37.お前は誰だ?
「お前は誰だ? ここで何をしてる?」
エイデンが冷たい声で再び怒鳴りつけた。
ベッドに体も顔も押さえつけられ、痛くて言葉が出ない。体をひねり動かそうとしても、エイデンの力は強くて身動きがとれない。
「きゃーっ!!」
異変に気づいて様子を見に来たエイデンの侍女が悲鳴を上げた。
「エイデン様、何をされているんですか?」
「何って……人の寝込みを襲おうとしたヤツを捕まえてんだ」
「エイデン様、よく見てください。レイナ様ですよ」
「レイナ? そんな奴は知らんな」
そう言ってエイデンは私を押さえる力を緩めない。
「陛下!?」
「エイデン!」
侍女が呼んだのだろう。駆けつけたカイルとレオナルドが目の前の光景に驚いて立ちつくす。
「レイナ!!」
「レイナ様!」
ミアとビビアンの悲鳴に近い声が聞こえ、やっとのことで体の拘束がとかれた。
「エイデン様、何をやっておられるのですか?」
「レイナ、大丈夫?」
自由になった私を抱き抱えるようにしながら、ミアがエイデンをにらみつける。
「カイル、こいつを牢にぶち込んどけよ」
「は? 牢ですか?」
「ああ。許可なく人の寝所に忍びこんだんだ。それくらい当然だろ」
冷たく言い放ったエイデンは、立ち上がろうとしてよろめいてしまう。
「大丈夫ですか?」
すぐさま飛んできたカイルがエイデンの体を支える。
「全く誰の差金か知らんが、こんな冴えない女を送り込むなんて馬鹿な奴もいたもんだ。こんな女の色仕掛けにひっかかる奴がいるわけないだろう」
エイデンの乾いた笑い声を聞きながら絶望を感じた私は、意識を保つことを放棄してしまった。
気を失ったまま朝を迎えた私は、カイルからツラい報告を受けることになる。
「じゃあ……エイデンが忘れてるのは私のことだけってこと?」
「……はい」
言いにくそうなカイルに何と返事をしてよいか分からず「そっか……」とだけ答えた。
「レイナ様が陛下の婚約者であることはきちんと説明してあります。お辛いでしょうが、今夜陛下と一緒に夕食をおとりください」
「……分かったわ」
少しほっとした顔でカイルは部屋を出て行った。
「レイナ様……」
振り向くと、ビビアンとミアが心配そうな顔で私を見つめていた。
「お風呂にでも入ってこようかな。昨日は倒れちゃったせいで顔も洗ってないし……エイデンに冴えない女って言われないよう、夕食までに綺麗にしなくちゃね」
今の私にできる精一杯の笑顔をむけると、二人は少し切ない表情で微笑んだ。
一日は長いようでとても短い。まだまだ時間があるから大丈夫だと思っていたのに、あっというまに夕食の時間がきてしまった。
「お待たせしてごめんなさい」
「ああ、待ちくたびれたぞ」
先に席に着いていたエイデンは、私を見てもにこりともしない。私には全く興味がないのだろう。私が座るのを待たずに先にワインを飲み始めてしまった。
ううっ。ビビアンとミアに手伝ってもらって、かなり綺麗にしてきたのに……
「あの、エイデン? 体の具合はどう?」
「傷は痛むが、まぁ問題ない」
「よかったぁ」
エイデンが無事で本当によかった。私の事をすっかり忘れられちゃってるのは悲しいけど、エイデンが元気ならそれでいいような気もしてくる。
「カイルから聞いた。お前は俺の婚約者なんだってな。悪いが俺はお前のことを全く覚えてない」
口では悪いと言いながらも、エイデンが全く悪いと思っていない事は態度から分かった。私を観察するように見つめるエイデンの瞳には、いつもの優しさも情熱もない。
エイデンは本当に私のことを覚えてないんだ。
そう実感して、悲しみが胸にこみ上げる。
「ところでお前は力が使えるのか?」
「力って?」
「伝説のガードランド王家の出なんだろ? 秘められた力とか使えるんじゃないのか?」
確かに私はガードランドの出身だけど、特に力は使えない。ガードランド王家固有の力は龍族の世界と人間の世界の境界線である竜の門を開ける能力なのよね。たとえ力が使えたとしても、もうガードランドも滅びてるし竜の門も存在しないんだから意味がない。
「チッ」
エイデンが忌々しそうに舌打ちをした。
「なんだって俺はこんな何の役にも立ちそうもない女と婚約なんかしてんだよ」
うっ。
何でエイデンは私なんかと婚約したんだろって私自身何度も思ったけど、エイデンから直接言われると結構傷つくわね。
私が記憶を失くした時、エイデンもこんな風に傷ついたりしたんだろうか……
「おい!!」
物思いにふける私を現実に呼び戻したのは、給仕係を呼ぶエイデンの不機嫌そうな低い声だった。どうやらグラスが空になっているのが気に入らなかったらしい。慌てた様子でグラスを満たしていく給仕係にエイデンは舌打ちをした。
エイデンってば一体どうしちゃったの?
たしかにエイデンには尊大な所はあったけれど、こんなに嫌なやつじゃなかったわ。私の知ってるエイデンは、口ではきついことを言っても、いつも思いやりをもって人に接していた。
記憶が欠けた分、性格まで変わっちゃったのかしら?
こんな調子じゃ二人での夕食は盛り上がるわけがない。さっさと食事をすませ部屋へと戻った。
うーん。困ったなぁ。エイデンがこのまま横柄で冷たい奴になってしまったらどうしよう。私のことを思い出さないにしても、せめてあの優しい表情を取り戻してほしい。
考えながらベッドに入ったからだろう。寝つきは悪いし朝もすっきり起きれない。気分は最悪だ。それでも無理矢理体を起こして伸びをすると、あふっと大きな欠伸が出た。
「おはようございます。ずいぶんお寝坊さんですね」
油断した……
私の豪快な欠伸を目撃したレオナルドがクスクスと上品に笑っている。
「レオナルド様、いらっしゃってたんですね……」
いるならいると早く声をかけてくれればいいのに。これ以上醜態を晒す前にと素早く起きて着替えをすます。私の準備が出来るのを待っていたかのようなタイミングで、マルコが朝食のパンケーキを私とレオナルドの前に並べた。
「マルコがこの時間にいるなんて珍しいね」
いつもならレオナルドがのんびりしている間、代わりにエイデンやカイルの手伝いに駆り出されているのに。
マルコが一瞬手をとめ、なんとも言えない冷たい表情で私を見つめ、黙々と朝食の用意を続けた。
前から思ってる事だけど、私はマルコに嫌われてるみたい。接する機会自体少ないけれど、会えば必ず冷めた目で見られている。
私のこと嫌いなの? なんて聞けないし、嫌われることをした自覚もないから、まぁいっか。そう思いながら目の前の分厚いパンケーキに手をつける。
「美味しそうですね」
嬉しそうにパンケーキにナイフを入れるレオナルドを見て思わず苦笑してしまう。これはもうパンケーキと言うよりも、生クリームの山だ。
「今日はまた一段とすごいですね」
レオナルドが甘いもの好きなのは知っているし、私も生クリームは好きだけれど、この生クリームの山には少しひいてしまう。見ているだけで胸がむかついてしまいそうだ。
「なんだか今日はいまいち気分が乗らないんですよ……」
山盛りの生クリームがレオナルドの口の中へと消えていく。大量にあった生クリームもあっと言う間になくなってしまった。
「マルコ、デザートにアイスを持って来てもらえますか?」
「えっ!? まだ食べるんですか?」
「もちろんです。甘いものは心を満たしてくれますから」
これって一種のやけ食いみたいなものかしら?
バケツサイズのカップでアイスを食べるレオナルドは幸せそうに見えるけど、何か嫌な事でもあったのだろうか?
「レイナは昨夜エイデンと一緒だったんですよね? その時エイデンはどんな様子でしたか?」
昨夜のエイデンの様子……
かなり横柄だし冷たかったとしか言えないわよね。
「それが私の気分がのらない理由ですよ。それにマルコがここにいる理由ですかね。あの状態のエイデンに付き合えるのはカイルしかいませんから」
ふぅっとレオナルドが大きなため息をついた。
「昔に戻ったみたいですよ」
「昔ですか?」
どういう意味だろう?
問いかけた私に、レオナルドが弱々しく笑いかけた。
「エイデンは小さい頃、非常に横柄で扱いづらかったんですよ。まさに今のエイデンのようにね」
レオナルドが昔を懐かしむように語り始めた。




