第30話 決めた事
第七位階上位
カッと目を見開いたミルちゃんは、横目でチラリと僕と繋がった手を見ると、僕の手を強く握った。
「……ユキ、私は貴女に言わなければならない事があります」
ミルちゃんは上体を起こし、鋭い目付きで僕を見据えた。
決意を感じさせる。覚悟を決めた者の目だ。
……もしかして怒った?
「……なにかな?」
首を傾げつつそう問うと、ミルちゃんはふいっと視線を逸らした。
その透き通る様に白い頬には、そうと分かる程の朱が差していた。
「……それは……この戦いが終わった後に言います」
ミルちゃんは凛々しい顔で戦場を見詰め、ややふらつきながらも立ち上がる。
「……アトラの奮闘。黒霧を通して見させて貰いました。私も愚かな物ですね、守るべき者に守られる事を是とするなんて……」
ミルちゃんの手元に魔典が出現していた。
千呪の魔宝典だ。
「ここは戦場。相対する者は例外なく敵。ここからが、私の全力です……!」
パラパラパラっと魔典のページがひとりでに捲れ、何枚ものページが光を放って本から離れる。
複数の補助魔法を重ね掛けしている様だ。その中には限界突破もある。
膨大なエネルギーが魔典からミルちゃんへ流し込まれ、そしてミルちゃんは拳を構えた。
体に宿るのは仙気。
温存しない。出し惜しみしない。そう決めたからだろう。
その仙気には、確かにそれ以上の力。神気が多分に混じり込んでいた。
刹那、ミルちゃんが踏み込んだ。
先と同じく、真正面から、竜化した拳で殴り付ける。
対するスペードの王も、先と同様に仙気を宿し、剣を突き込んだ。
果たして——剣は砕け散る。
そうなる事が、スペードの王には分かっていたのだろう。
大気を揺らした追撃の蹴りを躱し、バックステップで距離を取ると、残った1本の剣へ濃密な死属性を練り込んだ。
今の交錯は、スペードの王なりの優しさだったのだろう。
ここからが本番だ。
死の刃と闘気の拳が——ぶつかり合う。
◇
「いやー、楽しかったなぁ」
スペードの王は和かに微笑む。
ミルちゃんと途中復活した鎌嵐達の奮闘のお陰で、スペードの王は無事撃破された。
戦闘終了後、彼女は一瞬で回復した。
ボロボロだった手足や服も元通りである。
体が分体の様な物なので、本体から補給すれば直ぐに回復するのだろう。
これにはミルちゃんもむすっと不満気だったが、本体に敵わないのは理解している様なので何も言わなかった。
尚、鎌嵐三人組は誰に教わったか勝利の舞をくるくるやっていた。
そんなこんなで戦闘終了後、鎌嵐の三人組はダメージが大きいので送還。ミルちゃんは話があるので付き添い。アトラはもう間も無く起きる筈なので、それまでは小型化させて僕が持っておく事にし、今はスペードの王の案内を受けて、ある場所へ向かっている。
道中各寝室から念動力でニコラメダルを13枚回収した。
「貴方、さっきからそればっかりですよ。聞き飽きました。いい加減にしてください」
「いやいや、これが興奮せずにいられるかって物だよ! 君の拳には情熱が宿っていた!」
「……そ、そうですか」
勢いに若干押され気味のミルちゃん。それはそうと、目的地に到着した。
そこは、城の一番上。真ん中に堂々と開かれた大きな窓の前。
「……ふむ」
ざっと見渡した感じ、北西側に海の様な物があり、北北西に大きな城。北北東に小高い塔が見え、そこからやや東に行った場所にここと同じ程度の城があるのが見える。
距離的には……大きな城が若干近い様に見えるが……どうやらお城の周りには大きな堀があり、関所の様な物があるので、大方何かしらの条件をクリアしないと駄目とかそう言うやつだろう。
大きな城は後回しにするとして、今一番近いのは……僅差で北北東の塔、次が北東の城だ。
海の方も何かしらのイベントはあるだろうし、順番的には城に向かってから塔に行き、北を経由して海に渡るのが良いだろう。
それ以外も見えない物かと手を伸ばしてみたが、当然の様にねとっとした何かに阻まれた。
それも、なんか濃度が凄く高くて重い壁だ。頑張っても数センチくらいしか進めないだろう。
フラフラと大きな窓の前を彷徨きつつ情報を整理していると、スペードの王が横に立った。
スペードの王はすっと地面に向かって指を指す。
「ユキくんには最後に、あそこの噴水に向かって貰いたい。僕達の試練とは直接的な関係は無いんだけど……こう、寂しがり屋の友人がいてね。忘れられると直ぐ拗ねるんだ」
「ふむ、分かった」
人がいると言う事は何かしらのクエストがあると考えて良いだろう。報酬にも期待しておく。
それはそうと……スペードの王に聞いておきたい事がある。
クラブの王は自分だけ気持ちよくなって直ぐにどっか行っちゃったから聞けなかったのだ。
「一つだけ質問したいんだけど、良いかな?」
「うん、構わないよ」
にこりと爽やかな笑みを浮かべるスペードの王。
良いと言う事なので早速質問する。
「この街にいるネズミについてなんだけど……」
「あぁ、それなら噴水の所に行けば全部分かるよ」
「……そう」
そう言う事ならさっさと行くべきだろう。一応礼は言っておく。
「ありがとう」
「うん、どういたしまして」
また彼女は爽やかな笑みを浮かべた……先の歪んだ笑顔が嘘みたいである。
そんな笑顔のまま、スペードの王は軽やかな足取りで二歩程後退すると、ひらひらと手を振った。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。ごゆっくり〜」
チラリとミルちゃんを見た後、スペードの王はふわりと宙に溶ける様に消滅した。
《【運命クエスト】『孤高の王と迷える子供』をクリアしました》
パッと現れたウィンドウ。
入手したアイテムを確認しつつ、スペードの王の残滓が消えるまで手を振っていると……突然背後からミルちゃんに抱き竦められた。





