38.散歩
フレイムジールでは炎の力が一番強い者が国王となる。
エイデンとレオナルドが産まれた時、炎の力を持つ者は前国王であるエイデンの祖父だけだったので、エイデンは産まれた瞬間から次期国王となることが決められていたらしい。
「祖父は王太子としてエイデンを厳しく躾けていました。それに加えて強すぎる炎の力のせいで周りからも避けられていたエイデンは、他人と親しくすることもなく育ってしまったんですよ」
だからエイデンは人との関わり方が分からず、口調や態度が攻撃的になってしまうようだ。
「私は後悔しているんですよ……」
テーブルの上に置かれたバケツカップに入ったアイスはすでに溶け始めている。レオナルドはその溶けかけのアイスを大きなスプーンでぐるんと混ぜた。
「私だけでもエイデンの味方でいればよかったんです。そうすればエイデンが孤独な子供時代を過ごす事もなかったんですから」
私を見つめるレオナルドの瞳がとても悲しくて、かける言葉が見つからない。
長い沈黙を破ったのはビビアンだった。
「仕方ありませんわ。あの頃はレオナルド様も……」
「それでも……それでもエイデンに優しい言葉くらいかけられたはずです」
ビビアンの言葉を遮り後悔を吐き出すようなレオナルドに、ビビアンはそれ以上何も言わなかった。
「攻撃的で皆から距離を置かれていたエイデンが変わったのは、レイナと出会ったからなんですよ」
「えっ!? 私に?」
ここで私の名前が出てくるなんて、思ってもみなかった。
私とエイデンの出会いの詳しい話は教えてもらえなかったけど、エイデンがどこか森の中に幽閉されている時に私達は出会ったというから驚きだ。幽閉生活が終わり、城に戻された時からエイデンは次第に他人に対して心を開き始めたんだとレオナルドが笑った。
「嬉しかったですよ。あんなに私を嫌っていたエイデンが笑顔で話をしてくれたんですから。いつかレイナを見つけた時のために、立派な王になるんだって言ってましたっけ……」
「私のために!?」
あー、もう。私ってばひどい。なんで何にも覚えてないのよ!!
「レイナ……」
今まで見たことのないほど真剣な眼差しでレオナルドが私を見つめている。
「どうかエイデンを見捨てないでやってもらえませんか?」
「見捨てるなんて……そんなことできるわけないじゃないですか」
私は何も覚えてないけど、エイデンが私と出会って変わったっていうなら、もう一度変えてみせるわよ。
「レオナルド様、私頑張りますから。頑張ってもう一度エイデンに好きになってもらいます」
何だろう。何だか急にやる気が出てきた。うん。大丈夫。きっとうまくいくわ。
「それって具体的に、どんな風に頑張るんですか?」
レオナルドのカップに紅茶のお代わりを注いでいたマルコが冷めた目で私を見た。
「それは……」
そういえば方法については全く考えてなかった。
「そもそもエイデンは、私のどこが好きだったのかしら?」
エイデンから愛の言葉を聞いたことはあるけど、私のどこが好きかまでは聞いた事はない。
「うーん。そうですねぇ……」
顎に手を当てて考えこんでいるレオナルドからは、きっと役に立つ意見は出てこないだろう。チラリとビビアンとミアの方に目をやると、二人ともさっと目をそらした。
おいおい……
誰か私の良いところをあげてくれ〜!!
「やっぱり……よく食べてよく笑うところじゃないですかね」
なんだそれ……
レオナルドは自分の答えに満足そうだけど、よく食べてよく笑っても、エイデンに好きになってもらえるとは思えない。
ちょっと待って!! よくよく考えてみたら、エイデンにもう一度私の事を好きになってもらうのって、ものすごーく難しいんじゃない?
「もしかしたら、エイデンの記憶を戻す努力をした方が早いかもしれないです……」
さっきまでの意欲はどこへやら。急に自信がなくなってしまった。
「レイナならきっとエイデンの心をもう一度掴めるはずです。期待していますよ」
なーんて事を言われちゃったら、とりあえずチャレンジしてみなきゃいけないわよね。エイデンの心を掴む前に、もう少し私の事を知ってもらわなきゃ。
っということでエイデンをデートに誘いに来たんだけど、やっぱり今日もエイデンの機嫌はすこぶる悪い。執務室に入った途端、あまりに鋭い眼光を向けられて怯んでしまう。
「何の用だ?」
「えーっとね……私散歩したいんだけど、付き合ってくれない?」
「はぁ? 何で俺がお前の散歩なんかに付き合わなきゃいけないんだ」
エイデンの嫌そうな顔に心が折れてしまいそう。でもここで負けたらダメよね。
「エイデンは私の婚約者なんだから、私の散歩に付き合うのは当然でしょ?」
我ながらめちゃくちゃな理由だと思うので、エイデンの返事を待つことなく腕に手を回した。
「さぁ、行きましょう。庭園で食べられるようにお弁当も用意してもらってるから」
「……はぁ」
心底面倒だと言わんばかりの顔をしながら、仕方なくエイデンは歩きだした。
外に出てまず向かったのは先日エリザベスに襲われた場所だ。デートには全く向かない場所だけど、私達がお互いを知り合うにはいい場所かもしれない。
「……こりゃひどいな……」
庭園の焼け跡を見ながらエイデンがポツリと呟いた。
本当に……こんなに焼けてしまったなんて知らなかった。
レオナルドから聞いた話だと、私が意識を失ってからもエイデンの炎は私を守るように燃え続けていたらしい。エイデン自身の意識が混濁していたこともあり、近づくもの全て無差別に焼き尽くそうとするもんだから、私達の救助は大変だったそうだ。
焼け崩れた塀を眺めるエイデンの表情からは、何の感情も読み取れない。
「エイデン……あの時は助けてくれてありがとう」
「なんだ? 皮肉か?」
まったくもう。エイデンったら、本当に捻くれてるんだから。
「エイデンは忘れちゃってるけど、エイデンが助けてくれなきゃ私は死んでたかもしれないわ。だから本当に感謝してるのよ」
しばらく無言だったエイデンがボソっと呟いた。
「……お前は……俺の力が怖くないのか?」
「力って炎の力の事? 別に怖くないわよ。守ってくれて嬉しかったしね」
やばい。もしかしてバレちゃったかしら?
疑うような視線を向けるエイデンに、頭の中が読まれたら困ってしまう。「刺されて意識が朦朧としてる中でも炎の力で私を守ってくれてたなんて、ロマンティックだわ」って思ってると知られたら、きっと怒鳴られてしまうよね。
じっと私の顔を見つめていたエイデンがふいっと顔を逸らし歩き始めた。
「あっ、待って!!」
急いで追いかける私に、エイデンが振り向いて手を差し出した。
「それ昼飯か? 持ってやるから貸せ」
「あ、ありがとう」
半ば奪い取るようにしてカゴを持ったエイデンの顔が、ほんのりと赤く染まっているように見えたのは気のせいかしら?
もしかして……お礼を言われただけで照れちゃったとか?
少し前を行くエイデンに小走りで追いつき、そっとエイデンの手に私の手を絡ませた。エイデンは突然の事に一瞬びっくりしたようだけど、手は振り払われなかった。
「は、腹が減ったから、さっさと歩いて飯にするぞ」
私を見る事なく歩き始めたエイデンの顔は真っ赤だ。
うーん。これはこれで、なかなかいいかも。胸がきゅんっと、ときめいてしまう。
今までのいつも余裕のエイデンも素敵だったけれど、私の言動に赤くなっちゃうエイデンも何だか可愛らしくてたまらない。
「はい、どうぞ」
満開のコスモスが見える場所にシートを引いて腰を下ろし、卵がたっぷり入った分厚いサンドイッチを手渡すと、エイデンがパクパクと気持ちが良いほどの勢いで食べていく。
よかった。食欲はあるみたいね。
「綺麗だな……」
目の前のコスモスを見つめながらエイデンが呟いた。
「……悪いな。その、お前の事を何も覚えてなくて……」
昨日も覚えてない事について謝まられたけど、あの時とは全く違って今日のエイデンは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「仕方ないわよ。死にそうだったんだし。それより刺された傷の具合はどう?」
エイデンが元気そうでつい忘れてしまいそうになるけど、エイデンは怪我人なのだ。
「これくらい大したことはない」
エイデンが言うと、強がりなのか本当に平気なのか判断がつかない。
「……こんな風にのんびり過ごすのもいいもんだな」
爽やかに吹き抜ける風がエイデンの赤い髪を揺らした。
エイデン……
何だろう。今無性にエイデンが愛おしい。
「エイデン……私、エイデンの事が好きよ」
「ばっ」
小さく馬鹿じゃないのかと呟いてそっぽを向いたエイデンの顔が今までに見たことないくらいに真っ赤で、私は思わず大きな声で笑ってしまった。




