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「ジャン様が見つかったそうだ!」
「ジャン様は無事だ!」
といった情報が屋敷内で広まった。
(まだ7歳だもんね。クソガキとは言え、死ぬのは早過ぎるし…。あの子が生きててくれて良かった…)
と心から思った。
それはそうと
「そう言えば、初めて狩りに参加した日に大怪我したりって、いつもそうよね?カウリー様の時もノークス様の時もそうじゃなかった?」
などと話し合っている使用人達の声が盗み聞き網に引っかかってきたので
(えっ?そうなの?)
と驚いた。
何故か7、8歳で狩りに初参加する貴種がいる時には必ず不具合が発生しているらしい。
護衛が身に付ける御守りがすり替えられていて、護衛が不可視の魔物から(ハワードの使い魔の眷属から)攻撃を受けて、護衛どころではなくなる事態はほぼ毎回起きている。
それに加えて小馬に付けられた鞍の留め具が壊れていて、貴種が落馬したり、これまで出没した事のなかった高ランク魔物が群れなして襲ってきたり、初参加の貴種は必ず大怪我をする羽目に遭っていた。
(…陰湿なイジメに思えるんだけど…)
おそらく、イアンとアルバート先生はそれを黙認している。
ジャンは普段が甘やかされ過ぎだと思ってはいたが…
年長の親族達がジャンに一方的にライバル意識を持って陰湿な嫌がらせで攻撃してくるのを、大人が黙認してるとか…
(なんだが可哀想な気がしてくるな…)
と少し思う。
と同時に
(ああ、そうか。ジャンみたいなのが「千尋の谷に落とされる獅子の子」なんだな)
と妙に腑に落ちもした。
ジャンはジャンを内心で妬む「元ジャン・ファレル」達にイジメられる以外では何の苦労も降りかからない。
なので死なない程度の加減になるように調整は必要だが、敢えてライアン達の嫌がらせで痛めつけられる必要があったのだ。
考えてみればイアンはジャンが掠われたと聞いても一切動揺していなかった。
モルガン家がジャンの捜索を開始したのも時間的に早過ぎる。
イアンが初めから事件を予期していて
「万が一の時はお願いします」
と予め根回ししていたかのようなスムーズさだった。
(イアンおじ様の場合は虐待というよりも、本当に「鍛えるための洗礼」としてジャンへの嫌がらせを容認していたって事なんだろうなぁ…)
と理解できた。
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「ジャンは明日帰って来るらしいし、ちゃんとお花でも用意して無事の生還を祝ってあげなきゃね」
と思っていた。
ところが、急遽イアンの書斎へと呼び出されて
「明日の早朝にモルガン侯爵家へ向かうように」
と指示された。
「…明日ですか?明後日とかじゃなくて?…すごく急ですね…」
「明日早朝にモルガン家の使者が迎えに来てくださるそうだ。ジャンをこの屋敷まで送り届けてくださる方々も早朝に来られるそうなので、『合流したら直ぐに発つ』との事だ。
くれぐれもお待たせする事のないように今夜のうちには荷造りを終えてしまっておいてくれ。後でダーラとジェナを向かわせて手伝わせる」
イアンの話だと、どうやら私とジャンは入れ替わりになるらしい。
(それだとジャンに言葉をかけてやる暇さえ与えられないのかも知れないな…)
「ミルミドネス伯爵家の了承は得られるんでしょうか?」
グレゴリー伯父様はどう思っているのだろう。
「ミルミドネス伯爵家へは『セルマ嬢の生命の安全を最優先にする』という旨の了承を予め得ている。
ファレル伯爵領近郊の森にヴァンパイア・ハンターが潜り込んでいた事態を説明すると共に、より安全をと配慮しモルガン侯爵城へ居住地を移したと言えば約束違反にはならない」
「北部の森にヴァンパイア・ハンターが潜り込めるなんて、そんな事があり得るんですか?」
「ヴァンパイア・ハンターがエルフの姿のままなら、こちらの護衛が使う御守りを掠め取っていたとしても不可視の眷属の目は誤魔化せない。
それを理解した上で連中は人間の冒険者に姿を変えて入り込んでいたそうだ」
「…こちら側の私兵の人間達に似せた容姿へと変身していたと?」
「ああ」
「…確信犯なんですね。本当に…。前々から不思議だったんですけど、なんでエルフはそこまで粘着に吸血鬼を狙うんでしょう?
変身術を使うのに吸血鬼の血が必要だと言うのなら、公正な商取引きで獲得すれば良いだけだと思うのですが…」
「エルフの知人が言うには『世界の均衡を保つため』という理屈だったが、そんなものは屁理屈の綺麗事だろうな。
私が思うに、エルフは我々貴種に対して劣等感を感じていながら、それを認めたくないという事なのだろうと思う」
「世界の均衡を保つため…。それって神様から啓示を受けたとか、そういう事なのでしょうか?」
(…エルフって、種族美化する集団ナルシシズムがスゴイよな…。こちらからすれば「活きるために吸血鬼を殺すエルフが、生きるために血を飲む吸血鬼を謗るな!」と言いたいところなのに…)
「啓示云々は知らないが『エルフ種は人間は元より他のどの亜人よりも優れた、神に選ばれし種族だ』という選民思想があるのはよく知っている」
「…イアンおじ様は神様の事をどれくらいご存知ですか?」
「どういう意味だ?」
「神様が何故始祖様を選んで力をお与えになるのか、その意図をご存知ですか?という意味です」
「神の意志を我々が知るのには無理があるだろう。お会いした事もなく、おそらく今後も一生お会いできないのだから。ただ『聖人の試練』と呼ばれるものが我々貴種には降りかかっている、という事はよく知っている」
「…そう、その『聖人の試練』についてなんですが。…曾祖母様は『別に口止めはされてないから』と、神様側の思惑を周りの人達に普通に話していたらしいんです。
それによると、始祖が活動期間中に沢山子供を作るのは、優位性の高い肉体を沢山創り出して『聖人の試練』という体験を【参入者】達に体験させるという目的があるのだという話でした。
つまりは吸血鬼のようなスペックの高い肉体は『中に宿る魂を堕落させる作用がある』ので、そうした体験をさせてあげるのも【参入者】へのサービス。
吸血鬼に搾取される人間達の惨めな被搾取人生も多様な体験を提供するサービス。
全ては安定的に【参入者】に創造エネルギーを発電してもらうためのイベント、というノリで【世界】を運営してらっしゃる、との事でした。
本来なら、こういった【参入者】云々の話は魔術師にしか通じないらしいのに、吸血鬼当人とその家族に関しては【世界】が降りかける筈の認識阻害から免れて、ちゃんと事実を認識してしまえるらしいです。
私の話、途中でピーッとか異音で遮られたりもせずにちゃんと聞こえてますよね?」
「聞こえてはいるが…『サービス』だの『イベント』だのという言葉の響きが軽過ぎて神意に対する理解が追いつかない」
「要は吸血鬼がチートなのは神の思し召しだという事です」
「それは理解している」
「そして同時にエルフが『我らこそが選ばれし種族だ』と思い込もうとして吸血鬼を付け狙うのも、もしかしたら神の思し召しなのかも知れない、と私は疑っています、という事です」
「エルフが貴種同様に神に選ばれし種族だなどとは私には思えないがな」
「ええ。しかも、吸血鬼の方が圧倒的に有利な中でエルフが頑張って邪悪な吸血鬼達を倒して世界へ平和をもたらすとかいう『正義の使者』的な位置付けまで加わるのだとしたら、エルフこそ本物の『選ばれし者』という事になりますね」
「…それは大層不愉快だな。それだと我々はエルフを引き立てるための悪役で、しかも当て馬的な位置付けじゃないか」
「そういう可能性がある、という事です。ですが、神様が望んでるのはあくまでも参入者達が安定的に創造エネルギーを発電し続ける事。
つまり『シナリオは固定じゃない』筈なんですよ。なので必ずしも吸血鬼側がエルフの引き立て役にされる必要はないと思います。
寧ろ、どう見ても、エルフは悪者ですよね?何の罪もない、ただ生きてるだけの私のお祖母様とパパとママを殺した!
アイツらが人間達を騙して『正義の使者だ』とリスペクトされたりでもしたら、私は悔しくて死んでも死にきれません」
「…私は長く生きてるから、人間から見て『悪だ』と思われるような事もしてきている自覚はある。
だがお前のほうは自己申告通り『ただ生きてるだけ』なんだろうな、紛れもなく。
それを思うと、お前の言う通り、『悪はエルフだ』という事になって、それが人間社会でも共通認識として普及してくれれば良いな、と願ってやりたくなる」
「ありがとうございます。…イアンおじ様は優しいですね。…私がモルガン家へ移ったらお会いする事も、こうしてお話しする事もなくなるんでしょうか?」
「まさか。私は侯爵家当主のハンフリー兄上のお気に入りだ。度々呼び出しを受けるので侯爵城や王城でお会いしている。
お前の近況を聞く機会は今後もあるし、侯爵城を訪れた際にはお前の顔を見させてもらえるだろう」
「『お気に入り』でしたか…」
(北部吸血鬼はホモな上に近親相姦なのかな…)
「お前の事もきっと気に入っていただけるさ。何も心配する事はない」
そう言われて、就寝時間ギリギリまで荷造りをした。
多分、孤児院で自分の服やらを剥ぎ取られてボロを当てがわれた事が微妙にトラウマになっている。
私はこれまでの人生で一番所有欲が強くなっているのを感じた。
この屋敷に来てもらった教材や服やアクセサリーは勿論…
アラスターおじさんからもらった魔道具。
転移魔法陣で注文して届いた商品。
この屋敷でくすねた木剣やゴブレット、ポーション数種類。
図書室の本も数冊拝借したままだ。
それら全部を一つ一つ確認した。
「…全部、私のものだ。誰にも私のものを奪わせない。もう誰にも、何も」
そう呟いて…
やっと届いた内部空間拡張収納袋に収納し、袋自体を首から下げて服の中に隠した…。




