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その日の授業時間になるとアルバート先生が
「今日はエンチャントについて説明しておきたいと思います」
と言い出したのは、私としてはありがたかった。
丁度興味を掻き立てられていたからだ。
基本的にこの【世界】では魔術師が使う固有魔術を「魔術」と呼ぶ。
そしてそれ以外の魔術を「代替魔術」と呼ぶ。
洗脳術も暗示術も「代替魔術」に分類される。
エンチャントは暗示術の一種なのでやはり「代替魔術」に含まれる。
先生はゴホンと咳払いしてから
「エンチャントについて語る前に、先ずは暗示と洗脳の違いについて論じておきたいと思います」
と言った。
「暗示術はジャン様もセルマさんも既に習得済みなので、当然手法をご存じでしょうが、暗示は即効性。
相手を金縛りにかけるなり、相手に自分を信頼させるなどして、相手がこちらを攻撃できない状態を作り、眉間から魔力放出し、相手の脳に干渉します。
そこで更に声に魔力を乗せて、指示したい内容について述べる」
そう言われて、私とジャンが頷く。
「人間の魔力持ちが指先にしか魔力放出口を持たないのに対して、貴種は予め指先以外にも、喉・眉間・頭頂部に魔力放出口を持っているので、喉・眉間・頭頂部からの魔力放出により行う代替魔術に関して圧倒的に有利です。暗示術の習得で貴種に敵う人間はいません。ですが…エンチャントとなると、必ずしも貴種有利とは限りません。
暗示が眉間と喉の放出口を使った即効性の代替魔術なのに対して、洗脳は頭頂部の放出口を使って長時間かけてジワジワ行うものです。
人間の中には瞑想によって頭頂部の放出口を無自覚に開拓してしまう者達もいて、そうした者達は周りを洗脳している自覚もなく洗脳しています。
エンチャントは『既に当人の中にあるモノ』に便乗した価値観操作なので、同じ洗脳を受けている者同士のほうが効果的です。
人間達を放置しておくと、人間達は人間同士で洗脳により同じ世界観・同じ価値観を共有してゆき、それは我々の世界観・価値観とはかけ離れたものになっていってしまう。
そうなると人間のエンチャントの影響力が我々によるエンチャントの影響力を上回るようになる」
そこまで聞いて思わず
「貴種のエンチャントが人間のエンチャントに負けた事なんてあるんですか?」
と実例の有無について訊きたくなった。
「残念ながらあります。過去に幾度か人間のエンチャンターに追い詰められそうになって、そのエンチャンターを殺す事で難を逃れたという実例があります」
「………」
(すごいな。人間のエンチャンター…)
「そうした事態を回避するために我々は『極力、人間都合の洗脳を人間にさせない』『人間のエンチャンターの影響力が我々の影響を上回らないように、我々も人間側の世界観・価値観を学ぶ』という必要があります。
その必要性をモルガン侯爵を筆頭とする北部権力者達が納得した事で我々は北部内に引きこもっていた状態をやめてグレイス王国全土で活動するようになったのです。
人間の世界観・価値観を学べば、人間の欲や不安を理解できるので、それを踏まえて洗脳できる。
そうなると、その洗脳をベースにエンチャントできるので、我々の側のエンチャントは完璧なものとなる。
そうやって人間のエンチャンターよりも圧倒的に影響力を持つ事で『人間のエンチャンターを殺す』ような無様な真似をせずに済みます」
先生の言い分は要約すると…
人間に関わらずにおくと
吸血鬼の精神干渉力が
人間のエンチャンターの精神干渉力に
負けるようになるから
それを避けたい
という事のようだ。
「要はエンチャントのような『洗脳の下地を利用した暗示』は『下地のない暗示』よりも強力だという事ですね?
人間のエンチャンターは人間の無自覚洗脳師が行った洗脳に便乗して暗示をかけるので、共通の洗脳の下地がない我々が行う暗示よりも強力で優先順位も上になりやすいと。
だから洗脳の下地自体に干渉するべく我々貴種が人間社会に溶け込んで、我々のエンチャントが人間のエンチャンターによるエンチャントに押されないように牽制しなければならないと」
と、確認をとるように尋ねると
「そうです」
と先生が頷いた。
ジャンの方では、7歳児には難しかったらしく
「つまり?人間に媚びて、人間の世界観・価値観を勉強してやる方が暗示もよく効くという事か?」
という問いをしてくれた。
「いえ、人間に媚びる必要はありません。エンチャントには『集合無意識において人間達と同化したフリをして、それでいて同化せずに自我を保ち、こちら側の都合を人間達に刷り込む』ような精神的自立姿勢が必要です。
我々が人間達と同化したフリをして受け入れられる事にハードルがあるのに対して、人間のエンチャンターは人間達との同化が何の抵抗もなく受け入れられてしまう。
その上で『自己特別感』による魂レベルでのエゴが、他の人間達と同化しきれない自立性として作用するので、人間の中に湧く天然のエンチャンターの影響力は人間達にとって根深いものになるのです」
そう宣う先生の言葉は、私にはよく理解できるのに、ジャンには全く理解が及ばないもののようだった。
(たまに先生の授業が「ジャンのための授業」じゃなくて「私のための授業」になってる気がする…)
と思いながら、不思議と悪い気はしなかった…。




