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エーメンドルク



「……んな、…………だ……な。……だんな!」

「旦那!!」


「しっかりしてくだせぃ、旦那!」


 必死に呼びかける男の濁声で気持ち悪く目覚める、思う様に動かない手の平を握り潰す、そんな動作すら覚束無い。


 自分の体とは思えない鈍重さに顔をしかめる。


「ああ! 良かったっす。もう目を覚まさないかと思いましたよー、全く。お体も装備も重いもんだから、あっしには持つのも一苦労、ここまで引き摺るのが精一杯でさー。あっ汚れたのは不可抗力ですから、そこの所はご勘弁を! あっしなんて旦那に放り投げられてそりゃ怖い思いしたんですから許してくださいねー。……~」 



 尚もごちゃごちゃ言ってる男の言葉を聞き流し、感覚の薄い痛む右手に思いを馳せる。


 猫娘に千切られた事を思い出すと怒りが込み上げる。瞬間、爆発しそうな怒りが吹き上がり沸騰する。怒りに任せて振り抜いた左手からカスみたいな威力の火が巻き上がるが無様に散る。


 悪態を垂れ流し、大剣を支えに立ち上がる。


 崩れそうになる体を何とか奮い立たせ皮袋に残った薄っすいワインを無理やり胃に流し込むと幾分か荒れた気持ちも収まる気がした。


 いや、やっぱ無理だ。


「じゃかしぃ。黙っとけ、だらぁ!」


 長々と言い訳を垂れる男に無意味に叱り付ける。完全な八つ当たりだが文句は言わせない。


 そんな気迫を込める。



「およしなさいよ、情けないのは本当なんだから」


 含み笑いを隠さない笑みを浮かべ、忽然と現れた老婆が窘める。


「ちっ、婆さんか。見ての通り依頼は失敗、好きにしてくれ」


 若干、自暴自棄にガレオが吐き捨てる。


「おや? 何か勘違いをしてるね。せっかく生き残った命なんだ、粗末にするもんじゃないよ」


 いっそ、哀れだと言わんばかりに嘆いて見せる老婆。


 ささくれ立った心を逆撫でする老婆にも怒りが沸く。


「おお、怖い。そんな風に睨むもんじゃないよ、年寄りは労わるもんじゃ」


「ぬかせ、あんたみたいなのは労わる必要すらないだろうが。で、始末しないってこた合格と見て良いのか? 婆さん」


「ほっほ、どうだろうね? 次も上手く出来たら考えてやろうかね」


 楽しそうにからかいの声を上げる老婆。


「そんな状態じゃあ何も出来まいよ。これをお使い」


 懐から簡素な布袋を取り出し投げて寄越す。


「これは?」


 当然の疑問を問うと滋養強壮薬だと言う。開くと不透明な瓶にコルク栓がされ内部に数個の丸薬が詰まっているのが見て取れた。一緒に金貨が数枚入っているのを見つけ口笛を吹く。


「こりゃ豪勢だな、良いのか?」


「前払いってやつだね、今後は仲間集めに奔走して貰うよ。手段は今まで通りで良いさ。……その薬だがね、とおぉっても効果が強いから今みたいな時にお使い」


「それ以外で使って出た弊害は自分で何とかするんだね」


 婆さんの言いたい事は言葉面でしか判らなかったが、わかったと口にして丸薬を飲み込む。


 話してても眠り込んでしまいそうだった疲労が吹き飛び、意識がしっかりしてくる。


 不自然な高揚感が支配して、強い不安が沸くが噛み締める事でやり過ごした。


「ふむ、あれを飲み込むかね。私ですら辛いのに良くやる」


 鬱蒼と微笑む老婆。


「後は頼んだよ、ガレオ」


 数言の魔法語を呟き、闇に溶け去る老婆を見送り歩き出す。一刻でも早く独りになりたかった。


 慌てて後を追ってくる子分が気に触るが、無視する様に移動する。何だか訳の分からない子分は、最初ぶちぶちと色々呟いていたが彼も慣れない事をして疲れていたので黙って体力の回復に努め付き従った。


 思えばこの時に逃げていれば良かったのにと思うが、後の祭り……隠れ家に逃げ込んだ2人がどうなったかは別のお話し。



 ノルド達はシンタの案内の元、生命反応密集地に向かって馬を進めていた。道中、何度か魔物との戦闘があったけど俺達の敵でなくあっさりと勝利し、食肉と素材に姿を変える。動物肉に比べて魔物肉は痛み易く直ぐに臭みや雑味を出すので現地で食べる分位しか持ち運べないから高く売れる。新鮮なものほど味が濃い傾向にあるから旅先で重宝する。


 荷物自体もシンタの【積載】に収納しているので劣化せずに保存され、食事の度に野草類や果実の備蓄が増えて、俺的にもホクホクで今迄に無く快適な旅になった。


 勿論、毎朝の稽古も再開してシンタとシャリナに基本的な戦い方を教え込む。アギラオにはマリを付けて自衛位にさせ、こっちは化創士としての戦闘をがっちりとね。


 あの無茶な戦いを俺は認めない。


 数年ぶりに自重しない生活は思ったより俺達に潤いを与えてくれた。ずっと感じていたしがらみなんて嘘だ、連なる山の麓を通過しながら思う。何処までも続いてそうな道を疾走する馬車の揺れに任せ外を眺める。


 警戒は解かないけどさ。


 そんで一週間後、俺達は警邏隊の追走も無いみたいで、悠々と目的地に到着した。


 そこは予想通り大きな居住地の様で、外壁越しにも活気が感じられた。どうやら側面に出てしまったみたいでブッシュを掻き分けながら正門を目指す。


 外壁を軸に走らせるとなかなかの時間で門に到着。門は様々な人が並び通過検査待ちの列を作っていた。


「皆さん、何をしてるんでしょう?」


「検問ですよ。そう言えばテイケンレッツには無かったですね」


 丁寧にシャリナに説明するシンタを余所に、暇潰しも兼ねてトラツグミが歌い出す。


 場を弁えて、安らげる曲を中心に演奏する3人に次第に注目が集まる。ただ待つのはやはり苦痛なのか皆の反応は悪くない。


 多少、鎧馬車が悪目立ちしても問題無し。曲に惹かれてきた客に扱っている品を見せたり等も平行して賑やかに順番を消化。遂に俺達の番になる。


「身分を証明できる物か、就労タグはあるか?」


 どちらも無い事を言うと、少し考えてから俺達の先刻の様子を思い出し頷く。


「仮払い金を払って、中で職安に行きタグを貰うなら通すがどうだい?」


「わかった。そうするよ」


 特に問題も無いのですんなり承諾して門を潜る。


「ようこそ、エーメンドルクへ。職安は町の中心にある本の看板を掲げた建物だ、見たら分かる筈だから早急に向かう様に」


 事務的だが親切な誘導を受け、俺達は良い気分で進んで行く。



 

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