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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第三十三章 値札のない心臓

 僕達は、ゾンゾの案内で、ボイカシ市場の〈先住者〉系の“秘宝”を扱うという店を何軒か巡ることになった。

 

 一軒目は、表通りから少し外れた、半分倉庫みたいな店だった。

 店構えは地味だった。大きな看板もなければ、派手な照明もない。

 ただ、入口の上に、古い金属板へ刻まれた〈先住者〉風の意匠がぶら下がっていて、それがなければ、ただの古道具屋にしか見えない。

 中へ入ると、棚という棚に、用途不明の物体が積み上がっていた。

 細長い金属管――半透明の板――歯車に見えるが、歯の噛み合う相手が存在しなさそうな輪――光を当てると表面の模様が動く石板、など。

 明らかに機械の一部なのに、どこが入力でどこが出力かさっぱりわからない塊もあった。

「……すごい」

 思わずそう漏らすと、ブライアントが横で低く笑った。

「こういう店は、見た瞬間に値段の半分が“由来の雰囲気”だよ」

「それ、褒めてる?」

「いや」

 即答だった。

 店主は年配の狸族で、ゾンゾを見るとすぐに顔をしかめた。

『なんや、またお前かいな』

『またとは人聞き悪いでんなあ。今日は神子はん御一行をご案内ですわ』

 その一言で、店主の目つきが変わる。

 僕の髪、白い肌、そして付き従うように見える面々を一通り見てから、急に態度が柔らかくなった。

『これはこれは。神子様なら、もうちょい奥を見てもらわなあきませんな』

 そう言って見せられたのは、棚の奥に仕舞われていた、もう少し“それっぽい”品々だった。

 小さな金属球は、手に取ると、表面に細かな紋様が浮かんでは消える――でも、何に使うのかはわからない。

 棒状の工具らしきものもあった。先端がときどき青白く光る。しかし、青葉に聞いても『多目的接合、切断、場測定のいずれかに使われた可能性があります』としか返ってこなかった。

 ブライアントは、それらを一つ一つ、妙に真剣な顔で眺めていた。

 値段を聞いているのではない。

 どういう発想の道具か、どの程度本物らしいか、そういうことを見極めている顔だった。

「こういうの、地球圏の遺物商なら“万能探査キー”とか“古代技術の起動杖”とか勝手に名付けて、もっと高く売るだろうな」

「実際は違うの?」

「違うとは言い切れないが、たいていは、もっと地味な用途だ」

 その口ぶりが、いかにも山師兼現場屋らしかった。

 一方で、太郎は別のところへ興味を示していた。

『この関節』

「うん?」

『おかしい』

 太郎が見ていたのは、棚の下に転がっていた小型の機械部品だった。

 生物的な形で、触ると脚っぽい部分だけがぴくぴく動く。

『玩具なら、もっと単純な連動でいい。これは、無駄に複雑』

「無駄に複雑って、太郎が言うと説得力あるな」

『褒められた』

「たぶん違う……」

 ジェプラは、その店に入ってからずっと少し硬い顔だった。

『こうして棚へ並んでいるのを見ると、やはり少し落ち着きません』

「神棚の御神体を売る感じ、ってやつ?」

『はい。たとえ小物であっても、白兎族の神殿なら、ここまで無造作には置きません』

 その感覚は、たぶんジェプラには、かなり自然なものなのだろう。

 ナヴーピの神殿で見た〈先住者〉由来の物品は、全部がきちんと棚に仕舞われていた。

 生活の中で使うものも、神殿で守るものも、少なくとも“売り物の山”にはなっていなかった。あの超空間戦闘機(ダグーラ)なんか、本当に宝物みたいにステージに飾られていたし。

 そのあともいくつか見せてもらったが、結局、イハァトパー機関どころか、青葉が強く欲しがるような高位部品は、まったくなかった。

『この店にあるものは、主に末端補助系と低位機構片です』

 青葉が冷静に総括する。

『本艦の中枢系修復には、ほぼ寄与しません』

 店主は、少し申し訳なさそうに肩をすくめた。

『いやあ、さすがにそこまでの品は……』

 それで一軒目は終わった。


***


 二軒目は、見た目からして少し怪しかった。

 通路の角にへばりつくような細長い店で、入口には布が何枚も垂れ下がっている。

 店の中は薄暗く、吊り下げ照明が妙に青かった。

 店主は、青っぽい毛皮の猫のような部族――青獅子族というそうだ――の女で、僕たちを見るなり、いかにも“珍しい客だ”という表情をした。

『神子と神の船の関係者が、こんな店へ来るとはね』

「こんな店って?」

『誉め言葉よ』

 そう返されると、何とも言えない。

 この店には、明らかに“機械部品”らしいものが多かった。

 細長い推進ノズルの断片――薄い制御板――内部にまだ微細なシャドーマターの(フィールド)を残しているリングもあった。

 エンジン部の一部らしき、焼けた金属塊と、その周辺部品みたいなものもあった。

 ブライアントは、一気にそちらへ吸い寄せられた。

「これ、どこから出たんだい?」

『どれのこと?』

「そのノズル断片だ。〈先住者〉船の小型補助推進系に似ている」

 青獅子族の女が、少しだけ感心した顔になる。

『目が利くのね、野……人類(ヒューマン)の男にしては』

「人類の男にしては、って何だよ?」

『だって、大抵の客は“光る古代部品”くらいにしか見てないもの』

 その返しに、ブライアントは肩をすくめた。

 でも、目は完全に品のほうへ行っている。

 僕は、その様子を見ながら、やっぱりこの人は“探し物をしている時”がいちばん生き生きするのだと思った。

 願いを叶える星の話では、カッシーナに思いを馳せる表情をしていた。

 でも、こうして物そのものの由来や構造へ向き合う時は、純粋に探査屋の顔になる。

 青葉が、僕の目やセンサーを通して、そのノズル断片や制御板を一通り解析したあとで言った。

『本物である可能性はありますが、イハァトパー機関の系統とは無関係です』

「やっぱり、そこには繋がらないか」

 僕が言うと、ブライアントは少しだけ悔しそうに笑った。

「少なくとも、ハズレではない。だが、当たりでもないな」

 太郎は、そのあいだずっと、店の隅にあった分子機械のオモチャ群へ夢中だった。

 蛇みたいにうねる紐――小さな四足獣型の玩具――押すと羽だけが開く鳥型の置物もあった。

『これは、良い』

「良いの?」

『分子機械の挙動が素直だ』

「玩具として?」

『整備教材として』

 その発想はなかった。

「……太郎、見るところが一貫してるなあ」

『当然だ』

 ジェプラは、少し疲れが顔へ出てきていた。

 歩き疲れというより、感覚の疲れだろう。

 市場の喧騒に、異種族の多さ、それに神聖視してきた遺物が、店ごとに別の理屈で並べられている感じ――。

 そういったものを、彼女は一つ一つ、まともに受け止めてしまうのだろう。

「大丈夫?」

 僕が小さく尋ねると、ジェプラは、姿勢を崩さないまま答えた。

『はい。ただ、ガナドラは“考えること”が多すぎます』

「それ、すごく分かるよ」

『神殿では、物の位置づけが、もっとはっきりしています。ここでは、神聖なものと、商いのものと、用途不明のものが、全部、同じ場所にあります』

「そうだね」

『それが、少しだけ……疲れます』

 その表現は、かなり正確だと思った。


***


 三軒目は、小柄な大栗鼠族の店だった。

 ここはそれまでの二軒より、さらに“ガラクタっぽい”ものが多かった。

 棚どころか、床にも箱にも、奇妙な部品が雑然と積まれていた。

 店主はひどく愛想がよく、僕を見るなり両手を合わせた。

『おお、機怪人形様……なむなむ』

「市場だと、そういう反応も多いんだな」

『神の系譜に連なる方ですからねえ』

 そう言いつつ、商人の目はしっかりしている。

 敬意もあるのだろうが、それだけではない。

 神子に来店された、ということ自体がこの店の“箔”になると分かっている顔だ。

 この店には、本当に用途不明の機械片が多かった。


 ――たとえば、押すと中で何かがずれるが、何も起きない金属箱。

 ――たとえば、輪の中に輪が入っていて、ずっと自転しているだけの構造物。

 ――たとえば、透明な板の間に小さな光点がいくつも閉じ込められていて、角度を変えるたびに配列が変わる置物。


「これは、何なんですか?」

 僕が尋ねると、大栗鼠族の店主は堂々と言った。

『分かりませんな』

「分からないんだ……」

『でも、確かに、神の遺跡から出たものですわ』

「そこだけは確かなんだ……」

 ブライアントは、逆にそういうものほど興味深そうに見ていた。

「由来が怪しくないなら、用途不明でも価値はある」

「探査屋の発想だなあ……」

「用途不明だからこそ、価値があることもあるんだよ」

 太郎は、その店の一角で、小さな立方体をじっと見つめていた。

 表面に細い溝があり、触ると一面だけ少しへこむ。

『これも玩具か』

「たぶん違うんじゃない?」

『だが、押したくなる』

「それはちょっと分かる」

 ジェプラは、三軒目に入ったあたりから、だいぶ静かになっていた。

 歩くのが遅いわけではなかったけど、目の動きが少しだけ疲れていた。

 白兎族の神殿見習いが、ガナドラの古物商を連続で回るというのは、やはり感覚的にかなりキツイのだろう。

「少し休む?」

 僕がそう聞くと、彼女はすぐには頷かなかった。

 それでも、数秒後に、少しだけ申し訳なさそうに言う。

『次の店のあとで、少しだけお願いしてもよろしいでしょうか』

「もちろん」

 そう答えると、ジェプラはほんの少しだけ、ほっとした顔になった。


***


 もう一軒は、また狸族の半ば修理屋を兼ねた部品商で、そこには細かなエンジン部材や接続片が多かった。

 ブライアントは、その修理屋で、かなり長く足を止めた。

 〈先住者〉系の推進部断片や制御補助片が、どの程度まで現代技術と噛み合わせられるかを、店主とかなり細かく話していた。

「これ、完全な同型じゃないね?」

『同型ではありませんな。後代で継ぎ足した混成部材や』

「でも、発想としては近いね」

『近いから、よう売れるんですわ』

 店主の返しがいかにもガナドラ的で、僕は少し笑ってしまった。

 太郎はそこでも、部品より工具のほうへ目が行っていた。

『こっちの固定具、変わっている』

「またそこ?」

『よい固定具は大事だ』

 その真剣さは本当に一貫している。

 青葉が、店主に尋ねた。

『イハァトパー機関は、シャドーマターを利用した高次元計算駆動機関に相当します。そのようなものは、ありますか?』

『ええ? そんなもん、ワイ、見たことも聞いたこともありまへんで。秘宝のたぐい、ちゃいますか?』

「つまり、確認されたこと自体が、ない?」

 ブライアントの問いかけに、店主が応える。

『そりゃ、そんなもん、ワイらの仲間でも、知らんと思います』

 青葉が少し、沈黙した。

『確かに、本艦の記録をサーチしても、そのような高位機関は、古代でも普通に市場流通した形跡が、ありません』

「ないのか……」

 僕が、言うと、ブライアントは腕を組んだ。

「確認例すらないなら、なおさら普通の棚には出ない」

「だね……」

「だが、手がかりがゼロになったわけじゃない」

 彼は、そう言って、店々の記憶を頭の中でつなぎ直すような顔をした。

 ガラクタ――低位部品――玩具――疑似品。

 つまり、末端の流通はある。

 なら、その上にもっと深い層があるはずだと、たぶん彼は見ているのだろう。


***


 そのあと、ゾンゾはさらに二軒ほど案内した。

 一軒は、ほとんど祭具店みたいな店だった。

 古い器具や、神殿で使われていたらしい光板や、用途不明の円盤が並んでいて、どちらかというと信仰の匂いが強かった。

 もう一軒も、ガラクタのようなグッズが置かれていただけだった。

 

 ……ナヴーピを出るときは、ガナドラなら何とかなるかもしれないという希望があった。ジズゥも「可能性はある」と言っていたし、白兎族最大の支援とまではいかなくても、後ろ盾はある。ゾンゾみたいな現地商人の導線もある。

 でも、イハァトパー機関のようなものが“確認されたこと自体がない”に近いというのだから、最初からかなり無茶な探索だったのだ。


***


 最後に入った店は、また狸族の店だった。

 その店主は、これまでの店主たちより少し年を取っていて、最初から申し訳なさそうな顔をしていた。

『神子様が探してはるようなもんは、うちにはとても……』

「いえ、見せてもらうだけでも」

 僕がそう言うと、店主は何度も頭を下げた。

 棚に並んでいるのは、やはりガラクタめいた機械、分子機械のオモチャ、用途不明の部品、エンジンの断片だった。

 中には本物もあるのだろう。

 でも、『青葉』の心臓に届く気配はなかった。

 店主も、それが分かっているらしかった。

 僕たちが一通り見終わった頃、彼は本当に申し訳なさそうに奥から小さな箱を持ってきた。

『せめて、これを……』

 箱の中に入っていたのは、アヒルのような鳥のオモチャだった。

 ころんと丸くて、嘴が少し広い。

 翼は簡略化され、脚も短く、まるで、赤ちゃん用のお風呂に浮かぶタイプにそっくりだった――メタリックな見た目だけど。

 そして、材質だけが妙に古かった。

「これが?」

『そちら、〈先住者〉の遺跡から出たという鳥の玩具でしてな。何の機能があるんか、さっぱりわからへん。機怪人形様への寄進です。なむなむ』

 そう言って、店主は本当に拝むような仕草までした。

「寄進?」

『はい。ぜひに』

 この市場では値札のつかないものが、本当に別の理屈で動いているのだと少しだけ感じた。

 ジェプラは真面目な顔でそのやり取りを見守っていたが、ブライアントは横で低く言う。

「ガナドラだと、こういう理屈も交渉材料になるんだな」

「宗教心ってやつ?」

「それだけじゃないだろうね。神子に渡した、という事実そのものが、その商人の看板になるのさ」

 なるほど、と思ってしまう自分が少し嫌だ。

 僕は、そのアヒル型の玩具を受け取った。

 軽いけど、中身が完全に空っぽという感じではなく――微細構造が、内部に眠っている気配があった。

 その瞬間、青葉が言った。

『弓良、それを持っていてください』

「これ?」

『はい』

「何か分かる?」

『特別な機能を持つ分子機械で構成されている可能性があります』

 青葉の声は静かだったが、いつもよりほんの少しだけ関心が強い。

『ただし、用途は、即時には判別できません。本艦へ持ち帰って詳細解析したいです』

「青葉がそこまで言うなら、意味はありそうだね」

『はい』

 店主は、それを聞いてさらに深く頷いた。

『やっぱりただの玩具やなかったんですなあ。けど、うちにはさっぱり分からんので、神子様に持っていってもろた方が、物も喜びます』

「物が喜ぶんだ……」

『そういうこともあります』

 真顔で言われると、少し返しに困る。

 でも、寄進という形なら、こちらも受け取りやすかった。

 僕は、礼を言って、その鳥のオモチャを受け取った。

 それから店を出たところで、ゾンゾが振り返る。

『さて、神子はん。どうしまひょ』

「どうするって」

『まだ別の筋を当たることはできますで。もっと裏に近い方とか、もっと金のかかる方とか』

 その言い方に、ブライアントが低く笑った。

「そうだろうね」

「裏に近い方って、ちょっと嫌な響きだね……」

 僕がそう言うと、ゾンゾは楽しそうだった。

『ガナドラで、ほんまに欲しいもんを探すなら、そっから先が本番ですわ』

 ジェプラは、少し疲れた顔のまま、それでも姿勢を保って立っていた。

 太郎は、どこか満足そうに僕の持つアヒル型の鳥オモチャを見ている。

 ブライアントは、店々で見た部品や流通の気配を、もう頭の中で組み直している顔だ。

 僕は、その三人を順に見てから、ゾンゾへ言った。

「少し休んで、それから相談しよう」

『それがよろしいですな』

 ゾンゾは、すぐに頷いた。

『物は逃げても、疲れた頭では目利きも鈍りますよって』

 その言い方は、妙にもっともだった。


***


 何本目かの通りを抜けたあと、僕たちは小さな休憩区画へ入った。

 吹き抜けの下に、簡易卓と椅子が雑然と並び、そのまわりを食べ物や飲み物を売る屋台が囲んでいる。

 ナヴーピの歓迎会ほど落ち着いてはいないし、ステーションBのカフェほど人類圏的でもない。

 しかし、市場で歩き疲れた者たちが少しだけ腰を下ろす場所としては、十分に機能していた。

 ブライアントが、何か香草めいた匂いのする苦い飲み物を買ってきた。

 僕の前には、薄い青色の炭酸飲料みたいなものが置かれる。

 サイダーとは違う感じの泡で、香辛料の香りがして、少し妙な味だった。

「……やっぱり、表通りだけじゃ駄目だな」

 ブライアントが、椅子へ浅く腰掛けたまま言う。

「うん」

「でも、無駄ではなかった」

 彼は、通りを見つめながら続けた。

「この市場、〈先住者〉の遺物を“完全に隠してる”訳じゃないね。表に並んでるガラクタも、その奥の流通の影も、ちゃんと繋がってる。見せていい層と、見せたくない層が分かれてるだけだね」

 その言い方に、僕は、少しだけ考え込んだ。

 ナヴーピでは、白兎族は〈先住者〉の遺物を敬い、使わせてもらうという感覚で扱っていた。

 ガナドラでは、その感覚が薄れているわけではない。けれど、そこへ金と交易と種族間の利害が被さることで、結果として“表では売らないが、完全には止めない”という形になっているのだろう。

『ガナドラでは、信仰も、また流通に組み込まれているのかもしれません』

 ジェプラが真面目な顔でそう言った。

「まあ、そんな感じもするね。ちょっと大変だけど」

『はい。ですが、その流通形態は、間違ってはいないと思います』

 たしかに、その通りなのかもしれない。

 ここでは、敬意も、禁忌も、名誉も、全部が商売と隣り合っている。

 太郎が飲み物の容器をじっと見つめながら言った。

『市場は、人が何を隠したいかよく分かる場所だ』

「急に深いこと言うな」

『整備工場も同じ』

「いや、それはちょっと違うかも」

『だが、だいたい同じだ』

 太郎が妙に断言するので、ブライアントが笑った。

「こういうときだけ、哲学者みたいになるな」

『整備者だからな』

 その返しを聞きながら、僕は、少しだけ肩の力を抜いた。

 このまま何も見つからず、市場の広さだけに飲まれて終わるのではないかという焦りがあった。

 でも、まだ入口に立ったばかりなのだとも思えた。

 僕がため息をつくような動作をすると、ブライアントが身を乗り出した。

「次は、物じゃなくて人を掘るべきだな」

 その言い方が、いかにも彼らしい。

 ゾンゾもすかさず頷いた。

『せやせや。最初からそう言うてますやろ。ええ物を探すんやなくて、誰が何を知っとるか、どこへ流れるか、誰が黙っとるか、そこを見るんですわ』

「……物じゃなくて、人と噂だね」

 そうだ。ガナドラに来ればなんでも棚に並んでいる、というわけではない。グラブール人にとって〈先住者〉由来のものは、“神の遺物”なのだ。なら、たとえ流通が存在しても、真正面からの買い物にはならない。

 ここは、地球の市場とも、ステーションBのジャンク街とも違う。違うなら、探し方も変えなければならない。

 青葉が、静かに答えた。

『はい。ボイカシ市場における現時点の最適解は、物品検索から流通経路探索への方針変更です』

 ブライアントが、苦笑する。

「言い方は硬いが、要するにそういうことだね」

「うん」

 たぶん、それが正しい。

 物が見つからないなら、人を追う――人を追えないなら、流通の影を見る。

 ガナドラは、そういうやり方でないと開かない場所なのだろう。

 そう考えた、その直後だった。

 耳元の通信端末が、短く、鋭く鳴った。

 ナヴーピでヅゴダが来た時の緊急通知と、どこか似た響きだった。

「青葉?」

 返ってきた声は、いつもよりさらに低かった。

『弓良。現在、警戒レベルを上げてください』

「何があったの?」

『『青葉』に賊が侵入しました』

 その一言で、ボイカシ市場の喧騒が急に遠くなった気がした。

 ブライアントの顔が引き締まる。

 ジェプラの耳がぴんと立つ。

 太郎はもう、次の指示を待つ前に動く気満々だった。

 市場見物の時間は、どうやらここまでらしい。

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