39.友達とのひと時
「お久しぶりです、レイナ様」
出迎えた私を見てアイリンは満面の笑みを浮かべた。
大国会議の時に知り合ったアイリンとは、その後も手紙のやりとりなどで親しくしている。今回は4日後に行われる生誕祭のために、アイリンがフレイムジールにやって来たのだ。
「アイリン様お会いできて嬉しいです。色々お話したいことがあるんですよ」
「それはよかったです。わたくしもレイナ様とたくさんお話したいと思って、たくさんお茶菓子を持って来たんですよ」
アイリンが馬車を振り返る。見ると沢山の小箱が次から次へと運び出されてくる。
あれ全部お菓子なの!?
だとしたら甘党のレオナルドが大喜びするわね。
お花好きのアイリンに、まずは今一番綺麗な庭園を案内する。風にのってどこからか金木犀の甘くどこか懐かしい香りが漂ってくる。
「とても可愛らしいお庭ですね」
マーガレットの花の前でしゃがんだアイリンが花びらに軽く触れた。やっぱり美人と花っていうのは、とっても絵になる。
「でもよろしかったのかしら? エイデン様にご挨拶する前にこんな風に庭園を散歩させていただくなんて、やっぱり失礼でしたよね?」
「大丈夫ですよ。エイデンは今忙しいので、時間がとれる時に来ると思います」
アイリンは納得したみたいだけど、これは半分本当で半分嘘だ。エイデンは確かに生誕祭の準備で忙しい。でもアイリンに挨拶する時間くらいは自由にとれる。
ただアイリンが来る事を知らせた時に、生誕祭まであと4日もあるのにもう来るのかよ的な事言ってのよね……
エイデンの感じが悪かったらアイリンに悪いので、とりあえずエイデンに挨拶するのは後日にしてもらおう。
アイリンとは頻繁に手紙のやりとりをしているけど、エイデンが刺された事と私を忘れてしまった事は伝えていない。
エイデンが臣下の娘に刺されたなんて不祥事を他国に知られるわけにはいかないと、カイルが箝口令を敷いているのだ。
まぁ確かにフレイムジールの王が刺さされて重傷だなんて噂が広まってしまったら、国にとって不利益にしかならないわよね。
じゃあ私を忘れてしまった事は話してもいいのかというと、これもダメらしい。何で忘れたのかという説明をするのにも、刺された事を話さないといけないからだ。
私の表情から何かを感じとったのだろう……
アイリンが心配そうに私の顔をのぞきこんでいる。
「実は……その……私とエイデンは今ちょっと喧嘩中で……」
「まぁ、そうなんですか? ごめんなさい。わたくしったら知らなくて……」
こちらこそごめんなさい。これも嘘なんです。
大国会議の時に会ったアイリン達は、私とエイデンの間を流れる雰囲気の変化に気づいてしまうだろう。変に疑われないために、仲違いをしている事にして生誕祭を乗り切るようにというのがカイルからの命令だ。
親しくしてくれているアイリンに嘘をつくのは心苦しいけど仕方がない。
庭を軽く歩いた後は、アイリンの持って来てくれたお菓子を並べてお待ちかねのティータイム。気持ちの良い天気だし、今が見頃なダリア畑の中央にテーブルと椅子を用意してもらった。
「先程アイリン様よりいただいたケーキをお切りしますね」
「わぁ、おいしそう」
ビビアンが運んで来た巨大なケーキに目が釘付けになる。茶色の生地にクリームが巻き込まれたロールケーキが分厚く切り分けられ、私の前に置かれた。
「いただきまぁす。ん!! おいしーい」
柔らかなココアの生地も生クリームも甘すぎず、軽めでいくらでも食べられそうだ。その生クリームの中には、ごろっと大きな栗の甘露煮が入ってるのが、たまらなく美味しい。
「喜んでもらえてよかったです」
ケーキに夢中になっている私を見ながらアイリンがクスッと笑った。
「でもレイナ様が元気そうでよかったです。先程エイデン様と喧嘩中とおっしゃったので、心配しましたわ」
よかった。アイリンの事だから、喧嘩の理由や状況を根掘り葉掘り聞いてくることはないと思っていたけど、やっぱり聞いてこないみたい。詳しく聞かれたら、また嘘をつかなきゃいけないところだった。
別に喧嘩してるわけじゃないんだけど、どうしてもエイデンとの距離が縮まらないのよね……
少しでもエイデンの心を開かせたくて、毎日無理矢理散歩に連れ出しているおかげか、記憶が失われた当初よりもエイデンの笑顔は増えている。
二人きりで並んで庭園を歩くのはそれなりに楽しい。楽しいんだけど……すぐ隣にいるのに、エイデンがとても遠く感じるのはなぜだろう?
ねぇ、エイデン?
いつかあなたが私を見てくれる日ってくるのかな?
一人で先に城内へと戻っていくエイデンの背中に問いかけるたび虚しさに襲われる。
エイデンもこんな気持ちを経験したのかしら?
記憶を失くした私もこんな風にエイデンを傷つけていたのかもしれない。
バカね。もっと早くエイデンにたくさん愛情を伝えておけばよかった。今になってエイデンの愛情が欲しくてたまらなくなるなんて、本当に私はバカだ。
「レイナ様?」
アイリンの呼びかけで我に返った。
「アイリン様……」
アイリンの優しい微笑みに気が緩み、思わず涙が出そうになってしまった。全部話して相談できたらいいのに……
「アイリン様……どうすれば私はまたエイデンに好きになってもらえるんでしょうか?」
「また好きにって……えっ?」
私の問いかけにアイリンは困った顔をした。そんなにひどい喧嘩をしてるのかと心配しているようにも見える。でもさすがはアイリン。野次馬根性など全くない様子で何も聞いてこない。
「ごめんなさい、レイナ様。わたくしみたいな恋愛経験のない者が恋のアドバイスなんてできませんわ」
「でもアイリン様は先日の舞踏会でも大人気だったじゃないですか」
恋愛経験がないなんてご謙遜を。アイリンはアストラスタでの舞踏会で、多くの男性からダンスを申し込まれていたのを知ってるんだから。
「大人気って……そんなことありませんわ」
少し恥ずかしそうに笑うアイリンは、いつもよりも幼く感じて可愛らしい。
「そうだわ!! よろしければこれから生誕祭の夜会で着るドレスの試着をしませんか?」
自分には恋愛のアドバイスはできないけれど、ドレスやアクセサリー、髪型などオシャレについては任せて欲しいというアイリンはとても頼もしい。
「アイリン様が来てくれてよかった」
なんだろう。こうして楽しく話しているだけで、心が少し軽くなった気がする。
「エイデン様が見とれてしまうよう、わたくし全力でレイナ様をプロデュースいたしますわ」
その言葉通り、アイリンは私のドレス選びからアクセサリー、髪型に至るまで真剣に考えてくれた。そしてとうとう生誕祭当日になったのだけれど…… 鏡にうつる私は明るいオレンジ色のドレスを着て戸惑った表情を浮かべている。
「ねぇ、二人とも、やっぱりこのドレスちょっと露出が多くない?」
今までに着たことがないほど背中が広めにあいているドレスは、背中の風通りが良すぎてなんとなく落ち着かない。一生懸命考えてくれたアイリンやビビアンには悪いけど、やっぱり私はもっと布に包まれたい。
「何おっしゃってるんですか!! レイナ様の背中はシミひとつなくすべすべなんですから、もっと出してもいいくらいですよ」
「本当にとっても似合ってるわよ。エイデン様だってきっと喜んでくれるわ」
ビビアンもミアが大絶賛してくれたおかげで、何だか少し自信がわいてきた。鏡の中の私の顔も、緊張が抜けたのか穏やかな笑顔だ。
エイデンはなんて言うかしら?
綺麗だって言ってくれる?
考えただけでドキドキしちゃう。
「おい、用意できたか?」
ノックもなく部屋に入って来たエイデンの前でくるりと回ってドレス姿を披露する。
「……どうかな?」
「どうとは?」
「……ドレス着てみたんだけど……」
「ドレスなんて毎日着てるだろ。くだらない事はいいから行くぞ」
うわぁ……
こんなに綺麗にしてもらったのに、いつもとの違いも分からないとか?
ショックなのと、綺麗にしてくれたビビアン達に申し訳なくて言葉がでない。
ため息と共に部屋を出ると、先に廊下に出ていたエイデンが私を待っていた。エイデンが少し突き出した腕にそっと手をのせる。何だか視線を感じた気がしてエイデンの顔を見上げると、私を見つめていたエイデンとばっちり目があった。が、それも一瞬で、すぐさま顔ごとそらされてしまった。
顔を背けちゃうほど私と目があうのが嫌なの?
それでもヒールの高い靴を履いている私を気遣っているのか、いつもよりゆっくりしたペースで歩くエイデンに寄り添って夜会の会場に入っていった。




