第55話:尾張塩③〜アイヌ〜
───蝦夷地 渡島半島:勝山館
蠣崎季広は、己の居城から見える光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
沖合には、見たこともない巨大な黒塗りの船団が停泊している。
煙を吐き、逆風でも進むその船は、織田家の威容そのものだった。
だが、季広を絶望させたのは、その戦力ではない。
彼らが数日前から始めた、常軌を逸した行動だった。
「・・・正気か? 奴らは、正気でやっているのか?」
浜辺には、雪山と見紛うばかりの"白い山"が築かれている。
が、あれは雪ではない
雪山のように積まれただけの"塩"だった。
織田の船から次々と運び出される俵。
その中身は、不純物の一切ない真っ白な精製塩だったのだ。
北国において、塩の価値は極めて高い。
昨今では安くなってきていたとはいえ、それでもここまでの運送費も掛かる。
そんな理由もあって、塩の価値はまだまだ高いままだったのだ。
それが今や、浜辺にゴミのようにして積まれているのだ。
蠣崎氏は、この塩や鉄類の流通を独占することで、アイヌや商人たちを支配してきた。
アイヌとの取引を蠣崎家が独占することで、今まで蝦夷地においてやってきたのだ。
だが、織田の使者は、浜辺に築かれた塩の山の前で、集まったアイヌや商人たちに向けて、日本語とアイヌ語の両方で宣言した。
『我らが欲しいのは、この地の産物だ!
鳥の羽、干し鮑、昆布、硫黄、なんでもいい!珍しきものを持ってこい!
持ってきた者には、好きなだけ、この塩を持っていって良いぞ!!』
それが、蠣崎家崩壊の始まりで、終わりだった。
「塩がタダ同然で手に入る!」
その噂は風よりも速く広まり、アイヌの人々や、これまで蠣崎に頭を下げていた商人たちが、雪崩を打って織田の仮設交易所へと殺到したのだ。
「お、おのれ・・・おのれぇ・・・!」
季広は歯噛みする。
これは商売ではない。
経済による焦土作戦だ。
織田は、バラスト(重し)代わりに積んできた塩をばら撒くことで、蠣崎の権力の源泉を、物理的に無価値にしたのである。
この時点で、蠣崎家は武力だけでなく商売でも膝を屈した。
武力で攻められたなら、地の利を生かして戦うこともできただろう。
だが、民心が「富」に雪崩れ込んだ今、季広にできることは何一つ残されていなかった。
彼は、震える足で立ち上がり、降伏の使者を出す決断をした。
戦わずして、北の門番は膝を屈したのである。
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───蠣崎家 降伏
「我らは、織田に降伏致します。どうか私の首一つで他の者は許していただけませんでしょうか・・?」
蠣崎季広は、当主として最後の仕事を全うした。
織田としては、正直、ここから出ていって欲しいだけであったので、この降伏にいくらか混乱したが、最後には受け入れた。
降伏を受け入れた織田が、蠣崎季広を処断することはなく蠣崎の家の者は全て、織田水軍に組み込まれた。
ただし、最初に与えられたのは洗礼だったが・・・
蠣崎季広は、新規に立てられた水軍部隊の長として組み込まれた。
ただ、部隊の長とは言っても、蠣崎家の者をそのまま部隊にしただけの簡易なものだ。
そして、彼らには最初の"洗礼"が待っていた。
"訓練の洗礼"
織田水軍の訓練は過酷だ。
特に最初の段階だと、恐ろしいまでにトレーニングが詰め込まれる。
走って走って走って、遅ければ腕立て伏せや腹筋。
椅子に座ることもほぼ出来ず、寝る時でさえ立ったままで寝られるようになるまで訓練される。
これが1週間続く。
この間、薄められた聖水が食事として供与され、普通なら簡単に折れてしまうだろう肉体は、この聖水によってギリギリ保ってしまうのだ。
1週間が終わった後は、もう少し軽い訓練になる。
槍ではなく、旧式の機械弓を使った戦闘だ。
矢で身体が傷つかないよう、ボルト(矢)の先端には布が巻かれる。
それだけを持って、先輩たちとの集団での模擬訓練である。
この時点で、完全に心身ともにボロボロだが、それでも、そのギリギリこそが戦の真髄だとばかりに襲いかかってくる。
これ以外にも幾らかの訓練を経て、彼らは兵士へと生まれ変わっていくわけだ。
「・・・織田様万歳!」
シラフでこれが言えるようになれば、ちょうk・・・もとい訓練は完了である。
洗礼はまだまだある。
季広の三男、蠣崎慶広は、父 季広とともに洗礼を受けていた。
"宗教の洗礼である"
織田家の国教は、"織田神道"である。
これは、織田信長が始めた宗教で、織田信長を信仰させるためのものだ。
聖水の力を背景に、織田家領内で絶大な人気を誇っている。
ただ、この宗教の特色はかなり異質だ。
まず、宗教であるのに科学を信仰の基礎としていること。
聖水というオカルト要素はあるが、これは、いくら調べてもわからない真の奇跡だと、織田神道では語られている。
だが、基本的には、研究者気質というか科学が基礎となった宗教なのだ。
だからこそ、この宗教に被れたものには文官が多い。
そして、一つのことにのめり込みやすいものたちも、この宗教においては美点だと評される。
もちろん武官の中にも信奉者はいる。
『織田神道:筋肉派』と呼ばれる団体で、「筋肉こそが己の未来を良きものにする」というスローガンを持つ、一種の邪教である。
だが、筋肉増強の仕方を、転生者である織田信長が熱心に語っていたこともあって、この宗派に参加している武官はなかなかに多い。
もちろん、織田神道には他にも宗派がある。
が、まずは季広と慶広の話に戻ろう。
彼ら親子が受けた宗教の洗礼とは、いわば、生活習慣の見直しについてである。
織田神道にとって、すべての宗派で重要視される要素であり、根幹といってもいいものだ。
織田神道はその始まりを"聖水"に由来している。
つまり、健康志向の人間が多いのだ。
だから、織田神道では、健康のための生活習慣教育という授業が、洗礼として行われる。
その後、現役の聖水が与えられ、全身の不調がどんどんなくなっていくのだ。
それは、ただの水にしか見えないため、生活習慣を数日改めただけで効果の出るその授業は、受けたものには意外と人気だ。
後々、それが聖水の効果だったと知るのだが、それでも、一度改まった生活習慣はなかなか崩れないという。
これが、第二の洗礼だった。
このあと、彼らは第三第四の洗礼も受けることになるのだが、それは織田領として、蝦夷地が開拓された以降となる。
訓練など以外で、蠣崎家の面々が命じられたのは、"蝦夷地の管理と開拓の手伝い"だった。
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───織田と蝦夷地の交易
───織田武官
「これを見よ! この鷲の羽を!」
織田の武官が、子供のように目を輝かせて叫んでいる。
とあるアイヌの男が持ってきたのは、見事なオジロワシの尾羽の束だった。
「尾張なら、これ一枚で布幣束が飛ぶほどの値が付くぞ。それがこれほどの量・・・!これだけで城が建てられるんじゃないか!?」
だが、ここにあるのは"鷲の羽"だけではない。
───船大工
別の場所では、船大工たちが木材を囲んで興奮している。
「これは・・・檜に似ているが、香りが違うな・・。ヒバ(翌檜)?そんな名前なのか・・・」
「・・・おい、水に濡れても水を弾いているぞ・・?よし、おいこれをありったけ集めろ!これで船底を作ってみてぇ!」
───技術士官
さらに、技術官たちは、火山の近くから運ばれてきた黄色い塊"硫黄"を見て、狂喜乱舞していた。
「火薬の原料が、これほど無造作に転がっているとは!北は宝の山か!」
「・・・問題があるとすれば、寒さだな。よし!これは上進しておこう。」
塩という、織田にとっては捨てても良い廃棄品が、軍事力と経済力を跳ね上げる"宝物"へと変換されていく。
その錬金術のような光景を前に、季広は織田という家の底知れなさを痛感していた。
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