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「それでーーお前に言い辛いのは…エルシーの事なんだが…。…エルシーの見た目というのが、だな。
…母親がハーフエルフだったから、母親側の血を強く引いたらしい。
…エルシーの見た目は彼女の母親同様にハーフエルフのそれだった。金髪碧眼で耳が尖って、愛らしい容姿だった…。
なのにショーンお祖父様がお前に気を使って、お前が来る直前にエルシーの容姿に関する記憶をあの屋敷の使用人達の中から消したんだ。
そして俺にも『ハーフエルフがこの屋敷に居た事を話すな』と命じた。
それで俺は完全にムカついた。完全に八つ当たりだったが、お前にムカついて随分と酷い態度をとっていた。
あの頃の俺はバカだったから、完全にエルシーに絆されていて…お前のような反エルフ思考の持ち主こそがエルフと貴種が歩み寄る弊害になっている邪魔者なのだと思い込んでいた。
お前のようなヤツさえ居なければ貴種は誰はばかる事なくエルフやハーフエルフとも想い合い結ばれる事ができるようになるのだと信じていた…」
「…スミマセン…。私の耳と頭がオカシイって訳じゃ無いなら、今目の前にいらっしゃるレックス様は実はジャン様って事ですよね」
「ああ」
「あのジャン様、ですよね?ファレル伯爵家の、後継の、ジャン・ファレル様ですよね?」
「ああ…」
「…信じられない。…エルフにあんな目に遭わされて、ハーフエルフなんかに惹かれてたんですね?
…『エルフは敵だ』って物心つく前から教わってたでしょうに、まさか被虐趣味の持ち主だったんですか?」
それは本当に腑に落ちない点だ。
ハーフエルフなんかに手を付けて子供を産ませた貴種が居た事も驚きだが、ハーフエルフの容姿を持つ少女に惹かれて、ああまで婚約者を蔑ろにできたジャンの感性が理解できない。
それこそジャンが頭が悪くて
「エルフは敵だ」
と理解できていなかったなら仕方ないのだろうけど…
その程度の事くらい理解できるだけの知性はあった。
あの頃から…。
「…あの頃の俺は本当にバカだったって今でも思ってる。…お前が両親をエルフに殺されてるって事情も聞いていた。
『エルフに親を殺された子を引き取るからハーフエルフのエルシーを伯爵家には置いておけないんだ』と言われて、俺は一方的にお前を恨んだが…。
考えてみれば、親を殺された側がエルフを恨むのは当然だし、本当に、エルフは貴種にとって天敵だ。
エルフを敵だと理解できていなかった俺の方が間違っていた。
『何故みんな、あの子を嫌うんだろう。あの子はみんなから嫌われていて可哀想だ。仲良くしようと声をかけると大喜びしてくれる。可愛い』と、完全に絆されていた。
その結果、あの事件だ。あのザマだ。…俺はエルフとも『ちゃんと話し合えば分かり合えるんじゃないか』って内心で思ってた。
そういう考えは『これまで一方的にエルフに襲撃されて狩られてきた先祖達への裏切りだ』と、今は分かるが、あの頃の俺は理解できていなかった。
貴種のほうが圧倒的に優れているのだから、強者である側が譲歩して話し合いの機会を作ってやるべきだとすら思っていた。
エルフが憎悪を向けてくる事だって外交上の行き違いが原因で、要は『貴種の側に対外的対応を上手くできる人材がいないから起きている問題なのだろう』って、どこかで先人達の努力を見下していた。
だけど、そうじゃなかった。…エルフに攫われて、エルフ達に延々と何時間も回復が追いつかないくらいにまで散々殴る蹴るされて、やっと溜飲を下したエルフ達から『それじゃ、殺るか』と言われて、家畜でも屠る感覚で首を落とされて…。
そうなって漸く俺は、エルフという生き物の筋金入りの邪悪さに気が付いた。
だけど全ては手遅れで…。俺は意識を失う瞬間にはお前の事を思い出して『謝りたかった』と思ったんだ…」
「………」
何とも言えない…。
「自分自身がそんな風だったから、ノークスが誑かされた原因も分からないでもないんだ。
ノークスのやらかしの最大の原因は勿論、フィリス卿が暗示で指示を出したからというのがあるんだろうが…。
基本的に貴種には暗示耐性がある。貴種が貴種に暗示をかける場合、『相手が本当にやりたくない事をやらせる事はできない』という制限がどうしようもなくある。
つまり、ノークスが本当に『婚約者を裏切りたくない』と強い気持ちでそう思ってたら、ああいう事にはなっていない。
きっと昔の俺と同じように『何故みんな、あの子を嫌うんだろう。あの子はみんなから嫌われていて可哀想だ。仲良くしようと声をかけると大喜びしてくれる。可愛い』と絆されてしまったんだろうと思う。
そういうのは初見殺しのトラップみたいなもので、哀れみを誘い、健気さを演じる事で取り入る手口なんだろうけど…。
男ってバカだから、一度引っかかって痛い目に遭う事でしか罠を罠だと認識する事さえできないんだ…。
エルシーはまるで小動物みたいに懐に入り込んでくる。
エルフに憑かれてたフィリス卿に唆されて、婚約者のいるノークスを誘っておきながら『手篭めにされて妊娠させられた』って風に周りには吹聴していたらしい。
ノークスには『愛してる。貴方しか縋れる人はいない』とか言いながら、周りには『責任を取ってもらえないのなら法的に訴える』とか言ってたって話だ。
フィリス卿の唆しがあったとは言え、二面性があり過ぎるだろう?
おそらくノークスが入籍してくれなかったなら、エルフの里にでも行って『吸血鬼に弄ばれた、性奴隷にされた、報復して』とか好き放題に冤罪捏造してた筈だ。
…そういう生き物がいるんだって事を俺達は深刻に受け止める必要があったんだろうと思ってる。
結局、フィリス卿の父のホレス卿がハーフエルフなんかを見初めてモルガン騎士爵家へ連れ込んだのが災いの元だったんだ。
幼かったフィリス卿が継母のハーフエルフに唆されてエルフ達と接触して、まんまと攫われた時点で歯車が狂い出していた…」
「…ホレス卿とハーフエルフはどうなったんですか?」
「勿論、粛正された。だからフィリス卿とエルシーは異母兄妹で、2人きりの家族という事になるんだろうな。
お前がモルガン侯爵城に着くなりフィリス卿から盛大に嫌がらせされた事は後から聞いた。
フィリス卿ももしかしたらあの頃の俺と同じように『エルフを恨んでる貴種が入り込んだせいでエルシーが家格の劣る家へやられた』と逆恨みしてたのかも知れない」
「…本当に、私は逆恨みされまくりの環境でネチネチ嫌がらせされ続けてたんですね…」
「俺もその一端を担ってたんだ。…すまない…」
「結局、エルシーは今後どうなるんでしょうか?」
「様子を見る事になる」
「様子見ですか…?」
「つまり、こちらとしてはノークスも他の貴種も誰もエルシーを今後相手にしない姿勢でいく。
使用人達にもエルシーを虐めたりしないようにキツく言い渡しておく。
それで今後、問題を起こすなら処分するという方針だ」
「問題、起こすんでしょうか?」
「エルシーは、なんていうか…根っからの『役者』だという気がするよ。『不当に虐げられながらも健気に愛を乞う美少女』という役所を演じているから、他の使用人達から冷たくあしらわれても、当人はそれほど気にしていなかった。
誰かしら誑かされてエルシーに惹かれて頭がオカシクなれば、エルシーは『影響力を振るえた』というご褒美を実感できて、疎外されて感じた惨めさも忘れられるんだ。そしてそういう在り方に依存症になっている。
ノークスが今後『忙しいから』と言ってエルシーを相手にせずにいたら、そのうち使用人の中から絆されやすそうな男を引っ掛けて、浮気し出すのは目に見えている。
それをネタに追い出せば、今度はそれこそエルフの里にでも行って『吸血鬼に弄ばれた、性奴隷にされた、報復して』と言い出す事だろう。
だから、『そうなる可能性が高い』のを承知の上で放置・観察して、本当にそうなった時こそ、殺処分するという方針が決められたんだ…」
「わざわざ彼女が裏切るまで待って粛正するんですね。気が長いというか、何というか…」
「俺もそう思った。…だがイアン様に言わせると『災いの種は慎重に潰す必要がある』との事だ。
『ノミを不用意に潰せば、ノミの中の卵が散らばる事になる』って…。喩えが酷いが、その通りだと思う」
まぁ、確かに。
その通りなのだろう…。




