第一九章 神殿とぬいぐるみドローンたち
白兎族のシャトルシャトルでナヴーピへ降りながら、僕は、少しだけ不安な気分でいた。
これまでの僕の移動は、ステーションBの中を除いて、ほとんど全部が『青葉』の中か、墓場の中か、せいぜい作業艇の狭いコクピットの中だった。つまり、どこへ行くにしても“青葉の体内”みたいな感覚がずっとあった。
でも、今は違う。
僕は、『青葉』を軌道上へ残して、別の船で、別の星の地上へ降りようとしていた。
それだけのことなのに、妙に落ち着かなかった。
「青葉」
『はい』
耳元の通信端末へ、小さく話しかける。
「……ほんとに大丈夫かなあ?」
『ナヴーピ地表でしたら、現時点では、大きな問題なしと評価しています』
「うん」
『そして、弓良が緊張しているのも自然です』
「……そこまでわかるんだ」
『はい』
その返事が青葉らしくて、少しだけ気持ちが軽くなった。
シャトルの客室は、『ジェッチ』よりずっと広く、『青葉』よりずっと人間向けだった。
床は、柔らかな灰白色で、壁の曲面には細い赤色の紋が走っている。照明は明るすぎず、どこか布越しの昼光みたいにやわらかい。機能優先の人類製シャトルとも、死にかけの古代巡洋艦とも違っていた。乗り物なのに、少しだけ居室に近い雰囲気があった。
僕の席の先には、白兎族の神官ジズゥが座っている。
会談でも感じたけれど、白兎族は僕を前にしても、ただ怯えたり、ただ崇めたりするだけではないらしい。もちろん敬意は、強すぎて困るくらいだ。しかし、同時に、きちんと“会話可能な客”として扱おうとしてくれている感じがあった。
その微妙な距離感が、ありがたかった。
ブライアントは、窓際の席で外を見ていた。
こういうときの彼は静かだ。軽口を叩くタイミングと、そうでないタイミングを案外よくわかっている。
大気圏に入っても火球は生じない――慣性制御とかいうヤツだろう。何か、シャドーマターの動きを感じるから、このシャトルも“魔法”を使っているのだと思った。そもそも、このシャトルの中も、『青葉』と同じで人工重力が効いていた。
だんだん地表が近づいてきて、シャトルが減速に入った。
窓の向こうに見えるナヴーピは、軌道上から見たときよりずっと穏やかな星に見えた。
広がる草原と、起伏のゆるい丘、帯のように走る細い川、地平線の向こうまで続く、少し褪せた緑が見えた。
派手な高層建築は、ないようだ。
でも、じっと望遠で見たところ、ところどころに白っぽい建物群があり、それを繋ぐように道が走っていた。
農地らしい整った区画もあるし、風車に似た細い塔も見える。
「……思ったより、普通だ」
気づくと、そんな言葉が出ていた。
ブライアントが、少しだけ笑う。
「何を想像してたんだい?」
「もっとこう……神殿と城塞しかないような場所かと」
「そりゃ、偏見だ」
「だよね」
ジズゥが振り返って、やわらかく口を開いた。
『我らも、食べて、育てて、眠ります。神に祈るだけでは、冬を越せませんので』
その言い方が妙に可笑しくて、僕は、少しだけ笑った。
確かに、その通りだ。
神話や魔法があっても、生活は生活だ。
***
シャトルのハッチが開いた。
着陸したナヴーピの空気は、思っていたより冷たかった。
寒い、というほどではないけれど、乾いていて、肺の奥まで透き通るような冷たさがある。
いや、僕は、もう本当は呼吸しなくてもいいのに、つい“吸い込んだ”ような錯覚を覚えた。
外は白っぽい石材で組まれた発着場だった。
その周囲には低い建物が並び、遠くには緩やかな草原が広がっている。空は薄青く高く、雲は少なかった。陽光はやわらかいけれど、色そのものはどこか淡かった。
最初に僕を出迎えたのは、沈黙だった。
いや、完全な無音ではない。
風の音もあるし、遠くの機械音らしきものもある。
でも、発着場に集まっていた白兎族の人々は、僕がハッチから姿を見せた瞬間、一斉に静かになった。
その静けさが、少し痛かった。
やっぱり、見られている。
しかも普通の意味じゃなくて――おそらく、珍しい客でも、ただの異星人でもない。
“神の船の主”とか“神子”とか、そういう言葉が貼りついた視線だと思った。
僕は、少しだけ肩を強張らせた。
その時、ジズゥが一歩前へ出た。
『神子弓良殿、ようこそナヴーピへ』
そして、その声をきっかけに、周囲の空気が少しだけ動いた。
白兎族の人々が、一斉に頭を下げる。
うわ、と思った。
だめだ、これには慣れない。
「……やっぱり、こうなるんだ」
僕が、小さく言うと、ブライアントが横で苦笑した。
「むしろ、思ったより抑制的だね」
「これで?」
『はい』
ジズゥが真面目にうなずく。
『正式な大広間であれば、もっと儀礼的であったでしょう』
「それは、聞かなかったことにします」
ほんの少しだけ、笑いが起きた。
その笑いに、僕は、少し救われた。
崇められているのは変わらないけれど、全員が完全に固まっている訳ではなかった。
僕の言葉に、ちゃんと人間らしい反応も返ってくる。
それだけで、思ったより息がしやすくなった。
***
発着場から神殿へ向かう道は、草原と白い建物のあいだをゆるやかに抜けていた。
そこを、まるで半分に割った丸太のような、変わった形をしたオープンカーに乗って通った。
ナヴーピの都市は、この身体になる前に、住んでいた東京近郊の街とは、まるで違っていた。
道はあり、建物もあり、生活感があった。
でも、すべてが低かった。
空を隠すほど高い建築物が殆どなく、代わりに横へ広がっているのだ。
白や薄茶の石材に、木と布を組み合わせた家々が、かなりの間隔を置いて建てられている。
建物の壁面には、植物が這い、屋根はゆるやかに丸かった。
ところどころに細い塔や尖塔があるものの、単に必要だから高くしたといった感じで、百メートルもないように見える。
ステーションBのような人工的な閉鎖空間と違って、空気の流れと土の気配があった。
遠くに見える畑のような区画では、小型の農耕ドローンが、ゆっくり動いていた。
「……のどかだね」
僕がそう言うと、隣に座ったジズゥが少しだけ誇らしげに耳を動かした。
『白兎族は、急がず、絶やさずを善しとします』
その言葉には、静かな重みがあった。
「弓良」
ブライアントが後ろの席から、小さく告げた。
「見ろ」
彼が示した先には、少し離れた広場があった。
そこで、子供たちが遊んでいた。
白兎族の子供、耳の短い別系統の獣人の子、もっと小柄で、リスみたいな尾を持つ子までいた。
みんな一緒になって、何か球体の玩具を追いかけている。
「……ああ。白兎族以外のグラブール人の人達もいるんですね?」
『はい、ここは白兎族の本拠地ですが、他の部族の者も、人口の数パーセントくらいは、おります』
ジズゥが応えた。
僕は、駐在外国人のようなものだろうか、と思った。
「子供達、楽しそうでしたね」
敵とか味方とか、種族とか、政治とか――そういう言葉の前に、あれは、ただの子供たちだった。その様子は、人類とも、そんなに変わらないように見えた。
ブライアントが、少しだけ苦い顔をした。
「こういうのを見ると、だいたい後で面倒になるんだ」
「何、それ、フラグ?」
「ちょっと、ああいうの、守りたくなるだろ?」
「あー、そうね」
その言い方は、いかにもヒーローじみていて、少し微妙だなあと思った。
でも、分からなくもなかった。
僕は、その広場から目をそらせなかった。
この星に降りてまだ数十分も経っていないのに、少しだけ、この光景が壊れてほしくないと思っている自分に気づいたからだ。
***
神殿は、都市の中心というより、都市と草原の境目に近い場所にあった。
巨大ではないが存在感のある、白い石と淡い金属で組まれた低い建物群だった。
中央にはドーム状の建物と、多角形の建物が、いくつもの中庭を囲みつつ、幾何学的な形状に連なっていた。
たしかに、宗教施設っぽくて、厳かな感じはしたけど、過剰な威圧感は、なかった。
人が出入りし、働き、祈り、休む場所として機能している感じがした。
一同が車から降りると、神殿の入口で、再び歓迎儀礼が行われた。
香のような匂いの中、静かな歌声で、白兎族の神官たちが低く祈った。
僕は、その中心へ立たされて、またしても少し居心地が悪くなる。
誰かの信仰の中心に置かれるなんて、慣れるわけがない。
『神子弓良殿』
神官の一人が前に出て、言った。
彼は、ゲラバ程ではないものの、毛が黄色かったから、年配なのだろう。
『この神殿は、あなたを客として迎えます』
客――その言葉だけは、少しだけ安心できた。
神子でも神の船の主でもなく、まず“客”だと言ってくれたからだ。
僕は、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その時、耳元で青葉の声がした。
『弓良』
「うん」
『本艦は、軌道上より監視を継続しています』
「そっちは?」
『修理と再構成を継続中です。白兎族側から補助資材候補もいくつか提示されています』
「もう働いてるんだ」
『当然です』
その返答が、いつも通りすぎて少し落ち着く。
***
その後、ジズゥに、白兎族の神殿の中を案内された。
もっと厳かで、閉ざされた、静まり返った場所を想像していたのに、実際に神殿の中へ入ってみると違っていた。
白い石と淡い金属で構成された回廊は、確かに神殿らしい静けさを保っている。しかし、それと同時に、人が行き来し、物が運ばれ、何かが整えられていく生活の気配がちゃんとあった。
祈るためだけの場所ではなく、暮らしと行政と整備と信仰が、全部同じ建物の中で緩やかに繋がっている――そんな感じだった。
そして、その印象を決定づけたのが、足元を、ちょこちょこ行き交う連中だった。
「……え?」
思わず、そんな声が出た。
丸く、小さく……ぬいぐるみっぽかった。
最初に目に入ったのは、熊型だった。
次に、耳の大きい兎型もあった。
さらに、狸っぽいもの、犬っぽいもの、栗鼠っぽいものまでいる。
どれも、表面素材は柔らかな毛並みに見える加工がされていて、関節部だけが少し金属的に光っていた。機械だとわかるのに、第一印象はどう見ても“可愛い哺乳類のぬいぐるみ”だった。
しかも、一体や二体じゃない。
中庭の端、回廊の影、整備用の小部屋の出入り口――あらゆるところにいた。
「……いっぱいいるね」
僕が、呟くと、前を歩いていたジズゥが少しだけ耳を揺らした。
『神殿補助ドローン群です』
「ドローンって……皆、そういう見た目なんですか?」
『はい』
その“はい”があまりに自然で、僕のほうが変な表情になりそうだった。
太郎も、僕の足元近くを当然のように歩いていた。けれど、こうして見ると、彼の見た目は、まったく浮いていない。
むしろ、神殿のドローン群の中へ放り込んだら、ほとんど区別できなくなりそうだ。
そこで、僕は、ようやく納得した。
「……なるほど」
『何がですか、弓良殿?』
ジズゥが振り向く。
「前に、仮装巡洋艦らしきものの残骸に遭遇したんです」
『はい』
「あれ、やっぱりグラブール人の船だったんだなって……」
僕が、そう言うと、ジズゥは少しだけ考えるように目を細めた。
『船内に、獣型補助ドローンがいたのですか?』
「はい、太郎は、そこで仲間になりました」
それを聞いて、ジズゥは納得したように頷いた。
『であれば、その可能性は高いでしょう』
つまり、あの仮装巡洋艦の中に太郎がいたのは、単なる偶然ではなかった。
『我々、白兎族は、他種族への工作艦――のようなものを、人類連邦へ飛ばすような活動はしておりません』
ジズゥは、少し小首を傾げた。
「はあ……」
どうもグラブール人は、一枚岩ではないようだから、どこか別の部族のものだったのだろうか、と思った。
すっかり忘れていたが、回収された資材には、明らかに地球由来ではない文字がびっしりと描かれていた。
じっと太郎の方を見つめる。
やはり、先程見た熊型のドローンと、よく似ているように思えた。
あの仮装巡洋艦は、割と最近、破壊されたようだった。
いったいどうして――とそう考えたところで、妙なことが起こった。
***
回廊を一つ曲がったところで、ぴこ、と小さな電子音が鳴った。
振り向くと、そこにいたのは、まるっこい子豚型のドローンだった。
薄い桃色を帯びた外装で、小さな耳、短い足、つぶらなレンズの目をしていた。
鼻先にあたる部分だけ、少し艶のある樹脂でできていて、本当に“子豚のぬいぐるみ”としか言いようがない。
そのドローンは、太郎を、じっと見つめた。
そして、ぴこ、ぴこ、と妙に弾んだ音を出しながら、一直線に太郎へ近づいた。
そして、太郎のすぐ前で、ちょこんと停止した。
太郎も、立ち止まった。
『……何か用?』
『アタシ、ハチョキ』
そう名乗ったドローンは、ぶう、と少し高めの音を鳴らした。
それから、丸い身体を左右に揺らしながら、太郎の周囲を一周する。
どう見ても、好意的な感じだった。
「……何なんでしょうか?」
僕が思わず言うと、ジズゥがかなり真面目な顔で頷いた。
『気に入った整備ドローンへ見せた反応、でしょうか?』
「はあ……気に入った?」
『はい』
つまり、そういうことらしい。
太郎を見ても、グラブール人のドローンは知能が高くて、それぞれ、かなり個性的なのかもしれない。
太郎の方は、その場で完全に固まっていた。
いや、機械だから固まるという表現が正しいのかはわからないけれど、とにかく動きが止まっていた。
『太郎は、太郎。……何か用?』
太郎が、ほんの少し低い声で言う。
『スキです』
ハチョキが、驚くべきことに、かなり単純な共通音声へ変換して答えた。
そのあまりにまっすぐな告白に、僕は一瞬、理解が遅れた。
「いま、好きって言った?」
『確かに、言いましたな』
ジズゥが、真面目に補足する。
『感情出力の強い個体のようですな』
太郎は、珍しく明らかにうろたえた。
『そ、そう?』
ハチョキがさらに一歩寄る。
ぶう、と甘えるみたいな音を出し、鼻先で太郎の肩のあたりをつつこうとする。
『太郎、強そう。整備能力が高そう』
『……』
『頼もしい』
『……そうか』
返しがぎこちない。
太郎がこんな風に反応するのを、僕は初めて見た気がした。
ブライアントが、とうとう吹き出した。
「おいおい、太郎、モテるじゃないか!」
『違う』
即答だった。
でも、その即答が少しだけ早すぎる。
「いや、どう見てもそうだろ?」
『違う。これは、文化差異』
「便利な言葉を知っているな」
ハチョキは、まったくひるまなかった。
むしろ、ぶう、ともう一度鳴いて、今度は太郎の進行方向へ先回りするようにちょこちょこ移動する。
『いっしょに整備したい』
その一言に、僕は、つい笑ってしまった。
太郎は、たぶん照れていた。
機械なのに、というのも変だけれど、あれはたぶん照れていたのだと思う。
『任務優先』
太郎は、妙にきりっとした声で言った。
『太郎は、今、弓良の護衛と補助と整備観察中だ』
『えらい』
『そうだ』
『だから、また後で?』
ハチョキのその一撃が、妙に強かった。
太郎は、一瞬だけ完全に沈黙した。
それから、ぴこんと短く鳴る。
『……未定』
「逃げた」
僕が言うと、太郎はすぐ僕の足元近くへ戻ってきた。
『逃げていない。戦略的後退』
「そういうことにしておくよ……」
『戦略的転進』
でも、その歩く速度がさっきより、ほんの少しだけ速かった。
ハチョキは、ぶう、と名残惜しそうな音を出しながら、その後ろを二歩だけ追って止まった。
「ごほん」
ジズゥは、咳払い一つでどうにか場を整えようとしていたが、耳の動きが少しだけ笑っていた。
神殿に入って最初の印象が、子豚型ドローンの恋愛沙汰になったことに、僕はちょっとだけ可笑しく思った。
***
主な神殿内の場所について説明があってから、一旦、ホールのような場所に戻った。
そして、ジズゥから今後の滞在方針について説明があった。
『神の船『青葉』が軌道上ドックで整備されている間、弓良殿たちには神殿所属の客として滞在していただきます』
「神殿所属ですか」
『はい』
「それ、客なんですか?」
『客であり、縁ある方です』
その言い方には、逃げ道がないなあ、と思った。
『また、恐れ入りますが……』
ジズゥは、少しだけ慎重に言葉を選んだ。
『時折、参拝者へお顔を見せていただきたいのです』
「……やっぱり?」
『はい』
僕は、思わず視線を少し泳がせた。
そういう流れになるのだろうなあ、とは思っていた。
僕は、神子で、神の船の主――白兎族にとって高位の来訪者なのだ。
頭では、分かっていた
でも、実際に“時々、参拝者へ顔を見せてほしい”と言われると、どうしても変な感じがした。
「……本当に、仏像みたいな扱いだね」
僕が思わずそう呟くと、ブライアントが横で小さく吹き出した。
「自覚あるじゃないか!」
「嬉しくない自覚だね」
「でも、見せるだけで済むなら安いもんだ」
「ブライアントは、気楽でいいね!」
「俺も付き合うんだよ」
その返しに、少しだけ笑ってしまった。
『そこでなのですが……』
ジズゥは、僕達に、小さな機器を手渡した。
最初、僕は、それが何かわからなかった。
白くて、軽くて、緩やかに弧を描く二つのパーツ。
細い通信石と、耳の上へ乗せるための補助フレーム。
そして、その形が妙に見覚えあると思った瞬間、僕は変な声を出しそうになった。
「……ネコミミ?」
ジズゥが真面目に頷いた。
『はい。近距離通信兼、簡易翻訳補助機です』
「いや、でも……ネコミミだよね?」
『グラブール人の各部族の耳形状に合わせた設計です。地球人類の耳の形よりも、我らには、馴染みがありますので。その、皆により神子殿に親しみを持って頂けるかと』
「はあ……」
つまり、それは、文化的、機能的に合理性があるのだろう、と思った。
でも見た目の問題は別だ。
僕は、しばらく、その通信機を見つめてから、ため息混じりに頭へつけた。
薄い青色の髪の上に、白いネコミミ型通信機が乗った。
……自分で言うのもなんだけど、だいぶ妙だった。
ところが、その直後、もっと妙なものが視界に入った。
ブライアントが、同じような通信機を頭へつけていたのだ。
金髪の髪の人類男性の頭に、白いネコミミ型通信機。
それは、なんというか、ずるかった。
僕は、思わず吹き出した。
「……ごめん、無理!」
「何が?」
「いや、その……似合う似合わないの話じゃなくてさ、絵面が」
「君だって、つけてるだろ?」
「僕は、まだギリギリ分かるけど。でも、ブライアントは、なんか、その……妙に真面目な顔でつけてるから、余計に面白いよ」
ブライアントは、少しだけ嫌そうな顔をしたが、外す気はないらしい。
「必要装備だから、いいだろう」
「そうだけどさ」
「なら、つけるさ」
その変な真面目さが、かえって面白かった。
ジズゥは、僕が笑っているのを見て、少しだけ安心したようだった。
たぶん、神子が笑うこと自体が、ジズゥには、少し新鮮なのだろう。
***
神殿の客室へ案内されたあと、僕は、ようやく一人になれる時間を少しだけもらった。
部屋は、思ったより質素だった。
でも、白い壁、低い寝台、やわらかな布が壁に掛けられていて、あの使者船でゲラバと会った部屋のような雰囲気だった。
小さな窓の向こうには、草原の端と空が見える。
人間だった頃なら、ホテルとも違う、修道院とも違う、不思議な宿だと思ったことだろう。
でも、今の僕には、十分すぎるくらい落ち着ける場所に思えた。
窓辺へ近づき、外を見た。
遠くで、風に草が揺れている。
ほとんど鳥みたいな小型生物が、低く滑るように飛んでいった。
神殿の中庭では、白兎族の神官たちが静かに行き来している。
この星には、“日々を続けている”感じの生活があった。
「……変だな」
気づけば、そう呟いていた。
怖い異種族の文明の星かもしれない、と思っていた。
なのに、いま見ているのは、穏やかな田園と、人の暮らしと、少し古風な神殿だった。
もちろん、それだけじゃないのだろう。
人類よりも高度だという上空で見たドック、政治もあるし、争いもあるし、僕たちをここへ呼んだ理由も打算込みだ。
それでも、こうして地上へ降りると、印象はずいぶん変わった。
『弓良』
青葉が、また小さく呼んだ。
『精神状態が安定しています』
「計測してるの?」
『はい』
「なんか、恥ずかしいよ」
『必要な観測です』
そう言われると反論しづらい。
「……でも、少しだけ安心してるかも」
『それは好ましいです』
「ただ、やっぱり、変な感じはする」
『神子として扱われることですか』
「うん」
少しだけ沈黙があった。
『完全に慣れる必要はありません』
「え?」
『不自然なことを不自然だと感じる感覚は、失わないほうがよい場合もあります』
その言葉に、僕は、少しだけ黙った。
青葉は、こういう時、たまに思っていたより優しかった。
慣れろとか、割り切れとか、そういうことをあまり言わない。
感じている違和感そのものを否定しないのだ。
そういった様子が、おぼろげな前世の記憶の人――青葉さんに、ちょっと似ている気がした。
「……ありがとう」
『はい』
その短い返答だけで、少し救われた。
「そういえば、僕、もう少し、このグラブール人のことを知っておいても良いと思うんだよね。ここのネットワークと接続のやり方、分かる?」
――ステーションBにいたときに、ネットワークに接続して、色々、勉強をしていたので、同じことができないかと思ったのだ。
実は、この身体のせいで、頭で思うだけで、色々な情報を検索できたり閲覧できたりして……未来の高度なネットワークとコンピューターみたいな頭のせいか、タグ付けされた情報を、瞬間的に理解することができたのだ。
『はい、私の方で取得した情報を、弓良と共有します。私をプロキシーとして、グラブール人のネットワークと接続してください』
「ありがとう」
僕の中には、まだ青葉の一部があるし、残りの部分とも量子結合――軌道上にある『青葉』とも、まったくタイムラグなしで繋がっている。
ちなみに、銀河ネット――のようなものは、ないらしいけど、人類圏自体には、超光速の星間ネットワークは、あるようだ。帯域が小さくて、費用も高いらしいけど。
「なるほど……」
グラブール人達は部族同士の連合だが、大体が部族代表となる“魔女”同士が超光速思念通信の“魔法”で、神殿機関がリアルタイムに政治課題を常に同期、共有して対処する神政政治――“魔女”は人間コンピューター的――で、“神の掟”により、代表により決まったことは全部族が必ず従うのことになっていた。このため、中央集権的な制度と大差ないようだ。
「つまり、この神殿は、県庁の建物みたいなものなのか……」
どうも、あまり“神聖さ”を前面に出した建物のようには見えなかったら、
「しかし、本当に、僕、頭が良くなっているみたい」
たぶん、今の自分なら、超高難度の大学入試も一発だろうなあ――とふと思った。
いや、どんどん人間離れしていることに気づいてきて、微妙な気分でもあったのだけど……。
***
その日の夜、歓迎会のパーティーが開かれた。
神殿の大広間は、昼間とは雰囲気がかなり違っていた。
白い壁に灯りが映り、長い卓には料理と飲み物が並び、人の声と柔らかな音楽が低く流れている。
厳かな神殿というより、地方の大きな公会堂か、格式ある集会所に近い感じだった。
僕とブライアント、それに太郎まで、正式な客として席を用意されていた。
さすがに、太郎の席は卓の端の小さな台だったけれど、ハチョキがその近くを何度も通って行くせいで、太郎は、終始どこか落ち着かなかった。
『任務中』
太郎が、三度目くらいにそう主張していたのを、僕はちゃんと聞いていた。
『すごい』
『当然』
完全に調子を取り戻している。
でも、ハチョキが少し近づくたびに、太郎の返答だけほんの少し早くなった。
歓迎会そのものは、驚くほど温かかった。
白兎族は、僕を“神子”として見ていて、それは相変わらず落ち着かなかった。
でも、ただ拝むだけではない。食卓へ招き、話しかけ、笑いかけ、客として迎えようとしてくれていた。
その温度が、思っていたよりずっとありがたかった。
歓迎会の終盤、僕たちは神殿――というより、実質的には地方政府の中核を担っている人たち――へ正式に紹介された。
白兎族の長老格、神殿の実務責任者、補給や交通を担う者、祭具と古代遺物の管理者、防衛担当の神官――全員、白兎族だった。
それを見て、僕は少しだけ納得した。
この神殿は単なる宗教施設ではなく、やはり、生活と行政と信仰が一体になった、ナヴーピの中枢なのだ。
紹介の流れの中で、誰かが僕へ尋ねた。
『神子弓良殿は、巡洋艦『青葉』修理されたとか』
「修理、というか……」
僕は、少し言葉を選んだ。
「魔法で補助した、という感じです」
その答えに、白兎族の幹部たちは、少しだけ顔を見合わせた。
それから、別の一人が慎重に聞いてきた。
『では、他の魔法も、お使いになれるのですか?』
「……いや」
僕は、正直に答えた。
「修理とか、物を動かすとか、そのへんは少し。でも、最初から、いろいろ知っていたわけでは、ありません」
その瞬間、彼らの空気が少しだけ変わった。
驚き、困惑……そして、ごくわずかな違和感。
それは、ジェプラやジズゥが見せた反応にも似ていた。つまり、“それは普通ではない”という顔だ。
『通常、神子の方々は……』
年配の神官が、少し言いよどむ。
『最初から各種魔法の知識を備えていると、伝えられております』
「そうなんですか?」
そう問い返しながら、僕は、少しだけ嫌な予感を覚えていた。
これ、また“僕だけ変”という話ではないのか?
「青葉」
僕は、耳元の通信へ小さく問いかけた。
「起動時、僕にそういう知識、あったのかな?」
『確認できません』
青葉は、即答した。
『少なくとも、初期接続時点で、弓良に高度な魔法体系の明確な知識パックは見られませんでした』
「だよね……」
白兎族の面々が、また少しだけ顔を見合わせる。
そこで、ブライアントが、腕を組みながら口を開いた。
「人類側の再構成工程で、上書きされた可能性は?」
その言い方に、僕は、少しだけ眉を上げた。
「上書き?」
「本来の機怪人形は、グラブール人の各部族の形をしていると聞いている。それが人類型にされたときに、何か変更されたのじゃないか?」
青葉が静かに補足する。
『可能性はあります』
『人類知識パッケージが、機怪人形の初期知識領域へ部分干渉した可能性は否定できません』
その説明に、白兎族側はますます不思議そうな顔になった。
でも、僕としては少しだけ腑に落ちた。
つまり、僕が最初に“魔法”を上手く使えなかったのは、別の知識で上書きされて、本来の知識が備わってなかったせいかもしれない。
まあ、青葉に教わって、シャドーマターの操作にも慣れたから、備わってなければ覚えればいいだけだろう、とも思った。
その夜の神殿の灯りは、柔らかい感じがした。
歓迎会は、まだ続いている。
ブライアントは、グラブール人達とは体質が違うというので、いちいち手持ちの端末でチェックしながら、出された飲み物や食べ物を食べつつ――分からない程度に眉をしかめたりしていた。
僕も、歓談しながら少し食べ物を食べてみて、独特の風味を感じたが、そんなに食べられない味付けではないなあ、と思った。
そして、他の種族でも、そんなに根本的なところは変わらないのかもしれないなあ、と感じた。
――でも、そうじゃない種族もいるということを、後に知ることになったのだけど。
歓迎会が終わった後は、部屋に戻って、ベッドに横になった。




