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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第三十一章 ガナドラ市場到着

 白兎族の惑星ナヴーピを離れてからしばらくの間、僕は、何度か後ろを振り返りたくなった。

 もちろん、実際には振り返っても、もうあの白い神殿も草原も見えない。

 巡洋艦『青葉』は、とっくにイシディ星系の外縁を抜け、ストライプド・リープ航法で次の目的地へ向かっていた。けれど、気分としては、まだどこかナヴーピの空気を引きずっていた。


 朝の応接で拝まれたこと――。

 神殿の回廊を歩くたび、少し距離を置かれたまま頭を下げられたこと――。

 ハチョキが太郎に熱烈な好意をぶつけて、太郎が妙にきびきび逃げ回っていたこと――。

 ジェプラが結局、ゲラバに命じられて僕たちに同行することになったこと――。


 短い滞在だったのに、思っていたより、いろいろなものが思い出として残った気がする。

 ただ、感傷だけで止まっていられる状況でもなかった。

 『青葉』には、まだ足りないものがある。

 イハァトパー機関――〈先住者〉の特殊部品だ。

 それが無いせいで、巡洋艦『青葉』はまだ完全状態ではないのだ――主砲も撃てず、巡航速度も本来の半分ほどしか出せない。

 ナヴーピで、装甲や内装はかなり整えられたし、重力子キャパシターや制御回路も高性能なものへ換装された。表面塗装もできた。

 でも、心臓にあたる部品だけは、ないままだった。

 そもそも、『青葉』は、その心臓の部品がある前提で製造されていたから、無いまま飛んでいると、突然、不具合を起こして停止するかもしれない、という。

 だから、次の目的地は決まっていた。

 ガナドラ市場――グラブール人最大の市場スペースコロニー群だ。

 多数の異星人もやってくる宇宙の交易拠点だという。

 そして、ジズゥによれば、イハァトパー機関のような普通では手に入らないものにも、わずかな可能性がある場所だそうだ。


 その市場の名前を最初に聞いたとき、僕は、巨大なコロニーが一つ浮かんでいるくらいのものを想像していた。せいぜい、ステーションBをもっと大きくしたようなものだろうと思っていたのだ――実際に着いてみるまでは。


***


『間もなく、ガナドラ星系外縁へ到達します』

 青葉の声が制御区画へ静かに響いた。

 その声音はいつも通り落ち着いていたが、ほんの少しだけ張りがある気がした。

 青葉自身も、この星系について何らかのデータを検索したのかもしれない。ただ、こちらが尋ねなければ余計なことを喋らないのも、いつも通りだった。

 僕は、前方表示へ視線を向けた。

 ストライプド・リープ航法の終了は、いつも静かだ。流れていた星が停止して、不思議な震えがなくなる。

 そして、いつもの宇宙が戻ってくる。その向こうに、最初はただの光点の集合のようにしか見えないものが浮かんでいた。

「……え」

 思わず、そんな声が漏れた。

 光点じゃない。

 いや、遠目には光点に見えていたものが、一瞬ごとにその正体を露わにしていく。

 輪――塔――帯――細い筋のような交通光だ。

 巨大なリング構造の一部がいくつも重なり、そのあいだを無数の小型艇や輸送船が飛び交っていた。

 あるものは恒星に対して斜めに傾き、あるものはまっすぐ環状に走り、また別のものは歪んだ外形をしていた。

 それは、一つのスペースコロニーではなかった。星系そのものが、巨大な市場へ変わっていた。

「……これが、ガナドラ」

 口にしても、あまり実感が湧かなかった。

 ナヴーピの神殿や草原が、急にずいぶん遠いものに感じられる。あっちは古くて静かな世界だった。こっちは、古さを内側に抱えたまま、ひたすら流通と雑踏で膨れ上がった世界だ。

 ブライアントが、横でまるで子どもみたいな顔をしていた。

「おい……」

「うん」

「噂は聞いてたが、これは……」

 彼は、そこで言葉を切った。いつもなら軽口でも挟むところだろうに、本当に圧倒されている時は、かえって喋れなくなるらしい。

「こんな場所に、本当に来ちまったのか……」

 それが、ようやく出てきた言葉だった。

「そんなに、すごいの?」

 僕が聞くと、彼は、視線を前方表示から外さないまま答えた。

「いわゆるダイソン・リングってヤツだ。地球人類連邦の中心圏にだって、こんな星系はない。元は〈先住者〉の構造物が基盤になっているって話だったが」

『その認識で、概ね正しいようです』

 青葉が、補足する。

『ガナドラ星系内の大型人工構造物の大部分は、〈先住者〉時代の物質構造と設計思想が確認されています』

 そう言われると、見え方が変わる。

 ……これまで、“魔法”や『青葉』の技術や何かで〈先住者〉は、凄い古代異星人だというのは分かっていたのだけれど、こんな巨大構造物まで造っていたとは、初めて知った。

「いや、こういうのは、割と簡単に軌道が不安定になる。グラブール人は、これを維持しているだけで凄いぞ」

「へえ……」

 ふと思って、スクリーンに映されている画像ではなく、『青葉』の望遠レンジでリングを見てみる。

 すると、継ぎ足されたドック、切り開かれた搬送路、乱雑な小型ステーション――のようなものが見えた。たしかに、リング状の地面構造――巨大な古代遺構へ、後世の増築を繰り返したような感じに思えた。

「つまり……神様の遺跡の上に、大市場を作ってるようなものなんだよね?」

 そう言うと、ジェプラが少しだけ複雑そうに耳を揺らした。

『はい。グラブール人の感覚では、その表現が近いかもしれません』

「すごいなあ……」

『感嘆の方向が、少し危ういです』

 ジェプラの返しが真面目で、思わず少し笑ってしまった。

「いや、ナヴピでも思ったけど、本当に遺跡由来のものを残しながら利用しているんだな、って」

『でしたら、よいのですが』

 ブライアントが笑って続ける。

「そうだな。人類だったら、なにかこの機構を作り替えて利用しようとするだろう。でも、グラブール人は、広い土地として利用している」

「そうなんですか?」

「いや……ただの土地を使ってるというのとも違うか。ここは、単なる大交易港ではない。グラブール人だけではなく、近隣の影響領域を持つ異星人の間でも、最大市場らしい」

 その横で、太郎がぴこんと鳴る。

『整備区画が多い』

「第一声がそれなんだ」

『重要』

「そこはぶれないね」

『大規模ドックが多い。修理しがいがある星系だ』

 修理しがい、という言葉の使い方が少しおかしい気もしたが、太郎なりにこの景色へ感動しているのだろう。熊のぬいぐるみみたいなドローンが、大宇宙の交易中枢を見て“整備しがい”を感じているのだと思うと、ちょっとだけ可笑しかった。


***


 ガナドラ星系の中心へ近づくにつれて、交通量は一気に増えた。

 『青葉』の外周を、大小さまざまな船が抜けていく。グラブール人の細長い船体の他に、。箱型や丸型のそっけない感じの輸送船もあった。見たこともない異星人の液体金属風の宇宙船もあった。金属の棒のモビールがそのまま飛んでいるようにしか見えない、妙に不安になる移動体まであった。

『船籍を列挙します』

 青葉が前方表示の端へ細かな情報を並べ始める。

『グラブール系、ラギ系、ガラXFIザA/B系、ギムラーク系、アフアヒ系……識別不可能な船籍も多数あります』

「識別不可能な船籍?」

『人類が知らない異星人と思われます。白兎族から入手したデータにもありませんでした』

 その説明がさらっとしていて、逆に怖かった。

 ステーションBでも十分、雑多さは感じたけれど、ここは規模が違った。

 秩序がないわけではなさそうなのに――全部を把握できる者がいるのか疑わしくなる規模の流通が、星系全体で回っていた。

 その時、青葉が別方向の情報を拾った。

『入港前の案内所(インフォメーション)への接続が可能です』

「案内所?」

『ガナドラは巨大市場ですので、専属の案内人を付けるのが一般的のようです』

「ネットで検索すればいいんじゃないの?」

 ――ステーションBとナヴピで、“未来”のネットワークの凄さを体感していたので、すぐ必要な情報を検索して得られるのではないかと思ったのだ。

『いえ。全ての情報がデータ化されている訳ではなく、その検索の仕方や必要な情報を持った案内人が必要とされているようです』

「ああ。人類連邦でも似たような制度がある。現場で必要な情報ほど、人づてに探す必要があるんだよ」

「へえ……」

 ブライアントの言葉に、そんなものかと思った。

『案内所への接続に、白兎族から受領した後援識別を使用しますか?』

「使ったほうがいい?」

 僕が聞くと、ブライアントは、即答した。

「こういう場所では、使える看板は最初から使ったほうがいい」

『同意します』

 青葉も珍しくすぐ同意した。

『情報流出の懸念はありますが、無印で入るより監視が明瞭になる利点があります』

「監視が明瞭って、なんか嫌な言い方だね……」

「でも、“見えない監視”のほうがもっと嫌だぜ?」

 ブライアントの言い方には妙な説得力があった。

 結局、僕たちは白兎族の後援識別を通したうえで、ガナドラの案内所へ接続することにした。

 数秒後、制御区画中央の通信表示に、一匹の狸……いや、狸と犬を掛け合わせたようなグラブール人が現れた。狸族――ナヴーピでも、少しだけいたグラブール人の部族だ。

 毛並みは茶と灰色が混ざっていて、黒っぽい目の周りの毛に囲まれた目は、キョロキョロと、商人らしくよく動いていた。口元は、人懐っこいように微笑んでいた。

 服装は、きっちりした案内所勤務というよりは、アロハシャツのような派手な柄の、妙に自由な着崩し方をしていた。

『おやおやおや! これはこれは、噂の神の船さんやおまへんか』

 第一声から、妙に調子がいい。しかも、語尾がやたらと耳に残った。

「……ゾンゾ?」

 ブライアントが少し眉を上げて言うと、狸族の男は、にかっと笑った。

『さすがでっせ、ブライアントはん。覚えててくれはったんでんな』

「忘れるような口調じゃないからな」

『ひどい言われようでっせ』

 この感じ。僕は、すぐに理解した。

 ああ、これは面倒なタイプだ――人当たりは良いが、まったく油断できないな、と思った。

『わては、案内所付きの独立商人、ゾンゾでっせ。出身はミナニオ商団。独立独歩が信条、商いは信頼と情報が命、いうわけで、今回もよう来てくれはりましたなあ』

 自分で勝手に景気よく名乗って、自分で満足している感じだった。

 ブライアントが、小さく肩をすくめる。

「ゴシロック第四惑星のデータを売ってくれたのは、彼だ」

「つまり、信用していいの?」

 僕が、素直に聞くと、ブライアントは微妙な顔をした。

「信用というよりば、使い方を間違えなければ、役に立つ」

『いややなあ、ブライアントはん。わて、商いには誠実でっせ!』

 ゾンゾは、そう言ってから、今度はまっすぐ僕を見た。

 その視線の温度が、さっきまでの調子よさと少し違った。値踏みしているのだと分かる。

 ――神子だとか機怪人形だとかいう宗教的な意味ではなく、もっと商人的な意味で。

『そちらが神子弓良はんでっか。いやあ、ニュースで見るより、ずっとべっぴんさんでんな』

「褒めてるのか、情報を取ってるのか、どっちですか?」

 僕が、そう返すと、ゾンゾは一瞬だけ目を丸くし、それから楽しそうに笑った。

『どっちもでっせ!』

「正直だなあ……」

『商人は、正直なくらいがちょうどええんですわ』

 その理屈は、怪しい。

 ジェプラが、かなり真面目な顔で一歩前へ出た。

『ゾンゾ殿』

『へいへい。白兎族の神官のお嬢さんも、ご一緒でっか?』

『私どもの来訪に関する情報を、必要以上に広めないでいただきたいのです』

 その言い方には、白兎族の正式な使者らしい硬さがあった。

 ゾンゾは、まるで怒っていない子どもをあやすみたいに両手をひらひらさせる。

『わかってまっせ、わかってまっせ。神の船さんは繊細。白兎族さんは慎重。そらもう、よう心得てます』

 まったく心得ていなさそうな返しだった。

 青葉が、割って入った。

『念のため記録します。こちらの艦と乗員に関する詳細情報は、本人たちの同意なく流通させないことを推奨します』

『おっと、船のAIはんまで、こなにしっかり喋りまっか。これは、また高級なお方や』

 ゾンゾは目を細めた。やはり情報商人だ。青葉が普通の船載せAIではないことも、たぶん一瞬で見抜いている。

 僕は、少しだけため息をついてから、本題へ戻した。

「必要な資材を買える場所を教えてほしいんです」

『へい、それなら話は早いでっせ。紹介料は、商人組合の標準料金表と出来高でええでっしゃろか?』

 ゾンゾがそう言うと、前方スクリーンに、グラブール人の文字で料金表が提示された。その横に、地球圏の文字で翻訳文が流れた。

 ジェプラが頷いて、ブライアントを見た。

「妥当じゃないか」

 ブライアントも頷いた。


 ――今回のイハァトパー機関の購入は、『青葉』に若干残っていたエキゾチック物質の“現金”の他は、白兎族に立て替えて貰うことになっていた。ただでさえ『青葉』を修理してもらったり、色々なものを貰っているのだけれど……。

 その代わりと言っては何なのだけど、例の黒狼族の襲撃について、黒狼族との交渉で得られるはずの賠償金他は、そっくりそのまま白兎族にお渡しすることにしていた。


「じゃあ、それでお願いします」

 僕の言葉に、青葉が合意の情報を送信すると、契約成立のマークが表示された。

『おおきにな。では、紹介させて頂きやす』

 ゾンゾは、すぐに切り替えた。

『普通の整備部材や補修材やったら、ここから近い第三搬送環でもようけあります。けど、あんさんらが欲しいんは、たぶん“普通やないもん”でっしゃろ?』

 その言い方に、ブライアントが苦笑する。

「見透かされてるな」

『商いは空気読むのが第一でっせ』

 ゾンゾは胸を張った。それから、前方表示の一角にいくつかのルートを投影する。

『まずはボイカシ市場(マーケット)へ行きなはれ。ガナドラでもいっとう雑多で、いっとう話が早いとこですわ。ちっこい店がごちゃごちゃ並んでて、表も裏も、物も噂も、だいたい最初は、あそこへ流れ込みます』

「裏も、か」

 ブライアントが低く言う。

『そらもう、表だけでガナドラが回るわけおまへん』

 ゾンゾは、あっけらかんとしていた。

『ただし、本物の〈先住者〉の遺物は、そうそう表に出まへん。せやから、最初は物を探すんやのうて、誰が何を知ってるかを探したほうが早いですわ』

 その言葉に、青葉がすぐ反応した。

『妥当な助言です』

「珍しく素直だね」

『合理的です』

 青葉の返答は、いつも通り簡潔だった。

 僕は、前方表示に浮かんだリング上の“ボイカシ市場”の場所を示す矢印を見つめた。

『入港ドックと市場向けシャトル手配、まとめてしときまひょか?』

 ゾンゾが当然のように聞いてきた。

 僕は、ブライアントとジェプラの顔を順に見た。

 ブライアントは乗り気だった。ジェプラは緊張しているが反対はしていない。太郎はたぶん、市場よりドックに興味がある顔をしている。いや、熊型ドローンの顔からそこまで読み取れるのかは怪しいけれど、なんとなくそう感じた。

「……お願いします」

 そう言うと、ゾンゾは満足そうに耳を揺らした。

『毎度おおきに、でっせ』

 その軽さのわりに、手配は異様に早かった。案内所の投影が切り替わり、『青葉』の停泊予定ドック、市場区画までのシャトル接続、許可証、搬送タグが次々と表示される。こういうところは本当に有能なのだろう。

 通信が切れる直前、ゾンゾがもう一度だけこちらを見た。

『ああ、せやせや』

「何ですか」

『ガナドラでは、ええ物を探すより、ええ人と悪い人を見分けるほうが大事でっせ』

 そう言い残して、狸族の商人はにやっと笑った。

 画面が消えたあと、しばらく制御区画は静かだった。

 最初に喋ったのはブライアントだった。

「……あまり信用するなよ?」

「していません」

「でも、案内人契約したろ?」

「うん、必要そうだから」

 そう答えると、ブライアントが少しだけ笑った。

「そう、“必要”が重要なのさ。だいぶ、辺境向きになってきたね」

「嬉しくない進化だなあ……」

 ジェプラは、まだ緊張を解いていなかった。

『あの方は、少し苦手です』

「うん、分かる」

『ですが、有能なのだろうとも思います』

「確かに、デキそうな感じはあったね……」

 太郎が、短く言う。

『狸は、だいたいそういうものだ』

「どこ情報?」

『雰囲気』

 その適当さに、少しだけ空気が緩む。

 ジェプラが、微笑んだ。

『狸族は、グラブール人の最大部族です。商人で成功している方は、他の部族よりも割合が多いと聞きます』

「なるほどね……」

 いかにも商人っぽかったなあ、と思った。


 前方表示の向こうでは、ガナドラの巨大なリング群がますます大きくなっていた。

 その入口で、僕たちはもう、十分に“市場の匂い”を嗅がされていた。穏やかな神殿世界とは対極にありそうな、生臭さだった。

 『青葉』は、やがて、指定されたリングの端にあるドックへ向けて進路を取った。

 僕たちには、まだ知らないことが多すぎる、と思った。

 でも、行くしかない。

 『青葉』には、まだ足りない心臓があるのだ。

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