【エイデン視点】サンドピークにて
はぁ……
これで何度目だろうか。流れる景色を見ながら思わずため息が出た。
「ため息をつくのはやめてください。私まで憂鬱になるじゃないですか」
馬車に同乗しているレオナルドが顔をしかめた。
「仕方ないだろ。イラついてるんだから、ため息くらいつかせろ」
そう言って、もう一度わざとらしく大きなため息をついた。
「そんなにイライラするほど離れるのが嫌ならば、レイナを連れてくればよかったんですよ」
「それができればよかったんだがな」
それができなかったから、ため息がとまらないのだ。
「まぁエイデンの気持ちも分かりますけどね。レイナもエイデンの元婚約者がいると分かれば、いい気分はしないでしょうし」
「元婚約者って言っても、あの女とは国のために結婚の約束をしただけだ」
だいたい俺が希望したわけでもなく、勝手に決められていただけで相手の女の名前も顔も覚えちゃいない。
「レイナには、サンドピークに連れていけない理由を正直に伝えた方がよかったんじゃないですか? クリスティーナ王女の事を隠していても、いつかレイナの耳に入るかもしれないんですから」
クリスティーナ?
あぁ、俺の元婚約者はそんな名前だったのか?
レオナルドの言うことも、もっともだ。下手に誤魔化そうとしたせいで、レイナに酷い事を言ってしまった。レイナが俺のために妃修行に励んでいると知っていたのに……
だけどレイナにはサンドピークに元婚約者がいるから連れて行きたくないという本当の理由を言いたくはなかった。
もし本当の理由を言って、レイナが俺を嫌いになったらどうするんだ? もし俺から離れていってしまったら? 俺にはレイナしかいないのに……
ガタンと馬車が揺れ現実に戻される。砂漠に近づくにつれ道が悪くなっていた。もうしばらくしたら馬車を降り、ラクダへと乗り換えるのだ。横を見るとレオナルドは腕を組んだまま眠っている。
もうすぐサンドピークか……
見えてきた広大な砂漠を前にすると、自分の悩みも自分の存在さえもちっぽけなもののように感じた。
☆ ☆ ☆
「素敵な結婚式でしたねぇ」
サンドピーク王太子の結婚式が終わり、レオナルドと二人でパーティ会場に入る。式はとても盛大で、王太子とその婚約者はとても幸せそうだった。
「エイデンが式の間に考えていたことを当ててみせましょうか?」
俺の顔を見ながらレオナルドがニヤリとした笑みを浮かべた。
「自分の結婚式でレイナに着せるドレスについて考えていたでしょう」
まじかよ!?
思わず口に入っていたシャンパンをふいてしまいそうになった。平静を装う俺を、レオナルドは楽しそうに見ている。
「もっと言えば、レイナにはもっと可愛らしいドレスが似合うなって感じのこと考えていたんですよね?」
なんだ、こいつ……エスパーかよ。
レオナルドには知られたくないが、全くその通りのことを考えていた。動揺を悟られぬよう、ゆっくりとぐらを口に運ぶ。それでもさすがは双子、図星だと気づいたのだろう。レオナルドは愉快そうに笑っている。
「たしかにレイナには、今日の花嫁さんのようなタイトなドレスより、フリフリした可愛らしいドレスの方が似合うでしょうね」
クールに振る舞いながらも、頭の中では思い切り頷いた。
そうそう。レイナには大人っぽいドレスより可愛らしいのがいいに決まっている。レオナルドもよく分かってるじゃないか。
「私はレイナには、ミニのドレスを着てもらいたいですね」
「はぁ?」
何だよ、ミニって!?
思いもよらない言葉に、レオナルドをまじまじと見た。
「レイナの足首、あれは出した方がいいですよ」
「レオナルド、お前……まさかの足フェチかよ」
「足フェチってほどじゃありませんよ。ただレイナの足首は、きゅっとしているのにほどよい筋肉がついてるのがたまらなくいいですよね」
レオナルドの奴……人の婚約者の足について、何を真剣に語ってんだ。
真面目な顔をしてレイナの足首について語るレオナルドには苦笑しかない。その時会場に音楽が鳴り、兄弟二人の楽しい会話は終了した。
「いよいよだな……」
緊張と憂鬱の入り混じった感情で、サンドピーク国王夫妻の登場を待った。
「いやー、二人ともよく来てくれたねぇ」
俺達に声をかけてきたサンドピーク王、エメリッヒはとても上機嫌だ。
「相変わらず二人とも、顔は本当にそっくりだ」
俺とレオナルドを交互に見ながらエメリッヒ国王は笑っている。
「レオナルド、久しぶりねぇ。元気そうでよかったわぁ」
エメリッヒ国王の隣にいた王妃が、レオナルドに向かってにっこりと微笑んだ。
相変わらず俺の事は無視かよ。まぁ分かってたことだけど……
レイナをサンドピークに連れてきたくなかったのには、この母親に会わせたくないからという理由もあった。
優しいレイナのことだ。俺が母から無視されているのを見たら、きっと傷つくに違いない。
少し距離をとり、国王と王妃である母、レオナルドが楽しそうに話しているのを見守る。小さい頃からこんな事は慣れているはずだが、何だか居心地が悪い。結局最後まで、母は俺を見る事すらなかった。
「ふぅ」
「レオナルド、久しぶりの再会は感動したか?」
国王夫妻が離れた途端、大きなため息をついたレオナルドは困ったように笑った。
「会うたびにサンドピークで暮らせと言われるのは、正直面倒くさいですね」
小さい頃から異常なほど過保護に育てられたレオナルドは母に苦手意識を持っている。
「本当に極端な人ですよね……」
俺とレオナルドに対する母の態度の違いのことを言っているのだろう。レオナルドの母を見つめる顔は悲しみに満ちている。
「仕方ないさ」
双子でも産まれた時から力の大小で、置かれた状況が全く違っていたのだから。
ああやはり、サンドピークになど来たくなかった。
っと、俺の沈む気分など全く気にせず1人の女性が話しかけてきた。
「エイデン様、レオナルド様、お久しぶりです!!」
誰だ、この女?
深緑色の髪をしているということは、風の一族ってことか?
「クリスティーナ王女、お久しぶりですね」
レオナルドがにこやかに挨拶をする。
ほぅ、これがクリスティーナか。自分の元婚約者だというのに、顔を見ても全くピンときやしない。
クリスティーナが声をかけてきたことで、他の令嬢達も次々に声をかけてくるようになり、すぐに多くの令嬢にとり囲まれてしまった。
やけに甘い声を出したり、上目遣いで見てきたり……本当に鬱陶しい。彼女達がダンスに誘ってほしいと思っているのは明白だが、俺はレイナ以外と踊るつもりなんて毛頭ない。
「エイデン様、よかったらわたくしと踊っていただけませんか?」
しびれをきらしたのか、クリスティーナがやけに甘ったるい声で俺を誘った。
ふぅ……
心の中で一つため息をつき、とびきりの笑顔を浮かべた。
「申し訳ありませんが、私は婚約者としか踊らないと決めていますので……」
クリスティーナが納得いかないという顔をしているが、無視だ無視。他の令嬢達は期待を込めた瞳をレオナルドに向け、誘いを待っている。
「私は今日こちらに来る時に階段で足を捻ってしまって……こんなに綺麗なレディ達を踊りに誘えないなんてとても残念です」
同じようにとびきりの笑顔を彼女達に向けているレオナルドを呆れた気持ちで見つめた。
「お前怪我なんてしてないだろ?」
「ああでも言わないと、諦めてくれないでしょう」
やっとの事で令嬢達を追い払うことに成功し、二人で静かにシャンパンを飲む。
「踊ってやればいいじゃないか?」
「お断りですよ。もし1人でも踊ったら、全員と踊るまで解放されませんからね」
「あれだけいたんだ。1人くらい好みの令嬢がいただろう?」
レオナルドが少し考え込んだ。
「好みですか……自分でもどんな女性が好みか、まだよく分からないんですよね」
「……じゃあ好きな足首で決めてみたらどうだ?」
俺としては冗談のつもりだったのだが、レオナルドが目を輝かせた。
「それなら私はレイナの足首が一番好きですよ」
「なんだそれは。いくら言ってもレイナはやらないからな」
「残念ですね」
レオナルドは声を出して楽しそうに笑った。




