第29話 vs.スペードの王 千手の天災
第七位階上位
アトラは、千手巨神を起動した。
出現したのは、およそ2000と100の手。
元々、サハスラヴジャには1000の手を使役する力がある。
渇望する遺志に闇の神霊金属であるオルダナを緩衝材にしてギュゲスの爪の魂魄残滓を注入した事で、巨人の百腕を自在に操れる様に設定してあるからだ。
作った指輪やカメオにもヘカトンケイルと同じ力が刻まれており、渇望する遺志の能力によって出現する全ての手は敵の生命魔力を吸収する。
出現した1000の手は、サハスラヴジャによる物。
500は、空間操作の力を持つ、アトラが出した物。
残りの250ずつが、ミネロラの雷とアグリールの風を宿した手で……最後の100は、アトラがサハスラヴジャを通じて生産した、生きている手だ。
迷宮での戦闘は黒霧が管理しているので詳しく聞いていない部分もあったが……多分大量の手に襲われて殲滅された迷宮さんがいるぞ。その光景が目に浮かぶ様である。
出現した100の生きた手は、スペードの王を遠巻きに囲い、中心へ手のひらを向けて空間内の魔力吸収を始めた。
500の空間操作の手はその中で空間拡張を含む強靭な結界を生成、1000の手が結界内部の魔力を搾り取り、雷と風の手がスペードの王へと襲い掛かっている。
スペードの王は遂に哄笑をあげて、両の手に直剣を装備し、襲い来る雷と風の手を迎撃する。
その様は正に嵐の如く。
弾ける雷や風を物ともせず、多少の生命力なぞくれてやると言わんばかりに、笑い声をあげて剣を振るう。
流石のスペードの王と言えども、何百もの手に雪崩の様に襲われては、全てを迎撃する事も叶わない様で、手や足を掴まれている。
しかし、スペードの王はその身に死の鎧を纏う事で、掴んだ手に死属性を送り込み、一瞬の内に崩壊させていた。
スペードの王の魔力をどれほど削れるかが、この勝負の分水嶺だ。
アトラは吸収した魔力を中和し、再度手を形成してスペードの王へ差し向ける。
スペードの王は、死の鎧で掴み掛かる手からその身を守りつつ、双剣で迎撃する事で力を少しでも温存する。
そんな根比べの戦いは——ミネロラとアグリールが脱落する事で終わりを迎えた。
自分は殆どノーダメージで、部下に全部押し付ける。その容赦の無い所は流石アトラである。
ミネロラとアグリールがギリギリ乗り越えられる量を計算して死属性を吸わせている所が、流石のアトラクオリティと言えるだろう。
アトラは眷属であるミネロラとアグリールが痙攣し始めたの見送ると、即座に2人を体内に回収し、そして——
——奥の手を出した。
使った力は、サハスラヴジャと生きている100の手、そして天災の指輪。
戦場に現れたのは、本来の姿を解放した左手と、全く同じ姿をした右手。
2つの天災はスペードの王を挟み撃ちにする様に迫り——
——最初に仕掛けたのはアトラ。
急速接近すると同時に空間を歪め、爪を一振り。
放たれた5つの斬撃は、どれもが本命と言える程練り上げられた必殺の刃。しかしそれらは空間の歪みに乗って分散し、逃げ場を塞ぐ様にスペードの王へ迫る。
そして本命は放たれた。
アトラの手のひらから何の予備動作も無く放たれたのは、イェガの主砲にも匹敵する威力を持った黒い光。
神気を含む闇属性の光を見て、流石のスペードの王も不味いと思ったか回避に動き、虚空に衝突した。
壁は最初から存在していた。
スペードの王がそれに気付かなかったのは、ハートの王がやった事と同じ、空間内が同属性の魔力で満たされていたからだ。
更に駄目押しで、逃げ場を塞ぐ様にはっきりと視認できる斬撃を放ち、本命を回避出来ない事も無いと思わせた。
或いはもしかすると、ミネロラとアグリールを使い潰してまで無数の手でスペードの王を襲わせたのは、その性格を見抜き、適度な相手を用意して気分を高揚させる事で、冷静さを欠く為の策だったのかもしれない。
切断された空間の檻に囚われている事に気付いたスペードの王は、即座に剣へ死属性の仙気を込め、振り上げた。
……でも、アトラには一瞬だけ隙が出来れば十分だったらしい。
——スペードの王は、右手に捕まった。
よもやスペードの王も、明らかに温存しようと遠巻きに配置していた100の生きている手を、この場で簡単に使い捨てにするとは思わなかったに違いない。
僕も凄く勿体ないと思う。
ただ、アトラは己の全てを使って、全力でスペードの王と戦ったと言う事だ。
何処までも油断を誘い、相手の性格を利用して誘導し、ブラフを織り混ぜて、たった一撃を確実に当てる為に全力を注いだ。
これはご褒美案件である。
この敢闘に何の報いもないとあっては、僕の誇りが廃る。
……と言うか、これに大々的に報いる事で、配下の子達は我も我もと全力を出そうと頑張るだろう。
これは僕的にとても美味しい展開である。
果たして、黒い光は右手毎敵をを貫き、消し飛ばした。
アトラは全力攻撃の反動か力尽きた様に地面へ墜落し、そして——
——痙攣を始めた。
理由は簡単である。
スペードの王が、右手とサハスラヴジャを通じて死属性を送り込んだからだ。
——アトラも無念だろう。
スペードの王を倒し切れなくて。
戦場に転がるのは、十人分の手足の欠片。
そう、スペードの王は取り込んでいた部下を身代わりにする事で、アトラの必殺を回避したのだ。
その消耗率は、およそ70%。
今や軍服は見る影もなくボロボロで、しかし顔に浮かべるのは狂気的な笑み。
ニコニコと微笑むスペードの王は、近場に倒れたアトラに見向きもせず、僕を見つめて口を開いた。
「……あはっ♪ 次は、君がやってくれるんでしょ?」
「……それはどうかな」
僕の手の中で、冷え切っていた細指がピクリと動いた。





