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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第VI部 拠点開発編

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第百章 温泉から上がる~蔦の民クルーン

 温泉から上がる時、僕は、少しだけ名残惜しい気持ちになっていた。

 最初は、機怪人形の身体で温泉に入るなんて、どこか変な感じしかしなかったのに、湯に浸かっているうちに、その違和感はだいぶ薄れていた。

 むしろ、肩から湯が離れていく時に、少しだけ物足りないような感覚まである。

「ほんとに、気持ちよかったな……」

 そう呟きながら、湯船の縁へ手をつく。

 外気が、湯の中にいた時よりひんやり感じられた。

 でも、それが嫌ではなかった。

 熱を持った身体に、夜の空気が触れていく感じが、いかにも“風呂上がり”だった。

 僕が先に露天風呂から上がると、岩の縁から脱衣所までの短い通路にも、ほんの少しだけ湯気が漂っていた。床材は濡れていて、灯りはやわらかく、外の夜気と建物のあたたかさが、そのあいだでちょうどよく混ざっている。

 脱衣所へ戻ると、木の匂いが少し濃くなった。

 籠。棚。手ぬぐい。鏡――。

 さっき入ってきた時より、全部が少しだけ“使ったあとの景色”になっている。

 僕は、湯で少し湿った髪――に見える外装のない分子機械層――へ手をやり、しばらくその感触を確かめた。

「外装、戻すか……」

 人間だった頃なら、ここで身体を拭いて、服を着て、それで終わりだ。

 でも今の僕は、外装の再展開をするだけだ。

 少しだけ、意識を向ける。

 すると、籠に入っていた、パージされた外装層が、音もなく肌の表面へ戻ってきた。

 その瞬間、また少しだけ変な感覚が走る。

 守られた感じ。

 でも同時に、湯の柔らかさから一歩だけ離れた感じもある。

「不思議だなあ……」

 思わずそう呟く。

 湯に入る前は、この外装を外すこと自体が妙に落ち着かなかったのに、今は逆に、戻すと少しだけ惜しい気がするのだから。

 そこへ、ジェプラが先に脱衣所へ戻ってきた。

 入浴着姿のままで、髪と耳の先に少しだけ水滴が残っている。

「弓良殿、どうでしたか?」

「どうって?」

「温泉です」

 ジェプラは、やっぱり少しだけ緊張した顔で聞いてくる。

 僕がどう感じたかを、ちゃんと知りたいのだろう。

「よかった……」

 僕は、素直にそう答えた。

「……思ってたより、ずっと」

 その瞬間、ジェプラの耳がぴんと立った。

「本当ですか!」

「うん。気分的なものもあるのかもしれないけど、ちゃんと“風呂に入った”感じがあった」

「それは、何よりです」

 ジェプラは、ほんとうに嬉しそうだった。

「神域は、祈るだけの場所ではなく、安らげる場所でもあるべきですから」

 その言葉が、妙にしっくりきた。

 神子本部神殿、拠点、おうち――いろいろな呼び方があるけれど、温泉まで含めて考えると、それらが少しずつひとつに重なっていく気がした。

 その時、若葉がぱたぱたと小さな足音を立てて戻ってきた。

 もうすっかり湯であたたまって、頬がほんのり上気したみたいな顔になっている。

 もちろん実際には人間と同じ意味での血色ではないのだろうけれど、それでも、そう見えるようにできているのだ。

「ねむい……」

 若葉が、開口一番そう言った。

 僕は、思わず笑う。

「そりゃそうだよね」

 青葉も、その少し後ろから静かに入ってきた。

 外装はもう戻している。けれど、どこか表情が少しだけやわらいでいる気がした。

「若葉は、今日は、すぐ休止状態へ入った方がよさそうです」

「賛成」

 僕が言うと、若葉は、こくりと頷いた。

「でも、またはいる」

「もう次の予定なの?」

 僕が少し驚いて言うと、若葉は当然みたいに答えた。

「おんせん、すき」

 それが、ものすごく単純で、ものすごくいい感想だった。

 ジェプラは、またしても見るからに嬉しそうだった。

「では、いつでも入れるよう、しっかり整えておきますね」

「ほんとに、そこは熱心だなあ」

 僕が言うと、ジェプラは少しだけ胸を張った。

「大事な設備ですから」


***


 脱衣所を出ると、外の夜風が、風呂上がりの身体へやさしく当たった。

 昼間より少し温度が落ちている。

 でも、湯上がりの身体にはちょうどいい。

 通路の向こうには、神子本部神殿の灯りが見えて、そのさらに向こうには、夜の海の気配がある。

 僕たちは、その短い渡り廊下を並んで歩いた。

 若葉は、もう少しふらふらした足取りで、でも満足そうに青葉の近くを歩いている。

 ジェプラは、その少し後ろで、若葉がちゃんとついてきているか、何となく見守るようにしていた。

 僕は、夜風の中で、一度だけ深く息を吸った。

 湯気の匂い、木の匂い、少し離れた海の匂い。

 それらが混ざって、扶桑の夜の匂いになっている。

「こういうのも、悪くないな……」

 僕が、ぽつりと言うと、青葉が横で静かに応えた。

「はい。扶桑の生活環境としては、かなり良好です」

「そこ、評価項目みたいに言うよね」

「実際、評価しています」

 その返しが青葉らしくて、僕は小さく笑った。

 ジェプラは、前を歩きながら、少し振り返った。

「弓良殿」

「うん?」

「また、皆さんで入りましょうね」

 その言い方は、ひどく自然だった。

 何かを期待させる感じでもなく、ただ、今日みたいな穏やかな時間が、これからも続いてほしいという響きだけがあった。

「うん」

 僕は、素直に頷いた。

「また入ろう」

 その返事を聞いて、ジェプラは、満足そうに微笑んだ。

 若葉は、半分眠そうな声で言った。

「つぎは、もっとおよぐ」

「温泉をプールにしないでね!」

 僕がそう言うと、若葉は、小さく笑った。

 神子本部神殿の入り口へ戻る頃には、さっきまで温泉の湯気に包まれていた時間が、もう少し遠いものみたいに感じられた。

 でも、それは消えたのではなく、ちゃんと今夜の記憶として、この拠点の中に残った感じだった。

 デルタ大陸のことも、資源のことも、軌道ステーションのこともある。

 けれど、そういうものと一緒に、この夜風と温泉の記憶も、たぶん、扶桑で暮らしていく感覚の一部になっていくのだろう。

「じゃあ、今日は、もう休もうか」

 僕が言うと、青葉が頷き、若葉はもうほとんどそのつもりの顔をしていて、ジェプラも静かに応えた。

「はい。よい夜になりました」

 その一言が、湯上がりの夜にはちょうどよかった。


***


 次の日、僕たちが本部棟の中央卓に集まった時、卓上の立体投影には、地上の拠点ではなく、扶桑の軌道上で進行している建設の様子が映っていた。

 黒い宇宙を背景に、白い巡洋艦『青葉』が、まるで巨大な工廠船みたいに静かに浮かんでいる。その周囲では、万物プリンターの出力光が何本も細く走り、そこから、ステーション用の構造材が、信じがたい速度で次々と吐き出されていた。

 ただの板でも、梁でもなかった。

 曲面を持った外殻フレーム、接岸用のリング構造、居住モジュールの骨格、制御塔の中軸――それに、もっと小型の、無人艦艇や監視衛星のユニットまでもが、ばかばかと出てくる。

 その様子は、工場というより、宇宙そのものへ建築物を描いているみたいだった。

「……相変わらず、見ていると、頭がおかしくなりそうな光景だよ」

 僕がそう言うと、青葉の機怪人形ボディが隣で静かに頷いた。

「軌道上では、地上よりも大型構造物の出力効率が高いため、いまのうちに主要骨格をまとめて作っています。交易兼防衛用ステーションの一次外殻、外部ドック、簡易蓄積槽、それに衛星群と無人艦艇の先行配備を並行しています」

 卓上の投影に、白い点がいくつも散った。

 衛星だった。

 それぞれが細い推進光を引きながら、扶桑を囲む軌道へ散っていく。

「監視衛星群、哨戒ドローン、簡易迎撃ユニット。いずれも最低限の自律行動能力を持たせています」

「最低限で、それ?」

「扶桑の防衛を考えるなら、もっと増やしたいところですが」

 青葉は、そこで少しだけ言葉を切った。

「万物プリンターによる出力は、やはり消費が大きいです。ですから、まずは“最低限、空が(から)でなくならない程度”を優先しています」

 その言い方が、妙に現実的で、僕は少しだけ苦笑した。

 軌道上では、既に青葉本体が仕事を始めていた。


 地上側では、その映像を見ながら、僕とブライアント、それに青葉の機怪人形ボディで、拠点の運営そのものへ直結する、資源の話をしていた。

 万物プリンターは、便利すぎる。

 便利すぎる、というのは、技術に対する賛辞であると同時に、少しだけ警戒を含んだ言い方でもあった。

 本当にいろいろなものを出せる。建材も、工具も、外装材も、通常ドローンの部品も、ある程度の設備も、理屈さえ通っていれば、ほとんど何でも形にできる。

 若葉の機怪人形ボディの時みたいな高精度器体形成になると、製造の負荷が重くなる。

 それでも“不可能ではない”という段階まで、既に僕たちは踏み込んでしまっている。

 しかし、便利すぎる機械というのは、だいたい、使う側に「その裏で何を食っているのか」を忘れさせる。

 今の扶桑で、万物プリンターが食っているものは、シャドーマターと、一部のエキゾチック物質だった。

 シャドーマターは、いまのところ、青葉が繊細な制御を使って周囲から集めている。

 扶桑そのものがシャドーマターの大河の支脈の中にある以上、原理的には、この惑星の周囲には必要量が“ある”。

 でも、“ある”ことと、“安定して使える形で取り出せる”ことは、別の話った。

 僕は、そのことを、歓迎会のあとに開かれた資源会議で、かなり具体的な数字として突きつけられたばかりだった。

 だから、その日の午後も、中央卓の上には、扶桑周辺のシャドーマター流量図と、エキゾチック物質消費ログが重ねて出ていた。

 ラウンジというより、もう完全に会議室だ。

 いや、神子本部神殿のラウンジ兼会議空間は、最初からそういう場所ではあるのだけれど、今日は特に、その“会議室”の顔が前に出ていた。

 僕の向かいにはブライアントがいて、その右に、機怪人形ボディの青葉がいた。

 そこから少し離れて、ギラが地上側の動線図を片手間に見ながら、こちらの会話にも耳を入れている。

 太郎は、少し後ろで、卓上投影に出ている数字を無言で見ていた。

 ハチョキは、こういう話の意味までは分からないのだろうが、なぜか会議に同席する気は満々で、卓の脚のあたりにいる。

 若葉は、今回は、呼んでいない。

 これは、難しい話だし、しかも今日の主題は、若葉の感覚や遺跡管理AIの知識よりも、実務と資源運用に寄ったものだからだ。

 若葉がいたらいたで、空気は和むだろう。でも、今日のこの議題は、たぶん、少しシビアな感じになるだろうから。

 青葉が告げる。

「扶桑の資源を持続的に利用するには、二つの取得手段を分けて考える必要があります。第一に、周囲から流入するシャドーマターを安定的に集積する施設。第二に、地中に眠る局所的な結晶や鉱脈を、必要に応じて回収する探鉱、採掘系です」

「つまり、シャドーマターの汲み上げ施設と、鉱脈探索は別物ってことだよね」

「はい」

 青葉は、いつもの淡々とした口調で答える。

「前者は、扶桑という惑星が“河の中にある”ことを前提にした流量設備です。後者は、地中条件と局所構造を利用する資源採取です。混同すると、設計も運用も失敗します」

「そうだね……」

 僕は、卓上の投影を見た。

 軌道上の簡易交易ステーション。

 将来の汲み上げ施設、蓄積槽、簡易外部ドック――一つひとつが、すべてシャドーマターを必要とする。

 つまり、供給を安定させる施設を作るために、供給が安定していない状態で、最初の負担を払わなければならないわけだ。

 そういう時に、“つなぎ”として使える地上資源があるなら、それはかなり大きい。

 僕は、中央卓の上に浮かぶ扶桑の半透明な球体と、その内外を走る青白い線を見ながら言った。

「でも、この星がシャドーマターの河の中にあるなら、そのシャドーマター・クリスタルの鉱脈はないだろうかって、考えるよね……」

 言いながら、自分でも、その発想があまりにも分かりやすいと思った。

 デルタ大陸では、シャドーマターと干渉しそうな地下反応を見つけた。

 あの乾いた不毛の土地が、資源的にはまったくの空白ではない可能性も、かなり高い。もう少し通常の意味での鉱脈として眠っていても、おかしくはない。

「……採掘したシャドーマター・クリスタルを、シャドーマターを汲み上げる施設を建設するまでのつなぎにできないかなって思うんだけど」

 ギラが、そこで椅子へ少しだらっともたれながら言った。

『そうやな。欲しいよな、上のステーション作るにも、結局、こっちの出力食うんやし』

 ブライアントは、その言葉にすぐ頷いた。

「つなぎとしては、有効だろうな」

 彼は、卓の上に指先で軽く触れて、表示を切り替えた。

 扶桑の全体図から、地下反応の予測分布図へ変わる。

「デルタ大陸だけじゃなく、アルファ大陸側でも、沿岸高地と地下水脈が重なるところに何かしらの偏りはある。大規模ではなくても、シャドーマター・クリスタルの小規模鉱脈くらいなら、出る可能性は十分ある。ただ、問題は、その鉱脈が“扱いやすい場所”にあるかどうかだな」

「デルタ大陸側の高密度反応帯が有力候補です」

 青葉が言う。

「しかし、そちらは惑星再生時の偏り、あるいは誤動作の影響を受けている可能性があります。安定供給源として即時活用するには危険が伴います」

「そうだな。結晶なら結晶で、採り方が悪いと局所流量を乱すし、資源だからといって、普通の鉱石みたいには、扱えないぞ」

 ブライアントが、腕を組んだ。

「他のエキゾチック物質も同じだ。あれば助かるが、手を出した瞬間に地下の構造や局所場を刺激する可能性がある」

「うん」

 僕は、頷いた。

 ブライアントがそういう時は、だいたい本当にその通りなのだ。

 便利そうだから掘る、使えそうだから持ち帰る――そういう雑な扱いができる資源ではないようだ。

 特に、シャドーマターやエキゾチック物質が絡むと、その“雑さ”はすぐに何かの歪みになって返ってくる。

「そういえば、他のエキゾチック物質の鉱脈はあるかな?」

 僕がそう聞くと、ブライアントが軽く顎を上げた。

「あるかもしれん」

「その言い方だと、あんまり自信なさそう」

「自信がないんじゃない。ありうる条件が多すぎて、絞りきれてないだけだ」

 彼は、いかにも山師らしい顔でそう言った。

「シャドーマター・クリスタルと違って、他のエキゾチック物質は、地質的な偏りの方が大きい。扶桑みたいに、惑星再生の途中で微細情報媒体素子が走り回っていたら、元からあったものと、再生時に偏って析出したものが混じってる可能性まである」

「うわ、面倒」

「面倒だ」

 ブライアントは、きっぱり言った。

「でも、面倒な星ほど、あとで太い資源が出る」

「それ、山師の偏見じゃない?」

「経験則だ」

 その返しが、妙に本気っぽくて、僕は少しだけ苦笑した。

「将来を見越して、資源探査は、続ける必要があります」

 青葉は、そう言って、さらに別の図を出した。

 扶桑の地下反応帯と、これまでの万物プリンター出力履歴、それに将来のステーション建設計画が、重なって表示される。

「しかし、ブライアントの言う通り、現実的には、地上で見つかる可能性のある小規模なシャドーマター・クリスタル鉱脈は、あくまで時間を稼ぐためのものと考えるべきです」

「メインの解決にはならない?」

「なりません」

 そこは、青葉は迷いなく言い切った。

「汲み上げ施設が完成しなければ、長期的な流量は安定しません。地上の鉱脈は、偏りがあり、枯渇もあり、採取コストも読みにくいです」

「そうなると、やっぱり当面は、軌道上の汲み上げ施設を優先するしかないか」

「はい」

 青葉が頷いた。

「そして、地上側は必要最低限の消費で回す。扶桑の拠点は、まだ“使うだけ使う”段階を終えたばかりです。これからは、流れを作る段階です」

 青葉がそう答えた、ちょうどその時だった。

 卓上の表示が、突然、一瞬だけちらついた。

 それは、照明が乱れたとか、電力が落ちたとか、そういう感じではない。

 もっと局所的に、しかも、中央卓の一部だけが、新しい情報へ強制的に切り替わった。

 青葉の表情が、わずかに変わる。

「注意してください」

 その声音だけで、場の空気が一段階、引き締まった。

「星系内に、突然、人工物が確認されました。バルクトランスファーと同じ種類の技術と推測されます」

 僕は、反射的に嫌な名前を口にしていた。

「また黒狼族?」

 デルタ大陸の件も、資源問題も、いろいろある。

 そこへ、さらに黒狼族だのガラXFIザAだのが絡んできたら、たまったものではない。

「いいえ」

 青葉は、すぐに首を横に振った。

「まったく異なる形状の物体です。ガラXFIザAでもありません」

 その言葉の直後、卓上に探査衛星からの映像が展開された。

 僕は、それを見て、思わず言葉を失った。

「なにこれ……」

 ほんとうに、そうとしか言いようがなかった。

 宇宙空間の黒を背景に、そこに浮いているのは、巨大な蔦の塊だった。

 金属の艦船ではなく、岩でもない。

 ただの植物の群れでもなかった。

 太い幹のようなものと、それへ巻きつく蔓があって、ところどころに膜みたいな薄い構造をしている。

 内部では、脈動が微かに光っている。

 全体としては、何か巨大な植物性の鳥の巣や植物で編んだ輪っかみたいなものを、そのまま宇宙へ浮かべてきたような姿だった。

 しかも、それは静止しているわけではない。

 じっとして見えるのに、細部では何かが絶えず少しずつ動いている。蔓の先がほどけては戻り、膜が呼吸みたいに収縮し、内部の光がゆっくり巡っていた。

「見たことないな。少なくとも、人類側でもグラブール人側でもない」

 ブライアントが、低く言った。

 その声には、警戒と、どうしようもない興味が半分ずつあった。

 彼みたいな山師にとって、未知の構造体は、たぶん危険と魅力が同じくらいにあるのだろう。

『なんや、今度はまた別口かいな。扶桑、人気出すぎやろ……ありがたくはないけどな』

 ギラも、羽をしぼめた。

「既知種族との一致はありません」

 青葉は、すでに通信窓をいくつか開いている。

「標準のプロトコルで呼びかけます」

 その言い方が、少しだけ安心感を与える。

 慌てて敵味方を決めつけない。

 まずは、標準プロトコル――つまり、既知主要文明に共通する、敵意なし、接触意思あり、応答可能かどうかの確認。そういう手順を、きちんと踏むということだ。

 通信が送られた。太郎がぼそりと告げた。

『通信待機。武装待機も可能』

 ハチョキも、小さく鳴いた。

『ブウ……』

 そのとき、別の窓から通信が入る。本部棟の別の部屋にいたジェプラからだった。

「未知の来訪者、ですか……神殿監察部へすぐ報告した方がよろしいでしょうか?」

「まあ、ちょっと待って」

 そのとき、青葉が告げた。

「応答がありました。現在、言語データと通信プロトコルをシェイクして合わせています」

 少しの間、何も起きないように見えた。

 ただ、探査衛星の映像の中で、その蔦の塊の表面を流れる光が、ほんの少しだけ変わったように見えた。

 そして、映像が出た。

 木製に見える何もない部屋に、淡い光がいくつも灯った。

 一つではない。二つ、三つ、四つ……いや、もっといた。

 その光は、ふわふわと位置を変えながら、互いのあいだで微妙な距離を取り、前後を入れ替えていた。

 僕は、それを見た瞬間、妙に既視感を覚えた。会話の主導権を、言葉ではなく配置で相談しているみたいだった。

 やがて、その光の一つが少し前へ出る。

 輪郭が、ぼんやりと人型になる。

 小さな羽がある。

 人間に似た形だ。

 でも、身体そのものは影みたいに曖昧で、輪郭が発光する光の塊の中に、ほの暗い芯があるようにも見える。

 妖精、という単語が、真っ先に頭に浮かんだ。

 そのうちの一体が、音声翻訳の向こうから言った。

『僕らは、クルーン』

 声は、澄んでいるようでいて、どこか遠かった。

 空気の振動というより、光の揺れがそのまま耳へ来ているような、不思議な響きだった。

 青葉が、すぐに小さく僕へ耳打ちする。

「我々が未確認の種族ですが、話しているのは、古代のマルモ人の系統の言語です」

「また妙なところだね……」

 僕は、小さく呟いた。

 古代のマルモ人――つまり、少なくともただの偶然でここへ来た連中ではない。かなり古い文明圏との接触履歴があるか、その影響を長く受けてきた種族だ。

 最初の光の妖精みたいな個体が少し下がり、別の個体が前へ出た。

『僕ら、元々、隣の銀河から他の種族について来た』

 その言い方は、簡潔だった。

 でも、言っていることは、かなりとんでもない。

「隣の銀河?」

 僕が思わず聞き返しそうになるのを、ブライアントが横で小さく制した。

 いまは、まず相手に喋らせた方がいい。そういうことだろう。

 別の光の個体が、少しだけ前へ寄る。

『その種族がいなくなってから、その星でずっと静かに暮らしてきた』

 また別の一体が、さらに付け足す。

『でも、静かじゃなくなった』

 その言葉のあと、光の妖精たちの背後に、別の映像が展開された。

 そこに映っていたものを見た瞬間、僕の奥歯が勝手に噛み合った。

「こいつら……」

 ガラXFIザAのバズギャン型機動要塞だ。

 映像の向こうで、紫黒く、ぬめった岩山みたいな巨大構造物が、見たことのない別の星の地表へ突き刺さっていた。

 大地が黒く変色し、周囲の構造が崩れている。植物なのか、都市なのか、判然としないけれど、少なくとも“そこに住んでいたもの”が、力ずくで押し潰されているのは見て取れた。

 バズギャン型機動要塞は、環境そのものを自分たち向けへ書き換えようとしているようだった。

 光の妖精たちのうち、今度は少し暗い光を帯びた一体が言う。

『このギザギザの連中が、僕らの星の大地を侵して、住めなくなったから逃げてきました』

 その説明は、感情的では、なかった。

 むしろ、妙に静かだった。

 でも、その静けさが、長い時間の諦めと痛みを含んでいるのが分かった。

 僕は、思わず苛立ちをそのまま口にしていた。

「こいつら、色々な所に侵略しているんだね……」

 ガラXFIザA――その種族は、本当に、見つけた場所を片端から自分たち向けに変えようとしているのかもしれない。

 扶桑のデルタ大陸だの、黒狼族との関係だの、そういう局地的な問題では済まない話だった。

『また、あいつら……』

 ギラが低く言った。

『ほんまに、色んなとこ食い荒らしとるんやな』

 ブライアントも、低く唸るように言う。

「厄介だな。わざわざ、炭素系の惑星を選ばなくてもよさそうだが……」

 クルーンの妖精たちのうち、最初に名乗った一体が、今度は少しだけ前へ出た。

『どうか、あなたの星に住まわせて欲しい』

 その言い方は、とても率直だった。

 回りくどい外交辞令も、こちらを持ち上げるような言い方もない。

 ただ、必要だから頼む、という声だった。

『この星系はシャドーマターが多い。荒れた土地でもいい。セ氏100℃以下で、酸素と土壌があれば』

 ジェプラが、通信で、少し目を見開く。

「セ氏100℃……」

『範囲、広いなあ』

 ギラが呟く。

 確かに、その条件の出し方が、人類のそれと少しずれている。

 温度、酸素、土壌――そして、シャドーマターが多いこと。

 ブライアントが、すぐに実務的な質問を返した。

「水は、いらないのか?」

 すると、別の光の妖精が、少しだけ不思議そうに揺れてから答えた。

『シャドーマターで作り出せるからいらない』

「なるほど……」

 僕は、思わず言葉を失いかけた。

 少なくとも彼らにとっては、水をシャドーマターで作り出せるのが、かなり普通の発想らしい。

 だったら、たしかに、彼らにとって重要なのは、水そのものよりも、シャドーマターにアクセスしやすい土地なのだろう。

 僕は、青葉とブライアントを見た。

 青葉は、まだ評価を慎重にしている顔だった。

 ブライアントも、すぐに「いいぞ」とは言わない。未知種族だし、しかも、見た目からしてかなり特殊だ。

 でも、敵意は感じない。

 むしろ、切迫している。

「……住まわせるのは、いいと思う」

 僕は、ゆっくり言った。

 その言葉を口にすると、少しだけ責任の重さが後から来た。

 扶桑へ、新しい住民を迎える。

 しかも、ただの移民ではなく、未知の異星種族だ。

 でも、目の前でガラXFIザAに星を侵略されて逃げてきた相手を、ここで拒む気にはなれなかった。

「ただ、どこに住んでもらうかは、少し考えたい」

 すると、クルーンの妖精たちは、何体かが少しずつ位置を変えながら、互いに相談しているみたいな動きをした。

 それから、そのうちの一体が前へ出る。

『ここらへんがいい』

 そう言って、映像内に投影された惑星儀で示されたのは、拠点の反対側にある不毛の大陸――仮称、デルタ大陸だった。

 僕は、思わず少し目を見開いた。

「デルタ大陸?」

 アルファ大陸側ではない。

 海があり、森があり、神子本部神殿がある、こちら側ではなく――あの赤茶けた乾いた大地の方を、彼らは指したのだ。

 別のクルーンが続ける。

『荒れた土地でもいい』

 さらに別の一体が、少し誇らしげに言う。

『むしろ、僕らには向いてる』

 その言い方を聞いて、僕は少しだけ納得した。

 彼らは、僕たちみたいに“住みやすそうな風景”を求めているわけではない。

 必要なのは、シャドーマターの豊富さと、酸素と土壌だ。

 そして、たぶん、広くて、少し荒れていても自分たちでどうにかできる場所なのだろう。

 ギラがぼそりと言った。

『よりによって、そこ行くんかい。まあ……あのへんやったら、こっちの生活圏とはぶつかりにくいけどな』

 ジェプラも通信で同意する。

「デルタ大陸ですか……神子本部神殿からは遠いですが、その方が、お互い落ち着いて始められるかもしれませんね」

「そうだね……」

 デルタ大陸なら、こちらの中心拠点からも少し離れている。

 未知の異星人をいきなりアルファ大陸側へ置くよりは、確かに、お互いの安全としても都合がいい。

 青葉も、そのあたりを同じように考えたのだろう。

 彼女は、少しだけ考えてから、静かに言った。

「こちらとしても、初接触の未知種族を拠点至近へ受け入れるよりは、反対側大陸の方が安全です。彼ら自身がそれを望むなら、合理性はあります」

 ブライアントも、小さく頷いた。

「デルタ大陸の再評価にもなるかもしれんな」

 それは、たしかにそうかもしれない。

 あの大陸は、不毛で危険で、地下に何かを抱えている。

 でも、だからこそ、クルーンと自分たちを呼んだ彼ら――おそらく、シャドーマターと親和性の高い種族――にとっては、逆に“住みやすい”のかもしれない。

 僕は、もう一度、卓上の地図を見た。

 アルファ大陸、神子本部神殿、海、そして、反対側のデルタ大陸――。

 たぶん、これは、扶桑が本当に“僕たちだけの星ではなくなる”最初の一歩なのだろう。

「分かりました」

 僕は、はっきり言った。

「そこなら、いいです」

 その瞬間、妖精たちの光が、少しだけ明るくなった気がした。

 人間みたいに表情を変えるわけではないものの、明らかに、ほっとしたような、喜んだような揺れ方だった。

『ありがとう』

 最初に名乗った一体が、素直にそう言った。

 その一言に、僕は、少しだけ肩の力を抜いた。

 まだ何も始まっていない。

 でも、ここから、扶桑はまた少し変わるのだろう。

 アルファ大陸側で、僕たちは、シャドーマター・クリスタルの鉱脈をどう探すか、エキゾチック物質の供給をどう安定させるかを話していた。

 その最中に、星系の外から、ガラXFIザAに追われた未知の異星人がやってきて、住まわせてくれと言う。

 しかも、行き先に選んだのは、僕たちにとっても扱いに困っているデルタ大陸だった。

 話としては、かなり急だった。

 でも、だからといって、それ自体を異常だと感じるほど急でもなかった。

 最近は、扶桑という星自体が、そんな風に、いろいろなものを抱え込みながら形になっていく場所なのだと、少し思っていた。

「……本当に、ここに来てからも、いろいろなことが起きるね」

 僕が小さくそう呟くと、青葉が静かに答えた。

「はい。ですが、今のところは、受け入れる価値のある変化だと考えます」

 その言い方に、僕は少しだけ笑った。

「青葉がそう言うなら、たぶんそうなんだろうね」

「慎重な評価です」

「うん。分かっているよ」

 そうして、僕たちは、デルタ大陸へ新しい住民を迎えることを決めた。

 まだ、その“本体”がどういう形で降りてくるのかも知らずに。

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