30
モルガン家からの迎えの使者はフィリス・モルガン。
見た目は上品そうなイケメン。
邪悪には見えない。
「初めまして。セルマ嬢。フィリス・モルガン騎士爵です」
フィリス・モルガンは平民ではなく騎士爵家の息子で当人も騎士爵なので、微妙な立場の私をセルマ様とは呼ばずにセルマ嬢と呼んだ。
「初めまして。フィリス卿」
モルガン卿などと呼ぼうものなら誰の事を呼んでいるのか分からなくなる。
馴れ馴れしいと思われようとも個人名を呼ぶように心がける必要がある。
「お荷物はそちらに纏めてある物で全てですか?」
と確認されて
「はい」
と頷くと
イアンが従僕に
「馬車の屋根に積んでやってくれ」
と指示した。
「フィリス卿。セルマを頼む」
とイアンが告げると
「お任せください」
とフィリスが笑顔で答えた。
初対面の印象は美形の好青年だが、本当はどんな性格なのか…
気にはなる。
「どうぞ馬車へ」
と馬車の中へと誘導された。
「もしかしてジャン様と顔を合わせないまま出立になるのでしょうか?」
気になる点を尋ねると
「連絡ではジャン様は保護された時からまだお目覚めになっておられないとの事でした。怪我が酷くて、治癒に時間がかかる場合にはそうやって眠り続ける事があるので心配は要りませんが、ご挨拶は流石に無理でしょう」
と答えてくれた。
(『先祖返り』と言われるジャンが昏睡し続けるような大怪我ってまさか…)
と嫌な予感はした。
「しかし、首を落とされてから半日も経っていたのに、首と胴を探して切り口を合わせると直ぐに接合が始まったという話ですし、流石はファレル伯爵家の次期当主ですね。
超回復の能力の高さには感心させられました。今後はジャン様を伯爵家の次期当主に相応しくないなどと不満を唱える者達もいなくなる事でしょう。
とは言え災難でしたね。しかし、こちらがここまでやられたんです…。報復はキッチリ済ませたそうなのでご安心ください。
こちらはエルフ側の有能な子供を殺す大義名分が得られて、結果的に敵勢力の将来的脅威を大幅に削げたとの事ですし、結果を見れば『北部に損は無かった』と言えなくもないのでしょうね」
「………」
(何言ってんの、この男…)
思わず首を傾げた。
使用人達もアルバート先生も顔を青くしている。
(先生は確か「首を落とされて6時間以内なら蘇生は可能だ」と言ってたけど…「半日」とか…。それはかなり危なかったんじゃないの?もっと早く助けてあげられなかったの?!)
ジャンは生意気だけど、私には子供が苦しめられて平気でいられる感性はない。
フィリスは悪気も無さそうにニコニコしている。
私は異議申し立てする気も起きずに大人しく馬車へ乗り込んだ…。
すぐに門のほうが騒がしくなって、ジャンを乗せた馬車が戻ってきたのが分かった。
大きな馬車だ。
それこそ棺を乗せられるくらいの。
(まさか…)
と思って自分の乗った馬車の窓から覗いていると
大きな馬車から棺がおろされた。
「お眠りになられている間は遮光術が使えませんから、ほんの少しの陽光でさえもお身体に障ります。棺は地下室へ運んでください。
お目覚めになられるまで、どうか棺から出されずにお世話なさって下さい」
フィリスが棺の中のジャンの取り扱いに関して侍女達へ説明すると、侍女達の顔色は先程よりも更に青くなった…。
思わず
「出発を少し待ってもらえませんか?」
と声をかけた。
認識阻害魔道具は治療にも使えるのだと習った。
それならジャンが少しでも良くなるように、少しでも傷が癒えたようにイメージを投射してみるべきだと思ったのだ。
棺は侍従達が地下室へ運び込んでいる。
その後について私も地下へと降りた。
(どの程度効果があるか分からないけど…)
それでも、少しでも
「この子が癒えますように…」
と祈るように、傷が癒えたジャンの姿を投射しながら魔力を注いだ。
不意に、自分が違う場所にいるような錯覚を覚えた。
天窓から一条の光が差し込む暗い聖なる部屋ーー。
細かい埃が光の差す箇所だけ光を纏ってフワフワとうねりながら舞い踊っている。
不思議な感覚…。
「この子が癒えますように」
と再び願いを口にすると、光が自分だけでなくジャンの周りにも広がったように見えた…。
******************
馬車の中では一人きりだった。ファレル家の侍女が付いてくるとかいう事も無かったし、モルガン家の侍女が迎えに来たりという事も無かった。
馬車の前と後ろに騎乗した騎士達が並走している。
金髪の騎士達が10人。
銀髪赤眼の騎士がフィリスを含めて4人。
(まるで逃げられないように監視してるみたいだ…)
と感じた。
道の舗装が徹底されていなくて、石畳やタイルで平らにされてる道もあればボコボコの砂利道もあった。
酷い道だと雨の日の轍がそのまま固まっていたり、窪みや石の出っ張りもある。
ガタガタと馬車は喧しく揺れ続けるが、それでも私の地獄耳は外の騎士達の会話を捉えていた。
「それにしてもさっきの子供、西部の女吸血鬼だって話、本当なのか?血を飲みたがる異常嗜好の人間のガキを連れてきて『仲間だ』って言ってるだけなんじゃないのか?」
「そうだな。オカシイよな。西部の始祖はこの国を追放されて新大陸にいるんだろ?なんでその子孫ってヤツが新大陸じゃなくてまだこの国にいるんだ?」
「…赤毛の人間自体は昔から北部でもたまに生まれていたようです。ただ赤毛には変わり者が多いとかで大半が西部へ移住した筈です」
「『西部モルガン家』って言われてる連中か。スミッソン商会へ迎合してグルゴレットヒル侯爵派の犬に成り下がった下衆ども」
「そう言えば、ヴィクターの母親って赤毛だったんだろ?」
「さぁな。俺が産まれた時に死んだ母親に関しては名前しか分からない。肖像画すら無いからな」
「『西部モルガン家』の女性なのかも…」
「親の罪を子が引き継がされるような不条理は廃止だ。意味がない。そうだろ、フィリス」
「…そうですね」
「要はさっきの子も『西部モルガン家』って言われる連中の子孫なんだろ?『西部始祖の血を継いでる』と言い張って北部に入り込んで、一体何を企んでるのやら…」
「何か企むような頭がありそうにも見えなかったぞ。ただの可愛い幼女じゃないか。幼女らしく伯爵家の幼児と小さな恋を育んでたみたいだし、子供自体はろくに何も考えてないんじゃないか。
悪いのはあの子を利用するグルゴレットヒル侯爵派のクズどもだろ」
「グルゴレットヒル侯爵派は亜人の血筋の一族を積極的に派閥に取り入れて亜人の能力を役立てています。
読心術師一族が西部に取り込まれて以来、随分と西部はアドバンテージを得て調子に乗っているようです」
「西部騎士は嫌いだったな。王国騎士団で見習いしてた時も御礼奉公してた時もまるっきり良い思い出がない。西部の男はクソしかいないからな」
「まぁまぁ、男はクソでも、女は美女が多い土地柄だ。あの子もそのうち美人になりそうだ。お前らが西部美人に興味無いんなら俺がもらうって事に決めさせてもらうが、後になって文句言うなよ」
「…お前、筋金入りの異性愛者という所は褒めてやるが、幼女趣味とか熟女趣味とかはやめろよ。マジでドン引く…」
言いたい放題である。
一人だけ敬語なのがフィリスの声だという事は分かる。
声も話し方も優男のそれだ。
(多分、馬車の揺れが酷いから話し声が馬車の中まで届いてないと思ってるんだろうな…)
と思った。
(んでも…もしかしたら「聞こえよがしに悪口を言ってる」とかなのかな?)
とも思う。
【地球世界】で陰湿なイジメを楽しんでたイキリども。
「女の腐ったみたいな男」達。
そういう性根の腐った連中は聞こえよがしに悪口を言うのが常套手段だった。
陰湿で粘着でクズでクソ。
(まさか、この【世界】でも、ああいう性根の腐ったねちっこい陰険男が湧いてるのかな…)
と思うと気が滅入る。
(耳が良過ぎると、心の汚い連中ばかりの中では暮らしにくいんだな…)
と改めて、この世の真理を実感していた…。




