3.名前で呼んで
「あの……どうしてここで食事をしているんですか?」
なぜだかエイデンは、病み上がりでまだ横になったままの私の横で食事をとっている。
「俺がどこで食べようが、お前に関係ないだろう」
そりゃまぁ関係ないっちゃないけど、こんな風に不愉快顔で居座られたら嫌なのよね。相変わらずなエイデンにムカッとしながら、朝食のスープをベッドに座ったまま口に運んだ。温かいスープが体に染み込んでいくのを感じ、ほぅっと息をつく。
視線を感じた気がして顔をあげると、エイデンと目があった。
「な、何ですか?」
エイデンは質問に答えることなく、私がスープを食べ終わるのを見届け去って行った。
一体何なのよ?
エイデンの態度に首を傾げる私を見てビビアンが笑っている。
「エイデン様はレイナ様のことが心配で、こちらで食事をされていたんですよ」
「心配? 」
私の具合を尋ねるわけでもなく、ただ黙々と食事をするエイデンのしかめ面を思い浮かべる。
「心配? 嫌がらせの間違いじゃない?」
「いいえ。心配されておいででしたよ。その証拠に……」
ビビアンの言葉を遮るようにドアがノックされた。入ってきたのはカイルだ。
「レイナ様が元気になられたようで安心しました」
「おかげ様で」
「エイデン様もずいぶん心配されてましたよ」
またか……
思わず苦笑してしまう。
ビビアンもカイルもどうかしてるわ。エイデンの態度のどこを見たら、心配してるように見えるっていう……えっ!? カイルの後ろにいるのって、もしかして……
「ミ、ア?」
「無事でよかった。レイナが急に連れて行かれたから心配してたのよ」
優しく笑って頭をなでられ、思わずミアにしがみついて泣いてしまった。そんな私をミアは何も言わず優しく抱きしめ返してくれる。
母が亡くなり、住み込みでメイド仕事を始めた時は夜が来るたび泣いていた。そんな時はこんな風にミアが優しく抱きしめてくれていたっけ。
「ミアにはこれより、レイナ様つきの侍女としてビビアンと共に働いてもらいます」
「嬉しい!! カイルありがとう。ミアを連れて来てくれて」
喜ぶ私にカイルはにっこりと笑った。
「お礼はエイデン様におっしゃってください。レイナ様が寂しくないようミアを呼び寄せたのはエイデン様ですから」
エイデンの事は苦手だけど、あんまりにも嬉しかったのですぐにお礼を言いに行った。
「エイデン様ありがとうございます。私、ミアに会えて本当に嬉しいです」
「よかったな」
私の頭をぽんぽんっと優しく叩きながらエイデンが見せた微笑みの素敵な事!! 思わず見とれてしまった。
やだ……エイデンってめちゃくちゃカッコいいんだけど。
元々美形だとは思っていたけど、笑った時にいつものキツめの目がくしゃっと細くなるのが、たまらなくいい。
「おい。まだ具合悪いんだろ? 顔赤いぞ。さっさと部屋に戻って寝てろよ」
いや、これは……
エイデンに見惚れて顔が赤くなったなんてバレたら大変だ。
私の胸のトキメキが伝わらないよう、具合が悪いふりをしてエイデンの前から逃げ、部屋にかけ込んだ。
ふぅ。変なの。
なんで私ったら、あんな感じの悪い男の事をかっこいいなんて思っちゃったのかしら?
きっとミアに会えたのが嬉しくて興奮してたせいね。
ミアが来てから、私の城での生活はまた一段と快適で素晴らしいものになってしまった。
「ミアが来てくださってよかったですわ。最近レイナ様は楽しそうですし、出て行くとおっしゃらなくなりましたよね」
困ったことにビビアンの言う通りなのよ。最近楽しくてここから出て行きたいって気持ちがなくなってしまった。
とは言え、エイデンと結婚したいとは思わないけど……
でもあの日エイデンの事がかっこよく見えて以来、妙に意識しちゃってもいるのよね。
「視察に行った土産だ」
ふらりと部屋に現れたエイデンが、四角い箱を私の手に載せた。箱の中身はフルーツがたっぷりのったタルトだ。
「早速お茶の用意をいたしましょう」
ビビアン達がささっとテーブルをセットしてくれ、エイデンと二人で席につく。
「ん〜、おいしい!!」
「お前は本当に美味そうに食べるよな」
エイデンの私を見つめる優しい眼差しに、心臓がキュッとなる。
「だ、だって本当に美味しいんですもの」
そう言って最後のカケラを口に放り込んだ。
「もう一切食べるか?」
う〜ん……食べたいけれど……
「太ってしまいそうなので、やめておきます」
そう言って断ったのに、私のお皿の上にタルトが置かれた。
「お前は少し太った方がいい」
「えっ?」
「少し痩せすぎだ」
そんな事ないと思うけど……
「ただでさえご飯が美味しくて食べすぎなんですよ。私が太って動けなくなったらどうするんですか?」
「細くて心配になるより、太った方がましだ」
エイデンはひどく真面目な顔をしている。
「心配してくれてるんですか?」
「……っ!! お前が痩せすぎたら、俺が食べさせてないみたいだろう」
素直じゃないなぁ……
顔が赤くなってるってことは、図星だってことでしょ。エイデンは口は悪いけど、本当は優しい人なのかもしれない。そう思うと何だか心が温かくなる。
「あの、エイデン様……一つお願いがあるんですけど……」
「ん? 何だ?」
「私の事を呼ぶ時に、名前で呼んでもらえますか? お前って呼ばれるのはどうしても好きになれなくて……」
「何だそんな事か」
エイデンがふっと口元を緩めた。
「……レイナ……」
見つめられて名前を呼ばれた瞬間に体が熱くなるのを感じた。自分でお願いしといてなんだけど……何だか妙に照れ臭い。
「何照れてんだ?」
「て、照れてなんかないです」
とは言いながらも、顔が赤くなっているのは自分でもはっきり分かる。
どうしよう。恥ずかしくてエイデンの顔が見れない……
エイデンがくくっと声を出して笑った。キリッとしていた目元がくしゃっとなり、笑い皺が浮かぶ。
うー!! 何あの可愛い笑い方。あんな風にくしゃくしゃな笑顔を見せられたらキュンとしちゃうじゃない。
「レイナの願いはきいてやるから、レイナも俺の事を名前で呼べよな」
「えっ? 私は名前で呼んでますよ」
「俺はエイデン様じゃなくて、エイデンって呼ばれたいんだ」
エイデンは私が未だに敬語をやめない事が気に入らないみたいだ。
「カイルには普通に話せてるのに、俺には敬語というのが気に入らない」
って言われてもね。カイルとエイデンじゃ立場も違うし、まとっている雰囲気も違うんだもん。
「ごめんなさい。でもエイデン様の顔を見てたら、自然に口から敬語が出てきちゃうんです」
「……俺の事が怖いか?」
「怖くは……ないです」
怖くはないけど、親しみも感じない。エイデンは大国を治めている王だけあって威厳がありすぎなもんだから、一緒にいたら萎縮しちゃうのよね。
私の答えにまだエイデンは納得していないようだ。
「どうしたら、俺にタメ口で話してくれるんだ?」
そんな必死な顔するほど敬語が嫌なの!?
それじゃあ、タメ口はくらいオッケーしてあげようかって気になってしまう。
「分かりました。じゃあ……エイデン……」
うっ!! 眩しい!!
私が名前を呼んだ途端、エイデンの顔がぱぁっと輝いた。
「なんだ、レイナ?」
エイデンがあんまりにも嬉しそうにしているものだから、もう敬語なんて絶対使わないっと思ってしまった。
☆ ☆ ☆
嵐は突然やってきた。
「あなたがガードランドの姫君ですか?」
いきなり呼び出されたと思ったら、この国の大臣だという男に無遠慮な視線を投げかけられてしまった。あからさまにジロジロと見下ろすなんて感じの悪い男だ。
「こちらに来られる前はどこかのお屋敷でメイドをしていらっしゃったとか?」
馬鹿にしたような笑い方にもめちゃくちゃ腹が立つ。
我慢よ、我慢。にっこり微笑んで聞き流せばいいんだから。こんなことは想定内よ。
「大臣は自分の娘をエイデンと結婚させたがっているから、レイナ様にはキツく当たるかもしれません」
前にカイルがそう言ってたじゃない。前もってカイルから聞いておいたおかげで、愛想笑いだって余裕でできるわ。
「陛下がなかなか紹介してくださらないので不思議に思っていたのですが……いやはや、これなら紹介できないのも無理はないですな」
大臣がガハハと一層バカにしたように笑うと、同調するような笑い声が後ろからも聞こえてきた。
失礼ね!! そんなに笑われるほどひどい格好じゃないわよ。確かにシンプルだけれど綺麗なワンピースじゃない。
「まぁ何にせよこのままというわけにはいきません。レイナ様のお姿を拝見したいと思っている者も多いので、お披露目会の計画をいたしました」
私のお披露目会? 何だか嫌な予感しかしない……
「お気遣いありがとうございます。でもお披露目会なんてしていただかなくても大丈夫です」
にこやかに、且つ、やんわりとお断りする。
「遠慮はいりません。もう近隣の貴族の方々には招待状を送ってありますので」
うわぉ。それじゃあ断りにくいじゃない。
「……そのお披露目会はいつなんですか?」
「今夜ですよ。まぁ気楽に参加してくださったらいいですから」
今夜ですって? 呆然とする私の前で、大臣はまたガハハと大声で笑った。




