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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第一九章 神殿とぬいぐるみドローンたち

 白兎族のシャトルシャトル(ゼカタ)でナヴーピへ降りながら、僕は、少しだけ不安な気分でいた。

 これまでの僕の移動は、ステーションBの中を除いて、ほとんど全部が『青葉』の中か、墓場の中か、せいぜい作業艇(ジェッチ)の狭いコクピットの中だった。つまり、どこへ行くにしても“青葉の体内”みたいな感覚がずっとあった。

 でも、今は違う。

 僕は、『青葉』を軌道上へ残して、別の船で、別の星の地上へ降りようとしていた。

 それだけのことなのに、妙に落ち着かなかった。

「青葉」

『はい』

 耳元の通信端末へ、小さく話しかける。

「……ほんとに大丈夫かなあ?」

『ナヴーピ地表でしたら、現時点では、大きな問題なしと評価しています』

「うん」

『そして、弓良が緊張しているのも自然です』

「……そこまでわかるんだ」

『はい』

 その返事が青葉らしくて、少しだけ気持ちが軽くなった。

 シャトル(ゼカタ)の客室は、『ジェッチ』よりずっと広く、『青葉』よりずっと人間向けだった。

 床は、柔らかな灰白色で、壁の曲面には細い赤色の紋が走っている。照明は明るすぎず、どこか布越しの昼光みたいにやわらかい。機能優先の人類製シャトルとも、死にかけの古代巡洋艦とも違っていた。乗り物なのに、少しだけ居室に近い雰囲気があった。

 僕の席の先には、白兎族の神官ジズゥが座っている。

 会談でも感じたけれど、白兎族は僕を前にしても、ただ怯えたり、ただ崇めたりするだけではないらしい。もちろん敬意は、強すぎて困るくらいだ。しかし、同時に、きちんと“会話可能な客”として扱おうとしてくれている感じがあった。

 その微妙な距離感が、ありがたかった。

 ブライアントは、窓際の席で外を見ていた。

 こういうときの彼は静かだ。軽口を叩くタイミングと、そうでないタイミングを案外よくわかっている。

 大気圏に入っても火球は生じない――慣性制御とかいうヤツだろう。何か、シャドーマターの動きを感じるから、このシャトルも“魔法”を使っているのだと思った。そもそも、このシャトルの中も、『青葉』と同じで人工重力が効いていた。

 だんだん地表が近づいてきて、シャトルが減速に入った。

 窓の向こうに見えるナヴーピは、軌道上から見たときよりずっと穏やかな星に見えた。

 広がる草原と、起伏のゆるい丘、帯のように走る細い川、地平線の向こうまで続く、少し褪せた緑が見えた。

 派手な高層建築は、ないようだ。

 でも、じっと望遠で見たところ、ところどころに白っぽい建物群があり、それを繋ぐように道が走っていた。

 農地らしい整った区画もあるし、風車に似た細い塔も見える。

「……思ったより、普通だ」

 気づくと、そんな言葉が出ていた。

 ブライアントが、少しだけ笑う。

「何を想像してたんだい?」

「もっとこう……神殿と城塞しかないような場所かと」

「そりゃ、偏見だ」

「だよね」

 ジズゥが振り返って、やわらかく口を開いた。

『我らも、食べて、育てて、眠ります。神に祈るだけでは、冬を越せませんので』

 その言い方が妙に可笑しくて、僕は、少しだけ笑った。

 確かに、その通りだ。

 神話や魔法があっても、生活は生活だ。


***


 シャトルのハッチが開いた。

 着陸したナヴーピの空気は、思っていたより冷たかった。

 寒い、というほどではないけれど、乾いていて、肺の奥まで透き通るような冷たさがある。

 いや、僕は、もう本当は呼吸しなくてもいいのに、つい“吸い込んだ”ような錯覚を覚えた。

 外は白っぽい石材で組まれた発着場だった。

 その周囲には低い建物が並び、遠くには緩やかな草原が広がっている。空は薄青く高く、雲は少なかった。陽光はやわらかいけれど、色そのものはどこか淡かった。

 最初に僕を出迎えたのは、沈黙だった。

 いや、完全な無音ではない。

 風の音もあるし、遠くの機械音らしきものもある。

 でも、発着場に集まっていた白兎族の人々は、僕がハッチから姿を見せた瞬間、一斉に静かになった。

 その静けさが、少し痛かった。

 やっぱり、見られている。

 しかも普通の意味じゃなくて――おそらく、珍しい客でも、ただの異星人でもない。

 “神の船の主”とか“神子”とか、そういう言葉が貼りついた視線だと思った。

 僕は、少しだけ肩を強張らせた。

 その時、ジズゥが一歩前へ出た。

『神子弓良殿、ようこそナヴーピへ』

 そして、その声をきっかけに、周囲の空気が少しだけ動いた。

 白兎族の人々が、一斉に頭を下げる。

 うわ、と思った。

 だめだ、これには慣れない。

「……やっぱり、こうなるんだ」

 僕が、小さく言うと、ブライアントが横で苦笑した。

「むしろ、思ったより抑制的だね」

「これで?」

『はい』

 ジズゥが真面目にうなずく。

『正式な大広間であれば、もっと儀礼的であったでしょう』

「それは、聞かなかったことにします」

 ほんの少しだけ、笑いが起きた。

 その笑いに、僕は、少し救われた。

 崇められているのは変わらないけれど、全員が完全に固まっている訳ではなかった。

 僕の言葉に、ちゃんと人間らしい反応も返ってくる。

 それだけで、思ったより息がしやすくなった。


***


 発着場から神殿へ向かう道は、草原と白い建物のあいだをゆるやかに抜けていた。

 そこを、まるで半分に割った丸太のような、変わった形をしたオープンカーに乗って通った。

 ナヴーピの都市は、この身体になる前に、住んでいた東京近郊の街とは、まるで違っていた。

 道はあり、建物もあり、生活感があった。

 でも、すべてが低かった。

 空を隠すほど高い建築物が殆どなく、代わりに横へ広がっているのだ。

 白や薄茶の石材に、木と布を組み合わせた家々が、かなりの間隔を置いて建てられている。

 建物の壁面には、植物が這い、屋根はゆるやかに丸かった。

 ところどころに細い塔や尖塔があるものの、単に必要だから高くしたといった感じで、百メートルもないように見える。

 ステーションBのような人工的な閉鎖空間と違って、空気の流れと土の気配があった。

 遠くに見える畑のような区画では、小型の農耕ドローンが、ゆっくり動いていた。

「……のどかだね」

 僕がそう言うと、隣に座ったジズゥが少しだけ誇らしげに耳を動かした。

『白兎族は、急がず、絶やさずを善しとします』

 その言葉には、静かな重みがあった。

「弓良」

 ブライアントが後ろの席から、小さく告げた。

「見ろ」

 彼が示した先には、少し離れた広場があった。

 そこで、子供たちが遊んでいた。

 白兎族の子供、耳の短い別系統の獣人の子、もっと小柄で、リスみたいな尾を持つ子までいた。

 みんな一緒になって、何か球体の玩具を追いかけている。

「……ああ。白兎族以外のグラブール人の人達もいるんですね?」

『はい、ここは白兎族の本拠地ですが、他の部族の者も、人口の数パーセントくらいは、おります』

 ジズゥが応えた。

 僕は、駐在外国人のようなものだろうか、と思った。

「子供達、楽しそうでしたね」

 敵とか味方とか、種族とか、政治とか――そういう言葉の前に、あれは、ただの子供たちだった。その様子は、人類とも、そんなに変わらないように見えた。

 ブライアントが、少しだけ苦い顔をした。

「こういうのを見ると、だいたい後で面倒になるんだ」

「何、それ、フラグ?」

「ちょっと、ああいうの、守りたくなるだろ?」

「あー、そうね」

 その言い方は、いかにもヒーローじみていて、少し微妙だなあと思った。

 でも、分からなくもなかった。

 僕は、その広場から目をそらせなかった。

 この星に降りてまだ数十分も経っていないのに、少しだけ、この光景が壊れてほしくないと思っている自分に気づいたからだ。


***


 神殿は、都市の中心というより、都市と草原の境目に近い場所にあった。

 巨大ではないが存在感のある、白い石と淡い金属で組まれた低い建物群だった。

 中央にはドーム状の建物と、多角形の建物が、いくつもの中庭を囲みつつ、幾何学的な形状に連なっていた。

 たしかに、宗教施設っぽくて、厳かな感じはしたけど、過剰な威圧感は、なかった。

 人が出入りし、働き、祈り、休む場所として機能している感じがした。

 一同が車から降りると、神殿の入口で、再び歓迎儀礼が行われた。

 香のような匂いの中、静かな歌声で、白兎族の神官たちが低く祈った。

 僕は、その中心へ立たされて、またしても少し居心地が悪くなる。

 誰かの信仰の中心に置かれるなんて、慣れるわけがない。

『神子弓良殿』

 神官の一人が前に出て、言った。

 彼は、ゲラバ程ではないものの、毛が黄色かったから、年配なのだろう。

『この神殿は、あなたを客として迎えます』

 客――その言葉だけは、少しだけ安心できた。

 神子でも神の船の主でもなく、まず“客”だと言ってくれたからだ。

 僕は、小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 その時、耳元で青葉の声がした。

『弓良』

「うん」

『本艦は、軌道上より監視を継続しています』

「そっちは?」

『修理と再構成を継続中です。白兎族側から補助資材候補もいくつか提示されています』

「もう働いてるんだ」

『当然です』

 その返答が、いつも通りすぎて少し落ち着く。


***


 その後、ジズゥに、白兎族の神殿の中を案内された。

 もっと厳かで、閉ざされた、静まり返った場所を想像していたのに、実際に神殿の中へ入ってみると違っていた。

 白い石と淡い金属で構成された回廊は、確かに神殿らしい静けさを保っている。しかし、それと同時に、人が行き来し、物が運ばれ、何かが整えられていく生活の気配がちゃんとあった。

 祈るためだけの場所ではなく、暮らしと行政と整備と信仰が、全部同じ建物の中で緩やかに繋がっている――そんな感じだった。

 そして、その印象を決定づけたのが、足元を、ちょこちょこ行き交う連中だった。

「……え?」

 思わず、そんな声が出た。

 丸く、小さく……ぬいぐるみっぽかった。

 最初に目に入ったのは、熊型だった。

 次に、耳の大きい兎型もあった。

 さらに、狸っぽいもの、犬っぽいもの、栗鼠っぽいものまでいる。

 どれも、表面素材は柔らかな毛並みに見える加工がされていて、関節部だけが少し金属的に光っていた。機械だとわかるのに、第一印象はどう見ても“可愛い哺乳類のぬいぐるみ”だった。

 しかも、一体や二体じゃない。

 中庭の端、回廊の影、整備用の小部屋の出入り口――あらゆるところにいた。

「……いっぱいいるね」

 僕が、呟くと、前を歩いていたジズゥが少しだけ耳を揺らした。

『神殿補助ドローン群です』

「ドローンって……皆、そういう見た目なんですか?」

『はい』

 その“はい”があまりに自然で、僕のほうが変な表情になりそうだった。

 太郎も、僕の足元近くを当然のように歩いていた。けれど、こうして見ると、彼の見た目は、まったく浮いていない。

 むしろ、神殿のドローン群の中へ放り込んだら、ほとんど区別できなくなりそうだ。

 そこで、僕は、ようやく納得した。

「……なるほど」

『何がですか、弓良殿?』

 ジズゥが振り向く。

「前に、仮装巡洋艦らしきものの残骸に遭遇したんです」

『はい』

「あれ、やっぱりグラブール人の船だったんだなって……」

 僕が、そう言うと、ジズゥは少しだけ考えるように目を細めた。

『船内に、獣型補助ドローンがいたのですか?』

「はい、太郎は、そこで仲間になりました」

 それを聞いて、ジズゥは納得したように頷いた。

『であれば、その可能性は高いでしょう』

 つまり、あの仮装巡洋艦の中に太郎がいたのは、単なる偶然ではなかった。

『我々、白兎族は、他種族への工作艦――のようなものを、人類連邦へ飛ばすような活動はしておりません』

 ジズゥは、少し小首を傾げた。

「はあ……」

 どうもグラブール人は、一枚岩ではないようだから、どこか別の部族のものだったのだろうか、と思った。

 すっかり忘れていたが、回収された資材には、明らかに地球由来ではない文字がびっしりと描かれていた。

 じっと太郎の方を見つめる。

 やはり、先程見た熊型のドローンと、よく似ているように思えた。

 あの仮装巡洋艦は、割と最近、破壊されたようだった。

 いったいどうして――とそう考えたところで、妙なことが起こった。


***


 回廊を一つ曲がったところで、ぴこ、と小さな電子音が鳴った。

 振り向くと、そこにいたのは、まるっこい子豚型のドローンだった。

 薄い桃色を帯びた外装で、小さな耳、短い足、つぶらなレンズの目をしていた。

 鼻先にあたる部分だけ、少し艶のある樹脂でできていて、本当に“子豚のぬいぐるみ”としか言いようがない。

 そのドローンは、太郎を、じっと見つめた。

 そして、ぴこ、ぴこ、と妙に弾んだ音を出しながら、一直線に太郎へ近づいた。

 そして、太郎のすぐ前で、ちょこんと停止した。

 太郎も、立ち止まった。

『……何か用?』

『アタシ、ハチョキ』

 そう名乗ったドローンは、ぶう、と少し高めの音を鳴らした。

 それから、丸い身体を左右に揺らしながら、太郎の周囲を一周する。

 どう見ても、好意的な感じだった。

「……何なんでしょうか?」

 僕が思わず言うと、ジズゥがかなり真面目な顔で頷いた。

『気に入った整備ドローンへ見せた反応、でしょうか?』

「はあ……気に入った?」

『はい』

 つまり、そういうことらしい。

 太郎を見ても、グラブール人のドローンは知能が高くて、それぞれ、かなり個性的なのかもしれない。

 太郎の方は、その場で完全に固まっていた。

 いや、機械だから固まるという表現が正しいのかはわからないけれど、とにかく動きが止まっていた。

『太郎は、太郎。……何か用?』

 太郎が、ほんの少し低い声で言う。

『スキです』

 ハチョキが、驚くべきことに、かなり単純な共通音声へ変換して答えた。

 そのあまりにまっすぐな告白に、僕は一瞬、理解が遅れた。

「いま、好きって言った?」

『確かに、言いましたな』

 ジズゥが、真面目に補足する。

『感情出力の強い個体のようですな』

 太郎は、珍しく明らかにうろたえた。

『そ、そう?』

 ハチョキがさらに一歩寄る。

 ぶう、と甘えるみたいな音を出し、鼻先で太郎の肩のあたりをつつこうとする。

『太郎、強そう。整備能力が高そう』

『……』

『頼もしい』

『……そうか』

 返しがぎこちない。

 太郎がこんな風に反応するのを、僕は初めて見た気がした。

 ブライアントが、とうとう吹き出した。

「おいおい、太郎、モテるじゃないか!」

『違う』

 即答だった。

 でも、その即答が少しだけ早すぎる。

「いや、どう見てもそうだろ?」

『違う。これは、文化差異』

「便利な言葉を知っているな」

 ハチョキは、まったくひるまなかった。

 むしろ、ぶう、ともう一度鳴いて、今度は太郎の進行方向へ先回りするようにちょこちょこ移動する。

『いっしょに整備したい』

 その一言に、僕は、つい笑ってしまった。

 太郎は、たぶん照れていた。

 機械なのに、というのも変だけれど、あれはたぶん照れていたのだと思う。

『任務優先』

 太郎は、妙にきりっとした声で言った。

『太郎は、今、弓良の護衛と補助と整備観察中だ』

『えらい』

『そうだ』

『だから、また後で?』

 ハチョキのその一撃が、妙に強かった。

 太郎は、一瞬だけ完全に沈黙した。

 それから、ぴこんと短く鳴る。

『……未定』

「逃げた」

 僕が言うと、太郎はすぐ僕の足元近くへ戻ってきた。

『逃げていない。戦略的後退』

「そういうことにしておくよ……」

『戦略的転進』

 でも、その歩く速度がさっきより、ほんの少しだけ速かった。

 ハチョキは、ぶう、と名残惜しそうな音を出しながら、その後ろを二歩だけ追って止まった。

「ごほん」

 ジズゥは、咳払い一つでどうにか場を整えようとしていたが、耳の動きが少しだけ笑っていた。

 神殿に入って最初の印象が、子豚型ドローンの恋愛沙汰になったことに、僕はちょっとだけ可笑しく思った。


***


 主な神殿内の場所について説明があってから、一旦、ホールのような場所に戻った。

 そして、ジズゥから今後の滞在方針について説明があった。

『神の船『青葉』が軌道上ドックで整備されている間、弓良殿たちには神殿所属の客として滞在していただきます』

「神殿所属ですか」

『はい』

「それ、客なんですか?」

『客であり、縁ある方です』

 その言い方には、逃げ道がないなあ、と思った。

『また、恐れ入りますが……』

 ジズゥは、少しだけ慎重に言葉を選んだ。

『時折、参拝者へお顔を見せていただきたいのです』

「……やっぱり?」

『はい』

 僕は、思わず視線を少し泳がせた。

 そういう流れになるのだろうなあ、とは思っていた。

 僕は、神子で、神の船の主――白兎族にとって高位の来訪者なのだ。

 頭では、分かっていた

 でも、実際に“時々、参拝者へ顔を見せてほしい”と言われると、どうしても変な感じがした。

「……本当に、仏像みたいな扱いだね」

 僕が思わずそう呟くと、ブライアントが横で小さく吹き出した。

「自覚あるじゃないか!」

「嬉しくない自覚だね」

「でも、見せるだけで済むなら安いもんだ」

「ブライアントは、気楽でいいね!」

「俺も付き合うんだよ」

 その返しに、少しだけ笑ってしまった。

『そこでなのですが……』

 ジズゥは、僕達に、小さな機器を手渡した。

 最初、僕は、それが何かわからなかった。

 白くて、軽くて、緩やかに弧を描く二つのパーツ。

 細い通信石と、耳の上へ乗せるための補助フレーム。

 そして、その形が妙に見覚えあると思った瞬間、僕は変な声を出しそうになった。

「……ネコミミ?」

 ジズゥが真面目に頷いた。

『はい。近距離通信兼、簡易翻訳補助機です』

「いや、でも……ネコミミだよね?」

『グラブール人の各部族の耳形状に合わせた設計です。地球人類の耳の形よりも、我らには、馴染みがありますので。その、皆により神子殿に親しみを持って頂けるかと』

「はあ……」

 つまり、それは、文化的、機能的に合理性があるのだろう、と思った。

 でも見た目の問題は別だ。

 僕は、しばらく、その通信機を見つめてから、ため息混じりに頭へつけた。

 薄い青色の髪の上に、白いネコミミ型通信機が乗った。

 ……自分で言うのもなんだけど、だいぶ妙だった。

 ところが、その直後、もっと妙なものが視界に入った。

 ブライアントが、同じような通信機を頭へつけていたのだ。

 金髪の髪の人類男性の頭に、白いネコミミ型通信機。

 それは、なんというか、ずるかった。

 僕は、思わず吹き出した。

「……ごめん、無理!」

「何が?」

「いや、その……似合う似合わないの話じゃなくてさ、絵面が」

「君だって、つけてるだろ?」

「僕は、まだギリギリ分かるけど。でも、ブライアントは、なんか、その……妙に真面目な顔でつけてるから、余計に面白いよ」

 ブライアントは、少しだけ嫌そうな顔をしたが、外す気はないらしい。

「必要装備だから、いいだろう」

「そうだけどさ」

「なら、つけるさ」

 その変な真面目さが、かえって面白かった。

 ジズゥは、僕が笑っているのを見て、少しだけ安心したようだった。

 たぶん、神子が笑うこと自体が、ジズゥには、少し新鮮なのだろう。


***


 神殿の客室へ案内されたあと、僕は、ようやく一人になれる時間を少しだけもらった。

 部屋は、思ったより質素だった。

 でも、白い壁、低い寝台、やわらかな布が壁に掛けられていて、あの使者船でゲラバと会った部屋のような雰囲気だった。

 小さな窓の向こうには、草原の端と空が見える。

 人間だった頃なら、ホテルとも違う、修道院とも違う、不思議な宿だと思ったことだろう。

 でも、今の僕には、十分すぎるくらい落ち着ける場所に思えた。

 窓辺へ近づき、外を見た。

 遠くで、風に草が揺れている。

 ほとんど鳥みたいな小型生物が、低く滑るように飛んでいった。

 神殿の中庭では、白兎族の神官たちが静かに行き来している。

 この星には、“日々を続けている”感じの生活があった。

「……変だな」

 気づけば、そう呟いていた。

 怖い異種族の文明の星かもしれない、と思っていた。

 なのに、いま見ているのは、穏やかな田園と、人の暮らしと、少し古風な神殿だった。

 もちろん、それだけじゃないのだろう。

 人類よりも高度だという上空で見たドック、政治もあるし、争いもあるし、僕たちをここへ呼んだ理由も打算込みだ。

 それでも、こうして地上へ降りると、印象はずいぶん変わった。

『弓良』

 青葉が、また小さく呼んだ。

『精神状態が安定しています』

「計測してるの?」

『はい』

「なんか、恥ずかしいよ」

『必要な観測です』

 そう言われると反論しづらい。

「……でも、少しだけ安心してるかも」

『それは好ましいです』

「ただ、やっぱり、変な感じはする」

『神子として扱われることですか』

「うん」

 少しだけ沈黙があった。

『完全に慣れる必要はありません』

「え?」

『不自然なことを不自然だと感じる感覚は、失わないほうがよい場合もあります』

 その言葉に、僕は、少しだけ黙った。

 青葉は、こういう時、たまに思っていたより優しかった。

 慣れろとか、割り切れとか、そういうことをあまり言わない。

 感じている違和感そのものを否定しないのだ。

 そういった様子が、おぼろげな前世の記憶の人――青葉さんに、ちょっと似ている気がした。

「……ありがとう」

『はい』

 その短い返答だけで、少し救われた。

「そういえば、僕、もう少し、このグラブール人のことを知っておいても良いと思うんだよね。ここのネットワークと接続のやり方、分かる?」

 ――ステーションBにいたときに、ネットワークに接続して、色々、勉強をしていたので、同じことができないかと思ったのだ。

 実は、この身体のせいで、頭で思うだけで、色々な情報を検索できたり閲覧できたりして……未来の高度なネットワークとコンピューターみたいな頭のせいか、タグ付けされた情報を、瞬間的に理解することができたのだ。

『はい、私の方で取得した情報を、弓良と共有します。私をプロキシーとして、グラブール人のネットワークと接続してください』

「ありがとう」

 僕の中には、まだ青葉の一部があるし、残りの部分とも量子結合――軌道上にある『青葉』とも、まったくタイムラグなしで繋がっている。

 ちなみに、銀河ネット――のようなものは、ないらしいけど、人類圏自体には、超光速の星間ネットワークは、あるようだ。帯域が小さくて、費用も高いらしいけど。

「なるほど……」

 グラブール人達は部族同士の連合だが、大体が部族代表となる“魔女”同士が超光速思念通信の“魔法”で、神殿機関がリアルタイムに政治課題を常に同期、共有して対処する神政政治――“魔女”は人間コンピューター的――で、“神の掟”により、代表により決まったことは全部族が必ず従うのことになっていた。このため、中央集権的な制度と大差ないようだ。

「つまり、この神殿は、県庁の建物みたいなものなのか……」

 どうも、あまり“神聖さ”を前面に出した建物のようには見えなかったら、

「しかし、本当に、僕、頭が良くなっているみたい」

 たぶん、今の自分なら、超高難度の大学入試も一発だろうなあ――とふと思った。

 いや、どんどん人間離れしていることに気づいてきて、微妙な気分でもあったのだけど……。


***


 その日の夜、歓迎会のパーティーが開かれた。

 神殿の大広間は、昼間とは雰囲気がかなり違っていた。

 白い壁に灯りが映り、長い卓には料理と飲み物が並び、人の声と柔らかな音楽が低く流れている。

 厳かな神殿というより、地方の大きな公会堂か、格式ある集会所に近い感じだった。

 僕とブライアント、それに太郎まで、正式な客として席を用意されていた。

 さすがに、太郎の席は卓の端の小さな台だったけれど、ハチョキがその近くを何度も通って行くせいで、太郎は、終始どこか落ち着かなかった。

『任務中』

 太郎が、三度目くらいにそう主張していたのを、僕はちゃんと聞いていた。

『すごい』

『当然』

 完全に調子を取り戻している。

 でも、ハチョキが少し近づくたびに、太郎の返答だけほんの少し早くなった。


 歓迎会そのものは、驚くほど温かかった。

 白兎族は、僕を“神子”として見ていて、それは相変わらず落ち着かなかった。

 でも、ただ拝むだけではない。食卓へ招き、話しかけ、笑いかけ、客として迎えようとしてくれていた。

 その温度が、思っていたよりずっとありがたかった。


 歓迎会の終盤、僕たちは神殿――というより、実質的には地方政府の中核を担っている人たち――へ正式に紹介された。

 白兎族の長老格、神殿の実務責任者、補給や交通を担う者、祭具と古代遺物の管理者、防衛担当の神官――全員、白兎族だった。

 それを見て、僕は少しだけ納得した。

 この神殿は単なる宗教施設ではなく、やはり、生活と行政と信仰が一体になった、ナヴーピの中枢なのだ。

 紹介の流れの中で、誰かが僕へ尋ねた。

『神子弓良殿は、巡洋艦『青葉』修理されたとか』

「修理、というか……」

 僕は、少し言葉を選んだ。

「魔法で補助した、という感じです」

 その答えに、白兎族の幹部たちは、少しだけ顔を見合わせた。

 それから、別の一人が慎重に聞いてきた。

『では、他の魔法も、お使いになれるのですか?』

「……いや」

 僕は、正直に答えた。

「修理とか、物を動かすとか、そのへんは少し。でも、最初から、いろいろ知っていたわけでは、ありません」

 その瞬間、彼らの空気が少しだけ変わった。

 驚き、困惑……そして、ごくわずかな違和感。

 それは、ジェプラやジズゥが見せた反応にも似ていた。つまり、“それは普通ではない”という顔だ。

『通常、神子の方々は……』

 年配の神官が、少し言いよどむ。

『最初から各種魔法の知識を備えていると、伝えられております』

「そうなんですか?」

 そう問い返しながら、僕は、少しだけ嫌な予感を覚えていた。

 これ、また“僕だけ変”という話ではないのか?

「青葉」

 僕は、耳元の通信へ小さく問いかけた。

「起動時、僕にそういう知識、あったのかな?」

『確認できません』

 青葉は、即答した。

『少なくとも、初期接続時点で、弓良に高度な魔法体系の明確な知識パックは見られませんでした』

「だよね……」

 白兎族の面々が、また少しだけ顔を見合わせる。

 そこで、ブライアントが、腕を組みながら口を開いた。

「人類側の再構成工程で、上書きされた可能性は?」

 その言い方に、僕は、少しだけ眉を上げた。

「上書き?」

「本来の機怪人形は、グラブール人の各部族の形をしていると聞いている。それが人類型にされたときに、何か変更されたのじゃないか?」

 青葉が静かに補足する。

『可能性はあります』

『人類知識パッケージが、機怪人形の初期知識領域へ部分干渉した可能性は否定できません』

 その説明に、白兎族側はますます不思議そうな顔になった。

 でも、僕としては少しだけ腑に落ちた。

 つまり、僕が最初に“魔法”を上手く使えなかったのは、別の知識で上書きされて、本来の知識が備わってなかったせいかもしれない。

 まあ、青葉に教わって、シャドーマターの操作にも慣れたから、備わってなければ覚えればいいだけだろう、とも思った。


 その夜の神殿の灯りは、柔らかい感じがした。

 歓迎会は、まだ続いている。

 ブライアントは、グラブール人達とは体質が違うというので、いちいち手持ちの端末でチェックしながら、出された飲み物や食べ物を食べつつ――分からない程度に眉をしかめたりしていた。

 僕も、歓談しながら少し食べ物を食べてみて、独特の風味を感じたが、そんなに食べられない味付けではないなあ、と思った。

 そして、他の種族でも、そんなに根本的なところは変わらないのかもしれないなあ、と感じた。

 ――でも、そうじゃない種族もいるということを、後に知ることになったのだけど。


 歓迎会が終わった後は、部屋に戻って、ベッドに横になった。

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