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グレイス王国北部。モルガン侯爵領。
王国内の最北地域。
街道を過ぎてやっと目的地に近づいて道も石畳の舗装が続いているので、馬車の窓から外を覗いて住民達の様子を見る事ができた。
(夏至を過ぎたくらいの季節なのに、薄着の人が少ないな…)
と気がついた。
流石は最北といったところか。日が暮れるのも異様に早い。
到着した侯爵城の外観はまるっきり城砦だった。
瀟洒な造りとはお世辞にも言えない。
籠城を意図してそうな造りの無骨な城砦。
フィリスに手を引かれて侯爵城へと足を踏み入れた。
「同じ北部なのに、ファレル家の領地とは随分と趣きが異なるんですね」
疑問に思った事を尋ねると
「モルガン家の領地の最大の特徴は森が魔木や魔草で出来ているという所でしょうか」
との事。
言われてみればそうだ。
ファレル伯爵家の近郊の森は普通の樹木だったのに、モルガン侯爵領の森は木が生き物のように動いていた。
違和感の正体が判って納得した。
私が独りでウンウンと納得していると
「到着したら、すぐ知らせるようにとの事でしたので、私はこれで失礼させて頂きます。セルマ嬢の部屋へは執事に案内させますので、しばらく此処でこのままお待ちください」
とフィリスが言って、玄関ホールの左側の扉の先にある通路へと消えた。
(不自然に静かだな…。それに調度品も埃がかぶっている)
と少し違和感を感じた。
城は広い。
侯爵が使用している一画がこんなに日当たりの悪い掃除も行き届いていない場所である筈がない。
(…私は何処に置き去りにされてしまったのでしょうね)
と精神的疲労を感じた。
案の定、小1時間ほどボーッと突っ立って待っていても部屋へと案内してくれる執事など現れなかった。
(此処に突っ立ってても日が暮れるだけだ)
と気を取り直して、辺りを散策しようとしたが玄関ホールから出られない。
耳を澄ませて周りの音を聞こうとするのだが、何も聞こえない。
熱感知の視覚で生き物の気配を探すが、それも見当たらない。
(どうやら「結界」のようなものに閉じ込められたみたいだ…)
という事だけ分かった。
(こういうのもイアンが黙認してジャンへの嫌がらせが過激化してたのと同じような図式があるんだろうか?)
という事は気になる。
エルフ達がジャンを攫って殺そうとしたのだとしたら…
それはライアン達がエルフを手引きしてジャンを売ったという事になる。
ジャンには試練が必要だったのだからライアン達はお咎め無しだ、とはならないだろう。
「鍛える目的でのイジメ・嫌がらせの容認」
の場合なら
「やって良いことと悪いこと」
の線引きがある筈だが…
「単に関与するのが面倒くさいからという理由でのイジメ・嫌がらせの容認」
の場合
「何をしても容認されるのだからと際限なくエスカレートしていく」
可能性もある。
(このまま結界に閉じ込められ続けたら餓死してしまうのかな…)
と微妙に恐怖を感じた。
魔眼で空間内の魔力の流れを見てみると、結界の発生源が床にあるのが分かった。
絨毯をめくってみると床に大きな魔法陣が描かれていた。
しかも魔法陣は私の魔力を吸い続けている。
「…私の魔力で発動している結界だという事は、私の魔力が尽きるまで私は結界内に閉じ込められるのか…」
と予想を口にして、ガッカリした。
「なんとか私の魔力が結界の構築へ回される流れをカットできないかな?」
と思い
「魔法陣の此処を傷つければ良い?のかも?」
と直感的に感じたので、内部空間拡張収納袋から護身用のナイフを取り出し、刃に魔力を流して魔法陣のくだんの箇所を傷つけてみた。
バシッ!と火花が飛び散ったかのような錯覚が起き、すぐに結界らしきものにミシミシヒビが入る音がして、パリンとグラスが砕けるような音がした。
薄い氷の破片のようなものが辺りに飛び散ったかと思うと、霧のようなものが立ち上ってすぐに霧散していった。
どうやら魔力の供給が止められると結界の障壁は薄いガラスのように脆くなり、砕けた後はドライアイスが気化して消えていくように無くなってしまうのだと分かった。
「…一つ賢くなった、という事になるのかな?」
私が独り呟くと
少し離れた場所で
「面倒なガキだな。一体何処に行きやがった」
だのとボヤいている人の声が聞こえた。
(私の事を探している?)
という確信は無いものの
「スイマセン!此処は何処ですか!」
と大きな声を出して、相手の注意を引く事にした。
有り難いことに相手は直ぐに気付いてくれたが
「ああ…お嬢様、迷子になってたんですね。この区画は有事の際に民を避難させるための緊急避難所ですから清掃当番と見回り以外では立ち入り禁止です。
なんでこんな所まで迷い込んだんですか」
と言う言い草は全く有り難くない。
「…私はフィリス卿に此処に連れて来られて『執事に部屋まで案内させるから此処で待っているように』と言われたので待っていただけです」
「フィリス様に、ですか…。お嬢様、アンタ一体どんな事をやらかしてあの温厚なフィリス様に嫌われたんですか?
その歳であんな良い人に嫌われて嫌がらせされるなんてよっぽどの事をしたんでしょう?次に顔を合わせたらちゃんと謝っておくんですよ」
「いえ、何も怒らせるような事などしてませんが」
「罪悪感を持たない人間はいつもそう言う。アンタはまだちっちゃいんだから矯正の余地もあるでしょう。早目に自分の非を認めて悔い改めたほうが身のためです」
「………」
(まるで前世の環境だな。何を言っても無駄、という点で…)
「返事は?」
と、悔い改め云々を押し付けてくる人に睨みつけられて
「貴方がそういう意向の方なのだという事は了解しました。善処しておきます」
とだけ返事をした。
内心では
(これは本当に早目に強くなって早目に逃げ出さないと、人生の幸福感とか生きる喜びとかの精神的宝物を全部破壊されてしまう…)
という今後の指針が改めて自覚できたのだった…。
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当然ながらフィリスは謝ってくれなかった。
それどころか
「ちゃんと正玄関のホールに案内してから『お待ちください』と言ったのに、勝手に立ち入り禁止区画までウロつかれて、迷子になられて迷惑しました」
と主張していた。
「騎士爵如きが伯爵令嬢に物申すのは無礼だと存じますが、それでも私はセルマ嬢に嘘吐きでいて欲しくないのです。
貴女自身のためにもちゃんと御自分の非を認めて謝罪できる人になって頂きたい」
だのと誠実そうな人間を熱演して謝罪要求してきた。
(死ねば良いのに)
「西部には『嘘を見抜く魔道具』が有ったり、読心術に適性のある一族がいたりで、冤罪の捏造が容易ではないのですが…北部では随分と様子が異なるようですね。
私は貴方のような嘘吐きに嘘吐き呼ばわりされる謂れはありません。今すぐ謝罪してください。
私を立ち入り禁止区画へ置き去りにした事も、私の魔力を啜って発動する結界を構築する魔法陣の上に立たせた事も、今こうして私を嘘吐き呼ばわりして冤罪を捏造し、加害者のくせに被害者ぶろうとするその欺きも、何もかも私は許していませんよ」
そう言いながら
(ああ…。「録画魔道具」みたいなのは無いものか…)
と、しみじみ思った…。




