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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第一八章 白兎族の星ナヴーピ

 第三十五魔女ゲラバとの会談が終わったあと、僕たちは、いったん巡洋艦『青葉』へ戻った。

 会談で決まったことは単純だ。

 僕たちは白兎族の本拠地である惑星ナヴーピへ向かい、客として迎えられる。そして、白兎族は『青葉』と僕の存在の“後ろ盾”になりたいと考えている。

 言葉にすると、それだけだった。

 しかし、その“それだけ”の中に、僕のよくわからない立場と、白兎族の部族政治と、人類とグラブール人の国境紛争みたいなものが、ぎゅっと詰め込まれていた。

 正直、頭が追いついていなかった。

 制御区画へ戻って最初に、僕は、青葉へ聞いた。

「……これ、本当に大丈夫なのかな?」

『何をもって“大丈夫”とするかによります』

「まあ、そうなんだけど」

『状況を正確に把握するのが重要です』

 青葉の声は、いつも通り落ち着いていた。

 その変わらなさに、少しだけ救われる。

 ブライアントは、腕を組み、前方表示のグラブール艦隊の位置情報を見ていた。

 太郎は小型ドローン用のラックの上に陣取って、なにか落ち着かなさそうにぴこんぴこん鳴っていた。


 結局、僕たちは、ゲラバ側と追加で話すことにした。

 グラブール人の船を呼び出すと、神官のジズゥが出た。横には、複雑な文様のクッションに腰掛けたゲラバがいた。

「仮に、ご提案を受けるとしたら、どういう手順になりますか? 直接、巡洋艦『青葉』で、惑星ナヴーピへ行っていいのですか?」

『それなのですが。弓良殿、実は、我々は、辺境視察の途中なのです』

 ……ジズゥによると、今回の件は、ゲラバが白兎族の第三十五魔女として辺境の視察に来たという体で、秘密裏に地球人に接触したのだという。

 たまたま”グラブール人の影響領域の境界の外に出て、ゴシロック第四惑星近傍の不審な状況を確認し、そのついでに、偶然“神の船”と接触した、ということになっているというのだ。

 少なくとも、外から見れば、そういう形に整えられた。

「つまり、まだ正式に発表できる段階ではないってことですか?」

 僕がそう尋ねると、通信越しのジズゥは、はっきりと頷いた。

『その通りです、弓良殿』

 使者船との専用回線越しでも、ジズゥの声音は落ち着いていた。

『白兎族が神の船と深く結んだと知れれば、利を感じる者もいれば、警戒する者もおります。そのため、最初の往来は、静かであるほうがよいのです』

「なるほど」

 なるほど、とは言ったものの、僕としては、十分すぎるほど大事になっている気がした。

 ジズゥの横にいたゲラバは、くわっと目を開けて、提案した。

『ナヴーピまでの手引きとして、先に、神官ジズゥをそなたらの船に乗せますじゃ』

 その言葉に、僕も、少しだけ目を瞬かせた。

「『青葉』に?」

『はい。白兎族の儀礼と、到着後の受け入れのためですじゃ。我らも、規定の日程を終えたら、すぐ戻りますじゃで』

 青葉が、僕より先に返答した。

『本艦としては受け入れ可能です。ただし、案内役の権限は、航路情報と儀礼手順の補助に限定します』

 いかにも青葉らしい返答だった。丁寧だが、線引きが一切ぶれなかった。

 ゲラバは、それをむしろ好意的に受け取ったようだった。

『神の船らしい慎重さですじゃ』

 その方向で褒められるのか、と僕は、少しだけ遠い気持ちになった。


***


 神官ジズゥが巡洋艦『青葉』へ乗り込んできたのは、それから間もなくのことだった。

 僕とブライアントが格納区画寄りの接続区画で待っていると、接続用の小型ブリッジが伸び、白兎族の使者船から一人の細身の影が渡ってきた。

 白い法衣のような衣装の上へ、淡い青と金の細い刺繍の飾り物がついている。画面越しで見るより、立派な格好だった。

 耳は長く、毛並みは白く、動作は丁寧だ。

 こうして見ると、本当に、昔の絵本に描かれていた、擬人化された兎にそっくりだった。モノクルをしていたら、女の子が不思議の国へ行く時に付いていった時計を持つ兎に似てるなあ、と思った。

『ほう……』

 ジズゥの方は、最初の一歩を『青葉』の床へ置いた瞬間、ほんのわずかに立ち止まった。

 その立ち止まり方が、すごく“感情を押さえている人”のそれだった。

 ジズゥは、ゆっくり顔を上げた。

 『青葉』の内部照明は、まだ完全に明るいわけではない。

 実は、僕の目では、暗くても赤外線が見えるから、照明を兼ねた天井パネルディスプレイは劣化したままで、完全には分子修復されていなかったのだ。そもそも、そのディスプレイは、人類用とは少し波長域が異なっていて、色温度も高かった。

 白と青を基調にした古い巡洋艦の通路は、静かで、長く眠っていたせいか、どこかひんやりとした感じがある。

 その中を、目印用の青葉の光ラインが細く巡っていた。

 ジズゥの目が、ほんの少し潤んだように見えた。

『……本当に』

 彼は小さく呟いた。

『本当に、神の船なのですね』

 その声音には、恐れよりも感動のほうが強かった。

 ブライアントが、横でごく小さく息を吐くのがわかった。

 僕も、何と言っていいかわからなかった。

 『青葉』は、僕にとって、苦労して見つけて、直して、ようやく飛べるようになった船だ。

 でも、ジズゥにとっては違う。

 それは、長いあいだ伝承の中にしかなかった何かが、本当に目の前へ現れた瞬間なのだろう。

 ジズゥは、過剰に跪いたりはしなかった。

 ただ、胸元で手を組むようにして、小さく目を閉じた。

『この場に立てることを、生涯の誉れといたします』

 それを聞いたとき、僕は、少しだけ困った。

 やっぱり、こういう言われ方には、まだ慣れない。

 慣れたくもない。

「……ええと、ようこそ」

 結局、そんな普通のことしか言えなかった。

 でも、ジズゥは、それで十分だというように、やわらかく耳を揺らした。

『案内役として、誠心を尽くします』

 そのやり取りを見ていた青葉が、艦内全体から静かに告げる。

『神官ジズゥ。巡洋艦『青葉』へようこそ。航路補助と儀礼手順支援の権限を付与します』

 その声を聞いた瞬間、ジズゥの耳がぴんと立った。

 たぶん、彼にとってはそこも大きかったのだろう。

 神の船が、自分に声をかけた。

 しかも、歓迎の言葉とともに。

『……ああ』

 ジズゥは、本当に小さく息を漏らした。

『この声が、神の船の御霊……』

「いや、青葉は普通にAIなんだけど……」

 思わずそう言ってしまった僕に、ジズゥは少しだけ困ったように、でもどこか穏やかに笑った。

『ええ。承知しております』

 いや、たぶん承知していない。

 でも、そのへんをいちいち正すのも違う気がして、僕は、それ以上、何も言えなかった。

 ジズゥは僕へ一礼し、それから太郎の姿を見て少しだけ目を丸くした。

『こちらは……』

『太郎』

 本人が先に名乗った。

『整備担当、護衛補助、かわいさ担当』

「最後のは違うから」

『重要』

 ジズゥは一瞬だけ戸惑ってから、やわらかく耳を揺らした。

『我が連合製の整備ドローンと似ていますね。頼もしいご同伴のようですな』

「その理解でたぶん大丈夫です」

 ブライアントが後ろから低く笑う。

「だいぶ雑に大丈夫って言ったな」

「細かく説明すると、余計ややこしいでしょ」

 それは、本当だった。


***


 惑星ナヴーピまでの航路設定は、青葉とジズゥが共同で進めた。

 この光景も、妙に不思議だった。

 グラブール人の神官ジズゥと、人類圏の規格を知る古代巡洋艦のAIである青葉が、制御区画の中央に浮かんだ同じ立体星図を前にして、互いの航路を確認していた。

 星図には、イシディ星系とナヴーピの周辺の恒星の位置、重力井戸、各惑星軌道、警戒宙域、白兎族の巡回経路などが描かれていた。

 その上へ、青葉が、ストライプド・リープ航法の計算線を重ねた。

 すると、ジズゥが端末を操作して、グラブール側の“避けるべき神聖域”や“視認されにくい進路”を薄い金色で書き加えていった。

「なんか、すごい光景だね……」

 僕がそう呟くと、ブライアントが横で低く笑った。

「辺境のいいところだね。ロクでもないことで、たまに歴史の教科書に残りそうな場面を見られる」

「ロクでもない、が前提なんですね」

「辺境だからな」

 そのへんの言い方は本当にぶれない。

 青葉が静かに報告する。

『ナヴーピまで、一回のストライプド・リープ航法で直接到達するのではなく、星系内に入った後、短距離リープを複数回、実行します』

 ジズゥが、少し緊張した様子で問い返す。

『神の船は、星系内で座標を指定して、飛び石の跳躍を行えるのですか?』

『本艦は、現在、完全状態ではありません』

 青葉は、落ち着いて答えた。

『しかし、補助動力と復旧したキャパシター列を用いれば、ほぼ正確に短距離リープの反復が可能です』

 それを聞いて、ジズゥは、また少しだけ感動したようだった。

「……人類の船でも、リープ後の座標は、かなりズレる。あまり短距離で繰り返して使う航法じゃないんだ」

 ブライアントが、僕に耳打ちした。

 僕は、どう反応していいか、少し困った。どうやら、『青葉』は、完全な状態でなくても、一部、地球製の宇宙船を超えた能力があるようだ。

 しかし『青葉』の側は、それを気にしていないように見えた。

 むしろ青葉は、こういう場面では妙に“船らしい”。

『星系外縁部まで到達後、三回の短距離リープと通常航行を組み合わせれば、半日程度で惑星ナヴーピへ到着可能です』

「半日……」

 僕は、その数字を口の中で転がした。

 長いような、短いような時間だった。

 でも、墓場で漂っていたころの感覚からすると、“半日で別の星へ行く”というだけで十分に、おかしかった。

 ジズゥが、前方表示を見つめたまま静かに言う。

『神の船の旅路に同乗できるとは……』

 その声は、まだ少し夢の中にいる人みたいだった。

 太郎が横から、やや得意げに鳴く。

『太郎は、もう慣れた』

『比較対象として適切ではありません』

『だが、事実』

「太郎、本当にブレないね」

『重要な自尊心』

 僕は、苦笑しながら、制御区画の中央へ歩いた。

 星図が広がっていて、示された航路と拡大図が、妙に現実感の薄い美しさを示しているように思った。

 もう、引き返す気はなかった。


 その後、ブライアントの方は、シンプルに、ゴシロック第四惑星でグラブール人と接触したので調査を延期した、とGDCへ報告した。


***


 『青葉』が最初のストライプド・リープ航法へ入ったとき、ジズゥは明らかに緊張していた。

 青葉が事前に説明し、僕も横で「ちょっと揺れるかもしれません」と補足した。

『神の船の歩みに、身を委ねます』

 ジズゥはそう言ったけれど、耳が完全に緊張していた。

 その様子が少し可笑しくて、僕は、笑いそうになるのをこらえた。

『リープ計算、完了』

 青葉の声が制御区画に満ちる。

『リープ、開始します』

 世界が、ずれ始めた――この感覚には、まだ完全に慣れない。

 ぶわっと別の場所に自分が広がって、また戻るのを繰り返しているような、単純な揺れとも違う、不思議な振動を感じる。

 星々が動き出し、流れていく。

 艦体は、わずかに震えている。

 ステーションBで修理した後の『青葉』のリープは、最初の時よりずっと安定していた――僕が、補助安定化をしなくてもいいくらいには。

 窓の外の星々の位置が少しずつ変わっていく。

 ジズゥは、席に着いたまま、目を瞑った。

「……大丈夫ですか?」

 僕がそう尋ねると、彼は、ゆっくりこちらを向いた。

『はい』

 それから、ほんの少しだけ間を置いて付け加える。

『ただ、詩の中に入ったような気分です』

「詩?」

『我らのリープとは、感触が違います』

 その表現がなんだか綺麗で、僕は、少しだけ印象に残った。

 まだ、青葉は完全ではないと言っていたから、そのせいかもしれないとは思ったけれど。


 リープの間、僕らは、ずっと席に着いたままだった。

 そのあいだ、僕は、何度かジズゥと話した。

 白兎族の神殿のこと、ナヴーピの気候のこと、神殿では何を食べるのか、白兎族の神官は皆、あんなふうに穏やかなのか……等々。

 今、聞かなくてもいいようなことばかりだったけれど、多分、そういう話のほうが必要だったのだと思う――あまりにも大きな話ばかりだと、かえって現実感がなくなるから。

『……ナヴーピでは、風の匂いが違います』

 ジズゥが言った。

『宇宙船の中は僅かな金属の匂いがしますが、地表には、土と草と、日々の匂いがあります』

「少し、楽しみです」

 僕が、そう言うと、ジズゥはやわらかく耳を揺らした。

『それは、良いことです』


 やがて、数時間ほどで、星系間を移動するリープが終わった。

『イシディ星系の外縁部に到達しました。ナヴーピまで、数百宇宙単位、離れています。移動後に短距離のリープを開始します』

 その後、巡洋艦『青葉』は、慣性航行と短距離リープを織り交ぜながら、星系内に入った。

 惑星の軌道面を横切り、薄い小惑星帯を避け、白兎族が指定した安全へ沿って――ただの観光飛行でもなく、慎重かつ確実に、安全に進める航路を進んだ。


***


 それから半日ほどして、ようやく、イシディ星系の第二惑星ナヴーピが前方表示へ大きく映り始めた。

 近づくにつれて、『青葉』の前方表示には、白兎族の軌道施設群が少しずつ大きく映るようになった。

 最初は、細い光の輪のようにしか見えなかった。

 でも距離が縮まるにつれて、それが単なる停泊設備ではなく、きちんとした軌道上のドック群なのだと分かってくる。

 白い。

 そして、思ったより洗練されているように見えた。

 人類圏のステーションBみたいに、ごちゃごちゃの区画を無理やり継ぎ足して大きくした感じではなかった。

 もちろん、完全に新造された宇宙港というわけでもないのだろうけれど、全体に設計思想の統一感があった。

 白と銀を基調にした外装が、環状の主構造に沿って整えられ、その内側に複数の接舷アームと保守棟らしきブロックが並んでいる。

 補助リングには緩やかな色の光が走っていて、それが交通管制と場制御の兼用なのだと青葉が教えてくれた。

「……ちゃんとしているなあ」

 気づくと、そんな言葉が出ていた。

 ブライアントが、隣で少しだけ笑う。

「失礼な感想だな」

「いや、もっと宗教施設寄りというか、神殿みたいなのを想像して……」

「白兎族の本拠地だからね。神殿もあるだろうけど、物流も整備もいる」

 それは、そうだ。

 でも、僕の頭の中にはまだ、グラブール人は魔法と神話、という印象が強く残っていたのだと思う。

 青葉が静かに補足する。

『ナヴーピ軌道上ドック群は、人類圏平均をやや上回る規模を有しています。情報によると、工業精度も高いようです』

「やや上回る、か」

『はい。少なくとも、同規模の人類施設より効率的です』

 つまり、白兎族の科学技術――あるいは、グラブール人が“魔法”と呼んでいるシャドーマターの技術は、分野によっては人類より一歩先にいるのだろう。

 僕は、今、それを実際の構造物として見ていた。

『お恥ずかしいですが、この施設は、大部族のものに比べれば、一段劣ります』

 しかし、ジズゥが、そう言って、頭を下げた。

 ブライアントは、難しい表情をした。

 僕は、現状の人類も、色々大変そうだなあと感じた。


 白兎族のドック群の中心部から、柔らかな通信光が『青葉』へ届いた。

 ゲラバ側が手配していた受け入れ信号だ。

『接舷許可を受領』

 青葉が告げる。

『神の船『青葉』は、白兎族軌道上ドック第三環へ誘導されます』

「……神の船、って毎回入るんだね」

『白兎族側の正式呼称です』

「慣れないなあ」

 そう言うと、ブライアントが小さく肩をすくめた。

「慣れなくて、いいんじゃないか」

「どういう意味?」

「自分が象徴にされてることに無自覚になるのが、一番危ない」

 その言葉が妙に本質を突いている気がして、僕は少し黙った。

 たしかに、そうだ。

 向こうが僕や『青葉』に大きな意図を絡めてくるのは、もう避けられない。

 でも、それを自分でも当然だと思い始めたら、多分、ろくなことにならないだろう。


 やがて、『青葉』は、白兎族のドック群へ向けてゆっくり減速していった。

 巨大な巡洋艦が、整えられた環状施設の一角へ滑り込む光景は、ちょっとした儀礼みたいだった。

 接舷アームが展開し、薄い光膜が船体との相対位置を合わせる。

 その動きに無駄がない。

 しかも、単なる機械制御だけではないらしく、青葉によれば、局所場の微調整で接触応力そのものを減らしているという。

 つまり、物理的にぶつけずに、物理法則のほうを少しだけ“合わせにいっている”のだ。

「……やっぱり、便利かも」

 僕が言うと、青葉が少しだけ間を置いて答える。

『便利です』

『そして、人類圏が、まだ工学として十分に取り込めていない領域でもあります』

 ブライアントが腕を組んだまま、接舷光景を見つめていた。

「だからこそ、地球人類連邦もGDCも、グラブールと本格的に敵対したくはないんだよな」

「文化が違うだけじゃなくて、技術体系が違うんだね」

「そう。で、違うから厄介だし、違うから欲しがる奴もいる」

 その“欲しがる奴”の中には、彼自身も半分くらい入っていそうだった。

 でも、たぶんそういうところまで含めて、ブライアントという人なのだろう。

『無事、到着致しましたな』

 ジズゥの方は、ようやく一段落ついたせいか、ふうとため息を漏らしていた。


***


 接舷が完了すると、白兎族の整備担当からすぐに正式な連絡が入った。

 神殿側の手配により、『青葉』はナヴーピ滞在中、無償で修復と整備を受けられるという。外装も直して貰えるようだ。

 無償、という言葉に、僕は少しだけ眉を上げた。

「無料なんだ」

 思わずそう言うと、ブライアントが耳打ちする。

「お前な、“神の船”として迎えられてること、もう少し利用してもいいと思うぞ」

「利用って……」

「向こうは向こうで、整備させてもらうこと自体を名誉だと思ってる節がある」

 それは確かに、ありそうだった。

『神の船を整備させて頂くことは、神聖な奉仕の一部です。お気になさらないでください』

 ジズゥが神妙な調子で言った。

「やっぱりそうなんだ……」

『はい』

 その返答を聞くと、ありがたい反面、やっぱり少し落ち着かない。

 でも、『青葉』にとって整備が必要なのも事実だった。ここで遠慮するほうが、かえって中途半端になる。

「……青葉は、ここで整備?」

『はい。本艦は軌道上ドックに停泊し、修復工程を継続します』

「地上には行かないんだね」

『現状、本艦は、外装の修理が不完全であり、地表に降りるための装備も修復されておりません』

「つまり、行けない、ってこと?」

『はい。加えて、本艦がそのものが地表へ降りる必要性も、低いと判断します』

 つまり、地上へ行くのは、僕たちだけだ。

 その“僕たち”の中に、もちろんブライアントは入っている。

 そしてもう一人、当然のように太郎も入っていた。

『太郎も行く』

 本人――本機?――が、すでに言い切っている。

「いや、そこ確認する流れあった?」

『弓良が地上へ行くなら、太郎も行く』

「うーん?」

『現地整備、現地観察、現地かわいさ確認』

「最後のは絶対いらないよね」

『必要』

 青葉が少しだけ間を置いてから、静かに言う。

『太郎の同行は、対外的にも悪くありません』

「え、そうなの?」

『はい。補助整備ドローンとして紹介可能です。太郎は、ほぼ確実に、グラブール人に製造されたドローンですから』

「そうなの?」

『はい。そのため、太郎は、白兎族側のドローン群とも相性がよいと考えられます』

 その説明に、太郎が妙に得意げに鳴いた。

『相性は大事』

「なんでそういうところだけ強気なんだろう」

 でも、正直に言えば、太郎が一緒に来るのは少し安心でもあった。

 青葉が軌道上に残るなら、なおさらだ。


***


 『青葉』の接舷区画に、白兎族のシャトルが入ってきた。

 白く流れるような船体は、『青葉』や人類圏の作業艇とは違う優雅さがある。

 細長い機首、柔らかな主翼のライン、無駄に角ばっていない外装だ。

 戦闘機というより、儀礼船と輸送艇の中間みたいな印象だった。

 けれど、その中身はきちんと実用的なのだろう。

 ナヴーピの地表と軌道を結ぶ足として、使い込まれている感じもあった。

 接続ブリッジが伸び、ジズゥがお迎えの白兎族の人に挨拶する。

『こちらのシャトルは、『ゼカタ』と申します』

 ジズゥがそう告げた。なるほど、名前が付いているということは、普段使いの機体ではなく、何か貴賓用機のようなものだろうか?と思った。

 結局、僕たちは簡単な乗り換え準備だけを済ませ、シャトル(ゼカタ)へ乗り込むことになった。

「青葉」

 乗り込む前に、僕は一度だけ振り返った。

『はい』

「地上に行ってるあいだ、そっちは大丈夫?」

『本艦の自己修復、再構成、監視は継続可能です』

「うん」

『加えて、白兎族側から提示された補助資材の候補一覧も受領済みです。弓良が地上にいるあいだも、修復効率は落ちません』

「……相変わらず、頼もしいね」

『当然です』

 青葉の返答は短い。

 でも、その短さに、少しほっとした。

 今の青葉は、もう墓場の中で死にかけていた巡洋艦じゃない。

 僕がいなくても、自分で考えて、自分で働ける――そのことを、少しずつ信じられるようになってきた。

「そっちは、任せるよ」

『了解しました』

 青葉の声は落ち着いていた。

『弓良たちの地上行動中、本艦は修復工程と広域監視を継続します』

「うん」

『ナヴーピにて、よい滞在を』

 その言い方が少しだけおかしくて、僕は思わず笑った。

「船に“よい滞在を”って言われるの、なんか変だな」

『必要な挨拶です』

 それだけ言って、青葉は静かに通信を落とした。


***


 シャトル(ゼカタ)の客室は、やっぱり『青葉』とも人類圏の艇とも違っていた。

 明るすぎない柔らかな照明で、暖色系の内装だった。

 緩やかな曲線で構成された壁面は、輸送艇なのに、どこか居室みたいな落ち着きがあった。

 僕は、窓際の席に座った。

 ブライアントはその斜め向かい、太郎は足元近くの小さな固定具の上に当然のように収まっている。

 ジズゥは、前方寄りの席につき、パイロットと一緒に、地上側との連絡を静かに始めていた。

「なんか、不思議だね」

 窓の向こうに見える『青葉』を見ながら、僕は小さく言った。

「何が?」

 ブライアントが聞き返す。

「『青葉』を置いて、別の船で地上に行くの」

 僕は、まだ、『青葉』から完全に離れることに慣れていない。

 船の外へ出るたび、少しだけ足場を失う感じがする。

 ブライアントは、少しだけ笑った。

「ようやく普通の旅っぽくなってきたってことさ」

「普通かなあ……」

「地球人類連邦の基準で普通じゃなくても、辺境じゃ、大体、こういうもんだ」

 その言い方は、相変わらず山師っぽくて、でも少しだけ頼もしく感じた。

 すると、太郎が会話に割り込んできた。

『太郎もいる』

「うん」

『かわいさ担当、警戒担当を兼任する』

「かわいさ担当は……いま必要かなぁ」

『必要』

『不要です』

 青葉が、通信で即答し、太郎がすぐ返す。

『青葉は冷たい』

『事実を述べました』

『事実でも冷たい』

 僕は、思わず笑ってしまった。

 緊張は消えない。

 でも、こういうやり取りがあると少しだけ楽になる。

『弓良』

 青葉が静かに告げた。

『地表での行動は、まず観察を優先してください』

「分かった」

『無理に“神子らしく”振る舞う必要はありません』

 その一言が、思ったより胸に残った。

 そうだ。

 向こうが何を期待しようと、僕は、僕として行くしかない。

「……ありがとう」

『はい』


***


 シャトル(ゼカタ)は、静かにドックから離れた。

 接続アームがほどけ、白いシャトルは軌道上のリングからゆっくり身を離した。

 その向こうで、『青葉』が白兎族のドックへ静かに停泊している。

 大きい。

 そして、少しだけ遠く感じた。

 窓の向こうには、ナヴーピの青い地上が広がっている。

 まだ知らない白兎族の暮らしが、その下にある。

 シャトル(ゼカタ)は、僕たちを乗せて、ゆっくり降下軌道へ入った。


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