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ファレル伯爵邸までつつがなく到着。
「送っていただき、どうもありがとうございました」
とお礼を言って、相手の反応を待たずに、そのまま屋敷へと入った…。
(マーティー・ブランドンからは「隙を見せると色々話しかけてくる人」特有の雰囲気を感じたのだ。逃げるに限る…)
「…(ハァァーッ)精神的に疲れた〜…」
と盛大に溜息が漏れた。
アルバート先生が
「お疲れ様でした」
と言って玄関先に控えていた事で
(…使い魔で覗いてたんだな)
と分かった。
モルガン侯爵城の侍従のアンディーと違って、この先生は使い魔の視覚情報を『監視の魔法陣』へ転送などという事はせず、どうやら自分で使い魔の情報を見聞きしているようだ…。
(ご苦労なことです…)
「大変な事になっていたようですね」
「ええ。またもエルフでしょうね。イーリー達だという確証はありませんが、エルフの仕業なのはタイミング的にも間違いないと思いますよ」
「全く、困ったものです。エルフという生き物は見聞きする情報の全てを悪事に利用しようとする性根で生きているのでしょうね」
「それはそうと、王国騎士団へ研修に出されてるカーネル・ウィルソンってバレリウス子爵家の嫡子なんですね?先生はご存知でしたか?」
「ええ。ウィルソン家は昔から時折治癒適性魔力の持ち主が出ていたようです。ルビーさんもご存知のモルガン侯爵城のアンディー・ウィルソンもバレリウス子爵家の血縁者ですね」
「…ですよね。…カーネルがアンディーに少し似てたし、姓が一緒なので『そうかな?』と思ってました」
「…ルビーさんはカーネルにも口付けの暗示を施していた筈ですから、カーネルがルビーさんを陥れる筈がないんですけどね…。まさか暗示が上書きされたのでしょうか?」
「それは分かりません。魔眼で見れば暗示を受けた痕跡があるかどうかは分かるんですが、誰がどんな内容の暗示を施した時の痕跡なのかまでは判らないんです」
「魔力探知で見ても区別が付きませんか?」
「多分、誰かが上書きした直後なら分かると思います。暗示の魔力は最初は術者の魔力が被術者の眉間のチャクラ近辺に塊になって留まってる感じで、そのうち被術者当人の魔力で同じ物が形成されて延々留まり続ける感じなんです。
だから魔力探知で各個人の魔力を色に擬えて区別できても、既に時間経過していて塊が被術者当人の魔力で形成される段階に入ってると意味がないんです」
「私は魔眼持ちじゃないのでチャクラ近辺の魔力のような体内魔力が見えませんが…そうした塊の『形』や『大きさ』に術者側の個性が出ていたりとかはないんでしょうか?」
「…そう言われれば、もしかしたら微妙に術者毎に違いがあるのかも知れませんね」
「ともかくカーネル・ウィルソンが何故、偽物のルビーさんが王国騎士団に『もう1人の研修生』として現れた時に『此処に来る筈がない』という指摘をしなかったのかに関しては、ブランドン隊長が読心して調べてくれる事でしょう」
「そうですね。多分、私にできることはもうないでしょう。こちとら治癒能力以外にこれと言って抜きん出た才能がある訳じゃないですしね」
「…ルビーさんは優秀ですよ?」
「超加速を100倍で展開できるようにならないと戦闘員としては負けます。天敵に…」
「エルフの魔力持ちの幾人かが超加速を100倍で展開できるようになったのは、10年ほど前かららしいですよ…。
ちょうどイアン様に重傷を負わせて返り討ちに遭った連中なので『100倍超加速を身に付けて数年で死んだ』事になりますが…。
超加速の魔法陣の図形がエルフに流出したのが50年くらい前だという事を勘定に入れると『40年かけて、やっと一部の戦闘向きエルフが短時間の100倍超加速ができるようになった』という事です。
エルフは粘着ですからある意味で並外れて努力家です。40年ひたすら努力して一部の者が使いこなせるようになった訳です。
ルビーさんはまだ7年かそこらでしょう?しかも他にも色々な術を身に付けて教養を身に付けてきた。充分、ルビーさんは才能溢れる天才ですよ」
「アルバート先生は…昔から私への評価が高めですよね?」
「…私はずっと貴種の皆様の家庭教師を勤めてきましたが…ルビーさんが一番素直で謙虚で可愛らしい生徒だったと断言できます」
「…私以外の貴種はみんな傲慢で我儘だったって事ですね?ああいう人達と比較されても褒められてる気はしません」
「ですが本当にルビーさんは優秀ですよ」
「…アルバート先生は一体何歳なんですか?考えてみたら、私、先生が幾つなのかも知らないし、何処で学んで教養を得たのかも何も知らないんですよね」
「…年齢は秘密です。見た目ほど若くはないとだけ申告しておきます」
「考えてみたら私は先生の事をよく知りません。先生のお母さんはファレル家の侍女だった人ですか?」
「…さぁ、どうでしょうね?」
「ファレル家の子供達は貴種は侍女達に育てられてたみたいですけど、それ以外の魔力持ちや魔術師は誰が育てるんですか?実の母親が育てるんですか?」
「…ファレル伯爵邸やモルガン侯爵城にいらした頃に薄々気付いてるとは思いますが…。『託児部屋』のような、所謂保育園に該当する場所があって、そこで保母役の使用人の手で育てられています。
物心着く頃には使用人部屋に移されて、使用人として働く事になるので、『託児部屋』で育つのはせいぜい5歳くらいまででしょうか」
「アルバート先生も、そうやって育ったんですか?」
「ええ」
「だからイアンおじ様の事を『父上』とかじゃなく『イアン様』と呼ぶのに抵抗がないんですね」
「そうですね。『貴種に生まれつかない限り血縁者が血縁者じゃない』という価値観の環境なので、たとえ魔術師とは言え人間に生まれつくと『親はいない』かのような感覚で育つものなんですよ」
「私は…前世で親に育児放棄されてて施設で育ったので、やっぱり『親はいない』ような状態でしたね」
「それでも『一族意識』のようなものは使用人の間にあって、それにぶら下がって善意の恩恵を受ける事はありました。そこまで不満は感じずに生きられたと思います」
「そうだったんですね…。私も何故かアルバート先生に対しては『一族意識』のようなものを感じてしまってるようです」
「嬉しいですね…。私にとってもルビーさんは歳の離れた妹みたいな存在だと思っていました」
そう言われて微笑ましい気分になった。
(…この人の人生の軌跡を知ると、この人の在り方も環境の産物として許容できるのだから不思議だな…)
前々から思っていた事だがーー
身内意識で相手を見ると、色んな事が情状酌量の余地ありに見えるし
敵だと捉えて見ると、どんな事にも情状酌量の余地がないように見える。
そうした自分自身のダブルスタンダードな感性を自覚していると
(私は法曹にはなれないし、なってはいけないんだろうな…)
と思ってしまうものだが…
誰も彼もがそんな風に潔癖さを自分に求めると
「法曹界がダブルスタンダードなアンチに仕切られてしまう」
という事態に繋がってしまう。
要は
「必要悪として、その領域に根を張る人達が身内にいない」
場合には簡単に
「ダブルスタンダードなアンチがその領域で独り勝ちして独善的になっていく」
という悲劇が社会を歪める。
スミッソン商会は悪徳商会だし、シルヴィアス伯爵家もシルヴィアス男爵家も決してお綺麗じゃないだろうけれど…
「身内だから」
という理由で、そこに必要悪を見立ててしまえる。
それと同じ感覚をアルバート先生にも感じてしまう…。
「私は先生が何か邪悪な所業に手を染めたとしても『きっとそうしなければならない理由があって、そうしたのだ』と善意の解釈をするのだと思います。
血縁の者達に対してそうした意識が働くのと同じように…」
私がそう言うと
先生は微笑みながら
「…ルビーさんは優しい子です。多分、貴女という存在がいるから、私は、母親に産み捨てられた寂しさすらも、どうでも良くなってしまえるんでしょうね…」
と呟いた…。




