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凪のしおり   作者: karo
4/10

4.


カウンターに戻り、私は本のバーコードを読み取った。ピッ、という電子音が静かな館内に響く。彼の図書カードをスキャンしながら、さっきのまっすぐな感想の余韻に、また少し胸の奥がくすぐったくなった。


「貸出の手続き、完了しました。返却期限は、また2週間後の──」

「あ、また1週間くらいで返しに来ちゃうかもしれません」


納富さんは、カードと本を受け取りながら悪戯っぽく笑った。


「今回の本も、きっと一気に読んじゃう気がするので。……それに、早く返せば、また次の本をおすすめしてもらえるかなって」


「え……」


まっすぐな言葉に、今度こそ心臓が大きく跳ねた。

言葉に詰まった私を見て、彼は「あ、すみません、指名するみたいに変なこと言って」と少し慌てたように頭を掻いた。


「いえ、そんなこと……! すごく、嬉しいです。いつでもお待ちしていますね」


私がなんとかそう答えると、納富さんはホッとしたように「よかった」と微笑み、本を大切そうに鞄へ仕舞った。


「じゃあ、ありがとうございました。神上さん」

「はい、お気をつけて。ありがとうございました」


彼は小さく一礼して、自動ドアの向こうへと歩いていく。

しとしとと降る雨の中、傘を開いて駅の方へと向かう彼の後ろ姿を、私はドアが閉まるまでじっと見つめていた。


さてと、作業に戻ろうとした、その時だった。


(……あ!!)


彼の姿が見えなくなった瞬間、頭の中にパッと来週のシフト表が浮かび上がり、私は心の中で悲鳴を上げた。


(来週の今日……私、公休でお休みじゃない!!!)


よりによって、1週間後の同じ曜日は私の休みの日だった。

彼が「1週間くらいで」と言ってくれたのは、きっと今日と同じ曜日のこの時間帯をイメージしているはずだ。それなのに、その日に私はここにはいない。


(どうしよう……! 『いつでもお待ちしてます』なんて言っちゃったのに……!)


今から追いかけて「来週はいません!」と言うわけにもいかない。ぐるぐると頭の中がパニックになり、急に顔から火が出そうなほど恥ずかしく、そして猛烈に焦ってきた。


「……神上さん? どうしたの、急に頭を抱えちゃって。頭でも痛い?」


背後から先輩司書に心配そうな声をかけられ、私は我に返って慌てて眼鏡の位置を直した。


「あ、い、いえ! なんでもないです、ちょっと勘違いをしちゃって……!」

「ふーん? さっきの利用者の方と、なんだかすごく楽しそうにお話ししてたね。神上さんがそんな風に笑い合ってるの、初めて見た」


先輩は温かい目で見守るようにそう言って、事務室へと戻っていった。


私は自分の両頬にそっと手を当ててみる。

焦りと気恥ずかしさで、さっきよりもずっと顔が熱い。

パソコンの画面に反射して映る自分の顔は、眼鏡の奥で、情けないくらいにうろたえていた。


(もし来週来てくれたら、すれ違っちゃう……。でも、もしかしたらもっと早く来るかもしれないし、遅くなるかもしれないし……)


鞄の中に収まったであろう、桜の表紙の文庫本を思い浮かべる。

せっかく見つけた小さな楽しみが、自分の伝え忘れのせいで早くもすれ違ってしまうかもしれない。私は心の中で激しくジタバタしながら、落ち着かない足取りで閉館作業の続きへと向かった。



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