40.悲しい夜会
エイデンの訪れを告げる声と共に会場はしんとしずまった。高い場所から会場に向け、エイデンが感謝の言葉と挨拶を述べているけど、内容は全く頭に入ってこない。
あぁ。やっぱりこんな風に皆の注目を集めるのって苦手だ。緊張して足がガクガク震えてしまう。
挨拶が終わり夜会が始まると、エイデンはまだ震えのおさまらない私を置いてさっさとどこかへ行ってしまった。エイデンと入れ替わるように現れたのはレオナルドだ。
「もうレオナルド様!! どこに行ってたんですか?」
本当ならレオナルドも一緒に壇上にあがらないといけないはずなのに、目立つのは苦手だからと身を隠していたのだ。
「そんな事よりレイナ……とても綺麗すぎて見惚れてしまいましたよ」
全くレオナルドったら、そうやって上手く話を逸らすんだから。っとは思いながらも、レオナルドに綺麗だと褒められると悪い気はしない。思わず顔が緩んでしまう。
「レイナ様」
名前を呼ばれ振り向くと、アイリンが父親であるアストラスタ王と共にこちらへ向かっていた。
「今日のレイナが素晴らしく美しいのは、アイリン姫のプロデュースのおかげだとお聞きしました。素晴らしいですね。レイナにとってもよく似合っています」
「あ、ありがとうございます」
レオナルドに見つめられたアイリンの頬が赤く染まっていく。
「エイデン様にも気に入っていただけたでしょうか?」
「あ、あの……それは……」
「どうしましょう。エイデン様のお気に召しませんでしたか?」
あーん、私のバカバカ。
これじゃエイデンが私を褒めてくれてないってバレちゃうじゃない。せっかくエイデンの心を掴むためにって、アイリンが色々手伝ってくれたのに。
「そ、その……エイデンは色々忙しいみたいで……」
さすがにエイデンは私に全く興味が無いからとは言えないし。私の視線の先では、エイデンが綺麗に着飾った令嬢達に囲まれて楽しそうに笑っている。あんな笑顔、エイデンが記憶を無くしてから初めて見たわ。
私といる時のエイデンは、いつも無表情か、眉間に皺がよった不機嫌顔ばかりだもの。
「あーあ……せめてあれくらいの笑顔を向けてもらえるくらいまでにはなりたいわ」
「まぁまぁそんな暗い顔しないでください。せっかくの夜会なんですから、レイナも踊ってきたらいいんですよ」
「躍るって言ったって……」
誰と踊れって言うのよ。私はレオナルドみたいにモテモテじゃないんだから。
「こっちをチラチラ見てる人がたくさんいるじゃないですか。レイナにダンスを申し込みたい人も中にはきっといるはずですよ」
思わず苦笑いが出る。
確かにチラチラと視線は感じるわよ。でもダンスを申し込みたい相手は、どう見ても私じゃないでしょ。
「皆さん、アイリン様にダンスを申し込む機会を待っておられるんでしょうね」
こちらをチラチラ見ている男性の視線は私ではなくアイリンに注がれている。そりゃそうよね。私が男だったら、どう考えても私よりアイリンと踊りたいわよ。
「では私がダンスを申し込みましょう。レイナ、私と踊っていただけますか?」
少しだけおどけた様子で差し出された手を、一瞬迷ってとろうとした瞬間だった。
「レオナルド、何してる?」
エイデンの低い声が聞こえて手が止まった。
「何って……レイナにダンスを申し込んでたんですよ」
「ほぉっ。俺の婚約者とダンスだと?」
「別にいいでしょう? 私達は双子なんですから。ねっ、レイナ?」
レオナルドが私に同意を求めてくるけど、正直双子であることって関係ないような気がして曖昧な返事しかできなかった。
「お前踊りたいのか?」
「え、ええ……」
「そうか……じゃあ行くか?」
私に向かってエイデンの大きな手が差し出された。
きゃー!! 本当にいいの?
結構ダンスも上手くなってきたし、踊れるものなら踊りたいと思ってたのよね。でもエイデンはこんな調子だし諦めてたんだけど……
エイデンと踊れることが嬉しくて、すぐにその手を握った。
どうしよう……ドキドキしすぎちゃって胸が苦しい。腰に回されたエイデンの手に意識が集中しちゃう。
「エ、エイデン。踊ってくれてありがとう」
「客人の相手にも飽きてきたところだから、ちょうどいい気分転換だ」
私を見つめるエイデンのチョコレート色の瞳からは、今日も感情が全く読み取れない。
でもなぜだろう? 私のことを嫌ってはいないことだけは分かるような気がする。エイデンの手の温かさや、私に触れる手の優しさは、記憶がなくなる前と全く変わっていない。
「そのドレス……」
エイデンが何かをボソッと呟いたが、音楽の音にかき消されてうまく聞き取れなかった。
「ごめん。何て言ったのか聞こえなかったわ」
「……なんでもない」
そう言って、エイデンは私の腰に回した手に力を入れた。
あっ。
より一層エイデンの体に密着して、体が固まってしまう。
どうしよ。こんなにガチガチじゃ、絶対エイデンにも緊張してるのがバレちゃってるわよね。なんだか恥ずかしくって、もうエイデンの顔を見てられない。
でもエイデンと踊れて嬉しい気持ちだけはいっぱい伝えたくて、繋いだ手に力をこめた。
それなのに、やっぱりエイデンは冷たかった。音楽が終わると同時に、私の手は振り解かれてしまったのだ。
「もういいだろ……」
そう言うと、エイデンは私を見ることもなく一人で歓談する人々の中へと戻っていく。
「な、なんで?」
まさかの置き去りにショックよりも驚きを隠せない。私、何かやらかしちゃったかしら?
ダンスは完璧だったと思うわ。もちろんエイデンの足を踏むなんてミスはやらかしてないし。あーん。エイデンが怒ってる理由がさっぱり分からない。
小さくため息をついて、ゆっくりとエイデンの後を追いかけレオナルドやアイリンの元へ戻っていった。
☆ ☆ ☆
「エイデンのバカ!!」
ベッドに叩きつけた枕が跳ね返り床へと落ちた。すぐさまビビアンが拾いあげ、ポンポンと枕のゴミを払う。
「もうそれくらいにして、こっちでお茶でも飲んだら?」
ミアがテーブルで呼んでるけど、お茶なんて飲みたい気分じゃない。
ベッドに倒れこみ、うつ伏せに寝ている私の頭にビビアンが優しく触れた。
「元気を出してください。エイデン様が他の方と踊ったのはショックかもしれませんが、一番最初に踊ったのはレイナ様なのでしょう?」
顔をベッドに埋もれさせたまま、頭を縦に動かした。
「でしたらそれでよしとしませんか? エイデン様がその方を好きだというわけではないのですから」
顔をあげることなく、今度は激しく首を横に動かす。
そりゃそうかもしれないけど。でもやっぱり嫌なのよ。私をダンスフロアに置き去りにしといてクリスティーナと踊るなんて、どうしても許せない。
しかもエイデンってば、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してクリスティーナと踊ってたのよ。私と踊る時にはあんなに無表情だったのに……うぅ、やっぱり考えれば考えるほど許せない。
私が何より許せないのは、エイデンと踊った後のクリスティーナの勝ち誇ったような顔かもしれない。
本当はクリスティーナには全く悪気などないのかもしれないし、私の嫉妬心がクリスティーナを悪者にしたがっているだけかもしれない。でも私にはクリスティーナが私を見て笑ったように見えた。あのバカにしたような笑みを思い出すたびに、クリスティーナと踊ったエイデンを許せなく思うのだ。
「でも、よかったわ」
何にもよくないじゃない。
そう思って顔をあげると、ミアもビビアンもなぜだかニコニコ顔だ。
「二人ともひどい!!」
私がこんなに悲しんでるのに、二人ともよかったと思ってるなんて。
「だって考えてみてよ。エイデン様が他の人とダンスをして嫌だと思うのって、レイナがエイデン様の事を好きってことでしょ?」
「記憶がなくなられたばかりの頃はエイデン様との結婚も迷っていらっしゃいましたし……こんな風にレイナ様がエイデン様の事を想ってらっしゃる姿を見れて私達は嬉しいんです」
二人ともそんな風に思ってたんだ。
なんだろう。ミアとビビアンの嬉しそうな顔を見てたら、体から毒が抜けたみたいにスッとした。
「さぁさ、いつまでもそんなところでグジグジしないの。後でエイデン様の部屋に誕生日のお祝いを言いに行くんでしょ?」
「あー、それは……やっぱりやめとくわ」
二人きりでエイデンの誕生日を祝いたくて、夜会が終わった後にエイデンの部屋を訪ねるつもりだった。だけど私より先にクリスティーナがエイデンを誘ってるのを見ちゃったのよね。なんか相談があるとかで、夜会が終わったら二人して消えちゃった。
「……やっぱりクリスティーナ様の方が美人だしスタイルもいいもんね….」
あれだけ魅力的な女性に言い寄られて悪い気する人なんていないわよ。って、ダメダメ。このままじゃ、また二人に心配かけちゃう。
「気分転換に顔でも洗うわ」
化粧を落とし、バスタブの中でゆったりしてナイトウェアに着替える。身が軽くなるのと一緒に、何だか少しだけ気分も軽くなった気がした。
寝室へ戻るとミアがお茶をいれなおしてくれていた。微かに金木犀の甘い香りがする紅茶をゆっくり味わう。
「レイナ様……」
部屋の入り口で誰かと話していたビビアンが私を呼んだ。見るとエイデン付きの侍女が扉の前に立っている。どうやらエイデンが私を呼んでいるらしい。
こんな時間に呼び出しですって?
申し訳ないけど、私はもう寝てましたって伝えてもらおう。
「エイデン様にお会いにならなくてよろしかったのですか?」
「うん。だってもうナイトドレスに着替えちゃったし。それに今会っても、エイデンに文句しか言えないもん」
「ほぉ……それで俺に嘘をついたと?」




