36.目覚め
キュルキュルルー
何が鳴いているの?
まどろみの中でもう一度、同じ鳴き声と微かな振動を感じた。その音の発信源分かり、バチっと目をあけ体を起こす。
「レイナ様?」
飛び起きた私を見て、ビビアンが驚いたように目を見開いた。
キュルルルルルー
動物の鳴き声のような奇妙な音が再び聞こえる。
もう。やだなぁ。
自分のお腹の音で目が覚めるなんて、どんな食いしん坊なんだと自分でもあきれてしまう。
「なかなかお目覚めにならないから心配したんですよ。すぐに食事をご用意いたしますね」
恥ずかしくて両手でお腹を押さえる私を見てビビアンは小さく笑った。
長く眠っていたのだろうか? 体が固まっている気がする。思い切り伸びをすると、縮こまっていた筋肉が引っ張られて気持ちがいい。
よかった。いつもと何も変わらない平和な朝……
「レイナ? どうかしたの?」
ベッドの上でぼぅっとしている私の顔を、ミアが心配そうにのぞきこんだ。
「なんでもないの。ちょっと怖い夢を見てたから……」
本当にひどい夢だった。爆破されたり追いかけられたり。エイデンまで刺されちゃうなんて、本当に嫌な夢……
どうしたのかしら? ミアがとっても悲しそうな顔で私を見ている。
「……夢……だったのよね?」
ミアは何も答えなかったけれど、その暗い表情で全ては現実なのだということが分かった。
じゃあエイデンが刺されたのは夢じゃなかったってこと!?
「エイデンは? エイデンはどこにいるの?」
「レイナ!!」
取り乱す私を安心させるように、ミアが背中をさすりながら何度も大丈夫だと繰り返した。私が落ちつくのを待ち、ビビアンがエイデンの部屋へと案内してくれる。
「レイナ……よかった。目が覚めたんですね」
私を見たレオナルドが、ほっとしたような柔らかな笑みを浮かべた。
「……エイデンは?」
レオナルドの横に立ち、ベッドに横たわっているエイデンの顔を見た。その表情は穏やかだったが、血の気はなく真っ白だ。
「出血が多くてかなり危険な状態でしたが、もう大丈夫です。今は眠っているだけで、命の心配はありませんから」
不安と絶望感に押し潰されそうな私を安心させるかのように、レオナルドの声はとても明るかった。
「よかった……」
安心したせいか、体中の力が一気に抜け絨毯の上に膝をついてしまった私を、レオナルドが抱き抱えるようにして椅子に座らせてくれる。
「レイナも丸2日眠っていたのですから、お腹も減っているでしょう? さぁ、向こうで一緒に昼食をとりましょう」
空腹の体に温かいものを……っと、料理長が用意してくれたのはクラムチャウダーだった。あまりの美味しさに、おかわりして4杯平らげ、満足して食後の紅茶を楽しむ。
「元気が出たみたいでよかったです」
私がお腹いっぱい食べるのを嬉しそうに見ていたレオナルドが、この悪夢のような出来事の詳細について語り始めた。
この事件の首謀者は、エイデンを刺したエリザベスという少女である事。エリザベスは前にも私に危害を加えようとして捕まったが、軟禁されていた部屋から逃亡していた事。記憶を失ってしまった私には全てが驚きだ。
「……それで、エイデンを刺したエリザベスって人はどうなったんですか?」
「無事捕獲しましたよ。今回は決して逃走できないよう、牢に入ってもらっています」
エリザベスだけでなく、私を襲った男達や、エリザベスに手を貸し城内に爆弾を仕掛けた者達も皆捕まったと聞いて安心する。
「エリザベス嬢はエイデンの事が本当に好きだったみたいですね……」
だからって邪魔な私を消そうとするなんて許せない。結局私を庇ったエイデンのことを刺しちゃったし最悪よ。好きな人を間違って殺しちゃったかもって、しっかり苦しめばいいんだわ。
「エリザベス嬢は捕獲したからいいんですが、エリザベス嬢の協力者が厄介で……」
私達の会話に口を挟んだのはカイルだ。エイデンが死にかけた事でカイルもダメージが酷かったのだろう。見たことがないほどに衰弱している。
カイルが言うには、前回エリザベスが城から逃亡した際エイデンは手を尽くして探させたらしいのだが、手がかりすら見つからなかったらしい。これは余程の人物がエリザベスに協力しているのではと思っていたところにこの騒ぎだ。
「協力者が誰だか分かったの?」
「はい。レイクスターのジャスミン姫です」
「は? 何で?」
思ってもみなかった名前に驚いて、変に高い声が出てしまった。
ジャスミンの事は知っている。大国会議に参加するエイデンについてアストラスタに行った時に会ったもの。
「どうしてジャスミン姫がエリザベスに協力なんてするの?」
「おそらくエイデン様の元婚約者、クリスティーナ様のためではないかと……」
ジャスミン姫はクリスティーナの信奉者だから、クリスティーナのために私を消したかったんじゃないのか?
そう言われたら確かに納得だ。アストラスタで会ったジャスミンはクリスティーナに心酔しているように見えた。
「それでジャスミン姫はどうなるの?」
「相手は他国の姫ですからね。今の状況でおいそれと捕まえるわけにはいきません。証拠も少ないですし……頭が痛いですよ」
カイルが大きなため息をついた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。二度とレイナに手は出せないよう、レイクスター王と話しておきますから」
レオナルドはそう言ってくれるけど、どうなることやら。はぁ……何だか色々あって頭がいっぱいだ。
「エイデンはいつ目が覚めるのかしら?」
「早く目覚めていただかないと困ります」
メガネをかけ直していたカイルが厳しい顔をする。
「陛下が刺されたなど、他国に知られるわけにはいきませんからね。生誕祭も予定通り行う予定です」
「いざとなったら私がエイデンの真似をすればいいだけですからね。何とかなりますよ」
レオナルドはカイルを励ましたくて言ったんだろうけど、何とか……なるような気が全くしない。
「せっかくなのでレオナルド様に陛下らしい振る舞いをビシバシ叩きこませていただきましょうか」
ニヤリと笑うカイルと、「えっ」っと呟いてすでに及び腰な様子のレオナルドに思わず笑ってしまった。
「ねぇ……エイデンの所に行ってもいいかしら?」
「もちろんです」
「早く目覚めるように、声をかけてあげてください」
レオナルドもカイルも喜んで送り出してくれたので、部屋を出てそのままエイデンの元へ向かった。
眠ったままのエイデンの手をそっと握ると、いつもは温かな手が今は指先までひんやりとしている。
「エイデン早く起きて。私、エイデンと話したい事がたくさんあるの」
ピクっと微かにエイデンの眉が動いた気がした。
もしかして聞こえてるの?
「エイデン!! エイデン、起きて!!」
もう一度、今度は少しだけ大きな声で呼びかけた。エイデンが、うっと苦しそうな表情をしながら目を開けた。
「エイデン……よかった……」
嬉しさのあまり寝ているエイデンに飛びつき、エイデンの胸に顔を押し当てる。
「エイデン……本当によかった……いたっ!!」
いつもなら抱きしめてくれるはずのエイデンが、何故だか突然私の手首をキツく掴んだ。そのままベッドに抑えつけられながら、両手首をひねりあげられる。背中を押さえられて身動きがとれない。
「誰だお前は?」
エイデン……どうして?
痛みで歪んだ視界の端に、恐ろしいほど冷たい瞳で私を見下ろすエイデンがうつった。




