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地獄耳だと、部屋の外の音までよく聞こえる。
朝っぱらから廊下で誰かクスクス笑いをしている。
(何がそんなにオカシイんだろう?)
使用人達が何か悪だくみして、この部屋に入り込んで来る可能性がある。
(あーー、メンドクサイ…)
と思いながら指先に魔力を流し、魔法陣内に〈障壁〉の文字を入れた図象を目の前の虚空に描く。
描き終わる前に
「〈我が身を苦しめる厭わしき不浄を何卒隔離し給え。障壁!〉」
と唱えるとーー
(上手く唱えられた!)
ちゃんと魔力で出来た障壁が目の前に現れた。
クズな連中に絡まれる事で良い点は
「魔術の実験台にしても心が痛まない」
という点だと思う。
私は障壁が私自身の移動に合わせて動くのを確認してから、部屋のドアを開けて、私の部屋の前にいた連中に
「何か用なの?」
と訊いた。
意地悪そうな男が
「お食事をお持ちしましたよ。お嬢様」
と、カビた黒パンとスープらしきものが注がれた皿の乗った盆を差し出して来たが、私は受け取る気はない。
「…何だが馬のオシッコの匂いがするんだけど?」
と言ってやると
ププーッと周りにいた連中が吹き出した。
「いえ、スープですよ。お嬢様専用の!」
と言って男が盆をグイッと差し出して手を離したので
「「「「あっ!!!」」」」
と私以外の全員が声をあげた。
馬の小便が私の服にかかるかと思われたが、障壁はちゃんと機能していた。
私に向かって飛び散った筈の馬の小便は、私にそれをかけようとした男の服にバシャアーッと降りかかった。
(バカめ)
同情の余地もない。
「この屋敷の使用人は粗相しかできないのかしら?ファレル伯爵家ではあり得ない失態よ。貴方、ちゃんと廊下掃除をしなさいな。今すぐに」
私が貴族令嬢として当たり前の発言をしたところ
男が顔を真っ赤にして激昂し
「…なんだと?この雌ガキがぁーっ!!!」
と怒鳴りながら私に殴りかかろうとした。
当然、障壁に遮られて
ガツッ
ゴキッ
と音がして、男の手首が変な風に捻れた。
「ぎゃああーっ!痛い!痛い!」
(あ、このクズ。拳に魔力を乗せて私を殴る気だったんだ…)
と判った。
魔力で身体強化して力仕事をする使用人は力持ちだし、魔力で身体強化して戦う戦闘員は強い。貴族家の使用人は下級使用人でも魔力は持っている。
勿論上級使用人ではなく下級使用人だという時点で
「魔力の質が低い」
「魔力量が少ない」
という難点があるのは明らかだが…
普通に殴るよりも遥かに破壊力がある筈だ。
因みに魔力で身体強化した拳で壁を殴れば、壁が木製なら穴が開く。
普通に。
(パパは身体強化が得意だったよなぁ)
と森の生活を思い出す。
思わず溜息が漏れる。
痛みのせいで蹲った男を見下ろしながら
「…城の侍医に治療を頼むのなら『伯爵令嬢に暴力を振るおうとして障壁に拳を激突させてしまいました』と、ちゃんと自分の暴力性と貴族への暴行罪を告白しなさいね。なんなら私が侍医の所まで一緒に行ってあげても良いわよ」
と声をかけてやったところ
男は涙目になりながら
「ハメやがったな!クソが!死ね!この!悪魔!」
と罵り言葉を叫んだ。
(8歳児の美幼女にこんな仕打ちできるアンタのほうがよっぽど悪魔だよ…)
他の連中のほうへは
「…そっちのお前達は警部隊に通報しなさい。この男を暴行未遂罪及び貴族への侮辱罪で刑事告発します。今すぐに警備兵を呼んでここまで来させなさい」
と指示を出してやったというのに…
誰一人として指示を聞こうともしない。
「なんてガキだ!」
「ひどい!」
「こんな暴力を振るうなんて!」
「なんて残酷な!」
と私を批判している。
(この人達、頭がオカシイのかな…)
と思わず首を傾げた。
暴力を振るったのは手首が変な風に捻れて涙目になってる男の方で、私は自己防御のために障壁を張ってただけ。
それを初めから目にしていた見物人達が何故、暴力を振るったのが私であるかのように歪曲認識するのか、全く意味が分からない。
(うん。集団でキチガイだと、キチガイぶりに歯止めが無くなるんだろう)
と、素早く納得。
(前世で意地悪だった人達も集団で狂ってたって事だろうな…)
と改めて実感。
「アンディー!アンディー!何処!」
とアンディーを呼ぶ事にしたが、近くにいないのか返事がない。
暴力男を擁護していた連中が
「バカが!どんなに呼んでも来る訳がないさ!」
「あの南部人なら侍従長が呼んでると言ってやったら侍従長を探しに行きやがったぞ!」
「侍従長は長期休暇で田舎へ帰郷してるのにな!」
「頭が弱い奴はこれだから!」
と言い出した。
(…自分達の悪事を自分で今、白状したよ。この人達…。私が警備隊に告げ口しても「子供が嘘を付いている」と集団で私の証言の信憑性を壊す気でいるんだな…)
彼らの考えが手に取るように分かってしまうのは、私にも性悪の気質が備わっているからなのか、単に彼らが単純だからなのか…
願わくば後者だと思いたいものだ。
(仕方ないな…)
と思いながら、私は金縛り魔道具になっている指輪に魔力を流し、素早く全員を金縛りにかけた。
(この際だから、お腹も減ってるし、朝食にしようかな)
と思い、ファレル伯爵家から頂戴してきた銀製のゴブレットと護身用ナイフを内部空間拡張収納袋から出した。
ナイフを右手にゴブレットを左手に持ち、その場にいる使用人達一人一人の手首に切り込みを入れて血を流させゴブレットで受ける。
大量に採ると貧血になられるので少量づつ頂く。
切りつけた傷口はすぐさま認識阻害魔道具で見えなくする。
認識阻害魔道具で傷が無いように見せかけると不思議と血は止まる。
傷は直ぐには癒えないだろうから、しばらく痛みはあるだろうけど、認識阻害魔道具を起動した時に注いだ魔力量次第では投射したイメージはしばらく張り付いて、そこにある傷口を隠し続けてくれる。
暗示で
「忘れろ」
「廊下を掃除した後は二度と近づくな」
と指示しておけば禍根も残らない筈。
いっその事、直吸いして死ぬまで血を啜りとってやろうかと思わないでもないが…
この屋敷の主人や上級使用人達はどのくらいこうした下級使用人を擁護するのかが予測がつかない。
下級使用人などどうでも良い、と思ってるくせに、西部人に殺されたなら
「大事な人間が殺されて許せない!」
かのように情緒主義を装って、こちらを敵視してくる可能性がある。
フィリスのジャンに対する感情はまさにそういうものだった。
ジャンに対して愛情も身内意識も持ってないくせに
「エルフを殺す大義名分のために対外的にはジャンを大事な仲間だと思っているフリをする」
ような姿勢を隠してもいなかった。
「侯爵家の者達は使用人までいちいち偉そうで、しかも暴力的なのね…」
と朝からウンザリした。
血の味も美味しくない。
下級使用人用の普段の食生活が良くないのかも知れない。
これならネズミの血のほうがマシだ。
「ああ…。ヤギの乳が飲みたい。野菜の搾り汁が飲みたい…」
と痛切に思った…。




