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半世紀ほど前まではーー
まだこの国でも吸血鬼というチート亜人への偏見が激しかった。
吸血鬼を「血を啜る魔物」呼ばわりして亜人扱いを認めずにいた人達は、吸血鬼狩人を支持していたらしい。
だが今の世では少し事情が異なる。
このグレイス王国内に限った話ではあるが一部の吸血鬼は
(北部のモルガン家は)
「王家の庇護者」
と位置付けられ、王国中央で重用されている。
かつてグレイス王国は近隣国から国を乗っ取られる危機に瀕していた。
その頃は
「南部貴族家はグレイス王国にではなく大陸側の国々へアイデンティティを置くアイデンティティ異邦人、つまり売国奴だ」
「北部吸血鬼達はそうした売国奴にくみしてエンチャントを使っている売国奴の従魔だ」
という認識がされていた。
だがある時点を境にーー
北部吸血鬼達は南部権力に一斉に牙を剥き南部貴族達を制圧。
南部に巣食っていた異邦勢力を一掃してしまった。
元々北部吸血鬼達は
「南部の古城バルモーラル公爵城の地下にある遺産保管庫を狙っていた」
のだ。
北部吸血鬼達がバルモーラル公爵城の地下遺産保管庫の遺産を入手できた時点で
「南部貴族達の言うことをきく必要性がない」
という状態になり、邪魔になったので処分していった。
北部吸血鬼達が
「異邦権力を大幅に削いで国に貢献した」
事は実は
「結果論に過ぎない」
のである。
しかしグレイス王国が北部吸血鬼達のお陰で
「半ば『大陸側の経済植民地』と化していた南部を取り戻せた」
のも事実だ。
その功績を認められて
「北部は北部吸血鬼達のものだ」
(北部は吸血鬼用の人間牧場だ)
と
「中央権力から正式に認知された」
のだった。
(と私は両親から教わった)
ヴァンパイア・ハンターが北部に入り込んで好き勝手にできないのは
「北部において問題を起こしたヴァンパイア・ハンターの処遇は、吸血鬼一族に一任されている」
からである。
ヴァンパイア・ハンターには筆舌尽くしがたい壮絶な拷問が施されるが、それは国からも許可されている。
王家公認でのヴァンパイア・ハンター虐殺だ。
そんな事情があって吸血鬼にとって北部はヴァンパイア・ハンターの脅威が多少は少ない地方だ。
ヴァンパイア・ハンターとその支持者達による長年の濡れ衣捏造のせいで
「吸血鬼は悪魔化されて捉えられている」
節があるものの…
吸血鬼は肉体の運動能力こそ人間よりも高いが、それも人間の高ランク冒険者と同程度でしかない、人々の妄想の中の姿よりも余程普通の亜人だ。
肉体の再生能力は高いので、その点は人間よりも有利。
だけど敵の数が多いと攻撃を畳み掛けられるので、その有利も消える。
催眠術や暗示が得意だが、その暇もなく攻撃されて首を切られれば普通に死ぬ。
四肢を切断されて、新たに四肢が生えてくるなどという事もない。
切断された四肢を6時間以内に繋ぎ合わせて固定しておくと1週間くらいで繋がるが、その1週間を安静に過ごせなければ後遺症が出る事もあるらしい。
その後もリハビリが必要。
人間より有利なのは四肢を繋ぎ合わせる高度な外科的手術が必要ないという点くらい。
吸血鬼の生態に詳しくない人間達には
「吸血鬼は遮光術を習得して昼間も普通に活動できる」
という事実を知らない者も多い。
なので昼間も普通に生活してる吸血鬼に対して庶民の皆様は吸血鬼だと気付かないで見過ごすのが普通だ。
吸血鬼にとっての脅威は実は日光ではなくヴァンパイア・ハンターなのである。
「ヴァンパイア・ハンターの多くはエルフだ」
「グレイス王国のエルフの多くが東部の森の隠れ里出身だ」
「元々はオルテガ国の森から移住してきた移民だ」
という情報は知らない人達は知らないし、知ってる人達は知っている。
人間に被害が出ない限り、人間達は亜人が亜人を狩る事に関して無関心だ。
その逆の、亜人が亜人を返り討ちにする事にも人間達は無関心だ。
そんな国内環境ーー。
私の両親もヴァンパイア・ハンターから襲撃される少し前には
「そろそろ北部に移住しようか」
「或いは新大陸に移住しようか」
と話し合っていた。
私は産まれてから3歳頃までは家から一歩も外に出させてもらえなかった。
3歳頃になって言葉での意思疎通ができるようになってから、西部の街中から森へと移り住んでいる。
曇り空と森の木陰で直射日光が遮られている中で私は少しずつ遮光術を習い、覚えてきた。
遮光術自体は5歳頃には覚えたが
「呼吸するように当たり前にいついかなる時でも途切れさせずに術を持続させる」
という事が難しくて、用心深く街中へ引っ越せずにいた。
更には
「読心術を使う人もいるから閉心術も身に付けないと」
と言われていた。
「普通の人のように暮らせるように」
などと高望みしなければ、5歳で森を出られた筈だった…。
両親は私に対して
「吸血鬼だとバレずに人間として暮らせるように」
と配慮し過ぎたのだ。
母のエリザベスは血筋的には吸血鬼と人間とのハーフで吸血鬼。
父のショーンは蜥蜴人と人間とハーフエルフの血が混じっていた。
2人とも「殺されずに暮らせた」なら、長生きできた筈の人種だ。
実際、父は30代くらいの見た目だったが実年齢は100歳越えだった。
蜥蜴人もハーフエルフも150歳〜170歳くらいまで生きる亜人なので、父はあと50年以上生きられた筈だった。
母に至っては下位吸血鬼とは言え、吸血鬼なので細胞異常系の病気になったり、殺されたりしなければ、延々と何百年でも何千年でも生きられた筈。
「狩り」だなどと誤魔化しても、吸血鬼を吸血鬼だからと殺す事はただの殺人。
ヴァンパイア・ハンターは殺人鬼だ。
ヴァンパイア・ハントには何の正当性もない。
それでもヴァンパイア・ハンターはいなくならない…。
何故なら
「吸血鬼の血は魔道具作りで用途がある」
のだという話だ。
エルフが好んで用いる「変身の魔法陣」には吸血鬼の血が必要。
「エルフは美形が多い」
という俗信は
「エルフ達が自分好みの美形に変身する」
事で保たれている虚構なのだそうだ。
素の姿のエルフを(不細工な本来のエルフを)目撃した事のある人間は案外多い。
「変身の魔法陣」には回数制限があるので自分の姿を偽って暮らすエルフは延々と吸血鬼の血を必要とするのである。
あと、吸血鬼の血は「転移魔法陣」の性能を底上げする作用がある。
普通に作られた「転移魔法陣」は「手紙」などの構造が単純な非生物しか転移させられない。
「生き物」を転移させるとバラバラの肉片となって転送される。
それを改善できてしまうのが吸血鬼の血なのだという。
変身や転移のような「分解と再構築が起こる術」を成功させるのに、吸血鬼の血が使われる。
そのためヴァンパイア・ハンターは吸血鬼を殺すと、その血を根こそぎ奪っていくのである。
吸血鬼の血は闇オークションで高値で取り引きされる品でもあるから…。
高ランク冒険者が
「稼ぎたい」
と思って密かにヴァンパイア・ハンターを兼任する事がある…。
あの日、私は母に眠り薬を嗅がされた。
母が急に血相を変えて
「こっちにおいで!」
と呼んだかと思うと、妙な薬品の染み込んだ布で私の口と鼻を塞いだ。
私は強烈な眠気に襲われながら
「事が片付くまで大人しくしていなさい」
と声をかけられた事を覚えている。
そうした事から
「ママはヴァンパイア・ハンターを返り討ちにする気だ」
と思っていた。
だけど眠り薬の効き目が切れて、私が床下収納庫から這い出た時…
真っ先に目にしたのはーー
血を抜かれて青ざめた母の首と胴の離れた死体だった。
父の死体は首も落とされておらず、ただ斬りつけられて出血多量で死んだ様子だった。血塗れだった。
斬られて死ねば血塗れなのが普通だ。
なのに母の死体の周りには不自然に血が無かった。
「吸血鬼の血=金」
という価値観の者達ーーヴァンパイア・ハンターーーに殺されたのは明らかだった…。
パニックになって叫び声をあげそうになった。
それでも泣き叫びたい衝動を堪えてーー
真っ先に思い浮かべたのは…
曾祖母であるコーネリアが始祖となった時に
「死者蘇生の力を神様から授かった(!)」
という話。
(…そうだ!いつも食料や生活物資が送られて来る「転移魔法陣」を使って「両親がヴァンパイア・ハンターに殺された」と手紙を送れば、新大陸にいる曾祖母様へ伝えてもらえるかも)
と期待して手紙を転送した。
しかしーー
何の返事も返って来ず、時間だけが経過した。
曾祖母が死者蘇生できるのは
「死後24時間以内の死体だけ」
「一個体につき一度だけ」
という制限がある事も聞いていたので…
死体発見後24時間経過した時点で両親の死体を布に包んで埋めた。
たった独りで…。
その後は
「ヴァンパイア・ハンターが引き返して来るかも知れない」
という恐怖心もあったので…
数枚の着替えと「転移魔法陣」を持って、急いで森の隠れ家を出て、北を目指したのだった…。




