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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第三十四章 宇宙船荒し

 市場から戻るために腰を上げかけた、その時だった。

 青葉から、巡洋艦『青葉』に賊が侵入したという連絡があった。

 その一言で、僕の中の市場見物モードの気分が一気に消えた。

 ボイカシ市場の喧騒が、急に遠くへ押しやられた。

 さっきまで目に入っていた屋台の灯りや異星人たちの雑踏も、一瞬で“背景”へ変わった。

 ブライアントが低く言った。

「規模は?」

『侵入者、三。ダーキッドと推定。現時点では『青葉』側で拘束中です』

「拘束中?」

 僕が、聞き返すと、青葉は少しだけ間を置いた。

『分子機械の防衛機構が捕縛しています』

 その言い方に、僕は、少しだけ寒気を覚えた。

 “捕縛”という表現は穏やかだ。

 でも、『青葉』の分子機械がどういうものなのか、僕は、少し知っている。

 ……知らない異星人があの船へ不用意に入り込んだ場合、運が悪ければ“取り込まれる”はずだ。

「急ごう」

 それだけ言って、僕たちは休憩区画を出た。

 ゾンゾは、こちらの空気の変化をすぐ読んだらしい。さっきまでの軽薄な笑顔を少しだけ引っ込める。

『何ぞありましたか?』

「『青葉』に泥棒」

『あちゃあ』

 その反応はわざとらしいようでいて、本気でも、あるらしかった。

『このへん、宇宙船荒らしは珍しないんですわ。せやけど、神の船さんに手ェ出すとは、ずいぶん命知らずでんな』

「笑い事じゃないよ!」

『笑ろてまへんて』

 そう言いながらも、ゾンゾは歩調を上げた。

『シャトルの場所まで、最短で通しまっさ。あと、この件は案内所経由でシェリフへも流しときます』

「シェリフ?」

『ガナドラの警備団でっせ。まあ、公的警察言うより商人組合の雇われですが』

 その説明を聞いた瞬間、ブライアントがかなり嫌そうな顔をした。

「こういう時に、そんな事実を知ると、安心感が低下する」

『ないよりマシですわ』

 たぶん、それが現実なのだろう。


***


 ゼカタ(シャトル)でドックへ戻るあいだ、青葉は侵入の概要を簡潔に伝えてきた。

 宇宙船荒らしは、ダーキッドと呼ばれる異星人種族だった。

 ――複眼で、二つの瘤のように中心で分かれた地球人の二倍の大きさの頭を持ち、手が長い割には背が極端に低いといった姿をしている種族だ。

 彼らは、外部ハッチへ工作侵入した。

 そして、内部構造の誤認誘導された。

 結果として、分子機械防衛機構により捕捉された――要点だけを並べればそうなる。

 でも、その内容を頭の中で絵にすると、まったく穏やかではない。

「誤認誘導って、どういうこと?」

『侵入者が“通路”だと思って進んだ先が、実際には、分子機械の収束空間でした』

 青葉の言い方は、平然としている。

 でも、それってつまり、『青葉』の中では“敵が見ている内部構造”と“実際の内部構造”が違う、ということだ。

「それで……絡め取られた?」

『そうです』

 青葉の答えは、平然としていた。

『侵入者は、生存しているのですか?』

『はい』

 青葉は、即答した。

『現時点では、生体維持に支障ないレベルで拘束しています』

「現時点では、って付けると怖いんだけど……」

『弓良たちの帰還が早ければ、問題ありません』

 それは、遅いと問題があるという意味だ。

 ナヴーピを出る時、『青葉』には、まだ足りない心臓があると思っていた。

 でもいま、この船の別の面が、はっきりしてきている。

 『青葉』は不完全ではあっても、ただ守られるだけの船じゃないのだ。

 千年どころか一万年近く生き延びてきた船として、ちゃんと“自分の中へ入ってくるもの”への対処法を持っている。

 ……それは頼もしくもあるけど、同時に、少しだけ怖かった。

 ブライアントが、低く呟く。

「やっぱり、ただの古代巡洋艦じゃないよな……」

 その言葉には、感心と警戒が半分ずつ入っていた。

 しかし、僕は、ちょっと手際が良すぎるようにも思えていた。

「……青葉?」

『はい』

「前にも何かが来たことあるの?」

 返ってきた答えは、思っていたよりも重かった。

『あります』

 青葉は、淡々と続ける。

『一万年程度の修復ログを精査した結果、断続的にサルベージャーや探索目的の異星人が接触していました』

「異星人が……」

『はい。数は多くありません。しかし、いずれも本艦を完全な巡洋艦とは認識せず、周辺残骸の一部、もしくは高位遺物を抱えた廃船と判断したとみられます』

 そこで、ほんの少しだけ沈黙が落ちる。

 僕は、その続きを聞きたくないような気もした。

 でも、聞かなければならないとも思った。

「その人たちは、どうなったの?」

『以前の侵入者達は、本艦内部に到達していません。本艦外縁部には、長期漂流期間中に形成された擬装的残骸構造がありました。それらは単なる瓦礫ではなく、分子機械群と連動した擬似外装です』

「そう……」

『侵入者は、周辺残骸と本艦外殻を連続した廃棄構造物と誤認した状態で、最短侵入を試みました』

 僕は、宇宙船墓場の残骸が集められた偽装外殻内で、通路の案内がでていたことを思いだした。

 僕と青葉は、繭のような巡洋艦本体までたどり着けたけど……。

『侵入者の多くは、擬装残骸層と分子機械群の複合防衛機構へ巻き込まれました』

「巻き込まれた、って……」

『より平易に表現するなら、“食べられた”という理解でも大きくは外れません』

 その言い方に、ジェプラが小さく息を呑む。

 太郎まで一瞬だけ黙った。

 “食べられた”。

 比喩としては、分かる。

 でも、それはつまり、侵入してきた異星人たちが、分子機械の修復工程の中へ取り込まれ、分解され、素材として再利用されたか、少なくともそれに近い目に遭ったということだ。

 僕は、窓の外を見た。

 その光景は賑やかなのに、頭の中では別の映像が浮かぶ。宇宙船墓場の暗さ。壊れた巡洋艦。そこへ近づいてきたサルベージャーたちが、残骸に足を取られるように絡め取られて消えていく光景……。

 僕は、何となく、自分たちが最初に『青葉』へ入った時のことを思いだした。

「……僕たちも?」

 言いかけると、青葉が静かに継いだ。

『条件が違えば、同様の処理対象になった可能性は否定できません』

 その一言に、ぞっとした。

 僕と青葉のAIは、なぜか『青葉』に極めて円滑に認証された。

 今までは、幸運だったせいだと思っていた。

 でも、あの時、『青葉』が僕と青葉のAIを認証しなかったら。

 でも、機怪人形としての僕が、“認められる側”でなかったら。

 その幸運がなければ、僕たちもまた“侵入者”と見なされていたのかもしれない。

「……なぜか、なんだよね?」

 僕は、小さく言った。

『はい』

 青葉の声は変わらない。

『弓良と本艦、および旧AI系統との統合は、異常なほど円滑でした』

「異常、なんだ……」

『通常の漂流艦、高位遺物との接触例と比較すれば、その表現が適切です』

 その言い方が、逆にひどく引っかかった。

 幸運。

 でも、それだけではない。

 僕と『青葉』が“なぜか適合していた”ことそのものが、もしかするともっと大きな意味を持っているのではないか。

 そんな考えが、また頭の隅へ浮かんだ。

 けれど、いまは考え込んでいる場合ではなかった。


***


 ドックへ戻ると、『青葉』の外観は、何も変わっていなかった。

 少なくとも、一見しただけでは、異常は見えなかった。

 しかし、内部へ入った瞬間に、艦全体が、静かに防衛姿勢へ切り替わっているのが分かった。

 壁面を走る青いラインが、いつもより少し濃く、通路の照明も、わずかに硬かった。

 『青葉』が、外からの客を歓迎する船ではないことを、内部の空気そのものが示していた。

『こちらです』

 青葉に案内されて向かったのは、通常の通路より少し奥まった区画だった。

 そこにいたのは、三体の異星人――ダーキッド達だった。

 最初、異星人というより、ひどく痩せた影の塊みたいに見えた。

 たしか、ボイカシ市場にも、何人かいたのを遠目に見たような気がする。

 近くで見ると、細長い手足で、灰色がかったぬめるような皮膚に大きすぎる目の、いかにも昔のSF映画に出てきた「宇宙人」という感じの異星種族だった。

 そして、その全身に、半透明の繊維状の分子機械が幾重にも絡みついている。

「うわ……」

 思わず声が漏れた。

 生きてはいる。

 でも、完全に“捕まっている”というより、“取り込まれかけている”に近かった。

 壁面から伸びる繊維の束が、手首、足首、胴、首回りまで絡めて、少しずつ奥へ引いているようにも見える。

 しかも、その繊維の奥には、壁面から半ば植物の根のように伸びた別の構造まで見えた。

 ジェプラが神妙な顔で言った。

『神の船に……召されかけていたのですね』

「えーっと、召しあがるというか――食べられかけてた、で合ってるの?」

『比喩としては不正確ではありません』

 青葉が、やけに淡々と肯定した。

『我々グラブール人は、亡くなった後、魂が神の船に溶けて天国へ行くとされています』

 ジェプラが、呟いた。

「え……そうなの?」

 僕は、正直、グラブール人の宗教的な教義の詳細は、まったく知らなかった。

 ジズゥに、明文的な聖なる書のようなものはなくて、部族毎に教義も異なると聞いていたけど……。

「じゃあ、機怪人形って、天使みたいな感じも?」

『地球人の宗教は、よく分かりませんが、そうかもしれません』

「……」

 僕が考えていると、ブライアントは、ダーキッドの顔を見て低く言う。

「宇宙船荒らしじゃ有名な連中だ。停泊中の船や、装甲の薄い輸送船へ潜り込んで、部材や荷を剥いで売る」

「そんなに、普通にいるの?」

「辺境でも都会でも、珍しくない」

 その言い方は嫌になるほど現実的だった。

 太郎は、ダーキッドたちよりも絡みついている分子機械のほうを見ていた。

『引き込み方が綺麗だ』

「綺麗って言うのかな、これ」

『効率的だ』

 太郎らしい評価だと思う。

 でも、その“効率的”という言葉こそが、この船の怖さでもあるのだろう。青葉や太郎の感覚では、侵入者を無駄なく拘束し、必要なら分解工程へ回せることは合理的なのだ。

 僕は、そのダーキッドたちを見下ろしながら、改めて思った。

 やっぱり、『青葉』は優しい船ではない。

 少なくとも、僕たちに対して見せている顔が、全てではない。


***


 ダーキッドたちは、その後シェリフへ引き渡された。

 ガナドラ星系のシェリフ――名前だけ聞けば公的警察のようだが、実際には商人組合が雇っている警備団に近い存在のようだ。

 やってきた狸族のシェリフたちは、制服こそ揃っていたが、雰囲気は、警察というより、やや慣れた用心棒に近かった。

 武器は持っていて、規律も一応ありそうだけど。

 シェリフ達は、市場の秩序維持と、商会同士の揉め事の調停と、最低限の治安対応をまとめて請け負っているらしい。

『ご苦労さんでっせ』

 リーダー格らしい狸族の男が、拘束されたダーキッドを見て顔をしかめる。

『ようもまあ、神の船に手ェ出しましたなあ』

「神の船って認識なんだ」

 僕が言うと、狸族は肩をすくめた。

『ニュースにも流れとりますしな。白兎族と繋がっとる機怪人形の船、言うたら、そらもう妙な噂もつきますわ』

 嫌な言い方だった。

 でも、その嫌さは現実味でもある。

 ブライアントがすぐに本題へ戻す。

「ダーキッドは、このあたりで多いのか」

『よう出ますわ』

 シェリフのリーダー格らしい狸族の男が、妙に軽い調子で言う。

「よく出るで済ませてほしくないんだけど」

 僕が、思わず言うと、狸族シェリフは肩をすくめた。

『そら、出んようにしたいのは山々ですけどな。ガナドラは広いんですわ』

 その返しに、ブライアントが横で小さく鼻を鳴らす。

「要するに、全部は見きれないってことだ」

『宇宙船荒らしそのものは、しょっちゅうです。けど、本当に面倒なんは、その後ろでまとめて品を流しよる大きなギャング団ですな』

「ギャング団……」

『盗んだ部材や遺物をどっかへ横流しして、荒らし自体は使い捨てる手合いですわ。小物は、よう捕まりますけど、元締めはなかなか尻尾出しまへん』

 その言い方には、自分たちの限界への慣れが滲んでいた。

 つまり、ガナドラは治安機構がないわけではない。

 でも、その治安機構自体が、巨大な商業圏を完全に掌握しているわけでもない。

 見た目どおり、ここは“金と物流で辛うじて回っている巨大迷宮”なのだ。

 ダーキッドたちが引き渡されていくのを見送りながら、僕は、ブライアントへ小さく言った。

「かなり高いドック代払ってるんだよね?」

 ……ここは、ガナドラでも比較的大きなドックだった。

「払っているよ」

「なのに、その中へ、普通に宇宙船荒らしが入り込む」

 僕が言うと、ブライアントは苦笑した。

「地球人の辺境だって、こんなもんさ」

「……あまり安全な場所じゃないね」

「ロストコロニーでも、治安のいい田舎町なら顔見知りだけで回るだろう。でも、流通が集まる雑多な港は別だよ。人も物も金も集まれば、ろくでもない連中も集まる」

 その慰めは、全然安心感はないけれど、現実的ではあった。

 シェリフたちはダーキッドを引き立てながら、こちらへ向かって小さく頭を下げた。

 礼儀はある。

 でも、国家の警察機構のような安心感はない――ガナドラの治安が“商人組合の都合で回る秩序”に近いことが、その立ち居振る舞いだけでよく分かった。

 分かるけれど、気分のいいものではなかった。

 ナヴーピの白い神殿から来たばかりだから、なおさらそう思うのかもしれない。

「青葉」

『はい』

「防衛体制、さらに上げられる?」

『可能です』

「外からの見張りも含めて」

『はい』

 青葉は、迷わず答えた。

『ドック滞在中の外部監視に、ガナドラ公共網の一部を利用します』

「そんなことできるの?」

『合法的に取得可能な範囲だけでも、十分な警戒効率向上が見込めます』

 つまり、青葉は、ガナドラのネットワークそのものも部分的に取り込んで、見張りを厚くするつもりなのだ。

 頼もしい。

 でも、相変わらずやることが静かに怖い。

『加えて、分子機械により、現在のドック構造物に、停泊中用の簡易バリケード設定を追加可能です』

「そこまで、できるんだね」

『本艦は、本来、そのための船でもあります』

 その言い方が妙に引っかかった。

 本来そのため――防衛のため――。

 侵入者を“食べる”ことすら、元々の役割の延長にあるのだろうか?

 僕が少し考え込むと、青葉が静かに続けた。

『ガナドラ市場では、私達は、神殿のような明確な庇護環境ではありません。市場規模に対して治安維持機構が弱く、船舶自衛能力への依存が大きいと判断します』

「つまり、自分でなんとかせねば、ってことか」

『はい』

 その端的なまとめに、ブライアントが苦笑した。

「ホント、地球人の辺境と、大差ないな」


***


 ダーキッド引き渡しのあと、僕は気分を変えようと思って、ガナドラのローカルニュースサイトを開いた。

 それが失敗だった。

「……うわ」

 表示されたトップに、巡洋艦『青葉』の艦影がどんと出ていた。

 しかも、かなり派手な構図で。

 見出しには、白兎族と友好関係にある“神の船”が、機怪人形弓良とともにガナドラ星系を訪問、という文句まで並んでいる。

 ブライアントが顔を顰めた。

「でかでかと載っているな」

「全然よくないよね……」

「よくは、ない」

 ジェプラも明らかに困った顔だった。

『これは……少し、広まりすぎではないでしょうか』

「少しどころじゃないと思う」

 神の船――機怪人形――白兎族の後ろ盾――。

 そういう単語が、市場の噂とニュースの見出しで混ざって流通し始めたら、面倒な客を寄せる未来しか見えない。

 僕は、その場でゾンゾへ通信をつないだ。

 数秒後、例の狸族商人が、妙に明るい顔で出てくる。

『おやおや、神子はん。もうお困り顔でっか』

「ゾンゾ」

『はいな』

「これ、何ですか」

 僕は、ニュース画面を示した。

 ゾンゾは一目見て、ああそれですか、とでも言いたげに頷く。

『ガナドラのニュースは早いんですわ』

「早いで済ませる話じゃないよね?」

『まあ、たしかにちょぉっと目立ちましたな』

「目立たせたの、あなたでしょう?」

 僕がじっと言うと、ゾンゾは一瞬だけ耳を揺らした。

 完全に否定はしない顔だ。

『自然な情報流通を、ちょっぴりお手伝いした程度でっせ』

「それを、流したって言うんだよね!」

 横でブライアントが呆れたように鼻を鳴らす。

「次からは、手伝う前に許可を取れ」

『いややなあ、ブライアントはん。結果的には“表の顔”ができたとも言えるんですわ』

「こっちは、静かに潜りたかったんです」

 僕が言うと、ゾンゾはそこで少しだけ商人らしい顔になった。

『せやから、お詫びも兼ねて、こっちも一つ手ぇ打ちましょか』

「……どんな?」

『情報提供料は、まけます』

「まけるってことは、最初の値段が怪しいんじゃない?」

『商売人にそれ言います?』

「言うよ!」

 ゾンゾは肩をすくめ、それから、いかにも“次のカード”を出す顔をした。

『ほな、その代わり、もう一段ええ商人を紹介しましょか』

 僕とブライアントが同時に反応する。

「もう一段?」

『せや。神子はんらが探してるもんは、普通の店筋ではまず出まへん。せやから、ちゃんとした大口に会うんですわ』

 さらにゾンゾは当然みたいに続けた。

『ついでに、ちゃんとした警備会社も紹介しときます。いまのままやと、神の船さん、目立つだけ目立って無防備ですやろ』

 その言い方は、腹立たしいくらい筋が通っていた。

 僕は、ニュース画面に映る『青葉』をもう一度見た。

 もう静かには潜れない。

 だったら、こっちも少しやり方を変えなければならない。

 青葉が静かに言った。

『ゾンゾの介在による情報流出リスクは高いですが、現時点では最も効率的な市場導線でもあります』

「それは、分かっている」

 僕は、小さく息を吐いた。

「……その商人、会ってみる」

『毎度おおきに、ですわ』

 ゾンゾは満足そうに笑った。

 その笑顔を見ながら、僕は思った。

 ガナドラでは、物を探しているつもりで歩いていても、結局は人と噂と欲の流れへ踏み込まされる。

 そこが、この星系の怖さであり、たぶん面白さでもあるのだろう。


***


 ゾンゾとの通信を切ったあとも、ニュース画面の中の『青葉』は、しばらくそのまま表示されていた。

 白兎族と友好関係にある神の船――機怪人形弓良――ガナドラ星系来訪。

 言葉だけ見れば、ずいぶん立派だ。

 でも、その立派さがそのまま厄介ごとの呼び水になっている気しかしない。

 市場の噂好きな連中、妙な宗教心を持つ者、値踏みする商人、面倒な好奇心で寄ってくる連中、そういうものが全部、この見出しに吸い寄せられてくるのだろう。

「……完全に知られちゃったかな? トップ画面だもんね……」

 僕が、そう言うと、ブライアントが腕を組んだまま頷いた。

「そうだな。こうなると、静かに裏を探るやり方は取りにくい」

「さっきまで、“物を探すなら人を掘る”って言ってたのに」

「だから、その“人”のほうから寄ってくるなら、使うしかない」

 その言い方が、いかにも現場屋らしかった。

 条件が悪くなれば、その悪い条件も込みで道具にする。そういう発想なのだろう。

 ジェプラは、まだ少し疲れた顔をしていたが、それでも背筋は崩していなかった。

『本当に、その紹介を受けるのですか?』

「受けるしかない、かも」

 僕がそう返すと、ジェプラは小さく息を吐いた。

『ガナドラは、何でも少し急ぎすぎます』

「本当だね」

『ナヴーピでは、物事がもう少し順序立っていました』

 その言葉が、妙に心に響いた。

 白兎族の神殿圏では、神聖なものの位置も、人と人との距離も、だいたい最初から決まっていた。

 でも、ガナドラでは違っていた。

 順番が、金と情報と流れでどんどん入れ替わり、落ち着いて考える前に、次の扉が勝手に開いてしまう――そんな感じが、ある。

 太郎は、その話を横で聞きながら、相変わらず少しずれたところにいた。

『警備会社は必要』

「そこは、太郎も同意なんだね?」

『ドックの防備が甘い。気に入らない』

「うん、それは僕も気に入らない」

『かわいい整備としても、不満だ』

「そこは、たぶん関係ない」

 その一言で、少しだけ空気がゆるむ。

 でも、結論は同じだった。

 ガナドラでは、もう僕たちは無名ではいられない。

 だったら、せめてこちらから会える相手は先に見ておいたほうがいい。

 危険でも、値踏みされるとしても、まったく知らないよりはましだ。

「青葉」

『はい』

「その“もう一段ええ商人”って、どう思う?」

 少しだけ間があった。

 青葉は、その短い沈黙の間に、たぶんいくつもの可能性を照合している。

『ガナドラの商流構造を考えると、ゾンゾが個人で到達できる上位導線には限界があります』

「うん」

『したがって、次に紹介される相手は、より大きな資本、より大きな保管区画、より大きな政治的影響力を持つと考えるべきです』

「良いことみたいに聞こえるけど、あんまり良くないね」

『利は増えますが、危険も増えます』

 そのまとめ方は、ひどく青葉らしかった。

 結局のところ、そこなのだろう――。

 大きな商人は、物を持っているかもしれないし、情報も持っているかもしれない。

 でも、同時に、こちらの価値を測り、それを札として扱う力も持っているのだ。

 ブライアントが低く言った。

「俺たちが探してるのが普通の補修材なら、こんな話にはならないさ」

「イハァトパー機関だから?」

「それもあるし、『青葉』そのものが普通じゃないからね」

 その一言で、僕は少しだけ黙った。

 たしかにそうだ。

 イハァトパー機関という探し物が特別なのもある。

 でも、そもそも“神の船”がガナドラへ来たこと自体が、すでに商材なのだ。しかも、その主が機怪人形だとなれば、なおさらだろう。

 ゾンゾは、そのへんを見越して、ニュースへ流し、僕たちを“隠れた客”から“表に出た価値ある客”へ変えたのかもしれない。

「……利用されてるよなあ」

 僕が小さく言うと、ブライアントが苦笑した。

「向こうから見れば、お互い様だろうね」

「そうかな?」

「そう思うしかない」

 その考え方は、たぶんこの人が辺境で生きてきたやり方なのだろう。

 綺麗に損得を分けられないなら、利用される前提で利用し返す。

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