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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第二十一章 神子と魔法講座

 翌朝、僕は、少しだけ憂鬱だった。

 いや、別に体調が悪いわけじゃない。

 体調という概念自体が、いまの僕の身体には当てはまらない。食事をしなくても平気だし、睡眠も本当は必須じゃない。

 それでも、朝の光を浴びて少しだけ気分が重いとき、人はたぶん「今日はちょっと憂鬱だ」と言うのだと思う。

 理由は、単純だった。

 子供向けの魔法講座に行くことになっているからだ。

「うーん。なんか、複雑な気分だね……」

 小窓からナヴーピの空を見上げながら、僕は、小さく呟いた。空は、今日も青く、草原の向こうから乾いた風が吹いている。見ているぶんには、本当に平和な朝だ。

『理由は、既に提示されています』

 耳元で青葉が静かに言った。

『ジズゥは、基礎魔法に触れることで、弓良の未開示知識層に反応が出る可能性を示唆しました』

「うん、それは、理解しているよ」

『ならば、合理的な提案です』

「でも、子供向け?」

『基礎であることが重要なのでは?』

 青葉の返答は正しい。

 正しいけれど、正しいからといって気が進むとは限らない。

 だって、僕は、いま、神子だの神の船の主だのと言われているのだ。

 そんな存在が、白兎族の子供たちに混じって、基礎魔法の講座を受けるというのは――字面だけ見ると、かなり間が抜けている気がする。


 案内してくれるジェプラは、朝から少し緊張していた。

『お、おはようございます、弓良殿』

 客室の外で待っていたジェプラは、きちんと背筋を伸ばして一礼した。昨日より少しだけ自然になっているけれど、“神子に仕える役を仰せつかった新人”みたいな空気が抜けていない。

「おはよう、ジェプラ」

『本日の講座は、神殿の東側中庭に隣接する学びの間で行われます』

「ほんとに行くんだ……」

 つい本音が漏れると、ジェプラは少しだけ困ったように耳を揺らした。

『す、すみません』

「いや、謝まることじゃないって!」

『いえ、その……神子弓良殿にそのような初等講座へ来ていただくのは、神殿としても少し判断に迷いがありまして』

「やっぱり、そうだよね……」

『ですが、ジズゥ様は“基礎だからこそよい”と』

 その言い方に、以前の会話を思い出す。

 ――機怪人形なら、もっと多くの魔法体系に触れていておかしくない。

 ――鍵穴だけが開いていて、扉がまだ閉じたまま。

 確かに、それを確かめるには“高度な秘術”より“いちばん単純な型”のほうがいいのかもしれない。

「うん、行ってみるよ」

 そう言うと、ジェプラは、ほんの少しだけほっとした顔になった。


***


 学びの間は、神殿の中でも随分、雰囲気の違う場所だった。

 祈りの間や回廊が静かな白で統一されて、ちょっと厳かな感じがしたのに対して、ここはもう少し生活感があった。壁は、同じ白い石材だけれど、低い棚に教材らしい板や石片が並び、床には円形の座席がいくつも置かれていた。窓は大きく、朝の光がたっぷり差し込んでいた。

 そこには、もう何人かの子供たちが集まっていた。

 白兎族の子供が多かった。

 でも、耳が少し短くて毛並みの色が違う別系統の獣人の子もいた。

 そして、ふわっと大きな尾を持つ、大栗鼠族らしい子供もいた。

 年齢は、分析によると、人間でいう七、八歳から十二、三歳くらいらしい。

 しかし、皆が、みんな、僕を見た瞬間に固まった。

 それは、そうだろう――子供向けの講座に、神子扱いされている機怪人形が入ってきたのだから。

「……えっと、おはよう」

 とりあえず、なるべく普通に言ってみた。

 すると、数人が慌てて頭を下げ、残りはどうしていいかわからないまま目を丸くしていた。その反応があまりにも素直で、僕のほうが少しだけ気まずくなる。

 そこへ、講師役らしい神官が奥から現れた。

 年配ではないが、ジズゥよりは上らしい女性の神官だ。長い耳の先端に淡い金色の金具をつけ、衣の裾には細い火と水の紋が刺繍されていた。

 たぶん、基礎魔法の教導役なのだろう。

『ようこそおいでくださいました、神子弓良殿』

 やはり少し固い。

『本日は、“見学者”として、どうぞ宜しくお願い致します』

「ありがとうございます」

 僕が、そう返すと、神官は一瞬だけ目を瞬かせてから、わずかに口元をやわらげた。

 昨日から感じていることだけれど、白兎族は“神子をどう扱えばいいかわからない”中でも、ちゃんと失礼のないところへ着地しようとしてくれている。

 ジェプラは、僕を壁際の席へ案内した。

 子供たちとの距離を少し取ったその位置は、ちょっとありがたかった。

 でも、一緒に着いてきた太郎は、そうは思わなかったらしい。

『遠い』

 不満そうな声がする。

「何が?」

『子供が見えにくい』

「見なくていいよ」

『補助評価のために必要』

『太郎、作業に集中してください』

『している。だが、文化観察も重要』

「もう完全に見物人なんだよな……」

 思わず苦笑したところで、講座が始まった。


***


 最初は、本当に基礎の基礎だった。

 魔法とは何か、魔力の流し方、呼吸と意識の置き方、について。

 体の中心に“冷たさ”を感じ、その冷たさから外へ世界へと手を伸ばすような感覚だそうな。

 説明だけ聞けば、瞑想と体育と理科の中間みたいだ。

『魔法の力は、外へ押し出す力が強いです』

 神官は、子供たちの前で、小さな光を指先へ灯した。

『ただし、ただ出すだけでは暴れます。形を与え、意味を与え、留める意識が必要です』

 小さな光が、彼女の指先の上で静かに揺れる。

 次に、別の神官補助が小さな水の球を浮かべた。

 さらに別の子が、光の粒を灯してみせる。

 単純だ。

 でも、見ているだけで妙に分かりやすかった。

 そして、その“分かりやすさ”が、少し不気味だった。

 僕は、最初、その理由に気づかなかった。

 ただ、説明が、すんなり頭へ入ってくる。

 いや、頭へ入ってくるというより、“知っていることを確認している”感じに近かった。

「……あれ?」

 小さく声が漏れた。

 ジェプラがすぐ横で僕を見る。

『どうしましたか』

「いや、その……」

 言葉にしづらい。

 知らないはずなのに、抵抗がなかった。

 初めて聞く理屈のはずなのに、どこかで前提を共有している感じがする。

 神官は、子供たちを見回しながら、今度は、強い光を出す魔法の説明に移った。

『光は、怖がらせず、傷つけず、しかし確かに世界を照らします』

 その瞬間、僕の胸の奥で何かが微かに繋がった気がした。

 光は――シャドーマターを通常物質のプラズマに変換しているのだ。

 そんな言葉が、僕の意思とは別に浮かぶ。

「……っ」

 視界の端で、透明なウィンドウみたいなものが一瞬だけ開いた。

 文字ではない。

 でも、情報の断片だとわかる。


 光生成――低出力:可能


 その表示は、意識した瞬間に消えた。

『弓良』

 青葉の声が低くなる。

『内部反応を確認しました』

「やっぱり?」

『はい。魔法知識層へのアクセス兆候です』

 太郎まで、珍しく少し真面目な声で割ってきた。

『大丈夫か?』

「うん、たぶん」

 たぶん、は正直な答えだった。

 怖くないわけじゃないけれど、嫌な感じだけでもない。

 何かのパスが繋がろうとしているのが分かった。


***


 子供たちの実習が始まると、教室の空気は少し和らいだ。

 白兎族の小さな子が火を出そうとして、ただ温かいだけの煙みたいなものを出してしまい、隣の大栗鼠族の子が笑った。

 別の子は水の球を作ろうとして、顔の前へぺしゃっと飛ばしてしまう。

 それは、本当に普通の授業風景だった。

 神子とか神の船とか、そういう重い言葉を一瞬だけ忘れるくらい。

 その時、一人の大栗鼠族の女の子が、たぶん勇気を振り絞って僕のほうを見た。

『……弓良さまも、やるの?』

 教室が、また少し静かになった。

 やっぱりきた、と思った。

 僕は、心の中で少しだけ天を仰ぎたくなる。

「いや、僕は、見学――」

『でも、神子さまだし』

 別の子がぽつりと言った。

 その声音には、畏れよりも純粋な好奇心のほうが強いようだった。

 そう……子供にとっては、ここにいる僕は、“扱いに困る政治的存在”ではなく、“すごそうなもの”なのだ。

 それは、それで困るなあ、と思った。

 講師役の神官が少しだけ迷ったあと、僕を見た。

『無理に、とは申しません』

 その言い方は、逆に断りづらかった。

 ジェプラも、少し不安そうに僕を見る。

 青葉は、通信の向こうで静かだ。太郎も、今度は茶化さない。

 結局、僕は、小さく息を吐く真似をしてから言った。

「……じゃあ、光だけ」

 教室の空気が少し変わった。

 緊張と期待が混じる。

 僕は、そういう空気の中心へ立つことにまだ慣れない。慣れたくもない。けれど、ここまで来たらやるしかない。

 神官が、光の基礎操作用の小さな晶具を差し出した。

『無理に力を込める必要はありません。灯を置くように』

 その説明を聞いた瞬間、また、胸の奥で何かが応えた。


 灯を置く――光生成――熱量を抑え、輪郭を維持し、視界補助へ最適化


 指先が、勝手にその感覚を知っていた。

 僕は、右手を上げて、指先へ意識を集めた。

 すると、ほとんど苦労もなく、小さな光が生まれた。

 しかも、“生まれた”というより、“そこに置かれた”という感じに近かった。

 暴れず、ぶれず……子供たちが出していた光より、ずっと安定していた。

 教室が、しんと静まる。

「……あ」

 自分でも、その出方が妙に自然すぎて少し驚いた。

 神官がわずかに目を見開く。

『安定性が……』

 ジェプラも小さく息を呑んだ。

 子供たちは、もっとわかりやすく目を輝かせている。

 でも、僕が一番驚いていたのは、その次だった。

 光を維持しながら、僕の中で別の知識が滑るように繋がっていく。


 集束――拡散――反射――低出力――照射補助――応用術式候補――


 ぶわ、と頭の中で、まるで巻物が開かれたみたいな感じがして、思わず手を引っ込めそうになった。

「っ……」

 光が一瞬だけ強くなり、でもすぐ収まった。

 青葉の声が聞こえた。

『弓良。切断しなくて構いません。落ち着いてください』

「う、ん……」

『知識層への接続が起きています。暴走ではありません』

 暴走ではない――けれど、少し怖かった。

 自分の知らない自分が、心の奥の方から返事をしてくるみたいだったので。

 僕は、どうにか光を消し、ゆっくり手を下ろした。

 教室の中には、静かなざわめきが広がっていた。

『すごい……』

『やっぱり神子さまだ……』

『でも、さっき少し光が大きく……』

 そんな囁きが混ざった。

 僕は、少しだけ視線を落とした。

 新たなことができて、嬉しくないわけじゃない。

 けれど、単純に褒められていい気分になるには、少し得体が知れなかった。

 講師役の神官は、数秒遅れてから、深く一礼した。

『失礼しました。神子弓良殿は、やはり機怪人形としての英智を持っていらっしゃるかと』

「英智?」

『少なくとも、我々ですと、習い始めでは、早く正確に基礎術式を行使できません』

 その言い方が、あまり嬉しくない意味で正確だった。


***


 講座が終わったあと、子供たちは予想よりずっと早く僕に慣れた。

 いや、慣れたというより、神子としての怖さより“すごい人”としての興味が勝ってしまったのだろう。質問をしてくる子もいたし、さっきの光をもう一回見たいという子もいた。

 講師役の神官が慌てて止めるくらいだった。

 僕としては、あまり目立ちたくなかった。

 でも、完全に無視するのも変だし、困った末に軽く手を振ったりしていたら、ますます空気が緩んでしまった。

 ジェプラが、教室を出たあとで少し呆然としたように言った。

『……すごかったです』

「何が」

『全部です』

 その返しは、少し面白かった。

『あの年齢向けの基礎術式で、あれほど滑らかに光を安定させる方はいません』

「あの先生の言ったことは、お世辞じゃないんだね?」

『はい』

 ジェプラは、少しだけ言いよどんでから続けた。

『機怪人形は、元々、魔法の英智を我々に授けて下さる存在だと伝承されています。弓良様も、そのお力、知識層の記憶が備わっているのだと思います』

 その言い方は、前にジズゥが言ったことと、少し似ていた。

 やっぱり、白兎族の側から見ると、いまの僕は、“本来もっとできるはずの機怪人形”なのだろう。

 先程の講座がキッカケで、それに近づいていることは間違いない。

 でも、少し複雑な気分だった。

 できることが増えるのは、悪いことじゃないし、この世界で生き延びるには必要だと思う。

 けど、何かを知るたびに“人間から遠くなる”感じもある。

「……ジェプラ」

『はい』

「僕、嬉しいのか怖いのか、ちょっとよくわからない」

 ジェプラは、すぐには答えなかった。

 少し歩調をゆるめて、回廊を吹き抜ける風の中で考えてから、静かに言った。

『両方で、よいのではないでしょうか』

「両方」

『はい。神子であっても、怖いものは怖いでしょうし……』

 その返事は、驚くほどまっすぐだった。

『でも、弓良殿が扉を開くたびに、助かる人も増えるのだと思います』

 その言葉は、少し重かった。

 でも、嫌な重さではない、とも思った。

 僕は、少しだけ空を見上げた。

 ここでは、魔法が子供たちの日常にある。その中で、僕だけがそれを恐れているのも、少し変な話かもしれない。

「……もう少し、やってみるよ」

 そう言うと、ジェプラはほんの少しだけ表情をやわらげた。

『はい』


***


 その日の夕方、青葉との通信で報告をしたとき、彼女は珍しく最初に結論を言った。

『弓良の魔法知識層は、存在しています。たんに、アクセスの仕方を知らなかっただけと思われます』

「やっぱり……」

『はい。シャドーマターの制御による、様々な系統の物理定数改変、関連補助術式がデータベースに存在することを観測しました』

「便利そう?」

『便利です』

 即答だった。

 そのあとで、青葉は少しだけ間を置く。

『ただし、弓良の精神負荷も無視しません』

「ありがとう」

『当然です』

 その返答がありがたかった。

『なお』

 青葉が続ける。

『ジズゥより、今後は基礎系統を少しずつ確認したいとの申し出があります』

「うわ」

『火、水、簡易結界、転移補助など』

「ほんとに少しずつかな、それ……」

『白兎族基準では、少しずつなのでしょう』

 そこへ太郎が割って入る。

『太郎評価。弓良、ちゃんとレベルアップしている』

「その言い方、ほんとにゲームみたいだよ……」

『分かりやすい』

 確かに分かりやすかった。

 そして、悔しいけれど、実感としても少し近かった。

 ひとつ扉が開いた――その向こうに、まだたくさん扉があるのが見えた。

 嬉しさと怖さの両方の思いを抱えたまま、僕は、中庭の白い壁にもたれて、夕方の空を見た。

 ナヴーピは、地軸があまり傾いていないから、殆ど季節はないそうだ。

 それでも今は暖かい方の季節らしいけど、その風は、以前住んでいた東京近郊に比べれば、冷たいと思う。

 でも、墓場の真空に比べれば、とても……とても暖かい。

 その温度が、今は、少し気持ちよかった。


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