43.ノースローザンヌ
水の一族が治めるノースローザンヌ。この名前には聞き覚えがあるわね。
「やぁレイナ、久しぶりだねぇ」
やっぱりと言うべきか、馬車を降りた私を出迎えたのはアダムだった。自分がノースローザンヌにいると分かってから、アダムが関わっているだろうとは思っていたわよ。
でもなんで? 私はエイデンの叔母の所へ行きたかったのに。どう間違えたらノースローザンヌのアダム王子の城に着いちゃうわけ?
今すぐにでもアダムを問い詰めたい衝動を必死で抑え冷静を装う私に気づいているのか、アダムがクスクスと声を出して笑った。
「とりあえず城に入ってもらえるかな? 話はお茶でも飲みながらゆっくりしよう」
拒否して馬車に乗り込むことも可能だけど……長時間馬車で揺れていたせいでお尻と腰が痛い。少し休ませてもらってから出発することにしよう。
アダム王子がひいてくれる椅子に腰かけ、出されたお茶に口をつけた。
ほぅ……
暖かく甘い紅茶が疲れた体に染み込んでいく。
「長旅で疲れただろう? 今日はゆっくり休んだらいいよ」
「いいえ。すぐにお暇させていただきます。その前になぜ私達がここにいるのか説明していただけますか?」
アダムがカップを置き両手をテーブルの上で組んだ。
「君が婚約を破棄されて旅に出るという噂を聞いたんでね。傷心の君を慰めてあげたいと思って城に招待したんだよ」
余計なお世話よ。って言うか、なんでアダムが婚約解消の話を知ってるのよ? まだ正式に発表されてないはずなのに。さすがは世界一の領土と従属国を持つノースローザンヌの王子だけあって、他国の重要な情報を得るのも簡単ってわけか。
「あのエイデン王が君を手放すなんてね。やっぱりそれはエイデン王の記憶がなくなってしまったからなのかい?」
うっそぉぉ!! エイデンの記憶がなくなっちゃったことまで知ってるの? アダムってばフレイムジール城にスパイでも送り込んでるんじゃないでしょうね。
「な、何のことでしょうか?」
動揺してるのがバレてないといいんだけど。さぁ早くここから出ていかなきゃ。私はもうエイデンの婚約者じゃないけど、ここで私が何か問題を起こしたら国際問題になりかねない。フレイムジールとノースローザンヌの関係は良好だけど、フレイムジールの方が格下だってカイルも言ってたし。一刻も早く本来の目的地を目指したい。
「んー。行かせてあげたいんだけど、私にも事情があってね。しばらく付き合ってもらうよ」
「お断りさせていただけますか?」
「私はノースローザンヌの王子としてじゃなく、友人としてお願いしているんだよ。聞いてもらえるよね?」
口調は柔らかいけど、アダムのにっこりと笑った顔は断ることは許さないと無言で訴えている。
うーん。非常にマズイことになっちゃった。
「事情があるとおっしゃってましたが、どんな事情なのか聞いてもよろしいですか?」
「兄の結婚式が終わるまで、レイナに私の恋人のフリをしてもらいたいんだ」
「それは……えっ!? 恋人のフリ?」
アダムのお兄さんの結婚式ということは、両親であるノースローザンヌの国王夫妻をはじめ、この国のお偉いさんたくさんが集まるってことだよね? アダムは事もなげに言ってるけど、それってすごい事よ。そんな大層な行事に参加するなんて、考えただけで目眩がする。
「絶対に無理です!!」
「大丈夫だよ。ドレスなんかはこちらで用意するから」
私が心配しているのは、ドレスじゃない!!
「アダム王子がフレイムジール王の婚約者と交際してるってバレたら大変なことになりますよね?」
エイデンから婚約解消宣言されたとはいえ、まだ正式に手続きも発表されていないのだから私は書類上エイデンの婚約者のままなのだ。
「まぁちょっとした騒ぎにはなるだろうね」
「だったら……」
今すぐそんな考えをやめて、私を解放してくれー。
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
アダムは私の心の叫びなんて全く気づかないかのように、にっこりと笑った。前にも思ったけど、アダムの笑顔って胡散臭いのよね。頭では一体何を考えているのかよく分からない。
「すぐにバレると思います。だって私、アダム様を好きなフリなんてできませんから」
恋人のフリなんて絶対に無理だから。
でも結局アダムの大丈夫大丈夫という声に流されるかのように、いつの間にかゲストルームに案内されてしまった。
「ごめんね。私がもっとちゃんと帰るって言えればよかったんだけど……」
流されてしまうなんて、本当に情けない。
頭を下げる私を見て、ビビアンとミアが顔を見合わせ困ったような顔で笑った。
「こうなってしまったからには仕方ありませんし、とにかく何事もなくフレイムジールに帰れるよう頑張りましょう」
「まずは明日の夜会ね」
アダムから明日王宮で催される夜会に付き合うよう言われているのだ。その晩餐会で着るドレスを選ぼうと、アダムを先頭にゾロゾロと荷物を抱えた人物が部屋に入ってきた。
「とりあえず良さそうな物を色々持って来たんだ」
アダムが持って来た物を確認しているビビアン達をソファーに座ったままぼんやり見つめる。3人は運びこまれた大量のドレスから私のドレスを選んでいるようだ。
何だかビビアンもミアも楽しそうね……
あふっ。
大きな欠伸が出た。ここまでの長旅で少し疲れてしまったみたい。
少しだけ……
そう思いソファーに座ったまま目を閉じた。
まさか自分がフレイムジールを出てノースローザンヌに来ちゃうなんて、数日前には想像もつかなかったわね。そもそも婚約解消されちゃうことも想像外だったけど。
私がここにいることは、アダムがレオナルドに手紙で知らせたらしい。エイデンは心配してるかしら? それとも全く気にもしてない?
あーん。やっぱりエイデンに会いたいよ……
ふかふかのソファーに気持ちよく沈みながら、うとうととまどろみの中でエイデンを思った。
☆ ☆ ☆
「本当にアダム様のお見立ては素晴らしいですね」
ビビアンがアダムを褒めているのは、単なるおだてではないようだ。心からアダムに感心していることが、ビビアンの瞳の輝きを見れば分かる。
「今までレイナ様には落ちついた色は似合わないと思っていましたが、大人っぽくてとっても素敵ですわ」
「だよね。レイナには黄色系統の明るい色も可愛らしいけど、こういった色気が感じられるドレスもいいよ」
私が寝てる間に、アダムってば私の侍女達と随分打ち解けたみたいなんだけど……
昨日はちょっと目を瞑るつもりが、いつの間にか眠ってしまったらしい。目が覚めたら朝で、用意された朝食をとるやいなや時間がないと鏡の前に立たされた。
何着ものドレスを試着した結果、最終的にアダムが選んだのは緑色のドレスだった。私がよく着るフリフリドレスに比べてシンプルだが大人っぽい。
まぁ確かにドレスは素敵よ。一応変装の意味も込めてかなり濃い化粧をされたおかげで、6割増しくらい綺麗にもなっている。でもどんなに綺麗に着飾っても、やっぱり今夜の晩餐会は憂鬱でしかない。
「大丈夫だよ。夜会とは言っても内輪の会だから」
「そうは言ってもやっぱり緊張します」
なんてったって、今から行くのはノースローザンヌ王宮なんだから。基本的に偉い人に会うのは緊張するから苦手なのに、私の素性すらバレないように過ごさないといけないなんて。
しかも私はアダムの恋人のフリをしなくちゃいけない。うまくできるか考えるだけで緊張してくる。あーもう、心臓バクバクで気持ち悪くなっちゃいそう。
「アダム様、あの……私のことは恋人として紹介されるんですよね? でしたら偽名を使った方がいいんじゃないですか?」
「うーん……大丈夫だと思うよ。名前なんて誰も気にしないから」
「馴れ初めや私の事について聞かれたら、どう答えればいいですか?」
「その心配はないよ。どうせ一夜限りの恋人だと思われて、皆そこまで深い質問なんてしてこないから」
わーお。それだけ頻繁に付き合う女性が変わるってことなのね。いやだなぁ。私も皆から一夜の恋人だって目で見られちゃうのかぁ。
「レイナが相手なら、一夜限りで終わらせる自信なんてないけどね」
そう言ってアダムが私の手にそっと手を重ねた。色々あって忘れてたけど、アダムってば男前だったのよね。魅力的な男性の笑顔って破壊力があるわ。あんまりにもキラキラの瞳に見つめられていると……
「ぷっ」
思わず吹き出してしまって、慌てて口元を押さえた。
「ごめんなさい。私こういうのって慣れてなくて……」
「やっぱりレイナは面白いね。口説いてる時に笑われたのなんて初めてだよ」
笑いすぎたのか、アダムは目尻の涙をぬぐった。
本当はアダムの手が触れた瞬間、ドキッとしちゃったことは内緒にしておこう。
「でもレイナがあまりにそっけないと、本気で落としたくなるよね」
そう言って私にウィンクするアダムに、「やめてくれ」という気持ちを存分に込めた苦笑いをお返しした。




