44.ノースローザンヌの夜会
さっすが、世界一の大国と言われるノースローザンヌの王宮!! 大きさも半端ないけど、きらびやかな内装や高級な調度品にうっとりしちゃう。
夜会の会場もとても華やかで、すでに多くの人が集まり楽しそうに談笑していた。その中にアダムと腕を組み入っていく。
うわぁ。アダムって、とっても人気があるんだ!?
令嬢達がアダムに向ける視線はとても熱い。
確かにアダムの顔は綺麗でとても整ってるもんね。
アダムの横顔をチラッと見ると、後ろに束ねられた髪からこぼれた一房のダークブロンドのおくり毛が、アダムの歩幅に合わせてゆっくりとゆれた。
「何だい?」
私の視線に気づいたアダムが微笑んだ。
「いえ、何でも」
アダムのおくり毛に色気を感じたなんて、口がさけても言えるわけがない。
「キャー!! アダムさまぁ」
突然黄色い声が聞こえ、可愛らしい令嬢達に取り囲まれた。アダムが彼女達に愛想よく応じながら私を紹介する。
あー、こういうのはエイデンの側にいるのと一緒ね。
こんな風に嫉妬や興味本位の視線を向けられることには慣れている。アダムに群がる令嬢はいつのまにか数を増やし、あっという間に私は輪からはじきだされてしまった。
まぁいっか。少し離れてアダムと令嬢達の様子を見守ることにしよう。
それにしてもアダムは本当にすごい。女たらしだとは聞いていたけどこれほどとは。アダムの吐く甘い言葉にとろけたような顔をする令嬢達を見ながら、これじゃ本当の恋人はつらいだろうなと内心苦笑してしまう。
これだけ令嬢達を夢中にさせていても、当のアダムの表情は特に変わらない。キャーキャー騒がれても調子にのる様子もなければ、迷惑がる様子もない。
こういったところは少しレオナルドに似ているかしら?
いつも穏やかな笑みを浮かべているレオナルドは、なかなか感情を表すことがない。アダムも同様に品のある微笑みにガードされて本心は読みにくい。その表情の変化のなさは、ある種の胡散臭さを感じさせるほどだ。
「失礼。君はアダムの連れかな?」
アダムと令嬢達の観察をしている私に声をかけてきたのは、私より年上であろう1組のカップルだった。
アダムによく似ているその男性は、水の力を持つ者特有の濃紺の髪色をしている。ということは、年からしてアダムの一番上の兄だろう。
「結婚おめでとうございます」
「ありがとう」
私のお祝いの言葉に嬉しそうに微笑み合うアダムの兄デイビッドと、婚約者であるアンジェリーナはとても幸せそうだ。
「兄さん、彼女は……」
取り囲んでいた令嬢をかきわけてやって来たアダムが私の事を紹介しようとするが、デイビッドが言葉を遮った。
「レイナ嬢からもう挨拶してもらったよ。全く……パートナーをほったらかしにして他のレディと話こむなんて感心しないよ」
正直ほっておかれたことは全く気にしていない。それどころか、一人の方が視線も集めないし気楽でいいと思ってるくらいだ。
「アダム様はとても素敵ですから仕方ありませんわ」
「あんまりアダムを甘やかさない方がいい。すぐ調子にのるんだから」
デイビッドの甘い笑みに、予期せぬトキメキを感じてしまう。なんだろう。見た目はアダムとあんまり変わらないのに、大人の余裕があるからかしら。なんだかデイビッドがとってもかっこ良く見える。
「兄さん、私は調子になんて乗りませんよ」
「おや、そうかい?」
アダムとデイビッドのやりとりを見て、アンジェリーナと顔を見合わせてクスリと笑った。
「じゃあまだ挨拶しなくちゃいけないところがあるから。レイナ嬢、楽しんでいっておくれ」
仲良さそうに寄り添って去っていくデイビッドとアンジェリーナは本当にお似合いだ。
「素敵なお兄様ですね。アンジェリーナ様ともすごくお似合いですし」
アダム?
アダムの瞳が今までにないほどに優しく、思わずどきりとしてしまう。もしかして、アンジェリーナ様のことを見てるの? アダムのアンジェリーナを見つめる瞳は、とても愛おしい、そう言っているようだった。
アダムってば、なんて顔してるのよ……
見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、どういうことなのだろうと疑問に思う気持ちがくるくると頭の中でまわっている。
アンジェリーナはアダムのお兄様の婚約者でしょ? そのアンジェリーナのことを好きだとしたら……ダメじゃん!!
「レイナ?」
アダムに声をかけられ思わずビクッとする。
私の顔をのぞきこんだアダムの表情は、いつもと変わらず感情のない笑顔だった。
「どうかしたのかい?」
「い、いいえ。なんでもありません」
アンジェリーナの事好きなの? なーんて聞けるわけがないもんね。
結局アダムはその後も色々な令嬢に捕まり、その都度令嬢達を蕩けさせていた。けれどどんな令嬢に寄ってこられてもアダムの笑顔は変わらない。私はと言うと、そんなアダムの様子が気になって気になって仕方がなかった。
あの時見たアダムの顔は見間違いだったのかしら?
夜会が終わっても私の頭の中はアダムの事でいっぱいだった。そのせいで寝つきは悪かったし、朝だというのに気分はスッキリしない。
そんな私とは反対に、アダムは今日も元気に変わらぬ笑顔を浮かべている。
「レイナが来てくれたおかげで助かったよ。やっぱり美人のパートナーを連れて行くのは気分がいいもんだね」
あれだけ沢山の令嬢達に囲まれておきながらよく言うわ。
「アダム様はとってもおモテになるみたいですから、私が恋人のフリなんてしなくても、いくらでもパートナーになりたい女性がいるんじゃありませんか?」
ちょっと皮肉めいた口調になってしまったけど、アダムは全く気にしていないようだ。
「そうだね。でも私に想いを寄せる多くのレディの中から、ただ一人を選ぶのなんて難しいだろ?」
なんだろ……すっごくイラっとする。
「適当に選べばいいじゃないですか。皆さんお綺麗なんですから」
「王太子である兄の婚約披露パーティーなんかに連れて行ったら、その子は自分が特別な存在だと勘違いするかもしれないじゃないか」
「ではお友達に理由を説明してお願いしてみてはいかがです?」
そして一刻も早く私を解放してほしい。
「残念ながら女性の友達はいないんだ」
「いないんですか?」
「女性達はどうしても私のことを好きになってしまうから、なかなか友達にはなれなくてね……」
真顔で答えるアダムにかける言葉が見つからない。
嘘ではないんだろうけど、なんだかなぁ……
そう思いながら昨夜のアダムのことを思い出す。アンジェリーナのことを愛しそうに見つめていたように見えたのは、やっぱり私の気のせいかもしれない。秘めた恋なんてアダムには全く似合わないし。
「どうしたんだい?」
急に黙りこんでしまった私にアダムが声をかけた。
「もしかして、私に見惚れてたとか?」
冗談っぽく言うアダムに何故だか、少しだけイラっとしてしまう。
「……デイビッド様とアンジェリーナ様の事を考えていたんです。本当にお二人はお似合いですよね」
もしアダムが本当にアンジェリーナの事を好きだとしたら、私ってかなり意地悪よね。
「そうだね」
アダムがいつもの微笑みでそう答えた。
っていうことは、やっぱりアダムはアンジェリーナのことを好きなわけじゃないのかしら?
「少し散歩しようか?」
アダムが唐突に立ち上がった。疲れてるけど散歩なら大歓迎よ。こんな立派な王宮なんだもの、きっと庭園も素敵なはず。
「うううう……さむいっ……」
期待した通りに立派な庭園なんだけど、これじゃ寒すぎて全然楽しくない。冷たい風に身が縮まってしまう。両手をもんで指先を温めるけど、全然温まらない。
またこの季節がきたのよね……このままじゃ私の誕生日までにフレイムジールに帰れそうにない。
誕生日にエイデンに会えないなんて……
でもフレイムジールにいても、エイデンは私の誕生日なんて興味なかっただろうし。側にいて誕生日を祝ってもらえないよりは、離れていた方がまだましかしら? まぁどちらにしても切ないことに変わりはない。
「心ここにあらずって感じだね」
寒そうに肩をすぼめながらアダムが言った。
「また冬がきたんだなって考えてました」
「そうだね……ところでレイナは何か私に聞きたいことがあるんじゃないかい?」
そう尋ねるアダムの顔は微笑んでいるが、瞳は鋭い光を放っている。もしかしたら私の頭の中を探っているのかもしれない。
「い、いえ。特にありません」
アンジェリーナのこと好きなんですか? なんてストレートに聞けるわけない。
「じゃあ私が話をしようかな。少し長くなるけどいいかい?」
もちろん構わない。フレイムジールに帰れない以上、特にすることはないのだから。私が頷いたのを確認してアダムは話を始めた。
「アンジェリーナはね……もともと私の婚約者だったんだ」
「へっ?」
しまったと慌てて手で口をおさえた。いきなりの爆弾発言に、すっとんきょうな声が出てしまった。
何それ? 元々はアダムの婚約者だったのを、デイビッドが奪ったってこと? そうだとしたら昨日見た3人の様子は穏やかすぎない? デイビッドとアダムは仲良さそうだったし。
というか、こんな重大なことを聞いてしまっていいんだろうか? 口は軽い方ではないけど、秘密にしておくには重すぎる。
「レイナは本当に素直だよね。考えてることが全部顔に出てるよ」
アダムが声を出して笑うので、慌てて手のひらで顔をおさえた。
「大丈夫だよ、心配しなくても。私とアンジェリーナのことは公然の秘密ってやつだから」
アダムがいつになく切なそうな表情を見せた。
「ただアンジェリーナ自身はそのことを知らないから、本人に言われると困るんだけどね」
「それって……?」
アダムが私を見つめ返して頷いた。
「ないんだ。その時の記憶がね」




