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「そうした絶望した魂がどうなるかお前は知っているか?」
「参入待機空間へ戻るのでは?」
「無欲な魂はそうだが、無欲じゃない魂は悪霊化する」
「…そうなのかも知れませんね。『他の人達には当たり前に与えられている物が自分にだけ与えられない事がある』という不平等に対して『許せない』という報復欲があると成仏できないのかも。
前世の終わりに、私はそういった不平等に対して『私が私として、この世に居る限り不平等は続くだろうから、そこから抜け出して別の環境へ移る』という脱出意識があって、参入待機空間に上がれましたね」
参入待機空間へ上がって成仏できた自分を思い出す…。
あの時の私は無欲だったというより
「あの世界の全てのものに価値を見出せない」
という状態だった気がする。
そうーー
食べる事のできないご馳走の写真を見せつけられて、飢えて飢えて餓死させられたかのような…
「こんな世界では何も得られない、何も与えられない」
という真実を知ってしまった時の
「こんな世界にはいたくない」
という脱出意識。
あれはーー
無欲というより
「自分の欲の全てが脱出欲へ回された」
状態だった…。
「他人の魂の弱さや欺瞞を察知できないと理解できないかも知れないが…
大半の人間は、お前と違って、脱出を願うよりも報復欲を満たす方へ流れるものなんだ。
だから不幸で始まり不幸で終わる絶望しかない人生を終えた後に悪霊化するし、悪霊を操る連中の従魔みたいになってしまう。
そうして逆恨みの矛先を悪党に操られるようになると、普通に生きてるだけの無辜な人々を呪い祟るようになり、苦しめ殺すだけでは飽き足らずに、その魂まで堕落させようとする。
同じ運命共同体の者がそうやって悪霊化して悪意の矛先を操られ内ゲバに走っているような運命共同体は、どうしたって繁栄できないようになっている」
「悪霊は浄霊できないんでしょうか…」
「お前、教会の司祭が行う悪魔祓いで本当に悪霊が浄霊されてると思うか?そんな力を宗教家が本当に持っていると思うのか?」
「いいえ…」
「俺の知ってる限りでは前世も今世も含めて、悪霊を本当に浄霊できる者は母さんくらいのものだ。つまり始祖になれるようなチート魔術師にしかできないって事だ」
「コーネリアおばあ様、多芸ですね…」
「おそらく、もう1人の始祖もやろうと思えばできるんだろうが、あっちは『やろうと思う』という事が無いんだろうな」
「そうなるとコーネリアおばあ様がたった1人の、本物の悪魔祓い師、という事になるんですね…」
「北部で魔石が採れるようになったのも瘴気溢れる瘴土を母さんが浄化して、悪霊も浄霊して人間が立ち入れる土地へ変えたからこそのものだったんだがな…北部吸血鬼達は『恩を恩で返す』という人社会特有の礼儀を知らないようだ」
「スミッソン商会から経済封鎖されてた時期に貧しさを強いられてたからって、スミッソン商会の縁者だというだけで憎まれてましたよ?私…」
「スミッソン側では経済封鎖時代の罪滅ぼしとして北部の瘴土を大規模浄化・浄霊してあげたって認識だったんだが?」
「それじゃ北部の人達はそういう浄化も浄霊も行われておらず、自然に魔石が採取できるようになったという認識なんですかね?」
「みたいだな。…ともかく悪霊化した者達を浄霊するハードルは高い。普通はできないんだ」
「魔術師全員が浄霊できれば良かったのに…」
「それができないから、『悪霊が生み出されなようにしよう』という配慮が必要になる」
「それが奴隷商人になって生贄にされる用途の奴隷を限定する、という事に繋がるんですね?』
「そういう事だ」
「具体的には、おじさんは何を為さってるんですか?おじさんの仕事は魔眼が関係してるんですよね?」
「察しの良いお前は好きだよ」
「魔力を見る目で『生贄にしても問題のない悪人』が分かるとか、そういう事でしょうか?」
「もしかして、お前にも最低最悪の腐れ外道を見た時に、普通の人との違いが見えてるのか?」
「どうなんでしょう?私は多分、最低最悪の腐れ外道な人というものには今まで遭遇した事が無いんだと思います。
森の隠れ家が襲撃された時に、眠らされもせず、意識のある状態で見つかって殺されたなら、ヴァンパイア・ハンターに対して『最低最悪の腐れ外道な人』の特徴が見えたのかも知れませんが…」
「その意見は正解に限りなく近い。正解は他人を殺して楽しむ『殺人狂』のみが『生贄にしても問題のない悪人』だ。
それ以外のグレイス人が生贄にされるとグレイス人同士の運命共同体自体が劣悪化して、まともなグレイス人が幸せに生きるという事ができなくなる。
他国に入り込んで、入り込んだ国の国民を不幸のドン底に叩き落とそうとする特殊軍事攻撃は先ずは『悪人を野放しにして、善人を冤罪で懲らしめる』という所から始まる」
「そういう事ができてしまう人達がいるんですね…」
「エルフが何故吸血鬼という亜人を殺す殺人行為を『狩り』だなどと呼んで正当化してしまえるのか、不思議だろう?」
「頭がオカシイからでは?」
「端的に言うとそうなるが…。頭がオカシイ状態というのは、実はどんな者にも訪れる一過性の狂躁状態だ。本来は。
嗜虐衝動にしろ殺人衝動にしろ、世の中で生きていて、世の中の悪意に触れる経験が振りかける限り必ず内心で誰もがそれらを味わう。
殺人を犯すと、一過性の狂躁が一過性ではなくなり、いつしか狂躁状態が慢性化する。精神的姿勢の固定化だな」
「一過性の狂躁が固定化する…」
「恨まざるを得ないくらいに誰かから苦しめられたら、自分を苦しめたその相手を恨み復讐する。
それが真っ当な人の反応だ。ナショナリズムやエスノセントリズムの闇はそうした自然な恨みと報復から大きく離れる」
「頭がオカシイ人達はナショナリズムやエスノセントリズムが生み出す闇に取り憑かれている、と?」
「そうだ。エルフや殺人狂の犯罪者達の場合は『偽物の恨みを抱えている』という点が正常な普通の人と致命的に違う」
「『偽物の恨み』ですか…」
そう言われて咄嗟にーー
歪んだ鏡のようなものの中で
威嚇する猿のように歯を剥き出しにして怒る
見知らぬ異邦人のイメージが浮かんだ。
【覚醒者】は一つ前の前世の記憶だけでなく、それまでの転生の履歴も自分自身の魂の記憶として持っている。
なので自分が本物の恨みも偽物の恨みも体験している事を知っている。
…あの【世界】の迷信の一つに
「猫の死骸を見た時に『可哀想』と言ってはいけない。『可哀想』と言うと猫の霊が家まで付いてきてしまう」
というものがあった。
子供の頃は
「可哀想とさえ言ってもらえなくなるような迷信なんて、作り出した人達は血も涙もないのだろうな」
と思っていたが…
大人になってみると
「普遍性へと還る安らぎが約束されている霊を人間の低次元な情緒主義で釣るのは罪深いものだ」
と思うようになり
「なるほど。『可哀想』だなどと言うべきじゃない」
と納得したものだった。
罪を犯さずに生きたと言うよりも、弱者であるが故に罪を犯したくても犯せなかった生き物…。
そういう生き物は普遍性へと還る安らぎが、所謂天国行きが決まっている。
それでいて罪を犯さなかったのは結果論であり、罪へ流れる流されやすさはある。
だからこそ
「低次元な情緒主義で釣る」
ような事をするべきではない。
それはおそらく動物のみならず人にも言える。
逆恨みに堕ちる霊魂は逆恨みに堕ちるよう唆かす要素があって逆恨みに堕ちる。
個人でそうした倒錯に堕ちれば行き止まりの壁にぶつかり、必ず引き返さなければならなくなるのに…
集団で組織的にそうした倒錯に堕ちれば、行き止まりの壁をぶち抜いて、更に外道へと際限なく堕ちていく…。




