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十兵衛怪夢譚  作者: いわん


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其之一

四半刻ほど歩いただろうか。

 ――むう。どうしたものかな。

 俺は思案投げ首になった。夢ならばある程度融通は利くだろう。しかし、昼飯にと持ってきた握り飯が懐から消えている。確か、横になる前に懐から出したな。懐から消えたのはそのせいか。

「夢ならば、握り飯くらい、願えば出てくるだろう」

 そう思い試してみたが、はたして、一向に握り飯が出て来る気配がない。一体、どういうことだ。この世界は夢の世界ではないのか。夢でもそうそう思った通り上手くはいかないということなのか。

 霧が晴れてきたのか、遠くに見える灰色の建物群がはっきりとしてきた。そこから、点滅する光が見えてきた。しかし、あれは本当に建物だろうか。山のように巨大である。大坂の城も巨大であったから、そう不思議ではないのかもしれない。

 ふむ。動きがあるという事は、誰かがいるのだろう。人か、妖怪か、鬼かなんだか知らないが、食べられるものがあれば個人的には一番嬉しい。幸い、懐には火打石と塩があった。これらはあるのに握り飯は消えるのか。不思議な夢だ。とりあえず、ウサギでも見つかれば、捕らえて丸焼きにでもして食うのだがなぁ。しかしながら、ウサギがいそうな草原は、見渡す限り、どこにも見当たらなかった。俺は、目の前にある灰色の道に従って、灯りを点滅させている建物目指して歩く事にした。これが夢なら、どこか、途中で醒めるだろう。夢とはそういうものだ。であれば、「変な夢を見た」と娘たちに笑い話として話せばいい。そんな気持ちであった。


 さらに四半刻ほど歩いただろうか。俺は、遠くに見えていた山のような建物群の麓にいた。

「山のよう」とは表現したが、明らかに建物だった。印象としては、「城」の作り方に似ている。違いは、城ならば普通は、横に広く、侵入者を紛らわせるため、入り口もわかりにくく、様々な細工が施されている。しかし、これらの建造物は、そういった作りが見られず、土台からその天守まで、ほぼ同じ幅で作られているという点だ。銃眼も見えなければ、入り口らしきところに門番すらいない。それらが数十棟、近接して屹立しているのである。面妖な光景であった。

 また、天守は高すぎて見えなかった。いや、霞で隠れていると言った方が正しいか。これでは、見晴らしも悪く、何より、脱出するときも容易ではなかろう。あの一番上に住む殿様は、いったい、どれほどの時間をかけて、この城を出るのだろうか。参勤交代でも一苦労するのが瞭然だ。鉄砲を使っても天守に届くとは思えないが、さすがに「高すぎる」という印象は否めない。それとも、この世界の鉄砲は、あそこまで届くほど高性能なのだろうか。

 その時、目の端に動くものが見えた。目を凝らすとどうやら人間らしかった。遠くではあるが、陸上に架けられた橋の上を歩いている。あぁ、と、俺は安堵の声を漏らした。この夢の世界にも人がいるのだ。であれば、おそらく、食料も水もあるだろう。当面、何とかなりそうではあった。しかし、何もない陸上に橋とは、面妖な風景である。これも夢のなす技か。一体、これはどんな夢なのか。


「しかし……」

 俺は一人ごちた。人がいるところに来たものはいいものの、さて、これからどうしたらいいものやら。

 俺は頭をボリボリと掻く。ただそれだけで衆目を集めている気がする。

 そもそも、街道を歩く皆の姿格好が違いすぎるのだ。俺はごく普通の脚絆姿であるが、そんな人物はこの街には一人もいない。原色の衣に白い顔。まげを結っている者は皆無。黒いめがねをかけているものもいる。あれでは前が見えぬであろう。そもそもその性別すら分からない。二本差もいない。そんな彼らに話しかけようにも逃げられる。話しかけても何を言っているのか、言葉が通じない。文字も読めん。これはなんと書いておるのだ。文字らしいことはわかるのだが、その意味がさっぱり分からない。これでは何の意味もない。人々の話言葉に耳を傾けても、甲高い声が耳に届くだけで、言葉の意味がさっぱり分からない。ここは異国なのだろうか。夢で異国を見る事があるのだろうか。あまりにも訳が分からなすぎる。

 店らしきものはあった。食料らしきものもあった。嬉しい事に握り飯も。しかし、どうやら俺の持っている貨幣では買えないらしい。何を言っているのかわからないが、「それでは売れない」「出て行け」と言っている雰囲気だけはわかった。おかげで、腹が減っているのに、そして食料は目の前にあるのに、食べられない。こんな酷い悪夢があってたまるか。いっそ盗むか、とも考えたが、柳生の元嫡子が、空腹の末に食い逃げなどしたら、今度は廃嫡どころの話ではない。それこそ柳生高弟を筆頭とした一族郎党から命を狙われ膾に切り刻まれるのがオチだ。親父殿が苦労の末に大名にした柳生の家を、そんなことで傷つけたら、どんな仕置きが待っているのかわかったものではない。そうなったときの親父殿の怒り顔が思い浮かぶ。まぁ、親父殿の真っ赤になった怒り顔が見れるのなら、またそれも面白いかもしれんが、このわからぬ夢の中でそのような事をしてもなぁ。

 かろうじて懐に残っていた干飯を口に運び、その日の空腹はそれで我慢する事にした。目の前には、よくわからない人間が、耳障りなカン高い声で笑っている。その行為を誰も注意しない。こんな派手な人間など、見た事も想像したこともないのだが、夢は俺の想像を超えて見ることがあるらしい。大和の町娘でも、もう少し、美しく品があったが、彼らは何しろ下品にしか見えない。それにしても、夢の中でも腹は減るのだなぁ。川でもあれば、魚を捕ったりして食うのだが。とにかく、この夢の中には「自然」がない。俺の見た事のある「自然」が。そして、俺の見た事のない建物があり、人のいるところでは騒音が絶えず、聞いた事もない言葉が使われている。これはいったいどんな悪夢なのか。いい加減目を覚まさないと、気がおかしくなってしまうかもしれない。


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