29.私の利用価値
「え、えーと……」
思いやり? 気遣い? それって一体何の事?
聞き返したいけど、ジャスミンの勢いに負けて口から言葉が出てこない。
「ジャスミン様、レイナ様は事故で記憶をなくされているんですよ」
戸惑う私を見かねたのだろう。アイリンが横から口をはさんだ。
「記憶がないにしても、婚約指輪を見せて幸せをアピールするなんて最低です。クリスティーナ様が可哀想じゃありませんか」
「それはクリスティーナ様が婚約指輪を見たいと言ったからではありませんの?」
ダメだ……全く話がみえない。私を置き去りにして、ジャスミンもアイリンもヒートアップしていく。
ふぅ。仕方ないわね。ちょっと二人に落ちついてもらおう。
「まぁ、大変。どうしましょう。紅茶をこぼしてしまいましたわ」
もちろんワザとカップを倒したんだけど、白いテーブルクロスに広がっていく茶色いシミに焦ったふりをする。さすがにジャスミンとアイリンも言い合いを続けることはできないようで、二人とも口をつぐんだ。
テーブルの上はメイドによって片付けられ、すぐ新しい紅茶が運ばれてきた。温かい紅茶を一口飲んでジャスミンに微笑みかける。
「ジャスミン様、私、本当に分からなくて……よろしければ何がよくなかったのか教えていただけませんか?」
ジャスミンも少し落ち着いてきたようで、私の隣に座り新しく注がれた紅茶を美味しそうに飲んでいる。
「あなたは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、クリスティーナ様はもともとエイデン様の婚約者でした。それをあなたが奪ったんです!! それなのに婚約指輪を見せびらかしたりするなんて。クリスティーナ様がどんなお気持ちだったか考えると涙が……」
目頭にハンカチを当てているジャスミンを見ながら慌てて口元を押さえた。危なかったぁ!! びっくりして思わず紅茶を吹いてしまうところだったわ。
「奪ったって……私がクリスティーナ様からエイデンを奪ったんですか?」
「えぇ。エイデン様が国のためにあなたと結婚しなくてはいけないと……泣く泣く二人は別れたんです」
ジャスミンは余程クリスティーナのことが好きなのだろう。瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちはじめた。
「お二人はあんなに愛し合ってらしたのに……」
涙のおさまらないジャスミンは言うだけ言ってすっきりしたのか、早々と立ち去って行った。
エイデンを奪ったと聞いた時には、私は何か卑怯な手でも使ったのかと心配したけど、そっか、そういうことね。
クリスティーナとジャスミンの感じからして、クリスティーナは未だにエイデンのことを好きってことなのだろう。それじゃ確かにエイデンの婚約者の私と会うのはつらいだろうな。
クリスティーナの切なそうな表情を思い出すと、私まで胸が痛くなってくる。
「気にすることないと思いますよ。婚約と言っても昔のことですから」
クリスティーナとジャスミンがいる時は無表情だったアイリンが、にっこりと優しい微笑みを浮かべた。
「ジャスミン様はエイデンが国のためにクリスティーナ様と別れて私と結婚するみたいな話をされてましたけど、私と結婚して何か国のためになるんですか?」
初対面のアイリンに尋ねるのも微妙な質問だけど、まぁ今のやりとりの一部始終を目撃してるわけだし、いいわよね。
少し言いにくそうな顔をして、アイリンは口を開いた。
「それは……レイナ様がガードランドの姫だからですわ」
「えっ? ガードランドは滅んだのに、まだ私に利用価値があるんですか?」
「利用価値って、そんな言い方……」
アイリンは苦笑している。
「ガードランドは滅んだと言われていますが、本当に存在したというはっきりとした証拠はありません。ただガードランドの記憶がある人間が数人いるだけで、誰も見たことのない神秘の国です。どうして滅んだのか、どこにあったのかなど、全てが謎に包まれています。そんな伝説的存在の最期の王族と言われるレイナ様はやはり貴重な存在でしょう。それに……」
アイリンが言いにくそうに口ごもった。
「遠慮なく、何でもおっしゃってください」
アイリンは少し悩んだようだが、私の目を見つめ頷いた。
「……ガードランドの最後の姫には秘められた強大な力があるという噂もあります。ですからその力を求めてレイナ様を欲しいと思う国や王家も多いのです」
へー。世間での私の評価って、思ってたより高いのね。秘められた強大な力どころか、姫としての最低限のマナーも身についてない私がそんな特別な存在だと思われていたことが驚きよ。
「ごめんなさい」
何も言葉が出ない私に向かってアイリンが小さく呟いた。
「聞きたくない話でしたよね」
「そんなことないです。ただ世間での私の捉えられ方に驚いていたんです」
ランチが終わって割り当てられた部屋に戻ってからも、クリスティーナ、ジャスミン、アイリンと話した事が頭から離れなかった。
「レイナ様、甘い紅茶をいれたんですが飲みませんか?」
部屋に入るとすぐにベッドにうつ伏せに倒れた私を心配しているのだろう。ビビアンが私を呼んだ。
ミルクとハチミツたっぷりの熱い紅茶に、ふぅふぅと息を吹きかける。考えすぎて疲れた頭に、甘い紅茶が再び考える元気をくれた。
「ねぇ、ビビアン……エイデンって私の事、本当に好きだと思う?」
「お好きに決まってるじゃありませんか」
何を当たり前の事をといった感じのビビアンを見てほっとする。
そうだよね。エイデンが私を好きって言ってるのは、嘘じゃないわよね。
ジャスミンからクリスティーナとエイデンの話を聞いた時は驚いた。でも不思議とショックはなかったのよね。それはきっと、私がエイデンに愛されてるって実感してるからだろう。
記憶が欠けちゃってるせいで、どうしてエイデンが私なんかを好きになってくれたのかは謎だけど……
「さっきね、エイデンの元婚約者だっていうサンドピークのクリスティーナ様にお会いしたの。とっても可愛いらしい人だったわ。ビビアンも知ってる?」
「それは……」
答えに詰まったビビアンの顔が答えだろう。
「そっか……そうよね。知ってたわよね」
私がサンドピークに行きたいと言った時、エイデンがきつい言葉で私を退けたのも、ビビアンが微妙な顔をしていたのも、きっと私をクリスティーナに会わせたくなかったからなのよね。
「……ビビアン、私お風呂に入りたいわ」
「構いませんが、今からですか?」
話の流れと全く関係のない私の発言に、ビビアンは首を傾げた。
「夜の舞踏会でエイデンの婚約者として恥ずかしくないよう、少しでも綺麗にしたいの」
いくら私が頑張ってお洒落をしたとしても、きっとクリスティーナには勝てないだろう。でも少しでも自信を持ってエイデンの隣に立ちたい。
私の思いを感じとったビビアンがキリッと顔をひきしめた。
「私にお任せください」
考えてもキリがないんだし、とにかく今は私にできることを精一杯がんばろう。舞踏会は妃修業の成果の見せ所だ。夜の宴に向け、ビビアンと二人準備を始めた。




