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アッシュクロフト家の古い屋敷ーー
普通なら女中を数人雇うくらいには広い。
古くて広いと掃除だけでもそこそこ大変だ。
それに加えて洗濯と炊事も私の仕事に追加されているので…
ここにきて数日で手がボロボロになった。
アガサの手もボロボロだったので
「養女という名の奴隷の待遇としてはこれが普通なのだ」
という事が分かる。
私はクレアのことを思い浮かべながら
(あのオバサン、アガサが来る前は自分で全部家事をやってたんだよね?)
と訝しく思った。
自分でやった事がない労働なら、その大変さが分からないだろうが、自分でやった事がある労働なら、その大変さが分かる。
分かったうえで8歳の子供に全部やらせてるのだとしたら、少し…
というか、だいぶ、頭がオカシイのかも知れない。
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私は自分の前世をふと思い出す。
セルマとしての私は5歳の時に肺炎になった。
その時に
「あっ!前世は肺炎で死んだんだった」
と前世の記憶を思い出し、そのまま覚醒してしまった。
前世では私は児童養護施設育ちだった。
前世の両親は死んだとかではなく、単に前世の私は両親に育児放棄されていて、餓死寸前まで放置されたところ、それが通報された事で児童養護施設で保護されていた。
児童養護施設の場合ーー
施設長の人柄やコネ次第ではそこそこ普通レベルの暮らしができるものらしいが…各施設にも勝ち組・負け組の分類があって、私がいた施設は負け組に属していた。
つまり施設長に強力なコネとかが無くて、子供達は貧しい暮らしを余儀なくされていた。
その上、施設職員には人格的に問題のある者が多かった。
「安月給だとマトモな人間は定着しない」
という社会事情は、大人になってから知った。
人格的に問題のある職員の中でも特に酷い人は、異様に背が低くて異様に太っていて舌足らずな喋り方をする声の甲高い女性だった。
その女性職員自身が精神障害者だったのかも知れないが、その職員はやたらと身体障害児を依怙贔屓する人だった。
同じ施設に収容されていた身体障害児のNちゃんに対して
「世話が面倒くさい」
「相手にすると疲れる」
という本音を出すと…
Nちゃんを依怙贔屓するその女職員が血相変えて飛んできて、こちらの襟元を掴みながら
「人間の心が無いんですか!」
と怒鳴りつけてきた事があった。
子供の頃の私は
「世の中には差別があり、障害児への虐待は命さえ危険に晒すような苛烈なものになりやすいのだ」
という社会事情を知らなかった。
「世話してもお金にならない物理的労働・感情労働を嫌がった」
だけだった。
障害児を虐待した訳でもない。
なのにその女性職員は施設の収容児である私に対して
「障害児を虐待して殺す毒親のような犯罪者イメージ」
でも勝手に投影していたという事なのか…
憎々し気に顔を歪めて
「貴女のような人間が裁かれもせずにいるから、善人は報われないんです!」
と正義面して、度々私を罵った。
当時は子供だったので…
ひたすらショックだったし、傷ついていた。
自分が野放しの犯罪者のイメージを勝手に投影されて
「すり替え憎悪」
「すり替え報復」
されていた事には、大人になって気付いたが…
当時は子供だったので
「大人の側の人格破綻」
を認識できておらず
「キチガイに嫌われても痛くも痒くもない、と開き直る」
ような心的自己防御ができなかった。
貧しい生活をしながら…
そうやって
「本来なら後ろ盾である筈の施設職員からも目の仇にされていた」
のだから、施設内でも、学校でも、イジメの標的にされたのは…
ある意味で必然だったと言える。
お金がなかったので、お金を強請られるようなイジメはされなかったものの…
「集団ストーカー」
「ネットいじめ」
と呼べそうなイジメには遭った。
つまりは加害者達は、こちらに対して監視と個人情報の収集を先に行った訳だ。
その上で、こちらの人物像を歪曲して卑しめ嘲笑を共有し、個人情報を晒して、全く何の関係もない第三者まで同じ空気に巻き込んでいた。
携帯電話もパソコンも持ってなかったので、どこまで酷い事が捏造されて嫌悪されていたのか全貌は知らない。
(知りたくもない)
リアルでは主にーー
いつの間にか荷物が隠されたり、トイレへ立った隙に椅子が盗られたり、椅子に座っていると後ろからゴミを投げられたり、身に覚えのない悪口を言われたり、施設内で口にしたセリフが猿真似されたり、教室の前の席から後ろの席へ配布されるプリントが前の人で止まって私にはもらえなかった…
そういう陰湿な仕打ちを男子のイキリ(陽キャもどき)グループが率先してやっていた。
男が集団で女子独りをイジメて、心から楽しそうに嗤っていられる性根など
「女の腐ったみたいな男」
「頭がオカシイ」
としか思えなかった。
何故皆が皆、あのクズどもに白い目を向ける代わりに、あのクズどもを受け入れていて
「可哀想〜」
と言いながら私を嗤いものにして一緒に楽しんでいられたのか…。
今でもあの連中に対して
あのクラスメイト達に対して
「死ねば良いのに」
と心から思う。
就学奨励費が全額出ていたので高校までは無償で行ける筈だったのだが…
高校でもイジメられ
「卒業まで耐えきれないだろう」
と思い、中退。
その後は独り立ちを強いられた。
中卒で働けるような場所など滅多にない。
それでも何とかパートタイマーで学歴不問の工場内作業の仕事を見つけて、月給十万弱くらい貰って(家賃光熱費で六万以上が飛ぶ)暮らしていた。
「一生、エアコンもない極貧生活が続くんだろうな」
と諦めていたのだが…
職場の人の紹介で知り合った男と付き合うようになり、結果、妊娠。
出来ちゃった婚をした。
そして夫となった男は運悪く長男だった。
夫の父と母が一緒に暮らすようになったが、夫の両親は家事協力を一切しない人達だった。
尚且つ「とある宗教の信者」で、物の見方が独善的な人達だった。
「口出しされるより、全部自分だけで取り仕切るほうが精神的に楽だろうから」
という理屈で手出ししないと明言してた人達だった割に、私へのダメ出しを日常的に行った人達。
露骨に悪人ではないにせよ、ナチュラルボーン差別者とでも言うべき人種。
自然体で、悪気なく、罪悪感もなく、立場の弱い者を踏み付けにしていた。
「子供が出来たのなら仕方なく受け入れてやるが、本来ならウチの子はもっと(条件の)良い人と一緒になれた筈。有り難く思え」
という意味合いの事を毎日のように言っていた。
悪気なく無邪気に。
ただ真実を口にしているだけ、という様子で。
学生時代にイジメられ続けた事に関しても
「花には蝶々が寄ってきて、ウンコには蠅がたかるんです」
という正論風に装ったヘイトスピーチを
「悟りすました賢人風の貫禄」
でぶつけられた。
要は
「アンタがウンコだから蝿にたかられてたんだよ。イジメられたのはアンタが悪いから」
というイジメ加害者擁護発言。
(よっぽど私の事が嫌いだったんだろう…)
それでいて、そんな性格の人達が人付き合いという点ではこまめに気を使う人達だったようで、カラオケサークル的な集いに参加していて友人知人も多かった。
パソコンの使用が許される時があったが…
そういう時は舅親やその友人知人のネット上の書き込みに対して「いいね」を付けて回る「人気擬態要員」としての使用だった。
知人や友人には心からの親愛を注ぎ心からの信頼関係を築いていたらしく、社交的で常に人と関わっていた人達だった。
善人だったのだ。
私以外の普通の人達に対しては…。




