5.
閉館作業をどうやって終わらせたのか、正直よく覚えていない。
帰り道も、電車の窓に映る自分の情けない顔を見つめながら、ただただ心ここに在らずの状態で帰宅した。
「……どうしよう」
お気に入りのマグカップに淹れたココアも、今日ばかりはちっとも味がしなかった。
ベッドにゴロンと横たわり、天井を見つめながら何度目か分からないため息をつく。
(『いつでもお待ちしていますね』なんて、どの口が言ったんだろう……)
彼はきっと、私がいると思ってあの時間に来てくれる。それなのに、肝心の私がいないなんて、まるで嘘をついて思わせぶりな態度をとってしまったみたいじゃないか。
いや、そもそも彼はただ本を借りに来るだけで、私に会いに来るわけではないのかもしれない。自意識過剰もいいところだ。
「でも、もし……もし本当に来てくれたら」
スマホのカレンダーを開き、1週間後の数字を睨みつける。
休みを今から変更してもらうのは、シフトの兼ね合いを考えても絶対に無理だ。
それからの1週間は、生きた心地がしなかった。
仕事中も自動ドアが開くたびにびくっと肩が跳ね、彼が前倒しで来てくれないかと淡い期待を抱いては、空振りに終わる日々。
気がつけば、約束の日の「前日」になっていた。
(……やっぱり、来なかった)
閉館のチャイムが鳴り響く館内で、私はがっくりと肩を落とした。
明日は、私の公休。彼が予告していた「1週間後」の当日だ。
明日は、家でのんびり映画を見る予定だった。それなのに、今の私の頭の中は別のことで埋め尽くされている。このまま家で映画を観ていても、ちっとも内容が頭に入ってこないに決まっている。彼が今頃、図書館のカウンターで私を探しているかもしれない姿を想像して、悶々とするだけだ。
(……そんなの、絶対に嫌だ)
ふと、自分の胸の奥から湧き上がってきた強い感情に、私自身が一番驚いた。
いつもの穏やかな休日を過ごすことよりも、今の私は「彼にすれ違いたくない」という気持ちでいっぱいだった。
(会いに行こう)
ごくり、と唾を飲み込む。
明日のその時間、私は「スタッフ」としてではなく、一人の「利用者」として図書館へ行こう。
そこで偶然を装って彼を待てばいい。もし会えなくても、来ない彼を家で待ち続けるよりは、ずっといい。
地味で、臆病で、いつも誰かの後ろに隠れていた私が、人生で初めて、驚くほど大胆な決意を固めていた。




