4.
カウンターに戻り、私は本のバーコードを読み取った。ピッ、という電子音が静かな館内に響く。彼の図書カードをスキャンしながら、さっきのまっすぐな感想の余韻に、また少し胸の奥がくすぐったくなった。
「貸出の手続き、完了しました。返却期限は、また2週間後の──」
「あ、また1週間くらいで返しに来ちゃうかもしれません」
納富さんは、カードと本を受け取りながら悪戯っぽく笑った。
「今回の本も、きっと一気に読んじゃう気がするので。……それに、早く返せば、また次の本をおすすめしてもらえるかなって」
「え……」
まっすぐな言葉に、今度こそ心臓が大きく跳ねた。
言葉に詰まった私を見て、彼は「あ、すみません、指名するみたいに変なこと言って」と少し慌てたように頭を掻いた。
「いえ、そんなこと……! すごく、嬉しいです。いつでもお待ちしていますね」
私がなんとかそう答えると、納富さんはホッとしたように「よかった」と微笑み、本を大切そうに鞄へ仕舞った。
「じゃあ、ありがとうございました。神上さん」
「はい、お気をつけて。ありがとうございました」
彼は小さく一礼して、自動ドアの向こうへと歩いていく。
しとしとと降る雨の中、傘を開いて駅の方へと向かう彼の後ろ姿を、私はドアが閉まるまでじっと見つめていた。
さてと、作業に戻ろうとした、その時だった。
(……あ!!)
彼の姿が見えなくなった瞬間、頭の中にパッと来週のシフト表が浮かび上がり、私は心の中で悲鳴を上げた。
(来週の今日……私、公休でお休みじゃない!!!)
よりによって、1週間後の同じ曜日は私の休みの日だった。
彼が「1週間くらいで」と言ってくれたのは、きっと今日と同じ曜日のこの時間帯をイメージしているはずだ。それなのに、その日に私はここにはいない。
(どうしよう……! 『いつでもお待ちしてます』なんて言っちゃったのに……!)
今から追いかけて「来週はいません!」と言うわけにもいかない。ぐるぐると頭の中がパニックになり、急に顔から火が出そうなほど恥ずかしく、そして猛烈に焦ってきた。
「……神上さん? どうしたの、急に頭を抱えちゃって。頭でも痛い?」
背後から先輩司書に心配そうな声をかけられ、私は我に返って慌てて眼鏡の位置を直した。
「あ、い、いえ! なんでもないです、ちょっと勘違いをしちゃって……!」
「ふーん? さっきの利用者の方と、なんだかすごく楽しそうにお話ししてたね。神上さんがそんな風に笑い合ってるの、初めて見た」
先輩は温かい目で見守るようにそう言って、事務室へと戻っていった。
私は自分の両頬にそっと手を当ててみる。
焦りと気恥ずかしさで、さっきよりもずっと顔が熱い。
パソコンの画面に反射して映る自分の顔は、眼鏡の奥で、情けないくらいにうろたえていた。
(もし来週来てくれたら、すれ違っちゃう……。でも、もしかしたらもっと早く来るかもしれないし、遅くなるかもしれないし……)
鞄の中に収まったであろう、桜の表紙の文庫本を思い浮かべる。
せっかく見つけた小さな楽しみが、自分の伝え忘れのせいで早くもすれ違ってしまうかもしれない。私は心の中で激しくジタバタしながら、落ち着かない足取りで閉館作業の続きへと向かった。




