17.約束
視察から戻ると急いで着替えて食堂に向かった。エイデンと一緒に夕食をとる約束をしてあるのだ。
パン パンパーン
暗闇に突然鳴り響いた爆音に驚いて立ちすくむ。
まさか銃声!?
また誘拐されるのではという恐怖で冷や汗が背中を伝った瞬間、静まりかえっていた食堂にエイデンの声が響いた。
「レイナ、誕生日おめでとう」
パッと明かりがつき、入口で立ち尽くしていた私に沢山の拍手が送られる。
「知っててくれたんだ……」
部屋の中央に置かれたテーブルの上に大きなケーキが置いてあるのを見て、驚きと嬉しさで涙が滲んだ。エイデンが笑いながら私の涙を指でぬぐう。
「って言っても、数日前にミアから聞いて知ったんだけどな」
ミアが私を見ながらVサインをしている。
「どうして今日が誕生日だって俺に言わなかったんだ?」
「なんだか言うタイミングが分からなくて……」
エイデンが私のほっぺたを優しくつねった。
「タイミングなんて考えずにいつでも言えばいいだろ。俺はレイナのことは全部知りたいんだから」
エイデンの熱い瞳に見つめられ、胸がトクンと大きな音を立てる。
「おーい、二人とも。イチャつくのは後にして、先にパーティーを始めませんか?」
イチャついてなんかないもん。っと反論する間も与えられずグラスを渡される。
「乾杯!!」
食堂には城で働く多くの人が来てくれていた。皆が笑顔でお祝いしてくれるのが本当に嬉しい。
「レイナが早く言ってくれないから大変でしたよ。ねっ、カイル?」
「そうですね。陛下は今日一日あけるために、だいぶ無理をされました」
レオナルドから同意を求められたカイルが頷くと、すぐにエイデンが「余計な事を言うな」と口を挟んだ。
「レイナ、ついて来い!!」
そう言って食堂を出てしまったエイデンを足早に追いかける。
「エイデン!! 皆集まってくれたのに、こんな風に抜けちゃったら悪くない?」
「いいんだよ」
言葉少ななエイデンについて部屋に入ると、力いっぱい抱きしめられた。
「エイデン……」
ドアに押し付けられ、噛み付くようにして唇を奪われる。
「エイデン、やだ。痛い」
私を抱きしめるエイデンの腕の力強さが苦しくて辛い。腕から抜け出そうともがいても、エイデンの腕は一向に緩まなかった。
「今日一日お前に触れたいのをずっと我慢してたんだからな。少しくらいいいだろ」
エイデンの熱い瞳が近づいてくる。先程とは違い、優しいキスが私の体を熱くしていく。
「エイデン……もう……んんっ」
だんだんと深くなる口付けに、何も考えられなくなる。
唇が腫れちゃうんじゃないかと思うほどキスした後で、エイデンと二人でソファーに座り、もう一度乾杯をした。
「エイデン、今日はありがとう。私のために無理してくれたんだね」
最近忙しかったのは、今日一日私に付き合うためだったのよね。視察だって、本当は私を街へ遊びに連れて行ってくれたんだろう。
もうエイデンったら、優しいんだから……
「エイデン……大好きだよ」
隣に座るエイデンの肩に頭をのせて呟く。
「知ってる」
エイデンが私の手を握りながら囁いた。
昼間の興奮と今飲んだシャンパンで、何だか急に眠くなってきちゃった。あふっとあくびをして、エイデンにもたれたまま目をつぶった。
「えっ?」
左手に微かな違和感を感じて目をあける。
「これって……」
「俺からの誕生日プレゼントだ」
嘘……
エイデンが私の前に跪いた。
「レイナ、俺と結婚してくれ」
驚きで言葉がうまく出てこない。
「どうして……?」
「どうしてって、まだきちんと言ってなかっただろ?」
嬉しさで目頭が熱くなる。涙が滲んで左手の薬指にはめられた指輪がよく見えない。
「返事は? もちろんオッケーだよな?」
エイデンが体を起こし、私と目線の高さを合わせた。祈るような不安そうな視線が私を見つめてくる。
「よ、よろしくおねがいします」
溢れ出た涙のせいで掠れてしまった声で返事をすると、エイデンがほっとしたように微笑み私の目頭に優しくキスをくれた。
そんな風にされたら、涙が止まらなくなっちゃうじゃない。
「泣き虫だな」
「だって幸せなんだもん」
エイデンに飛びついて、その大きな胸に顔を埋めた。
「レイナ愛してるよ。一生俺のそばにいてくれ」
もう涙で声も出ない。私を包み込んでくれるエイデンの熱を感じながら、ただ無言でコクコクと頷いた。
☆ ☆ ☆
「おはよう、レイナ。今日もお寝坊さんですね」
窓辺に座り本を読んでいるレオナルドを見て苦笑する。レオナルドは大臣になってから忙しいようで、朝私の寝室にいるのは久しぶりだ。
「レオナルド様、おはようございます。今日は忙しくないんですか?」
「昨日はエイデンが一日休んだでしょう。だから今日は私がのんびりする番なんですよ」
せっかくの休みなんだから、私の部屋に来るんじゃなくて、もっと楽しく過ごせばいいのに。そう思いながらいつものごとく、ささっと身支度を整えた。
朝食の席につくと、レオナルドが私の左手の薬指を見て微笑んだ。
「昨日は素敵な夜になったみたいですね?」
本当に。エイデンが跪いてプロポーズしてくれたなんて、今でも信じられないくらいよ。昨日の事は絶対に一生忘れないんだから。
って、レオナルドがそんなにニコニコしてたら、なんだか照れちゃうじゃない。どうしても顔が緩んじゃうから、できるだけ引き締めなきゃ。
「そうだ。レオナルド様、今日はいいものがあるんですよ」
そう言って昨日エイデンに買ってもらった桃のジャムを取り出した。これが食べたくて、朝食は厚切りのトーストをリクエストしておいたのだ。
「んー。おいしい」
ゴロっとした桃の果肉入りのジャムは、自然な甘さでとってもおいしかった。
「本当においしいですね」
レオナルドも気に入ったようで、二枚目のトーストにもジャムをたっぷりと塗っている。
「昨日のデートはとても楽しかったみたいですね」
「おかげ様で。ステキな誕生日になりました」
「何だか妬けてしまいますね」
レオナルドが手を止め真面目な顔で私を見た。
や、妬けるって何?
レオナルドの顔からいつもの柔らかな微笑みが消えると、何だかエイデンそっくりの雰囲気でドキッとしてしまう。
「私がカイルとマルコの小言に耐えながら書類整理に追われている間、レイナとエイデンは街中でイチャコラしていたんですね」
イチャコラって……なんだそりゃ。
でも困ったな。レオナルドの愚痴が始まっちゃった。
長くなりそうなレオナルドの話を聞き流しながら、ビビアンとミアと顔を見合わせる。大臣になってからのレオナルドはストレスが溜まっているのか、ちょっとしたきっかけで愚痴タイムが始まってしまうのだ。
レオナルドは自分が大臣になったのは私の軽い発言が原因だと思っているらしく、私には愚痴を聞く義務があると愚痴タイムのたびに言っている。
まぁ昨日は大変だったみたいだし、愚痴くらい聞いてあげようかな。今日はとっても気分がいいので、何だか愚痴も楽しい気分で聞ける気がする。
そうだ。いい事を思いついた。
レオナルドの愚痴を一旦中断させ、ミアに桶と湯の用意を頼む。
「レオナルド様、こちらに座っていただけませんか? あっ、靴下は脱いで、ズボンを膝までまくってくださいね」
かなり訝しんではいたが、レオナルドは私の指示通り足を出して椅子に座った。その足を桶に入れたお湯に浸す。
「ふぅ……」
レオナルドから小さなため息が漏れた。
「何だかほっとしますね」
レオナルドは手を組み目を閉じている。
もういいかな。
お湯が冷めてきたので、足を出して綺麗にふいた。そのままレオナルドの足つぼをマッサージしていく。
「痛かったら言ってくださいね」
さぁ、まずは足の中央から。
「うきゃぉ!!」
いつも上品なレオナルドから、聞いた事のない奇妙な声が漏れた。
「痛かったですか?」
「痛いと言えば痛いけど、いい気持ちですよ」
レオナルドからは時々変な声が出てるけど、容赦なく足ツボを押し続ける。
「……一体何してるんです?」
いつの間に部屋にきたのか。マルコが私達の様子をいつもの冷めた目で見ていた。
「足つぼマッサージよ。私の得意技なのよ。ね、ミア?」
レオナルドの足ツボを押しながら同意を求めると、ミアが笑いながら頷いた。まだミアとメイドとして働いていた頃、ミアにもよくしてあげたものだ。
「いやぁ。なかなかくすぐったかったですね」
椅子に座ったままレオナルドが大きく腕を伸ばした。
「でも不思議です。何だか体のだるさがとれたような気がしますよ」
「レイナは足裏マッサージだけじゃなくて、肩もみや体のマッサージも上手なんですよ」
ミアの褒め言葉にえっへんと胸をはる。
「王妃になるのに、そんな特技いらないんじゃ……」
マルコの冷静な意見に、それもそうだと、その場にいた全員が顔を見合わせて笑った。




