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「お前も入学してきてて…本当はずっと『謝りたい』と思ってた。だけど俺はここではレックスだから、それもできなくて…。
本当に、すまなかった。本当に反省してる。お前がセルマ・スミスとしてファレル伯爵夫人になるのは名目上だけで、学院を卒業してしまえば、俺とお前の接点もなくなって書類上の関係だけになるという事も納得してる。
お前の側からすれば、俺との縁なんて何も良いことがなかったろうなって理解してる。
それでも言わせて欲しい。…俺はお前に助けられたと知ってから、お前が去ってから、ずっとお前の幸せを願ってきた。
俺が自分の手で幸せにしてやれれば良いんだろうけど、それが叶わないと知ってるから…だから祈る事しかできないけど。
俺はお前に幸せになって欲しい。だからお前を幸せにできない男になんて引っかかって欲しくない。お前が好きだ…。
俺なんかに好かれても迷惑だと思うんだろうが、学院に在学してる間だけがお前と会える時間だと分かっているから、どうしても伝えておきたかった…」
「…ジャン様…」
(いつの間にか成長してたんだね…)
と思って、少し微笑ましくなった。
勿論、彼の好意に同じような好意を返せるのかというと、それはない。
「最終学年の1年間。変わらずに接してくれると助かる…」
「…分かりました。…でもレックス様の役どころはウォーレス様の従者で『添え物』的な役どころですから、『変わらず』だと、お話しする機会も少ないと思いますよ?」
「それで良い。…俺は、見てるだけで、満足なんだ。お前が無事でいられて生きててくれるのを見守れるだけで幸せだから…」
「…有り難うございます」
「…さて。ウチの従者の正体の種明かしも済んだし、エルシーの容姿についても説明できたし、話は済んだという事で良いのかな?」
そう声をかけられてウォーレスを見ると…
何故かウォーレスの顔は引き攣っている。
「?どうかしたんですか?」
「…いいや。どうもしない。本物のレックスは従者だけど、ジャン様は伯爵令息だし、シレッと抜け駆けするような性格だと分かっても、俺は目くじら立てたりはしない。
というか、身分的にできない。だから何でもないんだ。ここからは男同士の話し合いがあるから、お前は席を外しててくれ」
とウォーレスが顔を引き攣らせたまま告げた…。
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その後は平穏な日々が
「嵐の前の静けさ」
のように感じられた。
エルシーの話を聞いた事で
「本当に種族間の溝は深い」
と感じたのだ。
溝というものはどうしようもなく存在していて…
どんなに混じり合って溝が埋まったかのように見せかけられても
「穿り返した方が得できる」
と思う者が出てくれば穿り返される。
そんな損得勘定だけで生きる者を
信頼したり
愛したり
贔屓したり
特別扱いで良い思いをさせると
彼らはどこまでもつけあがる…。
フィリスやエルシーに対して長年野放しにしてきた北部吸血鬼は
「疑わしきは罰せず」
という方針を敵に対して貫いている。
逆にエルフ側は
「疑わしきは罰せよ」
を吸血鬼に対して徹底して貫いてきている。
イアンの言う
「ノミを潰す」
云々の喩えは絶妙過ぎるが…
それでも随分と
「吸血鬼の巣窟に入り込んだ天敵」
に対しての対応としては手緩い気がする。
何故なら
「もしも私がエルフの里で暮らす吸血鬼だったとしたら…」
と仮定してみた場合ーー
絶望しかない環境が容易く予想できる。
ジャンがやられたように散々殴る蹴るされてから、エルフ達がスッキリしたところで首を落とされるか…
足を切られて逃げられないようにされて血を搾取され続け、気まぐれに吐け口として死なない程度の暴行を加えられ続けるか…
エルフ側は、彼らの陣地に紛れ込んだ吸血鬼に対して、そういう待遇しか用意しないだろう事が分かる。
相互主義を徹底するならば
「自分達の生活圏に入り込んだ敵側の人員」
に対して
「捕虜扱い」
で捉えるべきなのだ。
「敵がこちら側の人員を捉えて捕虜にした場合にどんな待遇を与えているのか」
を参考に待遇を相互的にすり合わせるべきもの。
エルフの里に入り込んだ非戦闘員の吸血鬼がただでは済まないのなら、北部に入り込んだ非戦闘員のエルフに対してもただで済ませてはならない。
エルフがエルフの里以外の場所で
一方的に吸血鬼を襲撃して
一方的に殺して
一方的に血を搾取するのなら
吸血鬼も北部以外の場所でも
一方的にエルフを襲撃して
一方的に殺して
一方的に搾取しなければならない。
そうしなければ相互主義に反してしまう…。
ふと以前ノークスが言っていた事を思い出した。
ーーその辺の感覚がモルガン家の人達もイアン様も、俺達とは違ってるんだ。何ていうか、恨みの力とか情念の力みたいなものを甘く見過ぎているように思える…ーー
そう。
恨みの力とか情念の力みたいなものを甘く見過ぎての相互主義違反。
自陣の戦闘員に専守防衛を強いて
自陣の戦闘員に不利を強い
打って出るのにも
「大義名分が必要だ」
と制限を課すのは
敵の力を甘く見過ぎているからだ。
モルガン侯爵城からは案の定、フィリスが埋めた呪物があちこちから出てきていた…。
逆恨みの力は決して無力じゃない。
私はあの城に暮らした時間のお陰でモルガン家に対して不信感を植え付けられた。
逆恨みの力は人心分断に有効に作用するのだと、私は実感している。
私にはモルガン侯爵城にいた当時「呪物」というものの知識が皆無だった。
だからあの頃はそれに気付かなかった。
だけど、イアンやアルバート先生は違っただろう…。
あの人達は私がフィリスの呪物のせいで皆から意地悪されてたのを知ってた筈だ。
一体どんな気持ちで私を監視していたのだろう。
(私という存在は不本意ながらジャンと同じく「千尋の谷へ突き落とされる獅子の子」だったのかな?あの人達にとって…)
私がレルフに殺されたと思ったアルバート先生の目には涙のあとがあって、あの時、彼が泣いたのは明らかだった。
私の「死」に対しては動揺し、悲しむ感性はあるようだ。
なのに私が意地悪をされ続けていた事には無関心でいる事ができた、というのか…。
(私には、アルバート先生の心理が解らないな…)
と思った…。




