28.アストラスタへGO
「レイナ様、少し落ちついてください」
カイルに注意されても落ちついてなんていられない。はるばる来ちゃいました、アストラスタ!! 馬車酔いは酷いけど、私のテンションは上がりまくりよ。
アストラスタは自然が美しい国だって聞いてたけど、本当ね。窓の外に広がる風景は色鮮やかで、ずっと見ていても見飽きることがない。
「レイナ様、そんなに興奮していては到着する頃には疲れてしまいますよ」
「だってすっごく楽しみにしてたんだもの。 エイデンとの初めての旅行だし、嬉しくって……」
昨日はワクワクしすぎて眠れなかったくらいだもん。少しくらいはしゃがせてください。
私の隣に座っていたエイデンがふっと優しく笑い、私の顎を持ち上げた。
「エ、エイデン?」
当たり前のように顔を近づけてくるエイデンを必死で押し返す。
「い、いきなりどうしちゃったの?」
「レイナがあんまりにも可愛いことを言うからだろ」
エイデンが内緒話をするように、私の耳元に口をよせた。
「俺とキスしたくないのか?」
ぼっと顔が赤くなったのが自分でも分かった。エイデンったら、そんな色気のある声で囁くのは反則よ。
「やだ……恥ずかしいよ……」
狭い馬車の中、カイルとビビアンに見られながらキスするなんて、考えただけで身体から火が出るほど恥ずかしい。
「大丈夫だ。誰も見ていない」
エイデンの言葉にチラリと向かいの席の二人を見た。
えっ? 二人そろってまさかの寝たふり?
いやいや、不自然すぎるでしょ。思わず苦笑いが出てしまう。
「もぅ!! カイルもビビアンも起きてよ」
「私達のことは気にせず、思う存分いちゃついてください」
目を瞑り、やや前傾姿勢のカイルの口調は冷静だ。
「そう言われても……見られてるより、その不自然な寝たふりの方が気になっちゃうかも」
「ワガママな方ですね。じゃあじっくり見ててあげましょうか?」
「私はレイナ様とエイデン様が仲良くされているのが嬉しいです。私のことは気にせずどうぞ、キスでも何でもなさってくださいね」
寝たふりをやめた二人は、今度は口々に好き勝手言っている。でもどうぞって言われてもねぇ。困っちゃうじゃない。
「カイルもビビアンもそのへんにしといてやれ。レイナが困っている」
私の肩をぐいっと抱きながらエイデンがくくっと笑った。その手をよいしょと取り除きながら、エイデンと少しばかり距離をとる。
「エイデンが一番困らせてると思うんだけど」
べーっとしてみせると、エイデンがニヤリと笑い、もう一度私の肩を引き寄せた。
「俺はいいんだ。だってレイナは俺のものだろ?」
もうエイデンったら。
エイデンも私と同様に、少し浮かれているのかもしれない。滅多に表れない目尻の皺が、今日は表れっぱなしだ。
そんな感じで楽しくアストラスタ王宮に到着した私達は、早速女王夫妻と面会することになった。
事前にカイルに叩き込まれた世界各国御国事情によると、アストラスタは代々女王が治める国らしい。女王は大地を潤す力を持つとされ、豊穣の女神と呼ばれている。
アストラスタ王家に産まれてくる女性は、体内に力を持っていると言われているが、エイデンのように力を使うことはできず、豊穣の女神となる時にその力が解放されるみたいだ。
今私に優しく微笑んでくれている女王の髪は、豊穣の女神の力を持つことを象徴する色、鮮やかなオレンジ色をしている。
「エイデン様は会議の方へお越しください。レイナ様は、テラスにてランチをご用意いたしますのでそちらへどうぞ」
「私の婚約者はこういった場が初めてなもので……」
エイデンは私を知らない人達の中に放り込むことに不安があるようで、できれば侍女達と部屋で食事をさせたい事をやんわりと伝えている。
「ご心配には及びませんわ。わたくしの娘がレイナ様のお世話をいたします」
女王に呼ばれてやって来たのは、私と同じ年頃の女性だった。
「娘のアイリンです」
優雅に頭を下げるアイリンに思わず見とれてしまう。
わぁ、キレイな人……
シャープな顔立ちに、大きな瞳と、整った鼻筋。褐色の肌に、栗色のウェットヘアがとても似合っていて色っぽい。
「しかし……アイリン姫に迷惑をかけるわけには……」
エイデンは渋っていたが、結局女王夫妻に押し切られるように、私はランチの会場へ向かうことになった。
私が想像してたよりランチの場には人が集まっているようで、温かい光の差し込むテラスには、楽しそうな笑い声が響いている。
「レイナ様、緊張しなくても大丈夫ですよ。こちらにいるのは大国会議の参加者のお連れの方の中でも若い女性だけですから」
そう言われてもねぇ。やっぱり知らない人ばっかりの場所だし緊張してしまう。
「アイリン様、お久しぶりで……」
アイリンの訪れに気づいた女性が声をかけてきたが、私の姿を見て言葉を飲み込んだ。この女性だけじゃない。さっきまでの楽しそうな笑い声が全く聞こえなくなっていた。
皆の視線が私に注がれているのを感じて、急いで挨拶をする。挨拶はカイルにバッチリ仕込まれてるから問題なくできた……はずなんだけどな……
皆が扇子で口元を隠してヒソヒソと何かを話している。彼女達の視線から判断して、私に好意的な印象を持っていないことは明らかだ。
カイル鬼教官!! こういう時は一体どうしたらいいんでしょう?
カイルの顔を思い浮かべても、こんな時どうすればいいのか全く思い浮かばない。そもそも自分が嫌われている時の対処法なんて習ってないんだもん。
仕方がないので、何も気にしてないふりをして、にっこり微笑んでみる。
「レイナ様、こちらへどうぞ」
居た堪れない気持ちで、アイリンがすすめてくれた席へ腰掛けた。席からは美しい庭園がよく見える。
「素晴らしい庭ですね」
作り笑いではない、本当の微笑みが口元に浮かぶ。自分の置かれた厄介な状況が一瞬にして頭から消し飛ぶほどに、庭園の花々は美しかった。
「私の自慢の庭園なんですよ。よかったら後でご案内しますわ」
ぜひ……
私がそう答えるより先に、後ろから誰かの声が飛んできた。
「楽しそうですね。わたくし達もご一緒しようかしら」
「クリスティーナ様!? おいでだとは知りませんでした」
アイリンが振り向き、驚いたように高い声を出した。
「レイナ様でらっしゃいますね? エイデン様の婚約者の……」
なんて可愛らしい人なんだろう。まるでお人形みたい。
透き通るような肌にくりっとした瞳、すっとした鼻筋、きれいな頬骨……どのパーツを見ても、私が今まで会ったどの人よりもきれいだ。おそらく風の一族の力を持っているのだろう。深緑色の艶やかな髪の毛をしている。
「わたくしはサンドピークのクリスティーナと申します。そしてこちらはレイクスターのジャスミン姫です」
クリスティーナがにっこりと笑った。その笑顔があんまりにも可愛らしいもんだから、女の私でもドキッとしちゃう。
せっかくなので、クリスティーナとジャスミンも私とアイリンのテーブルに同席する事になったんだけど……
何だろう……なんかおかしくない?
クリスティーナが私にニコニコ可愛らしい笑顔を向けるその横で、ジャスミンは私に敵意のこもった視線を投げかけてくる。頼みのアイリンはというと、会話には加わるものの無表情のままで、感情が全く読み取れない。
これだけでも結構しんどいのに、私の背後のテーブルからはヒソヒソしたナイショ話のようなものが聞こえてくる。
あー、もう勘弁して!!
「……よね、レイナ様?」
クリスティーナが私を見てるけど、返事なんてできない。考え事をしていたせいで、全く話を聞いてなかったのだ。
「婚約指輪を見せていただけますか?」
どうやら私の結婚の話をしているらしい。指輪くらいいくらでもと、左手を出し薬指にはめられた指輪を見せた。
「素敵な指輪ですね」
少し切ない表情でクリスティーナが微笑んだ。その憂いを含んだ表情は、また一段と美しい。
「本当にエイデン様と結婚なさるのね……」
クリスティーナが泣きそうな声で呟いた。いや、すでに涙が溢れているのかもしれない。クリスティーナの目元がキラキラと光って見える。
「ご、ごめんなさい。わたくし気分がすぐれなくて……」
顔を伏せるようにしてクリスティーナが席を立った。
「本当にごめんなさい。アイリン様、レイナ様、また夜の舞踏会でお会いしましょう」
クリスティーナはジャスミンに支えられるようにしてテラスを出て行った。かと思うと、ジャスミンが真っ赤な顔をして席に戻ってきた。見るからに怒っている。
「あなたには思いやりや、気遣いというものがないんですか?」




