57
旅はスムーズ過ぎるくらいスムーズに進んだ。
途中、宿を取るのもグルゴレットヒル侯爵派の高級宿なのでセキュリティは安全度の高い体制。
「王都から西部主要地」
までの道のりはこうして安全性に配慮された旅が約束されているものらしい。
「その分、行商隊はどんな道でも行くからな。透明化も使わないし。強い護衛が何人も必要になる」
「だから人件費も高くなって商人は商品の売値を釣り上げて元手を取ろうとするんですね?」
「利益をカツカツにして買い手の懐に配慮し過ぎると、商売敵に簡単に潰されてしまうからな。
こちらを潰しにかかる敵がこちら以上の悪徳商人だったりするんだ。まんまと潰されてしまえば、国民の皆様にとっても後が地獄にしかならない。
商人は競争相手がいないと、どこまでも民から搾り取ろうとする生き物だ。
だから商人は互いに牽制し合って民が生きられる程度の富をそれぞれ蓄えられるよう配慮していくバランスを学ばねばならない」
「スミッソン家の人達は全員アラスターおじさんみたいに『必要悪正当化』思考の人達なの?」
「どうだろうな?一族の団結は結局『一緒に暮らして情緒的時間を共有する』とかの手順を踏んでおかないと維持していくのは難しいんじゃないか?
それこそエンチャントで『一族皆仲良くしよう』って魅了しておかないと」
「そうなんだね…」
「それより男爵邸が見えてきたぞ。建築技術の知識がある魔術師が手掛けた屋敷だから内部の構造が特に先進的だ。
『エレベーター』っていう階層移動機もあるんだぞ?凄いだろ」
「それは凄い…」
シルヴィアス男爵邸は、ウリオスの森の東側にある。
屋敷を囲う高い塀の向こうには森が広がっている。
(何気に西部は領主の屋敷が、森から魔物が出てきた場合に真っ先に気付けるような位置にあるんだよね…)
と思った。
西部で製織業が盛んで、内部空間拡張収納袋の生産が西部のディクシー社で独占されている状況の最大の要因は
「ウリオスの森に生息する蜘蛛型魔物の保護」
にある。
「狩り尽くされる事でその後の素材の入手が困難になる」
という事態を上手く避けながら素材を長期的に安定して入手できているのだ。
そうした魔物の保護はある意味で森近辺の住民を危険に晒す事でもある。
だからこそ、森のすぐそばに領主の屋敷がある。
「立派なお屋敷ですね…」
シルヴィアス男爵邸の外観はこの【世界】の貴族の屋敷の標準を踏まえた普通にレトロなものだが、何気にセキュリティーには魔道具が使われているらしく、魔道具らしきオブジェが敷地内の至る所に見られる。
(この上、エレベーターとかあるんだ…)
感心して馬車を降りた。
それにしても騒がしい。
馬車を降りて屋敷の外に立っていても、屋敷内が騒然としているのが分かる。
「…何かあったのかもな」
とアラスターが溜息を吐きながら頭を掻いた。
「大伯父様が既にお亡くなりになったとか?」
「その可能性もあるが、闖入者が出る可能性を予め警戒していた」
「闖入者?」
「親族が突然亡くなる場合には敵側もコーネリアお祖母様が新大陸から転移して来る場所や日時を知りようがないだろ?
一方でジョージ伯父さんは長患いだったから、使用人を買収しておけば危篤のタイミングが分かる。
コーネリアお祖母様を付け狙う北部吸血鬼達やエルフ達がこぞって襲撃して来る可能性も高いと思っていたんだ」
「人が亡くなるタイミングを見計らって襲撃とか…。鬼畜の所業よね?」
「鬼畜なんだよ。本当に。アンチの連中は」
玄関ドアを使用人を待たずに開けて、アラスターがズカズカ入っていく。
私とヘイゼルも後に続く。
「早く!今のうちに、そのエルフの首を落とせ!」
と声がして
アラスターは壁に掛かっていた盾と剣の飾りから剣を抜いて、魔力を纏わせてから、縛り上げられたエルフに近寄り剣を振り抜いた…。
アラスター自身がその向こうの人物の姿を遮っているので、その人物の姿は見えない。
だけどゴトッという音がしたので
(首を落とした…)
のだという事は分かった…。
「お前達は見るな」
と言われて、使用人に別室へ案内されて待たされたので、その後、どう処理をしたのかは分からない。
大伯父の病室へ行くと
「さっきの騒ぎの説明は後でする。今はジョージ伯父さんを見舞ってやってくれ」
と言われた。
しかし大伯父は本当に危篤で、もはや意識が無い様子。
それでもヘイゼルは私のフリをして
「セルマです。エレインの孫の」
と名乗ってみた。
大伯父に反応はない。
治癒適性魔力持ちのルビー・ファレルとして
「治癒を試みても良いでしょうか?」
と侍医らしき人に尋ねると
「いや、意識がまだハッキリしていた時の最後のお言葉が『これ以上長生きする気はないから、治癒はしないでくれ』とのお言葉でしたから…」
と言われた。
男爵で大商会の総帥。
何不自由ない人生だったろうに
「生き続けたい」
と思わないのだろうかと疑問に思った。
(不思議だよな…。ともかくどういう状態なのか、魔眼で見てみよう…)
と思い、魔眼で見てみると…
(変身術を使ってる?!)
という事に気が付いた。
アラスターの方を見ると口パクで
(それについても後で話す)
と言ってるように見えた。
「ジョージ大伯父様。小さかった頃の事をあまり覚えてませんが、可愛がってくださった事は母から聞いて存じております。どうか最後の夢が良い夢でありますように…」
とヘイゼルが尤もらしく祈るのを聞きながら
(本物の大伯父様は別の場所に居る?のか?)
と動揺した。
******************
皆で別室へ入るとアラスターが結界魔道具を稼働させた。
するとスウーッと人の姿が目の前の椅子に現れた。
「???…」
私が呆然としていると
「お前がセルマか?ここでは素で話して良いよ。絶対誰にも破れない結界だって自信はあるから」
と椅子に座っている16、17歳くらいの美少女が声をかけてきた…。
(この人は…)
私はこの人の絵姿を物心つく前から何度もマジマジと見てきた。
絵姿では金髪赤眼だったし
もっと儚げで大人しそうだったのに対して
今は白髪赤眼で毅然としているという違いがあるが…
「曾祖母様?ですか?」
と直感のまま尋ねた。
「正解。だけど、その呼び方は堅すぎる。コーネリアおばあ様で良いよ。どうせ、イアンなんかも『イアンおじ様』とか呼ばせてるんだろうし」
目の前の少女がコーネリアだと分かった途端ーー
自分の中の感情が迸る気がした。
「…お会いしたかったです!…私が、バカだったから!お知らせできなかったんです!…パパとママが、殺された時に…ちゃんと!ちゃんと!手紙に宛名を書いて転移魔法陣で送ってれば良かったのに!…私が、私がバカだったから!…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!…私のせいで、パパとママが生き返れなくなっちゃった…!ごめんなさいっ!!!」
自分でもうまく喋れていないことは分かるが、どうしようもない。
どんなに誤魔化しても自分が無能だったせいで両親が蘇生できなかったのだ…。
「…うん。事情は分かってる。…お前は何も悪くない。お前の送った手紙は悪意によって故意に破棄されていた。アラスターがちゃんと下手人を捕まえて奴隷落ちさせたから、お前は何も気に病む必要はない」
「でも…」
「…本当にお前は何も気にしなくて良いんだ。…ショーンもエリザベスも無事に蘇生できたし、新大陸で元気に暮らしてる」
(………………?)
意味が分からない…。
「…無事に、蘇生できた…?」
「そうだよ。生きてるよ…」
「よ、良かった…」
不思議な事に、安心し過ぎると涙が出るものらしい…。
身体の力が抜けて、ペタンと、その場にしゃがみ込んでしまった。
張り詰めたものがゆるゆるになったのだ…。
「…うん。ごめん。…今の今まで私はお前が自分自身を責めてるなんて気付かなかった。寧ろ、私の方がお前に謝らなければならないんだろうね…。
お前はエリザベスから何も聞かされていなかったんだろ?私がグレイス王国に転移して来る事が許可される条件について」
「コーネリアおばあ様が来れる条件?…」
「血縁者が死にそうな場合、死んだ場合。葬儀が行われるまでの間の滞在は許されるんだ。
勿論、『新大陸へ連れ帰って良いのは死体だけ』『死者蘇生できるのは死後24時間まで』という制限があるので実質葬儀まで滞在はできなかったけどね。
ともかく、そういう制限があって、それ以外ではグレイス王国に来れない。ハワードとの約束を破れば、ヤツの眷属が、私だけでなく血縁者まで攻撃してくる」
「そんな事は、ママは何も言ってなくて…」
「だろ?だからエリザベスが悪い。私は元から不可視の使い魔をお前達家族へ付けていた。何かあったら直ぐに知らせるように、と。
当然、ショーンとエリザベスが殺された時点で直ぐに使い魔が知らせてくれた。
ただ敵が超加速の魔法陣を使っていたせいで私が転移してきた時には既にショーンもエリザベスも事切れていたし、エリザベスの血も奪われた後だった」
「血を抜く作業なんて時間がかかりそうですけど…」
「『吸い込みたいものだけを瞬時に吸引する』高性能魔道具になってる収納袋も世の中には存在するんだよ」
そう言われて
(ヴァンパイア・ハンターにとってヴァンパイア・ハントは本当に時間短縮してなんぼみたいな「作業」に過ぎないんだな…)
と判ってしまった…。




