カードがいくつか並んでいた。

 種族名と通り名、それから簡単な煽り文句。

 その中に、たしかに“地球人”の表記がある。

「珍獣ショーみたいな扱いなのかな?」

 僕が言うと、ブライアントの顔が少しだけ曇った。

「……可能性はある」

 地球人は、グラブール人の領域では、殆どいない――敵対しているからだ。

 だから、こういう場所では“異星人の珍しい戦士”として消費されても、おかしくは、ないと思った。


***


 アナウンスがあって、第一試合目が始まった。

 登場したのは、まずロボットのような異星人だった。

 種族名はダラン、とアナウンスされる。

 人型ではあるが、全身が硬質な黒灰色の装甲板みたいなもので覆われていて、関節部だけがややしなる。頭部には、目らしき発光点が縦に並び、歩くたびに微妙に金属音がした。いかにも“機械生命体っぽい”外見だった。

「うーん、僕とは、ちょっと違うなあ……」

 独りごちた。本当に、機械のような種族はいるけれど、僕は機怪“人形”とはいうけれど、ほとんど人間みたいには見えるはずだ。関節も、しなやかに曲がる。

 対するのは、狸族の男だった。

 こちらは装備も軽く、身体能力で勝負するタイプに見える。足運びが柔らかく、観客受けを意識した大きな動きも入っている。

 開始の合図が鳴ると、狸族の男は、かなり派手に動いた。

 体格差を埋めるために、投げ技と組み技を狙う。

 ダランは、動き自体は硬いのに、一撃一撃が重そうだった。

「なかなか……」

 何度か組み合ったあと、狸族の男がうまくダランの体勢を崩して、会場が一気に沸いた。

 狸族の男は、低い姿勢から一気に懐へ入り、体重をかける。

 肩で押し込み、腰を落として、プロレスの投げ技みたいな形へ持っていく。

「おお!」

 思わず声が出た。

 高校生だった頃、父親につき合って、たまにテレビでプロレスを見ていた。だから、その動きが、ちょっとだけ親しみのあるものに見えた。

「意外と、ちゃんとしてる!」

 僕が言うと、ブライアントが肩をすくめた。

「興行なんだから、魅せる技も入るだろうな」

 狸族の男は、そのままダランの上体を崩し、かなり派手な投げへ持ち込んだ。

 会場が、大きく沸いた。

 賭け札を握る観客たちが一斉に身を乗り出し、周囲の空気が一気に熱くなる。

 ただ、その次の瞬間、やはり異星人の試合だと思わされた。

 ダランの装甲板の隙間から、青白い光が走ったのだ。

 次の瞬間、狸族の男の身体へ電撃が流れ、男は弾かれたように吹き飛んだ。

 観客席から、歓声と悲鳴とため息が同時に上がる。

 僕は、思わず感心した。

「そう来るのか!」

 格闘技そのものは、地球人の感覚からすると少し粗い。

 見せ方も、駆け引きも、どちらかといえば、分かりやすい。正直に言えば、以前、テレビで見ていたプロレスや総合格闘技のほうが、もっと“煮詰まった感じ”は、あった。

 だから、全体としては、ちょっとぬるい、と感じてしまう。

 でも、そのぬるさを、いきなり種族固有の能力でひっくり返してくるところが、流石、異星人同士の試合だった。

「地球の格闘より、なんでもありな感じ……」

 僕が、そう言うと、ジェプラは少しだけ困った顔をする。

『これを“格闘技”と呼んでよいのか、少し迷います』

「うん、そうだね」

『でも、面白くはあります』

 その返答がちょっと可笑しかった。

「でも……電撃とか、普通に危なくない?」

 僕が、呟くと、ブライアントが苦笑した。

「普通に危ないだろうな」

 隣の席では、黄色い大きな鳥人間型の異星人が、本気で頭を抱えていた。

 羽毛は鮮やかな黄色で、嘴のような口元がよく動く。

 賭け札らしき薄い板を握りしめて、なにやら大げさに嘆いている。

『あかん、また外した! なんでや、狸の兄ちゃん、さっきまで流れ良かったやん!』

 あまりにも感情がそのまま出ていて、少しだけ目を引いた。

「……賭けに負けたんだ」

 僕が言うと、ブライアントがそちらを見た。

 その黄色い大きな鳥人間型異星人――ラギは、まだぶつぶつと嘆いていた。

 言葉は完全には聞き取れなかったが、かなり本気で落ち込んでいるのは伝わってきた。

 その様子を、ブライアントは、じっと見ていた。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。少し、現場の雰囲気を感じた」

 ジェプラは、試合そのものより会場の熱気に少し圧倒されていた。

『皆、これを楽しんでいるのですね……』

「まあ、そういう場所だから」

『神殿の祭礼とは、だいぶ違います』

「比べるものでもない気はするけど……」


***


 第一試合が終わると、会場の熱気は一段上がった。

 勝ったダランに歓声を送る者もいれば、負けた狸族の男に惜しむ声を飛ばす者もいる。賭け札を外したらしい観客たちは、それぞれの種族の言葉で好き放題に文句を言い、売り子たちはその混乱に紛れて飲み物や軽食を売り込んでいた。

 格闘ショーというより、半ば祭りの一角みたいな騒ぎ方だ。

「変な感じだね」

 僕が、ぼそっと言うと、ブライアントが横目で見た。

「何がだ」

「面白いんだけど、ちょっとぬるかった。でも、いきなり電撃が出て、びっくりしたよ」

「それが、異星人同士の試合だろうな」

「そうかもだけど、なんか変だよ」

 そう言うと、ブライアントは少しだけ笑った。

「お前、そういうところで妙に地球基準なんだな」

「元がそうだからね」

 ジェプラは、僕たちの会話を聞きながら、少し考える顔をした。

『私は、そもそも格闘を“見せ物”として観る習慣があまりありません。ですから、どこまでが技量で、どこからが演出なのか、まだ少し判断がつきません』

「なんか、全部混ざってる感じがした」

 僕が応えると、ジェプラは真面目に頷いた。

『それは、なんとなくわかります』

 太郎が、その横から短く言った。

『床材は丈夫だった』

「感想がそこに戻るんだね……」

『大勢が飛んで跳ねても歪みが少ない。よい』

「太郎の評価軸、ブレないなあ」

『当然だ』

 その会話の間も、隣の黄色い大きな鳥人間型異星人――ラギは、まだ賭け札を握りしめて嘆いていた。

『ああもう、読みを外したわ……途中までは良かったのになあ……』

 大きな身体に似合わず、落ち込み方は、妙に人間くさい。

 その様子がちょっと面白くて、僕は少しだけそちらを見た。

 嘴の先をかりかり掻きながら、ラギは、なおもぶつぶつ言っている。

 賭けに夢中なだけの客にしか見えない。

 けれど、こういう場所では、そういう“一見どうでもよさそうな客”があとで妙な意味を持つこともある。ガナドラに来てから、その手のことを少し学びつつあった。

 その時、場内の照明が少し落ちた。

 頭上の光輪が一度だけゆっくり回り、中央の闘技スペースへ新しい色が差し込む。第一試合の余熱が、今度は“次”へ向けて整えられていく感じだ。

 アナウンス役の声が、さっきより少し大きく響いた。

『続いての試合は、特別枠――』

 僕は、膝の上に置いていたパンフレットをもう一度開いた。

 そこには、次の対戦カードが載っている。

 種族名――通り名――煽り文句。

 その中の一行に、やはり目が止まる。

「地球人」

 小さくそう読むと、ブライアントがすぐに反応した。

「どれだ」

 僕は、パンフレットを少し傾けて見せた。

 地球人枠。

 珍しい異星戦士。

 かなり露骨に“見世物感”のある煽りがついている。

 ブライアントの顔が、そこで少しだけ硬くなった。

「グラブール領域で、こんな表のショーに地球人が出るのは、珍しすぎる」

「やっぱり?」

「普通は、いない。いたとしても、もっと別の扱いになる」

 それは、そうだろう。

 敵対している以上、普通の旅人としてふらふらしている方がおかしい。

 だからこそ、パンフレットに“地球人”と堂々と書かれていること自体が、かなり異様なのだ。

 ジェプラも不安そうに眉を寄せた。

『これは、少し気になります』

「うん」

 僕も、同じ気持ちだった。

 単なる珍しい余興なのか、それとも、もっと別の意味があるのか……。

 ショーの司会は、観客のざわめきを煽るように声を張る。

『野蛮なる辺境の外より現れし、荒ぶる異星の娘!』

「言い方、ひどい」

 思わず僕がそう言うと、ブライアントが低く返した。

「グラブール側の立場なら、そうなるだろう」

 その声には、わずかに苛立ちが混じっていた。

 会場のあちこちで歓声が上がる。

 珍しいものが見られる、という期待の熱だ。

 僕は、そこで少しだけ嫌な感じを覚えた。

 見世物――珍しい地球人――敵対種族の娘。

 そういう文句が、周囲の熱狂と自然に結びついている。

 さっきまでの第一試合は、まだ異星人同士の興行として眺められた。

 でも、ここから先は、少し意味が違う気がする。

 アナウンスが、次の名を読み上げた。

『地球人――ナドガ・ヴァディ・ヒア!』

 グラブール語の響きで言われても、意味はすぐにはわからなかった。

 だが、青葉が耳元で即座に補った。

『意訳すると、“野蛮人凶暴残酷女”です』

「ひどすぎるでしょ!」

 僕が本気で顔をしかめた、その次の瞬間だった。

 舞台袖のほうから、一人の少女が歩いて出てきた。

 細身。

 薄い青みを帯びた白っぽい髪。

 まだ若い、十代の顔立ち。

 でも、その足取りには妙な迷いのなさがある。

 僕は、最初の一歩目で少しだけ違和感を覚えた。

 綺麗な子だ。

 ただ、綺麗というより、どこか“見覚えのある系統”の気配がある。

 その少女が、中央へ出る直前に、ほんのわずかに顔を上げた。

 その横顔を見た瞬間、ブライアントが息を呑んだ。

 次の瞬間には、半ば立ち上がるようにして叫んでいた。

「ナルディア!」

 会場のざわめきが、そこでほんの一拍だけずれた。

 僕は、その名を聞いて、遅れて理解した。

 ナルディア――ブライアントの妹だ。

 別の冒険者チームで研修していると聞いていた、あの――。

 試合場へ出た少女が、その声に反応してこちらを見た。

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ。

 その目に、はっきりした驚きが走った。

 けれど、次の瞬間にはもう表情を引き締めている。

 観客席で兄を見つけた妹、という顔ではない。

 見つけた。驚いた。けれど、それを今ここで顔へ出すとまずい――そうな感じで、一瞬で切り替えた顔だった。

 その速さに、僕は逆にぞっとした。

 この子は、普通の状況にいない。

 しかも、その立ち方、目の配り方、肩に入った力の置き方は、ただ怯えている人間のものでもなかった。

 慣れている――。

 嫌な意味で、こういう場に適応してしまっている感じがある。

 ブライアントの横顔は、もう完全に変わっていた。

 さっきまでの山師でも、軽口を叩く兄貴分でもない。

 家族を見つけた人間の顔だった。

 僕は、その横顔を見て、胸のどこかに少しだけ、ちくりとしたものを覚えた。

 それが何なのかは、まだうまく言葉にならない。

 ただ、少しだけ複雑だった。

 ナルディアは、リング中央へ歩いていく。

 相手側の紹介が始まった。

 観客はまだ、地球人の少女が出てきたことに沸いている。

 けれど、僕たちの時間だけが少し別の速さで流れ始めていた。

 この試合は、もうただの見世物じゃない。

 そう思った瞬間、会場の空気がまた少しだけ重くなった気がした。

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