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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第二十章 神殿と仏像役

 ナヴーピの神殿に滞在しはじめて、二日目の朝だった。

 目が覚めた、という表現が正しいのかはまだ少しわからない。気づいたら、朝だった。

「知らない、天井……」

 また、その言葉を繰り返してみた。

 僕は、今、人間の身体ではなかった。眠らなくても機体維持そのものには困らないし、睡眠も休止というより、感覚系と情報処理を緩やかに整える行為に近いらしい。

 それでも、夜を過ごして、朝の光が差す部屋で意識を浮上させると、やっぱり“目が覚めた”と言いたくなる。

 神殿の客室は、静かだった。

 白い壁、低い寝台、薄い布の小窓から、ナヴーピの朝の光が差し込んでいた。

 この星の光は、地球より少しだけオレンジがかっている気がする。

 冷たくて乾いた空気のせいかもしれないし、僕の感覚がもう人間のものと少し違っているせいかもしれない。でも、どちらにしても、宇宙船の照明にはない種類の朝だった。

 僕は、寝台で背伸びをしてから起き上がって、小窓の近くまで歩いた。

 外では、神殿の中庭に細い影がいくつも動いていた。神官や侍者たちが朝の作業を始めているのだろう。遠くには草原が薄く光っていて、その向こうに白い低い建物群が並んでいる。風が草を撫でるたび、緑が波みたいに揺れた。

 しばらく見ていたくなる景色だった。

 でも、今日は、多分、そうゆっくりしているわけにもいかない。

『弓良』

 青葉の声がした。

『活動状態を確認しました』

「うん、おはよう」

『おはようございます』

 青葉は、最近こういう挨拶も自然に返してくる。最初のころは、もっと必要事項だけを淡々と告げる感じだった気がするのに、随分、変わったものだ、と思う。

「そっちはどう?」

『軌道上の本艦は安定しています。白兎族から受け取った資材で外装を修復し、格納区画再編、補助系統の点検を継続中です』

「やっぱり朝から働いているんだね」

『当然です』

 その一言が、いかにも青葉らしくて少し笑った。

 その直後、通信へ別の声が割り込んできた。

『太郎もいる』

「うん」

 太郎は、僕と同じ部屋の隅にいたはずだけど、と視線を向けると、手を上げた。

『白兎族の補助ドローンの存在を確認』

「どこに?」

『夜。外に、気配があった』

『太郎は“気配”で機械を判断しないでください』

『だが、だいたい合う』

「護衛だよ。多分」

『肯定します』

『護衛。太郎で十分』

『白兎族が独自に護衛を付けるのは、理解できます』

 そのやり取りを聞いていると、なんだか『青葉』の中とこの神殿が、通信越しに細く繋がったまま続いている感じがした。

 僕が地上にいても、完全に切り離された感じはしない。

 それは、少しだけ安心材料だった。


***


 朝食――というか、僕は、食べなくてもいいので、正確には朝の打ち合わせとでもいうべき時間――に案内されたのは、神殿の小さな中庭に面した回廊だった。

 白い石の床、浅い水盤、風に揺れる細い草木――その向こうで、神官たちが静かに行き来していた。

 そこで待っていたのは、前日も案内役を務めてくれた神官ジズゥと、もう一人、見慣れない若い白兎族だった。

 僕より、少し背が低いくらいだろうか。

 毛並みは明るい白色で、耳の先まで真っ白だった。服装は神官というより、神殿の実務者に近い軽装だった。

 ちょっとおちょぼ口で、目元は大きく、どこか真面目そうで……けれど、緊張しているのが分かった。

 なんとなく、白兎で世界的に有名なキャラを実写化したら、こんな感じかもしれないなあと思った。

『こちらはジェプラ、私の娘の一人です』

 ジズゥが紹介した。

『本日から、神殿内での案内と、滞在中のお世話を担当します』

 ジェプラは、ぴんと背筋を伸ばして、一礼した。

『……ジェプラと申します、神子弓良殿』

 声が少し硬い。

 たぶん、かなり緊張している。

「よろしくね」

 僕が、そう返すと、ジェプラは少しだけ目を瞬かせてから、また耳をぴんと立てた。

『は、はい』

 その反応が、妙に初々しかった。

 僕は、まだ、この“神子”扱いに慣れない。慣れたくもない。けれど、こうして直接接する相手がただ崇めて固まるだけじゃなく、ちゃんと“仕事として頑張ろう”としてくれているのが見えると、少しだけ楽になる。

 ジズゥは、その様子を見て、わずかに笑ったように耳を揺らした。

『ジェプラは、少し真面目すぎるきらいがありますが、その分、抜かりは少ないです』

「そうなんだ」

 ジェプラは、褒められているのか困らせられているのかわからない顔をしていた。

 その空気を少し和らげたのは、唐突に回廊の向こうから現れた“それ”だった。

 ハチョキが、また太郎にまとわりついてきた。

『ハチョキ、好きな太郎。昨晩、ずっと守っていた。プウ』

 太郎が、妙に戸惑った声を出した。

『……なぜ好かれる?』

「知らないよ」

「モテモテだな、太郎!」

 横にいるブライアントが、笑った。

 青葉が、ごく事務的な声で言う。

『太郎と同系統の保守補助的役割を感知した可能性があります』

『つまり、人気』

『そういう結論ではありません』

 ハチョキは、なおもぶうぶう鳴きながら、太郎に顔を寄せた。

 ぬいぐるみっぽい他の熊型ドローンも、興味深そうにその後ろから覗き込んでいた。

「……神殿って、思ったより平和だな」

 気づけば、そんな言葉が漏れていた。

 ジズゥが静かに答える。

『平和であろうとしている場所です』

 その言い方が、少しだけ胸に残った。

 ただ平和なのではなく、平和であろうとしている場所――守らなければ簡単に崩れるものだからこそ、そういう言い方になるのかもしれない、とふと思った。


***


 僕は、わりと本気で逃げたい気分だった。

 前日の歓迎会の時点で、ある程度は覚悟していた。

 白兎族にとって僕は、ただの客ではない。神子とか、神の船の主とか、そういうややこしい意味づけをされている。

 だから、神殿に滞在しているあいだ、時々人前に顔を見せてほしいと言われた時も、まあ、そうなるだろうなとは思った。

 でも……。

「……朝からやるんだ」

 神殿の客室で、ネコミミ型通信機を手にしながら僕がそう呟くと、ジェプラはかなり真面目な顔でうなずいた。

『はい。朝の応接は、比較的穏やかな時間帯ですので』

「これで、穏やかな時間帯なんだ……」

『神殿側としても、いきなり大広間で正式拝謁を重ねるよりは負担が少ないと判断しております』

 その説明は、たぶん気を遣ってくれているのだろう。

 しかし、“負担が少ない”という評価基準がもうずれている。

 客室の小窓からは、ナヴーピの朝の光が差し込んでいた。

 薄い青の空、白い壁、中庭を渡る乾いた風――。

 景色だけ見ていれば、本当に静かで穏やかな朝なのだ。

 そのはずなのに、僕は、今から“神子として顔を見せる”ためにホールへ行かなければならない。

「青葉」

『はい』

「本当に、行かないとだめ?」

『神殿側との関係維持、白兎族側の体面、滞在中の円滑な運用を考えると、推奨されます』

「推奨、か」

『強制とは申しません』

「でも、行った方が、いいんだよね」

『はい』

 青葉は、こういう時に妙に容赦がない。

 いや、正しいのだ。正しいのだけれど、もう少しだけ情緒的な逃げ道が欲しい時もある。

 そこへ、客室の外からブライアントの声がした。

「準備できたか、神子様」

「その言い方、やめてよ」

 扉を開けると、彼は本当にそれらしい顔で立っていた。

 いつもの気安い山師っぽさを少し引っ込めて、妙に落ち着いた表情をしている。服装も、ナヴーピの神殿であまり浮かない程度には整えてあった。

 ただ、頭の上に乗っているネコミミの通信機が、ちょっと微妙な感じだった。

「……何、その顔?」

「何って」

「ネコミミはともかく――従者っぽい」

「そう見えるなら、たぶん成功だな」

「成功って?」

「お前の横で笑わないための準備」

「笑う気だったの?」

 思わずそう言うと、ブライアントは口元を片手で押さえた。

 押さえたということは、図星なのだろう。

「いや、だってな……」

「だって、じゃないよ」

「神殿で神子扱いされてる機怪人形の横に、俺が付き従うみたいな形になるんだぞ。絵面としては、かなり……面白い」

「自覚あるなら、なおさら笑わないでよ」

「努力は、する」

 その“努力はする”が、いちばん信用できないと思った。


***


 朝の応接が開かれるホールは、歓迎会の大広間よりは小さいが、それでも十分に広かった。

 白い石の床で、緩やかに丸い天井の部屋だ。列柱のあいだを朝の光が抜ける。

 壁面には、白兎族のものと思われる紋と、〈先住者〉由来らしい古い意匠が控えめに重ねられている。

 そして、そこには、既に人が集まっていた。

 白兎族だけではない。

 耳の形も、毛並みの色も、体格も少しずつ違うグラブール人たちが、静かにホールの中へ集まっている。

 もちろん、一番多いのは白兎族だ。

 でも、それだけではなく、やや小柄で、大きな尾を持つ大栗鼠族らしき一団がいた。

 耳の短い獣人型の部族もいた。

 灰色の毛並みをした、やや厳つい顔立ちの連中もいる。

 白兎族の神殿が、単なる宗教施設ではなく、地方の中核として機能しているという話を思い出した。

 であれば、こういう場に他部族の者が来ていても不思議ではない。

 ただ、問題はそこではなかった。

 全員、僕を見ている。

 いや、見ているというより、拝んでいる。

 ホールの中央へ案内されて一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。

 さざめきが止まり、視線が集まり、そのあとで、何人ものグラブール人がいっせいに頭を下げた。

 深い礼。

 胸元へ手を当てる祈りの姿勢。

 中には、片膝をつく者までいる。

「うわ……」

 小さく漏れた声は、多分、僕にしか聞こえなかったと思う。

『神子弓良殿』

 脇で進行役を務めているジズゥが、穏やかな声で言った。

『朝の応接にお集まりいただいた皆様です』

 説明としては完璧なのだけれど、こっちの気持ちは少しも楽にならない。

 僕は、どうにか姿勢を崩さないように立った。

 ここで露骨におろおろしたら、たぶん変な感じに思われるだろう――それも困る。

「……おはようございます」

 とりあえず、なるべく普通の挨拶をしてみる。

 すると、ホールの中にいた人たちの空気が少しだけ揺れた。

 驚きなのか、喜びなのか、その両方なのか。

 たぶん“神子”が思ったより普通に喋ったことに反応したのだろう。

 でも、すぐ次の問題が来た。

 一番前にいた白兎族の老神官が、深々と頭を下げて言ったのだ。

『神子よ、この度の御訪問、どうもありがとうございます』

 それをきっかけに、周囲からも似たような言葉が低く続く。

『神子の加護に感謝を』

『神の船と神子の御縁に……』

『白兎族に光を……』

 やめてほしい。

 いや、本当にやめてほしい。

 ありがたがられているのは分かった。

 でも、朝一番にホールの中央で、他部族まで交えてこんなふうに拝まれるのは、流石に落ち着かなさすぎる。

 僕は、どうにか顔を引きつらせないようにしようとした。

 多分、少し失敗していたけど。

 口元を上げた。でも、目がついてこない。

 愛想よく微笑むつもりが、たぶん“なんとか笑顔の形を維持している何か”になっていたと思う。

「……いえ、その、よかったです」

 なんとも締まらない返事になった。

 でも、それでも周囲は喜んだようだった。

 特に白兎族の何人かは、あきらかに“神子が言葉を返してくださった”みたいな顔をしている。

 困る……本当に困った。

 その時、斜め後ろに控えていたブライアントが、ほんの少しだけ、肩を震わせた。

 僕は、横目を向けた。

 彼は、従者然とした顔を崩していなかった。

 むしろ真面目な感じだ――神子の付き従い?として、完璧なくらい落ち着いた表情をしている。

 でも、勘でわかる……こいつ、笑いを堪えているんだ。

「……ブライアント」

 口元をほとんど動かさずに小さく言うと、彼も同じように小さく返した。

「我慢してるよ」

「してない顔をしているよ」

「しているから、この顔なんだよ」

「絶対、後で怒るから」

「後でならいい」

 その返しが妙に素早くて、余計に腹が立つ。

 でも、そのやり取りのせいで、少しだけ肩の力が抜けたのも事実だった。

 一人でこの場の中央に立っていたら、たぶんもっと固まっていただろう。


***


 朝の応接そのものは、思っていたより騒がしくはなかった。

 むしろ、静かな熱がある感じだった。

 ジズゥが、進行役としてその流れを整えていく。必要以上に人が近づきすぎないようにしつつ、礼をする者には応える時間を与え、混乱が起きないように区切っていく。

 神殿の神官らしい仕事ぶりだと思った。


 集まった者たちは、神子をひと目見たい、挨拶したい、加護を願いたい、そういう思いで来ているのだろう。

 白兎族だけでなく、他部族の者たちも、距離の取り方はそれぞれ違うが、やはり敬意をもっているようだった。

 白兎族は、祈るように頭を下げる者が多い。

 大栗鼠族の者たちは、もう少し好奇心が混じっているように見えた。

 耳の短い獣人型の一団は、やや硬い顔で慎重に見ていた。

 ……同じグラブール人でも、部族ごとに神子への距離感が微妙に違うのだろう。


 僕の役割はほぼ一つだった。立って、微笑んで、たまに頷く。

 それだけなのに、妙に疲れた。神殿所属で、時々、参拝者に顔を見せてほしい――という、そのままだったのだけど。

 本当に仏像みたいだな、と前にも思ったけれど、実際こうして人前に立たされると、ますます、その感じが強まった。


 ただ、その“仏像役”がちょっと違う方向へずれたのは、途中で一人の大栗鼠族の老人が、かなり素直な声で言ったからだった。

『思っていたより、お若いのですな』

 その一言に、周囲の空気がわずかに揺れた。

 たぶん誰もが思っていたのだろう。

 神子、と聞けばもっと完成された、近寄りがたい存在を想像するのかもしれない。

 でも実際に現れたのは、青白い髪をした機怪人形の若い姿で、しかも時々少し困ったように笑う。

 僕は、少しだけ間を置いてから答えた。

「……僕も、そう思います」

 一瞬、ホールが静まり返る。

 そのあとで、ところどころから小さな笑いが漏れた。

 大笑いではない。

 でも、緊張が少しだけほぐれる種類の笑いだ。

 その空気の変化を感じた瞬間、ブライアントの肩がまた少し震えた。

「笑うな、って言ってるじゃん」

 小声で言うと、彼は顔をほとんど動かさないまま返した。

「いや、いまのは上手だった」

「褒めてる場合じゃないでしょ!」

「神子としての愛嬌もあるってことだ」

「その評価、いらないよ」

 でも、そのやり取りのおかげで、僕の引きつった笑顔も少しだけ自然になった気がした。


***


 朝の応接が終わるころには、僕は見た目以上に消耗していた。

 精神的に、じわじわ削られた感じがする。

 ホールから出て、回廊の少し静かなところまで来た瞬間、僕はかなり正直に息を吐いた。

「疲れた……」

 その言葉を聞いた途端、ブライアントがとうとう笑った。

 大声ではない。

 でも、完全に堪えきれなかったやつだ。

「悪い」

「全然悪いと思ってないよね?」

「いや、思っている」

「絶対、嘘だ!」

 ブライアントは、口元を押さえながら、どうにか平静を取り戻そうとしていた。

「だってな、お前、引きつった笑顔のまま、すごく頑張ってたぞ」

「そりゃ、頑張っていたさ」

「分かるぜ」

「分かるんだったら、笑わないで!」

「それと、これとは別だ」

 その理屈は酷い、と思った。でも、こっちも少しだけ笑ってしまったので、強くは言えなかった。

 ジェプラは、そんな僕たちを少し不思議そうに見ていたが、やがて真面目に言った。

『……皆、喜んでおりました』

「うん?」

『神子弓良殿が、思っていたよりも、ずっと……』

 そこで彼女は少し言葉を探した。

『あたたかい方だと』

 その言い方に、僕は少しだけ黙った。

 あたたかい。

 ただ引きつった笑顔で必死に挨拶していただけなのに、そんなふうに受け取られるのは少し不思議だった。

 でも、悪いことではないのだろう。

 白兎族の神殿での二日目の朝は、そうして妙に疲れて、妙に可笑しくて、でも少しだけこの場所との距離が縮まった感じを残して終わった。


***


 朝の応接が終わった後、彼女は、神殿内で、昨日、ジズゥが案内してくれた以外の箇所を案内をしてくれた。

 ジェプラの緊張は、少しだけ、ほぐれてきているようだった。

 それでも、生真面目なのは変わらないのか、言葉を選びすぎて少し不器用になることがあった。

『こちらは南回廊です。祭具庫と、……ええと、簡易工房、それから補助ドローンの整備区画へ繋がっています』

「整備区画も神殿の中にあるんだ」

『はい。遺物や補助機械の手入れも、広い意味では奉仕の一部ですので』

 それは、妙に納得できた。

 神殿というと、祈る場所の印象が強い。

 でもここでは、祈りと整備と生活が分かれていない。

 神に仕えることの中に、機械を保つことも含まれているのだろう。

 回廊を曲がるたび、白兎族の人たちが僕を見て立ち止まる。

 深く礼をする人もいるし、緊張したまま目だけ合わせる人もいる。

 でも、思っていたより“恐怖”一色ではない。

 戸惑いと敬意と、少しの好奇心が混ざっている感じだった。

「……僕、そんなに変?」

 つい小さく聞いてしまうと、ジェプラがかなり真面目に答えた。

『変、というより……特別、です』

「それ、同じような感じじゃない?」

『ち、違います』

 ジェプラは耳をぴんと立てて否定した。

『その、我らにとって機怪人形は、本来伝承や儀礼の中にしかない存在で……でも、弓良殿は、ちゃんと喋って、困ったように笑って、普通に歩いていて……』

「うん」

『それでいて神の船と一緒にいるので、余計に、どう接すればいいのかわからないのです』

 その説明は、妙に正直だった。

 僕は、少しだけ黙ってから、苦笑した。

「それは……僕も、同じかも」

 ジェプラが、きょとんとする。

「僕も、自分がどういう存在なのか、まだよくわかってないから」

 そう言うと、ジェプラは少しだけ表情を和らげた――と思う。まだ、白兎族の表情は、はっきりとは分からないのだけど。

 たぶん、ジェプラは、僕の言葉で“完全に遠い存在ではない”と感じてくれたのだと思う。


 回廊の先には、小さな整備区画があった。

 そこでは、さっき見たぬいぐるみっぽいドローンたちが、神官の補助を受けながら器具の運搬や清掃をしていた。熊型、子豚型、耳の大きな小動物型、よくわからない丸いもの。どれも妙に可愛かった。

 その中で、ハチョキだけは露骨にこちら――というより、太郎へ意識を向けていた。

 また、ぶう、と鳴きながら、太郎の足元にまとわりついてくる。

 太郎が、やや困惑しつつも得意そうな声を出す。

『やはり人気』

『因果関係は不明です』

『だが、人気』

「太郎、その主張だけは一歩も引かないね」

『重要』

 ジェプラが少し迷ったあと、小さく教えてくれた。

『ハチョキは、強そうな整備ドローンに懐く癖があるのです』

「強そう、なんだ?」

『はい』

 その評価を聞いた瞬間、太郎がぴこんと鳴った。

『当然』

『誇張です』

『青葉はいま嫉妬した』

『していません』

「いや、してないと思うけど……」

 思わずそう言いながら、僕は、少しだけ笑っていた。

 こんなふうに気の抜けたやり取りをしていると、自分が本当に異星人の星へ来ていることを忘れそうになる。

 でも、その感覚こそ、今は大事なのかもしれないと思った。


***


 午後になると、神殿内の空気は少しずつ日常のリズムへ戻っていった。

 どうも白兎族は、昼食を取る習慣はないようだ。

 僕は、ジェプラの案内で、中庭、回廊、簡易工房、祈りの間の外縁部まで歩いた。どこへ行っても、視線は感じる。けれど、それは前日よりも少し柔らかい。

 “神子”として遠巻きに見るだけではなく、“神殿に滞在している変わった客”として観察されている感じだ。

 その変化は、小さいけれど大きかった。

「……少し慣れてきたかも」

 中庭の白い縁石に腰かけながら、僕は、小さく言った。

 ジェプラが隣で首をかしげる。

『何に、ですか』

「ここにいること」

 そう答えると、ジェプラは少しだけ考え込んだ。

『それは、よいことだと思います』

「そうかな」

『はい。皆、まだどう接してよいかわからないだけで、歓迎していないわけではありません』

 その言い方は、真面目で、不器用で、でも温かかった。

 僕は、少しだけ空を見上げた。

 青く、高い――宇宙船の紛い物のディスプレイではない、本物の空だ。

 その下で、神殿の白い壁が風に晒され、草が揺れ、ぬいぐるみみたいな補助ドローンがてちてち歩いている。

 正直、かなり変な光景だ。

 でも、悪くない。

 むしろ、少し好きになり始めている。

 その時、ジズゥが回廊の向こうからやってきた。

『弓良殿』

「はい」

『少し、お茶でもしませんか?』


***


 神殿の小さな中庭の東屋に案内されると、補助ドローンが、ポットと茶器を運んできた。

 ジズゥがその中に入った、茶色く薄い茶のような液体を入れてくれて、一緒に飲んだ。

 僕は、別に飲まなくても生きていける。

 でも、こういう場で何も口にしないのも、かえって壁を作る気がしたのだ。

 飲み物は、草っぽい香りがして、少しだけ甘かった。

「……おいしい」

 僕がそう言うと、ジズゥが少しだけ耳を揺らした。

 たぶん、白兎族の笑顔に近い反応なのだと思う。

『それは良かった』

 夕方の光は、ナヴーピの白い石を少しだけ黄金色に見せる。

 静かで、風が冷たい。

『弓良殿は、機怪人形でありながら、とても“人”らしいですね』

 不意にジズゥがそう言った。

 僕は、少しだけ手を止めた。

「……それ、褒めてるんですか?」

『はい。少なくとも、私はそう考えています』

「そうですか」

『もっとも』

 そこで、ジズゥは少しだけ首をかしげた。

『本来の機怪人形であれば、もっと多くの知識層に触れていてもおかしくないとも思います』

「知識層?」

『魔法です』

 その言葉で、僕は、少しだけ身を乗り出した。

『修理や念動力の魔法だけではありません。光、火、水、風、転移、結界、補助、記録――神子殿なら、通常もっと多くの魔法体系を操れるはずです』

「でも、僕は、そんなに……」

『ええ。そこが不思議なのです』

 ジズゥは静かに言った。

『いまの弓良殿は、鍵穴だけをひらいたまま、扉の多くをまだ閉じているように見えます』

 その比喩は、妙にわかりやすかった。

 鍵穴だけを開いている――確かにそんな感じがしていた。

 物体移動と、修理魔法と、少しずつ、魔法の使い方が上手くなってきている感覚は、ある。

 でも、自分の中にまだ“知らない知識”がたくさん眠っている気配も、ある。

『明日、子供たち向けの魔法講座があります』

 ジズゥが続けた。

『退屈しのぎに、ご覧になりますか?』

「子供向け、ですか?」

『基礎だからこそ、思い出すこともあるかもしれません』

 僕は、少しだけ笑った。

 神子だの神の船の主だのと持ち上げられているのに、次は子供向け講座に混ざるらしい。

 なんだか変な話だ。

 でも、悪くない気もした。

「……行ってみます」

 そう言うと、ジズゥは小さくうなずいた。

 ジェプラも、少し遅れて耳を揺らす。

『では、私がご案内します』

 その言い方には、さっきまでより少しだけ自然な調子があった。

 その返事を聞きながら、僕は、夕暮れに染まり始めた草原を見た。

 ナヴーピは、まだ知らないことだらけだ。

 でも、少しだけ、好きになり始めている。


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