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「…セルマさんには今日から暫く『ルビー・ファレル』と名乗ってもらいます。お分かりでしょうが、敵の目を欺くために必要な事なので、了承してくださいね?」
先生が言いづらそうに宣うた。
「ミルミドネス伯爵令嬢のセルマ・スミス嬢はファレル伯爵家のジャン・ファレル令息の婚約者ですが、平民出自のルビー・ヒルは優秀さに目をかけてもらってファレル子爵家の養女になっている設定です。
尚且つファレル男爵家のノークス・ファレル令息の婚約者です。人目がある時にはお二人とも仲良くしている演技をしてください」
と、そう言われても
「…演技、できるかなぁ…」
と自信が無かった。
ノークスのほうはハァァーッと溜息をついて
「俺には何の得もないのに、本家からのたっての頼みでお前の婚約者役を押し付けられたんだ。せいぜい足を引っ張らないようにしてくれ」
と言い放ってくれた。
「…そうなんですね。スミマセン。ヨロシクオネガイシマス…」
と棒読みで遠い目になり頭を下げておく事にした。
「それにしても、お前、その格好はなんだ?ドレスはどうした。旅の間中男の格好をしておくつもりか?」
「ドレスはですね…。用意しようかとも思ったんですが、男の格好をしてて男だと思われてたほうが、旅が安全に終わるんじゃないかと思ったんで、ドレスの入手は王都に着いてからにする事にしました」
「成る程。旅に詳しくない人はそういう認識になるんですね…」
先生が苦笑して話してくれた話によると
「…実際には盗賊に襲撃された場合、殺されずに生き残るのは若い女性です。年若い少女の場合は特に奴隷として需要があるので、性的な暴行を受ける確率も低くて無傷で連れ去られています。
少年よりも少女の方が身の安全が保証されるのですから、今からでも着替えて来られた方が宜しいかと」
との事だった。
(でも女物のドレスって4年前に来てたサイズの小さいものしかないんだよね)
と思いながら
「それなら何か見繕ってきます」
と言いおいて、自室代わりにあてがわれていた物置小屋に戻った。
「大至急、女の子用の服を寄越してください。靴も、靴下もセットで」
と転移魔法陣で注文したところ、5分くらいで商品を転送してくれたので、慌てて着替えた。
(スミッソン商会の人って実は多芸なのかも知れないな…。センスが良い。私によく似合ってる…)
俯瞰術で自分自身の姿を確認してから物置小屋を出た。
「良い思い出が一つも無いな。サラバ、物置小屋…」
と思わず呟きが漏れた…。
先生とノークスは
「騎士団の入団試験は魔力が有るかどうかの確認と身分証明書の提出と面接だけですから、それほど緊張しなくても良いんですよ」
「その面接ってのが、難癖付けるための圧迫面接だって聞いたんだが?」
などと話し合っていた。
(ん?騎士団の入団資格は「魔力のある国民」だった筈)
と思いながら
「…騎士団は魔力が有れば国民なら誰でも入れるんじゃないんですか?」
と尋ねると
「一応、毎年受け入れ人数に制限が有るので、それを超えた募集があれば篩い落としが行われます。大抵、落とされるのは平民が猶子として一時的に貴族籍を得ている者達です。
ノークス様は男爵家の正式な後継ぎですので落とされる可能性は無いと思います」
と先生が答えた。
(人数制限か…。そう言えば、アンディーが以前、そんな事を言っていたな…)
「あっ、そう言えば、アンディーは何処だろう?」
今朝からアンディーの姿を見かけない。
「アンディー?…お前、ジャンの婚約者だったくせに、こっちで男作ってたのかよ。不義理にもほどがあるぞ?」
と事情を知らないノークスが非難してきたので
「…アンディーは侍従です。『北部の人間は自尊心が高いからスミッソン商会の縁者の世話を誰も引き受けてくれない』とかで、侍女達から拒否されていたので、南部人の魔術師が私の侍従として仕えてくれてたんですよ」
と説明してやったところ
「ああ、そうなんだな。言われてみれば侯爵家は使用人ですら使用人のくせに偉そうだもんな」
「使用人の躾は執事長の重要な役目でしょうに。またキャメロンですか?あの人は懲りませんよね」
と何故かすんなり納得してもらえた。
モルガン侯爵家の使用人達は北部でも評判が良くないのだと判明して、少し溜飲が下がった。
「それにしても、お前、そういう女らしい格好、似合ってるな。本物の伯爵令嬢じゃないくせに板についてる。
やっぱり貴種だとお前みたいな雑種でも見た目だけは一級品に生まれつくものなんだな?」
とノークスが褒めてるのか貶してるのか分からない事を言った。
「雑種…」
思わずノークスの口の悪さに口を尖らせると
「そういう表情…。お前、俺の婚約者って役柄で王都へ行くんだから少しはボロが出ないようにお淑やかに振る舞えよ」
と言われた。
「ノークス様。照れ隠しで相手を貶すと、相手との良好な関係を築き難くなりますよ。ここまで来る道中はずっと素直に『あの子と婚約者だ』と喜んでいらしたじゃないですか」
「バカ!嘘をつくな!嘘を!」
先生とノークスは随分と仲良しのようだ。
「ノークス様もカウリー様もセルマさんにお会いした事で、より一層ジャン様を疎まれるようになられましたが、結局は羨ましいんですものね?
お可愛らしいセルマさんがジャン様と御結婚なさるのが羨ましくて羨ましくて、ついついジャン様に辛くお当りになってらっしゃったのだと、先程も白状なさってーー」
「わーーっ!!わーーっ!!わーーっ!!もう、先生は余計な事を喋るな!!」
「セルマさん。よくお似合いですよ。流石スミッソン商会ですね。北部の仕立て屋では前時代的なデザインの繰り返しでしか服を作れませんからね。
一目で大商会が生み出している流行の最先端を取り入れた衣装だと分かりました」
そう言われて私は
「…アルバート先生は実はスミッソン商会の商品が大好きな人だったりするんでしょうか?」
と疑問を感じてしまった…。
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結局、アンディーは顔を見せてくれず、誰からも見送ってもらえずにモルガン侯爵城を後にした。
馬車の中で
「変身の術を上手にお使いになってらっしゃいますね」
と先生が感心してくれて少し嬉しかったが
「呪文の発音が難しくて、変身を解くのが難しいんです。そもそも髪の色と目の色を変えるだけしか出来ないし」
と正直に現状を話した。
「モルガン家以外の貴種だと、皆、その程度の変身しかできないのが普通ですよ。ですが、元に戻れなかったら困りますね。後でノークス様に呪文の発音を教えていただいたらどうでしょう?」
「そうですね。イヤミを言われずに教えてもらえるなら教えてもらいます」
「それが良いでしょう」
「それにしても吸血鬼特有の術は古語を使った術じゃないんですね?遮光術の時も思いましたが…」
「…セルマさんはーーいえ、ルビーさんはーー覚醒済みの魔術師が前世の記憶を持ち越している事もご存知でしょうから、言いますが、貴種一族特有の術に使われる魔法陣や呪文は【土鈴世界】で使われていたものだそうです。
かと言って【土鈴世界】出身の魔術師が、この【世界】で前世の知識を役立てようとしても有効化しないとの事です。
何故か貴種が使用した時にだけ、【土鈴世界】の一部の魔法陣や呪文が有効化している。
つまりは【管理者】が認めた魔法陣と呪文が、貴種が使用する時に限ってのみ有効化していると考えられます」
「誰かが【管理者】からの許可をもぎ取って、吸血鬼に必要と思われる能力の魔法陣と呪文を有効化させたと、そういう事ですか」
「おそらくは」
「それだと【地球世界】の知識とかも【管理者】と交渉して許可されれば役立てられる、という事でしょうか?」
「ええ。【管理者】とお会いできて、【管理者】と交渉できるならば」
「…それができないし確かめようがないから全て推測の域を出ないんですね?」
「そうです」
よその【世界】の魔術がこの【世界】に持ち込まれているというのも奇妙な話だ。
【地球世界】とは明らかに元素からして違うし
(互換性を創り出すために変にプログラムを弄ってバグとか出てたりしなければ良いけど…)
と少し不安になった…。




