22
イアン・ファレル。私の高祖父。
彼がやっとファレル伯爵家へと帰還した。
初めての対面で
「初めまして。セルマ・スミスです」
と名乗った。
今現在はスミス家の養女なのでフェアバンクス姓は封印。
第一印象で
(まるで「白い死神」だ…)
と思った。
思わずマジマジと見入ってしまったが、それはイアンの方でも同じで
「「………」」
双方が沈黙したまま数分が過ぎた。
「…驚いた。少年期のローレンスによく似ている…」
とイアンが呟きを漏らしたので
「ローレンスとはどなたの事ですか?」
と尋ねた。
(「ローレンス」という名前は私の真名の「ローレンシア」の男性名だし、気になる…)
「ローレンスはお前達の始祖コーネリアの祖父だ。上位貴族への反逆罪で爵位剥奪された最後のオルビス男爵と言った方が判りやすいか…。
ローレンスはオルビス男爵家へ婿入りする前は、子供時代から騎士団に在籍していたし、私とは幼馴染みでもある」
「…流石に曾祖母様の祖父のお名前までは知りませんでした」
「ローレンスは中性的な美貌の美男子だったよ。生憎と彼は筋金入りの異性愛者で、最期まで私に靡いてはくれなくて、私に初めて『片想い』を味わわせてくれた懐かしい人だ」
「そうなんですね…」
(この人、そんな昔からホモだったのに、ローレンスの娘のヴァイオレットには手を出したのね…)
ツッコミどころが満載の話だ。
(それにしても「騎士団」か…)
「騎士団の騎士には、自前で馬や装備を用意できる自馬騎士と、自前では馬や装備を用意できない官給馬騎士とがあるというのは知ってるか?」
「いいえ。知りません…」
「自馬騎士は15歳で王国騎士団に入団して、3年間を騎士見習いとして過ごして18歳で騎士の資格を得られる。
一方で官給馬騎士だと7歳〜9歳くらいの間に小姓見習いとして、特定の騎士に師事。12歳で小姓に昇進。15歳で騎士見習いへと昇進し王国騎士団に入団。18歳で騎士の資格を得られる。
金持ち貴族の子息は3年間で騎士の資格を得られるのに対して、貧乏貴族の子息は9年〜11年もの年月をかけて騎士の資格を得られるんだ」
「…お金がないって大変なんですね」
「今でこそファレル伯爵家も北部全体も鉱石や魔石の発掘で潤っているが、昔はファレル伯爵家も北部全体も貧しかった」
「ちょっと想像つきませんが…」
「当時はスミッソン商会による北部に対する経済封鎖で、北部は本当に貧しかった。そういう因縁もあって北部の貴族家は皆、スミッソン商会及びシルヴィアス伯爵家に対して思うところがある」
「………」
「シルヴィアス伯爵家ーー当時はまだ子爵家だったが、あの家の男達は狡猾だったからな。我々もほとほと手を焼いていたし、今でも『二度とスミッソンと対立したくない』と思うくらいにはトラウマを植え付けられたものだ」
「…なんか、すみません。お祖母様の実家が色々腹黒かったみたいで…」
「腹黒いのはスミッソンだけじゃなく、グルゴレットヒル侯爵派全体に言える事だがな…」
「私は3歳から森暮らしだったのでグルゴレットヒル侯爵家の人達とはお目にかかった事も無いので、何とも言えませんが…」
「永遠に会わないで済ませるに限る。グルゴレットヒル侯爵派は主だった派閥構成員全員に『グルゴレットヒル侯爵家に忠誠を捧げる』刷り込みを行う徹底した軍隊主義だからな。
そんな派閥のトップに目を付けられようものなら、お前の人生も命も徹底して搾取される事になるだろう」
「悪い人なんですか?」
「…貴族に『悪い人じゃない』者はいないので、貴族らしいと言えば貴族らしい人種だ」
「…貴族が皆悪い人だというのなら、高祖父様もそうなのですか?」
「客観的には私も間違いなく悪人だろうな。…それにしても『高祖父様』は無いだろう。他人行儀過ぎる。せめて『イアンおじ様』とかで良くないか?」
「『おじ様』呼びするには、凄まじく年齢が離れている気がしますが」
「それを言うなら、お前の父親も90歳超えてからお前を作っている。お前の周りは元々規格外だらけだろう」
「そう言われてみればそうですね…」
「エリザベスの事は残念だったが、ショーン・フェアバンクスについては『100歳まで生きたんだから大往生だろ』と思うぞ」
「パパは満足だったんでしょうか?」
「満足できない筈がない。絶世の美女2人を独占して暮らしてたんだ。そんな天国でこの先も延々長生きなどされて堪るか、と男なら皆嫉妬するだろうさ」
(…絶世の美女2人って、ママと私の事だよね?)
「…イアンおじ様もヴァンパイア・ハンターに襲撃されたんですか?」
「…何故それを?」
「ご存知かも知れませんが、蜥蜴人の血も混じってるお陰で地獄耳なんです。あと、熱感知ができるので、護衛の人が壁向こうの隠し部屋に張り付いてるのも見えます」
「…優秀だな。そう言えば、うちのショーンからは『ジャンの引き立て役をやれ』と言われてるんだったな?」
「ええ」
「…それについては撤回させると約束しよう。ショーンはジャンに甘過ぎる。だからお前に我慢を強いる形でジャンとお前を何が何でもくっ付ける気でいるようだが、私は正直、今のままではお前はジャンには勿体ないと感じた。
お前は伸び伸びと自分の能力を伸ばすと良い。
そのうちモルガン侯爵家からお呼びがかかって、夫人候補に加えられるかも知れないし、その方がお前にとっては良さそうだ」
「モルガン侯爵家ですか…」
「そう。モルガン侯爵家だ」
「グルゴレットヒル侯爵家には関わるなと仰るのに、モルガン侯爵家には関われと仰るのですね?」
「おそらく、それが一番お前のためになる」
「私のため?」
「ファレル家の領地は北部でも東南の地域に偏っている。この屋敷もそうだ。
ヴァンパイア・ハンターの大半が東部の森の隠れ里を出身とするエルフだという事もあり、直線距離にすれば、実はかなり近い。
それに対してモルガン家の領地は北部でも最北に位置している。
北部には森にも荒野にも始祖の使い魔により眷属化した不可視の魔物が潜んでいて、貴種以外の生き物を攻撃するように設定されている。
なので北部の奥地へ行けば行くほどヴァンパイア・ハンターに襲われる可能性は低くなる」
「海を迂回すれば最北の地は逆に隙だらけなのでは?」
「眷属化された不可視の魔物には水棲の魔物も含まれる。それに夏以外は流氷で航海は妨げられる。
モルガン家の領地に辿り着けるヴァンパイア・ハンターが飛竜を駆る竜騎士であれば防御網も突破されてしまうが、今のところ竜騎士のエルフはいない」
「…なるほど。それなら北に行けば行くほど安全と言えば安全ですね」
「お前にこうして対面して思ったが、私はお前に死んで欲しくない」
「…私は…。今は子供だし、弱いから安全な場所で自分を鍛えたいと思いますが、一生安全な場所に引きこもって暮らすような気はないです。
大人になって充分に強くなったら、東部の森まで自ら乗り込んで、クソエルフを一人残らず根絶やしにするのが私の願いです。
そしてその願いが叶う瞬間を夢見て精進することが、今現在の私に生き甲斐ですから」
「豪気な事だな。だが、それはあくまでも『強くなったら』の話だろう?」
「ええ、まぁ」
「なら、考えておいて欲しい。お前が強くなるまでの間はモルガン家で暮らすことを」
「…私をこの屋敷に引き留めておく事はイアンおじ様の意向ではなかったんですね?」
「私としては『お前を安全な場所へ隠しておきたい』というのが意向と言えば意向だな」
「そうだったんですね…」
「尚、お前の『生活費』に関しては、お前がモルガン家へ移った後も私が支払うつもりだ。そうしないと『養育費返済義務放棄の罪』を盾にして、婚約、婚姻を強行しようとするバカが湧きそうだからな」
「…『忘恩罪』ですか…」
「貴重な女性貴種など、政略結婚の駒としてはレアだからな。現ミルミドネス伯爵に支払いを任せると、ろくな事にならないのは目に見えている」
「グレゴリー伯父様のことで何かご存知なのですか?」
「そうだな。お前は現ミルミドネス伯爵の事を信用しない方が良いとだけは断言できるな」
「…私は、グレゴリー伯父様の事もチャールズお祖父様の事も朧げにしか覚えてないんです」
「その方が良い。人間は、貴種に対して、驚くような倒錯した偏見を抱く事があるものだ。
そういった人間達の醜さにいちいち着目して振り回されながら暮らすと人生を楽しめなくなる。
今は、お前は、彼らの本性について何も知らずにいれば良いさ」
イアンはそう言って神妙に目を閉じた…。




