56.サボテンジュース
「レイナ様、本当に行かれなくてよかったんですか?」
「うん、いいの。後でジョアンナ様から一緒に町の様子を聞きましょ」
夜会の翌日、エイデンは朝早くからマルコと共に大国会議に出席していた。私はサンドピーク城下町見学ツアーってのに誘われたんだけど、ちょっと寝不足なのでジョアンナに一人で行ってもらった。
「ではバルコニーで、砂漠をご覧になりながらお茶にされてはいかがですか?」
ビビアンが手際よく紅茶とお菓子の用意をしていく。
「レイナ様、昨夜はエイデン様とお休みになられたようですね」
うわぁ。やっぱりバレちゃってる。
一緒に寝ているのを知られるのは恥ずかしいから、ジョアンナが起きる前にエイデンには自分の部屋に戻ってもらう予定だったのに……失敗した。
もうエイデンのせいよ!! エイデンがなかなか寝かせてくれないから寝過ごしちゃったじゃない。
エイデンが私の寝室から出るのをジョアンナにバッチリと目撃されてしまった時の恥ずかしさったらなかったわ。今夜は絶対、エイデンには自分の部屋で寝てもらうんだから。
「あら? 誰かいらっしゃったみたいですね」
来客は意外な人物だった。
「クリスティーナ様……どうされたんですか?」
「突然お邪魔してすいません。レイナ様とお話がしたかったので……一緒にジュースを飲みませんか?」
「これは……」
クリスティーナから受け取った瓶の中には、正直あまり飲みたくないような緑色のドロッとした液体が入っていた。
「サボテンジュースです。見た目よりおいしいんですよ。それに健康にもいいんです」
まぁせっかくなので……
クリスティーナとバルコニーに出て、一緒にジュースを飲むことにした。
うわぁ、すごい色……
グラスに注がれていく液体を見ながら何となく不安になってくる。
そもそもサボテンって飲めるの?
あのトゲトゲした緑色の植物を、一体誰が何のためにジュースにしようなんて思ったのか不思議でならない。
私がグラスに口をつけるのを、クリスティーナがじっと見つめている。
何かの罠じゃないわよね。
そう思いながらも、意を決して一口飲んでみる。
「えっ!? 美味しい」
粘りけがあるけど、味はスッキリしていて悪くない。
「よかったです。この国では一般的な飲み物なんですけど、見た目のせいか敬遠されることも多くって……」
「正直に言うと飲むのに勇気がいりました。でも想像と違って甘くて飲みやすいです。オレンジも入ってますか?」
クリスティーナが笑いながら頷いた。
「ええ。サボテンとオレンジと蜂蜜を混ぜて作ったんです」
どおりで甘くて飲みやすいわけだ。
「サボテンは食べても美味しいんですよ」
クリスティーナが楽しそうにサボテン料理について教えてくれる。その顔はいつもの裏がありそうな笑顔ではなく、心からこの会話を楽しんでいるように見えた。
「クリスティーナ様はサボテンがお好きなんですね」
「もちろん。サボテンはこの国の名産ですから」
クリスティーナがバルコニーの柵の向こうに広がる砂漠に目を向けた。
「私はこのサンドピークが大好きなんです。国は兄が治めますが、私もこの国の姫として国のために生きたいと思っています」
そう言ったクリスティーナの表情は、今までに見た彼女の中で一番凛としていて美しかった。
それにしても不思議よね。あんなに苦手だと思っていたクリスティーナとこんな風に笑ってるなんて。
二人でサボテンジュースを飲みながら、サボテン料理について語り合うのは思いの外楽しかった。
「でもよかったです。こちらに来るまで、レイナ様はお会いになってくださらないかと思ってました」
「そんなこと……」
と答えながらも、今回のような突撃訪問でなく、前もって会えるかと尋ねられていたら……仮病で断っていた可能性も否定できない。
答えに詰まってサボテンジュースを口にする。
「レイナ様はわたくしのことお嫌いでしょ?」
「……んっ。ごほっ」
口に含んだサボテンジュースが気管に入ってしまうところだった。直球の質問に、むせながらも慌てて否定する。
「そ、そんなことはありません」
「別に隠さなくてもいいんですよ。わたくしだってレイナ様のこと大嫌いですから」
これだけはっきり大嫌いと言われてしまっては、どう言葉を返したらよいのか分からない。
「だって仕方ないでしょ。わたくしはエイデン様のことが大好きなんですもの。なのにレイナ様のせいで婚約解消されてしまったなんて、許せませんわ」
「ごめんなさい」
頭を下げる私にクリスティーナが口元を緩ませた。
「ふふっ。冗談ですわ。わたくし、エイデン様のことはもうふっきれてますの」
「本当ですか?」
ふっきれていると言われてもねぇ。今までのクリスティーナの言動からはイマイチ信じられない。
「でも昨日こちらに到着した時も……」
わざとらしくエイデンにもたれかかっていたような気がするけど……
「あれはわざとですわ」
クリスティーナはあっさりと認めた。
「だってああでもしないと、エイデン様にあの軽蔑の眼差しを向けてもらえないじゃないですか」
ん? この人今何て言った?
「あの、クリスティーナ様? 今軽蔑の眼差しっておっしゃいました?」
「ええ。あの私を蔑むように見つめるエイデン様の瞳……思い出しただけでゾクゾクしちゃいます」
「はぁ……」
分かるような分からないような……だめだ、やっぱり分からない。
「クリスティーナ様は、エイデンに蔑んだ目で見つめられたいということですか?」
「ええ」
頰をほんのりと染めながらクリスティーナは恥ずかしそうに頷いた。
いやいや……そこは照れるところじゃないでしょ。
「わたくし、この美貌のせいで生まれた時から蝶よ花よと育てられていましたでしょ。にっこりと微笑んでさえいれば大抵のことは思い通りになったんです」
クリスティーナの言っていることは事実なんだろうけど……なんだかもやっとする。この感じ前にもどこかで……
そっか。ノースローザンヌでアダムと話していた時だ。顔がよくて小さい頃から人気がある人って、皆こんな風に人をモヤモヤさせるのかしら?
私のモヤモヤなど御構い無しに、クリスティーナの昔話は続いている。
「ですからエイデン様がわたくしとの婚約を解消したいとおっしゃった時は驚きました。この世にわたくしを欲しがらない方がいるなんて……」
「はぁ……」
「きっと何かの間違いだろうと思ってエイデン様に笑いかけた時の、あの虫ケラを見るような目……あの瞬間にわたくしはエイデン様のとりこになったのです」
もうどうつっこんでいいのかも分からない。クリスティーナがこんな姫だったなんて。
思っていたクリスティーナと違いすぎて言葉も出ない。
「エイデン様がレイナ様と婚約された時はショックでしたわ。ですから昨年、レイナ様と初めてお会いした時はお二人の邪魔をするつもりだったんです」
そうそう。あの時はクリスティーナがエイデンの元婚約者だと知って、ショックを受けちゃったっけ。
「それで晩餐会の時、わたくしとエイデン様が婚約した時なんて話題を出したんですけど……」
興奮しているのか、クリスティーナの声が徐々に大きくなっていく。
「あの時のわたくしを見るエイデン様の殺意のこもった瞳……最高すぎて、もう失神しちゃいそうでした」
「そ、そうなんですか……」
「わたくし気づいたんです。もしエイデン様がわたくしを好きになってしまったら、もうあんな冷たい瞳で見つめられることがなくなってしまうって。そんなの考えただけでも耐えきれませんわ」
なーんで私、こんな人にヤキモチ妬いてたんだろ。なんだかバカバカしくなってきちゃった。エイデンの蔑むような目が見たいためだけに、私の心を乱すのはやめてもらいたい。
「いいじゃないですか。わたくしがこんな話をしたのは親友のジャスミン様以外に初めてなんですよ」
クリスティーナは口元に手を当て、クスクスと可愛らしく笑った。
卑怯よね。そんな可愛い顔を見せられたら怒る気もうせちゃうわ。何だかんだで結局憎めない人なのよね。
「そうそう。そのジャスミン様のことなんですけど……」
そう言いながら、クリスティーナの顔が少し曇った。




