42.喧嘩
「レイナ様、今日もご機嫌みたいですね」
「昨日のデートが楽しかったからかしら」
うふふふ。そうなの。ビビアンとミアの言う通り。私は今めちゃくちゃご機嫌よ。昨日の馬乗りデートも最高でした。
だってエイデンが優しいんだもん。かっこいいんだもん。
あぁ、幸せ。このままエイデンがもっともっと私を好きになってくれたらいいのに。
だけどまぁ、そう簡単に全てが思い通りになるわけないわよね。
珍しく昼間に時間ができたからとエイデンが会いに来てくれたところまではよかった。問題はそれからよ……
「何かあったのか? そんな地味な格好をして」
地味? 私はいつも通りなんだけど……
エイデンが眉を顰めている理由が分からない。
よくよく話を聞いてみると、基本的に夜中に会いに来るエイデンは私の寝る前のラフな格好ばかり見ていたから、普段の格好をよく知らなかったらしい。ネックレスや髪飾りなどを全く身につけていないことが不思議だったようだ。もし宝石がないなら、いくらでも買えばいいって太っ腹な事を言っている。
「ありがたいんだけど、私はあんまりジャラジャラつけるのって好きじゃないのよね」
夜会や食事会などオシャレしなきゃダメな時はもちろんつけるけど、普段まで肩がこるものは使いたくない。
「その割にはでかい石の指輪をいつもつけてるよな」
「だってこれは婚約指輪だから……」
「婚約指輪!?」
エイデンが目を見開いて睨むもんだから、思わずのけぞってしまった。
「おい。婚約指輪ってことは、俺がレイナに贈ったのか?」
「そうだと思うよ」
私自身に受け取った時の記憶はないけど、私の誕生日にエイデンがプレゼントしてくれたものだって聞いている。その時にエイデンが跪いてプロポーズしてくれたっていうんだから驚きよね。私は泣くほど喜んだらしいんだけど……あーあ。記憶がないなんて、本当に残念。
私の話を聞いたエイデンはケラケラと笑った。
「俺が跪いて求婚なんてするわけないだろ」
でもねぇ、私の有能な侍女が二人揃って言ってた事だから本当だと思うのよね。残念ながら確認したくても、今は二人とも別室だ。
まぁ今のエイデンを見てたら跪いて愛を乞う姿なんて全く想像できないわよね。でも記憶をなくす前のエイデンなら別よ。私の前に跪いてのロマンチックにプロポーズ……めちゃくちゃイメージできる。
「ロマンチックって何だそりゃ? レイナにとって記憶をなくす前の俺はそんなくだらない奴だったのか?」
エイデンは笑ってるけど、ロマンチックのどこがくだらないのよ。一応目の前にいるのも同じエイデンなんだから、ムキになって言い返すのも変な話なんだけど、やっぱり言い返したい。
「エイデンはくだらなくなんかないわ。とっても優しくて、格好よくて、笑顔がたまらなく素敵で……いつも私の事を助けてくれるヒーローみたいな人よ」
「……レイナ、その婚約指輪を今すぐ捨てろ!」
へっ? なんで今の会話の流れで、捨てるって話になるの? 全く意味不明だけど、エイデンのギラギラした目が怖い。
「捨てないわよ。さっきも言ったけど、これは大事な婚約指輪なんだから」
「そうか。捨てないならお前との婚約は解消する」
はぁ? やっぱり意味不明!!
「当たり前だろう。他の男からの贈り物を大事にするような奴を妻になどするか」
「ちょっと待ってよ。この指輪をくれたのはエイデンなんだってば」
「俺が覚えてないんだから、俺がやったものだとは認めん!!」
そんな無茶苦茶な。そんな理由で指輪を捨てさせるなんてどうかしている。
「さっさとその指輪を外せ!!」
イライラしたようにエイデンが私の左手に手を伸ばし、ぐいっと持ち上げるようにして引っぱった。突然の事に足がぐらつき、体ごとエイデンの広い胸になだれこむ。
「いたっ」
エイデンがあんまりにも強く私の左手首を掴むものだから、抵抗なんて全くできないまま薬指から指輪は引き抜かれてしまった。
無理矢理奪うなんてひどい!!
悔しさと悲しさでエイデンを睨む私を、エイデンもまた睨むように見つめている。絡み合った視線の先で、エイデンの瞳が一瞬熱を帯びた気がした。もたれかかった私の身体を支えるエイデンの腕に力が込められ身動きがとれない。
「レイナは俺の事が好きなんだろ? なら黙って言う事を聞いておけばいいんだ」
「何そ……んんっ」
エイデンの唇が私の唇に荒々しく触れた。
「やめて!!」
怒りで思わずエイデンを突き飛ばしていた。私の行動が予想外だったのだろう。押されてテーブルにぶつかったエイデンが痛そうに顔を歪める。
「何すんだ?」
「ご、ごめんなさい。でもエイデンが酷い事言うから……」
押した私は確かに悪い。でも黙って言う事を聞けばいいと言うエイデンはもっと悪い。
「もういい。婚約は解消だ」
「何それ? さっきから指輪捨てろだの婚約解消だの、訳が分からないわ」
「お前の言うエイデンは俺じゃないし、お前と婚約したのも俺じゃない」
いやいや、あなたですってば。確かに性格はだいぶ悪くなっちゃったけど、間違いなくあなたがエイデンよ。
「とにかく婚約は解消だからな」
泣いてすがったら考え直してくれるかしら? それとも謝りたおす? でもどちらもしたくない私はどうしたらいいの?
結局何も言えず婚約解消を受け入れるしかなかった。私の話を聞いて驚いたのはビビアンとミアだ。最近の私の浮かれた様子から、てっきりエイデンとラブラブモードになるだろうと気を利かせて退室してたら、まさか婚約解消だものね。
なんでそんな事になったんだと根掘り葉掘り聞かれてさぁ大変。私も話してるうちにエイデンの態度を思い出して腹が立つやら悲しいやら。
最近のエイデンは私にも触れるようになったし、絶対私の事を好きになり始めてると思ってたのに。とんだ勘違いだったわけよ。まさかこんなにあっさりと婚約解消されるなんて思ってもみなかったわ。
話を聞いた二人は仲直りしろって言ってるけど、どうやって? 今私が何を言っても火に油を注ぐだけのような気がする。いきなり不機嫌になったエイデンの考えが全く分からないんだから、機嫌のとりようもない。
日にちがたてばエイデンの機嫌もなおって冷静に話し合えるかもしれないという期待を胸に数日過ごしたけれど、状況は全く変わる気配がなかった。あの日から、エイデンに会う事すらできていない。
そしてそのままエイデンに会う事なく、私はしばらく城を離れることになった。誰から聞いたのか、婚約解消の話を聞いたエイデンの祖父ジョージがエイデンと距離を置くよう提案してくれたのだ。私もエイデンも、一人でゆっくり考えなさいと言うことらしい。
ありがたいことに、私の滞在先や馬車、護衛の手配は全てジョージがしてくれた。滞在先はジョージの娘でエイデンの叔母であるジョアンナのところだと聞いている。
私について来てくれると言うビビアンとミアと共に馬車で移動し始めてから数日目、外を見ていたビビアンが突然悲鳴のような声をあげた。
「レイナ様大変です。国境、国境です!!」
国境? って何それ?
ビビアンと同じ窓から外見ると、なるほど、馬車は高い塀と頑丈そうな門の前で止まっている。ということは、私は今フレイムジールを出ようとしてるってこと?
「ねぇビビアン? ジョアンナ様って方はフレイムジールの外にいらっしゃるの?」
「いいえ。そんなはずありません。もっと自由に暮らしたいからと王城は出ていかれましたが、国を出るなんてありえません」
じゃあ私は一体どこに向かっているの?
フレイムジールの国境であることを表す炎の絵が描かれた門をくぐり馬車は再び走り始めた。ここはどこの国か? 門を振り返るようにして眺めると……噴水の絵? 水しぶきのような絵が見える。
「水!? レイナ様、水です水。水の王国、ノースローザンヌです!!」




