第百一章 蔦の本体が成長する~ちょっと早すぎ?
僕が「そこなら、いいです」と言ったあと、クルーンたちの光が、目に見えて揺れた。
人間みたいに顔がほころぶ訳ではなかった。
口元が上がるわけでもない。
けれど、その光の明滅と、互いの位置の取り方だけで、彼らがほっとしているのが分かった。
そのとき、ジェプラと若葉が中央卓のあるラウンジに入ってきた。
通信の画面を見て、若葉が、ぽつりと言った。
「ひかってる……このひとたち、だれ?」
ジェプラが応える。
「若葉さん、驚かなくて大丈夫ですよ。まだ、わたしたちも今お話ししているところです」
ギラが応える。
『妖精みたいやろ? わいも今、だいぶびっくりしとる』
『未知種族。だが、現時点で敵性なし』
太郎が、そう告げると、ハチョキが『ブウ!』と鳴いた。
若葉が、そのやり取りを聞いて、小さく口を開いた。
「すむ?」
「うん」
僕は、若葉の方を見て頷く。
「この星に住みたいって言ってる」
若葉は、少しだけ考えてから、卓上のデルタ大陸の方を見た。
「おうち、いる」
「そうだね」
その言葉は、妙にまっすぐで、僕の中でも少し何かが定まった。
住む場所がいる。
それは、すごく基本的な話だ。
そのとき、最初に名乗った個体が、少しだけ前へ出た。
『ありがとう』
その一言は、とても素直だった。
打算や駆け引きの色がない。
だからこそ、僕は少しだけ、こちらの返事の重さをあらためて感じた。
扶桑は、まだ僕たちだけの拠点ですら、完全にはできあがっていない。
港も仮設、神子本部神殿も、ようやく“住み始めた”と言える段階だ。
軌道上の交易兼防衛ステーションは、まだこれからだった。
そんな星へ、いま、未知の異星人を迎え入れようとしている。
普通に考えれば、かなり無謀だと思う。
でも、あのガラXFIザAに星を侵されて逃げてきた相手へ、「まだ整っていないから、別の場所へ行ってくれ」と言う気にもなれなかった。
それに、クルーン自身が望んだのは、アルファ大陸側の豊かな土地ではなく、僕たちにとって扱いに困っているデルタ大陸だった。
それなら、たぶん、受け入れる意味はある。
ジェプラがぼそりと言った。
「追われて来られたのですね……それは、お気の毒です」
ブライアントも、僕の横で低く言った。
「条件は悪くない。少なくとも、こっちの生活圏と真っ向からぶつかる形にはならん」
「そうだね」
僕は、頷いた。
「デルタ大陸の再評価にもなるかもしれないし」
「“かもしれない”どころか、たぶんそうなる」
ブライアントはそう言ってから、卓上に出た扶桑の全球図を見た。
「問題は、こいつらの“住む”が、俺たちの感覚で言うどの程度の規模なのかだな」
そこが、たしかにまだ見えていない。
僕たちが家を建てて住む、町を作って住む、そういうイメージで考えると、クルーンは明らかにズレている。
光の妖精みたいなものが何体か浮かんでいるだけで、その背後にはあの巨大な蔦の塊があった。あれが船なのか、住居なのか、本体なのか、まだ全部は分からない。
青葉がすぐ横で、小さく声を落として言った。
「弓良、条件を整理した方がよいでしょう」
「うん。そうだね」
ブライアントも、低く言った。
「最初に曖昧にすると、あとで必ず揉める」
その言い方が、いかにも山師らしかった。
でも、たぶん、かなり本当なのだろう。
『そうやな。気の毒なんはそうやけど、住まわせる場所と条件は、ちゃんと決めとかなあかんで』
太郎も、ぼそりと言った。
『無条件受け入れ、非推奨』
扶桑は、もうただの“僕がなんとなく許可する場所”ではない。
神子本部神殿があり、若葉がいて、青葉がいて、ジェプラたちがいて、クルーン以前から、ここで暮らすものたちの共同体が少しずつでき始めている。
だったら、受け入れるにしても、しっかりと形にした方がいい。
僕は、卓上の扶桑全球図を、もう一度デルタ大陸側へ寄せた。
クルーンたちの光は、いまも標準通信の向こうでふわふわと揺れている。表情が読み取りづらいぶん、言葉を明確にした方が、たしかにお互いのためだ。
「クルーン」
僕が呼ぶと、最初に名乗った個体が少し前へ出た。
『うん』
「住んでもらうこと自体は、いいと思う」
その言葉に、光の妖精たちが少しだけ明るく揺れた。
でも、そこで話を終わらせずに、僕は続ける。
「ただ、僕たちもこの星に住み始めたばかりなんだ。だから、どのくらいの土地が必要なのかとか、どういう形で住みたいのかとか、そこはしっかりと確認したい」
その一言のあと、クルーンたちは、互いに少しずつ位置を変えた。
彼らの相談の仕方は、やはり少し独特だ。
人間みたいに“ちょっと待ってください”と言うのではなく、前に出る個体が入れ替わり、光の明滅が少しだけ重なり、配置そのものが会話になっているみたいに見える。
それから、別の一体が前へ出た。
『広い方がいい』
その返事は、妙に率直だった。
僕は思わず苦笑する。
「率直だなあ」
ブライアントが横で小さく言った。
「嫌いじゃない」
「僕も嫌いじゃないけど、もう少し具体的だと助かる」
僕がそう言うと、今度は、少し落ち着いた色の光を持つ個体が前へ出る。
『僕ら、ぎゅうぎゅうでも死なない』
その言い方が、また妙に独特だった。
『でも、根を伸ばす場所と、眠る場所と、シャドーマターが流れる場所は欲しい』
青葉が耳打ちする。
「まだ、翻訳が完全ではありません。しかし、意味は通っています」
「そっか……つまり」
僕は、卓上のデルタ大陸へ視線を落としながら言う。
「何か、植物のようなものを育てる土地と、その周辺に少し余裕が要るってこと?」
『そう』
その答えは速かった。
青葉が、すぐに補足を入れる。
「あの応答している妖精のような光は、おそらく、シャドーマターの仮想体です。本体は、あの植物体ではないかと思われます」
「え、そうなの?」
『そういう感じ』
光の妖精の言葉に、青葉が頷いた。
「植物体の成長規模と、周辺のシャドーマター流路再編を考えると、単純な“居住区画”ではなく、生体構造体の安定圏として一定の半径が必要なのだと思われます」
クルーンの個体が、青葉の方へ少し光を揺らした。
『そうそう』
「シャドーマターがどの程度必要かは分かりませんが、生体維持を考えると、最低でも半径十キロ前後は、直接干渉圏として見た方がよいでしょう。さらに、根域とシャドーマターの呼び込みを含めるなら、その外側に緩衝圏が必要です」
青葉はすぐに地図上へ円を描いた。
「半径十キロ……」
僕は、その円の大きさを見た。
広いけど、デルタ大陸全体から見れば、決して巨大すぎるわけではない。
ギラが口笛を吹くように言う。
『まあ、デルタ大陸やったら、別に取れん数字でもないか』
ジェプラは、少し真面目な顔で地図を見ていた。
「アルファ大陸側ではなく、デルタ大陸側を望むのでしたね? それなら……」
ブライアントが、そこで実務的な口調で言った。
「まあ、そういうことなら、最初から“デルタ大陸全部どうぞ”って話にはしない方がいい」
「うん」
「まず、限定的な使用許可。様子を見る。問題がなければ、居住継続を認める。必要なら範囲を広げる」
その整理は、かなり納得できた。
僕は、クルーンたちへ向き直る。
「土地の話だけど、最初から“あげる”というより、“使っていい”という形にしたい」
光の妖精たちが、少しだけ揺れる。
『つかう』
「うん」
僕は、言葉を選びながら続けた。
「人類風に言うと、租借に近いのかな。君たちがデルタ大陸の一部を使って住む。でも、扶桑全体の管理や安全については、僕たちも関わる。問題がなければ、そのまま住み続けていい」
その説明は、たぶんクルーンたちにとっては、完全に同じ概念ではないだろう。
でも、“住んでいいが、無条件の譲渡ではない”という線は伝わるはずだ。
今度は、少し細い光の個体が前へ出た。
『追い出される?』
その一言は、思ったよりまっすぐに胸へ来た。
ああ、そうか。彼らにとって、これはそこなのだ。
星を追われ、逃げてきた相手にとって、“住んでいい”と“いつでも追い出される”の境界は、たぶんとても重い。
僕は、少しだけ言葉を整えてから答えた。
「正当な理由がなければ、追い出すつもりはない」
クルーンたちの光が、少し静かになる。
聞いている、という感じだった。
「ただ、扶桑に住むなら、僕たちと争わないこと、他の住民や拠点に危害を加えないこと、デルタ大陸の外へ広がる時は、先に相談すること。そういう約束は必要だと思う」
ジェプラが、その横で静かに言う。
「共同体としては、当然のことですね」
そのあと、少し間を置いてから、僕はさらに付け足した。
「それと、もし君たち自身が、ここでは住めない、合わない、と思ったなら、その時は出ていく自由もある」
その条件は、僕自身にとっても大事だった。
受け入れる、ということは、囲い込むことではない。
クルーンが自分たちの意思でここを選び、ここに住み、ここから去る自由もあるべきだ。
それに、まだ説明することがある。
僕は、パネルを調整して、デルタ大陸で会ったあの大型の蜥蜴の画像を出した。
「まだ、調査中なんだけど、デルタ大陸には、惑星再生の際に、何かの情報エネルギーが残っていて、少し危険性があるかもしれない。何かあったら、僕達の方でも、対応します」
……僕は、この星が、普通の星でなく、古代種族の技術で再生された星であることを説明した。
クルーンたちは、その言葉を聞いて、話し合いしたようだった。
『それは、来て見て分かったから、だいじょうぶ』
『なにかあっても、自分で守れる』
『それより、囲われない?』
「囲わない」
僕は、首を振った。
「住んでほしい。でも、閉じ込めたいわけではない」
若葉が、そこでぽつりと言った。
「ためしずみ?」
僕は、少し驚いて若葉を見た。
「うん……」
その言葉が、さっき僕が頭の中で思っていたものと近かったからだ。
「そう。試し住み」
クルーンたちの一体が、その単語を繰り返す。
『ためしずみ』
さらに別の個体も。
『ためしずみ、する』
その言い方が妙に気に入ったらしく、いくつかの光が少し明るく揺れた。
『分かりやすいなあ』
ギラが、少し笑う。
『急に契約書っぽかったのが、だいぶ暮らし寄りになった』
「でも、たぶん本質はそっちなんだよね」
僕がそう言うと、青葉が頷いた。
「はい。暫定居住許可、という文言も必要ですが、実態としては“試し住み”です」
ブライアントが、少し肩をすくめる。
「言葉としては雑だが、内容は間違ってない」
クルーンたちは、また互いに少しずつ位置を変えた。
その相談の時間は、人間の感覚からすると、ほんの短い。
でも、彼らの中では、たぶんかなり多くのことが行き交っているのだろう。
やがて、最初に名乗った個体が、かなり落ち着いた光で言った。
『それでいい』
その返事に、僕は少しだけ安心した。
ブライアントが、横でぼそっと言う。
「話が早くて助かるな」
僕も少し笑いそうになった。
たしかに、そうだ。
租借とか暫定許可とか、僕たちはつい難しい言葉を使いたくなる。けれど、“試し住み”という一言で、クルーンの感覚ではだいたい伝わったのだろう。
青葉が、また耳打ちする。
「翻訳の関係で、口調が幼く感じられますが、かなり理知的な種族と思われます」
僕は、頷いた。
「じゃあ、こうしよう」
光の妖精たちが、静かにこちらを見る。
「クルーンは、デルタ大陸中央乾燥域の指定範囲に、試し住みの形で居住を認める。問題がなければ、そのまま継続して住んでいい」
青葉が、すぐ横で補助するように壁面へ文面を整えていく。
「クルーンは、扶桑の共同体に敵対しない。拠点や他の住民に危害を加えない。領域を大きく広げる時や、新しい植物体を増やす時は、先に相談する」
ジェプラが、静かに付け足した。
「神子本部神殿およびその周辺は、こちらの生活と儀礼の中心ですから、その周辺については特に尊重をお願いします」
クルーンの一体が、すぐに揺れる。
『そこ、近づきすぎない』
『必要なら言う』
「ありがとうございます」
ジェプラは、きちんと礼を言った。
「詳細は、住んでもらってからまた話し合おう」
『分かった。交渉成立』
光の妖精たちは、頷いたような感じに動いた。
***
すると、クルーンたちのうち、少し明るい緑を帯びた光の個体が、こちらの間を読んだみたいに言った。
『では、行きます』
その言葉は、あまりにも自然だった。
まるで、「では、そちらの部屋へ移りますね」くらいの軽さで言う。
「え?」
僕は、反射的に声を上げた。
まだ、詳しくはどう住むのか、説明を受けていない。
どのくらいの規模で、どうやって降りていくのかも分からない。
でも、クルーンたちは、そんなことはもう手順の中に含まれているとでも言いたげだった。
探査衛星の映像の中で、蔦の塊のような巨大構造体の一部が、ゆっくりと、しかし明確に、ほどけ始めた。
いや、“ほどける”という表現がいちばん近いだけで、実際にはもっと奇妙だった。
太い幹に見えた部分の一端が、するすると繊維状に分かれる。
その繊維が、単にばらばらになるのではなく、互いに絡みながら、一つの細長い塊へ再編されていく。
蔓、根、木質の柱、膜状の葉脈――それらが、まるで最初からそういうユニットだったみたいに、緩やかに、でも迷いなく分離していく。
その塊は、探査衛星の映像上では、まだ全体のほんの一部に見えた。
にもかかわらず、分離しただけで、かなり大きい。
「ちょっと待って、あれ……」
僕が言いかけると、青葉が静かに答えた。
「降下するようです」
「見れば分かるけど、そうじゃなくて!」
若葉も、驚いたような様子で言う。
「もういくの?」
ギラも羽を曲げた。
『早いなあ。決めたら即引っ越しやん』
僕は、映像から目を離せなかった。
蔦の塊の一部は、母体から完全に離れると、そのまま扶桑へ向けて軌道を落とし始めた。
推進器らしきものは見えない。燃焼光もない。ただ、形そのものが、落ちながら少しずつ変わっていく。
外層の膜が閉じ、内部の繊維束が密度を増し、地表へ突き刺さることだけを目的にした槍か種子のような姿へ変わっていく。
「種みたいだ……」
僕がそう呟くと、ブライアントが小さく頷いた。
「植物的文明ってやつかもしれんな。そういう種族の存在は、単なる空想上のものだったが……」
その言い方が、かなり正確に思えた。
クルーンたちは、依然として標準通信越しの光の仮想体の姿で、こちらと話している。
つまり、いま地上へ向かって落ちているあの蔦の塊は、“本体の一部”なのだろう。
しかも、おそらく、あれが降りて、根づいて、ようやく“住む”という行為が成立する。
僕たちは、扶桑の全球図をデルタ大陸側へ回し、落下予測軌道を重ねた。
クルーンが指定した場所――拠点とは反対側の、あの不毛のデルタ大陸中央部に近い乾燥域。
まさに、僕たちがついこのあいだ、大型蜥蜴型個体に襲われたあたりから、少し離れた位置へ向かっている。
「ほんとに、あっちへ行くんだ」
「ええ」
青葉は、穏やかに答えた。
「デルタ大陸は、我々にとっては危険と偏りのある土地ですが、クルーンにとっては、むしろ好適環境なのかもしれません」
その言葉の通り、クルーンの妖精たちは、どこか迷いがない。
彼らは、アルファ大陸側の海や森や河を羨ましがってはいない。
むしろ、シャドーマターが濃く、荒れた土地の方を、自分たちの場所として選んでいる。
それが、少しだけ、僕には不思議だった。
ジェプラも、呆れたように呟いた。
「行動が早いのは、少し羨ましいですね……いえ、今は感心している場合ではありませんが」
『降下挙動、監視継続』
太郎が告げるのに合わせて、ハチョキも『ブウ』と鳴いた。
***
蔦の塊の降下は、大気圏突入のような劇的なものではなかった。
もちろん、速度はある。
でも、燃え盛る火球みたいには見えない。
その代わり、周囲の空間をゆるく撓ませながら、ふわりと落ちていくように見えた。
青葉が、その挙動を見ながら言う。
「シャドーマターを使った超弦振動を介した減速制御を行っています。純粋な落下ではありません」
「だから燃えてないんだ」
「はい。構造そのものを保ったまま降りることを優先しているようです」
探査衛星の映像が、デルタ大陸の上空を拡大する。
赤茶けた荒野。
ひび割れた地表。
黒い岩場。
その中央へ向かって、緑っぽい木質の塊が、静かに、しかし確実に近づいていく。
そして、接地の瞬間は、妙にあっけなかった。
どすん、と地面へ落ちて土煙を上げる――そういうものを少し想像していたのに、実際には違う。
クルーンの塊は、地表へ触れたその瞬間、まるで土の方がそれを受け入れるみたいに沈み込んだ。
先端が、赤茶けた地面へ吸い込まれる。
同時に、表層の岩盤がひび割れるのではなく、するりと開く。
突き刺さった、というより、根を下ろした、という感じだった。何か、魔法のような技術を使っていそうだった。
「うわ……」
僕は、思わずそう漏らした。
次の瞬間、地表の反応が始まった。
最初は、小さな盛り上がりだった。
刺さった一点の周囲で、土が持ち上がる。
次に、その下から、緑っぽい木質の柱が伸びる。
それが一本で終わらない。
二本。三本――主幹みたいな太い柱の周囲に、細い蔓がいくつも巻きつきながら上へ走る。
しかも、その成長速度が異常だった。
「ちょっと待って」
僕は、ほとんど呆然としていた。
『ほんまに、えろう伸びとるな……』
ギラも驚いて羽を動かした。
「うん。これ、早すぎない?」
ほんとうに、早すぎた。
普通の植物の成長を、時間早送り映像で見たことがある。芽が出て、茎が伸び、葉が開く、ああいうものだ。
目の前で起きているのは、その延長に見えて、しかし、スケールも理屈もまるで違う。
蔓が伸びて、絡み合った。そして、太くなる。
さらにそこから、枝にも見える張り出しが生まれる。
その表面を、薄い膜が渡る。
またその膜の裏へ、新しい蔓が走る。
地中へ潜る根の束が、逆に地表へ押し上げた別の構造が、今度は塔の側面を補強するみたいに巻きつく。
『構造拡張、継続中。異常な成長速度』
太郎がぼそりと呟き、ハチョキもブウと鳴いた。
――何もなかった赤い荒野の中に、緑がかった木質の巨大構造が、するすると立ち上がっていく。
数分、十数分という単位で見ても、すでに十分おかしかった。
けれど、それは止まらない。
探査衛星の映像を時間圧縮ではなくリアルタイムで見ているのに、成長が“見える”のだ。
一本の柱ではなく、塔でもない。
生きた構造体の集積だ。
ギラがぼそりと呟いた。
『……なんやこれ、植物いうより建築やん』
「うん……ちゃんと構造があるみたいだけど……」
僕は、思わず頭の中に浮かんだ言葉を、そのまま口にしていた。
「……まるで、ジャックと豆の木みたいだ」
その比喩は、たぶん、いちばん近かった。
童話の中で、豆の木が一晩で空まで伸びる。
子供の頃は、それをただの物語として読んでいた。
でも、いま、僕たちは、異星の乾いた大陸の上で、宇宙船から分離した蔦の塊が、現実に千メートル級の木質構造体へ育っていくのを見ている。
ジェプラが感嘆したように言う。
「すごい……神話の樹のようです」
若葉がぼそりと呟いた。
「おっきい……」
ブライアントも、さすがに言葉を選びあぐねていた。
「……分類困難だな」
「そこ?」
「いや、そこ以外にもいろいろあるが……」
彼は苦笑した。
「とりあえず、人類圏の“建築”のカテゴリには入れたくない」
「僕も」
成長は、数時間も経たないうちに、はっきりと一つの巨大構造体として認識できる段階へ達した。
高さは、青葉の測定によれば、千メートル近い。
けれど、それを単に“高さ千メートルの塔”と呼ぶのは間違っている。
太さもある。
側面の張り出しもある。
途中に節のような空間がいくつもあり、上部はさらに枝分かれし、地中では根が広がっている。
つまり、あれは建物であり、植物であり、もしかしたら都市でもあり、その全部が一体化した何かなのだ。
その時、標準通信の光の妖精たちのうち、一体が、少しだけ誇らしそうな明るさで言った。
『これが僕達の本体。依り代』
その一言で、いろいろなことが繋がった。
いま、映像の中でこちらへ話しかけている彼らは、青葉の推測したように、あくまで仮想体なのだ。
そして、本当に“彼らが住み、存在し、根づく”のは、あの巨大な蔦の構造体そのもの。
「本体……?」
僕は、呟くように繰り返した。
クルーンたちは、光の妖精の形をしている。
でも、それが本体ではない。
あれは、あの巨大な依り代が、シャドーマターを使って作り出している仮想体なのだろう。
「つまり、いま喋ってるあなたたちは……」
僕が言うと、最初に名乗った個体が頷くように揺れた。
『僕たち、あなたのいう“豆の木”に宿っている、それぞれの意志』
その答え方は、やっぱり少し詩的だった。
でも、意味は十分伝わる。
青葉が頷いた。
「なるほど、彼らの植物体は、若葉のバイオコンピューターか機怪都市のような意志体を保持しうる構造なのかもしれません。構造的に、類似点がありそうです」
僕は、機怪天国の機怪都市で見た、巨大な樹木のような層構造を思いだした。なるほど、確かに、ちょっと似ているかもしれないと思った。
彼らの意志体は、デルタ大陸へ根づいたあの巨大な蔦の構造体の中にいるのか、あの蔦自体が本体なのだ。




